The Elder Scrolls : Dawn of Order 作:蛾の司祭
死者の国に、朝も夜もない。あるのは、絶えることのない黄金の薄明だけだった。
ソヴンガルデ。勇気の間の大広間。天井は霧に溶けて果てが見えず、幾筋ものオーロラが緑と紫に脈打ちながら、生ける川のように空を流れていく。
中央には炎。薪をくべる者はいない。衰えもしない。
長卓には蜜酒の角杯が並び、注いでも尽きない。
◇
長卓の一角で、髭を蜜酒に濡らした古の戦士が、斧を打ち鳴らして己の最期を歌っている。
三番の途中で音が下がる。そこだけ節が違う。周りが杯を掲げて囃し立てる。
歌い終わると、また一番から始まった。
三番の途中で、音が下がった。
壁際では、盾を並べた二人が、どちらの討ち取った竜が大きかったかを言い争っていた。片方が両手を広げて幅を示す。もう片方が笑って、少しだけ狭く広げ直す。
しばらくして、また片方が両手を広げた。
同じ幅だった。
誰も傷まず、誰も飢えず、誰も老いない。恐れる敵はもういない。血の匂いも、雪の冷たさも、ここには届かない。
◇
その祝宴のただなかに、最後のドラゴンボーンの魂は、いた。
角杯を手に、長卓の端に腰かけている。隣で古の勇者が武勇伝を語り、向かいで巨漢が蜜酒を呷って高笑いする。
ドヴァキンは、杯の酒をひとくち含んだ。
甘い。
昨日も、そのまた昨日も、同じ甘さだった。
明日も同じであることを、彼は知っている。知っているというより、確かめる必要が無い。ここでは、確かめるという働きが要らない。
杯を置いた。
天井のオーロラが流れている。あの光の向こうに、まだ世界はあるのか。自分がアルドゥインを喰い止めた、あの終わらぬ土地は。
◇
広間の空気が、変わった。
温もりが退いていく。潮が引くように。笑い声が、ひとつ、またひとつと途切れた。
オーロラの流れが、止まる。
炎が、小さくなった。
重さが、降りてくる。
音ではない。声でもない。ただ、この永遠の広間そのものが、上から押さえられていた。石の床が軋む。勇者たちは杯を取り落とし、身を伏せ、頭を垂れる。
姿は、無い。輪郭も無い。
その重圧のただなかで、ドヴァキンだけが顔を上げていた。
立ち上がりはしない。ひざまずきもしない。卓に肘をついたまま、頭上を見ている。
覚えのある気配だった。喉から初めて竜の言葉を出したあの日から、その根に流れていたもの。
声が、響く。定命の耳ではなく、魂へ直接。
――偽りの竜に。真の竜の声とは、何であるかを教えよ。
短かった。労いも、理由も無い。
ドヴァキンは、しばし沈黙した。
それから、目を伏せもせずに返した。
「……ああ」
それだけだった。
気配は、来たときと同じ唐突さで退いていく。重力が緩み、オーロラがまた流れ出す。炎が背を伸ばす。勇者たちが顔を上げる頃には、広間はもう、あの変わらぬ温もりを取り戻していた。
歌が、一番から始まった。
◇
ドヴァキンは、置いた杯をもう一度手に取った。口へは運ばない。
偽りの竜、と神は言った。
そちらは、いい。
引っかかっていたのは別のことだ。
世界を喰らう者が喰らわぬまま時が流れれば、世界は終わるべき刻を過ぎる。過ぎたものは、澱む。
現に、いまがそうなのかもしれない。
ならば、いつか。
役目を思い出した竜が、こんどこそ正しく世界を終わらせるために、あの空へ戻ってくる。
それが、自分の正したことの帰結として。
いつなのかは、わからない。明日かもしれず、千年先かもしれない。
杯を、静かに卓へ戻した。
◇
立ち上がる。
隣の勇者が、武勇伝を止めた。
止めて、杯を上げた。
向かいの巨漢が続く。その隣が続く。
卓を叩く音が、彼の歩く速さに合わせて、広間の奥へ移っていった。
誰も、立ち上がりはしない。
ここでは、そうする必要が無い。この広間で彼が何をした者かを、知らぬ者は一人もいなかった。
◇
いちばん長い卓の端で、一人だけが立った。
杯を上げる。何も言わない。
上げたまま、ドヴァキンが通り過ぎるのを待った。
通り過ぎてから、下ろした。
◇
鯨骨の橋の袂に、それは立っていた。
背が高い。肩の幅が、人のそれではない。
「また行くのか」
「ああ」
「前は、俺が送り返した」
「今度は出ていく」
ツンは、しばらくドヴァキンを見ていた。
それから、道を空けた。
橋の板は、渡るたびに同じ音で鳴る。何年ぶりでも、同じ音だ。
半ばまで来たところで、後ろから声が来た。
「戻るか」
ドヴァキンは、足を止めた。
止めただけだった。
答えないまま、また歩き出す。
ツンも、それ以上は訊かなかった。
◇
彼が扉を抜けたとき、後ろで歌が、また一番から始まった。
◇
橋の向こうは霧だった。
一歩入れば、蜜酒の匂いは届かない。
歌も、笑い声も、届かない。
背中のほうで、まだ同じ拍が鳴っている。
ドヴァキンは、振り返らなかった。