The Elder Scrolls : Dawn of Order   作:蛾の司祭

44 / 46
第1話:恐らくは(後半)

気づいたときには、寝台の横に人が座っていた。

 

アルセリウスだった。

 

膝の上で手を組んでいて、その手つきが、待っている形をしている。どれくらい待っていたのかは、わからない。

 

「お目が覚めましたか」

 

カイラスは、返事をしようとした。

 

出たのは、息だけだった。

 

                 ◇

 

杯が来た。

 

持ってきたのはセラーナで、彼女は杯を差し出しかけ、途中でやめて、そのまま口元まで運んだ。

 

カイラスは、右手を伸ばそうとした。

 

伸ばせば、届く。届くが、杯を持ったところで、体を起こすほうの手が無い。

 

「そのままで」

 

彼は、そのままで飲んだ。

 

水は生ぬるかった。それでも、喉のほうが先に片付いた。

 

                 ◇

 

「アルセリウス様」

 

「はい」

 

「……お怪我は」

 

「繋いだだけでございます」

 

カイラスは、天井を見た。

 

見てから、言った。

 

「ドラゴンボーンやネレヴァリンは、よくこの重責に耐えられますね……」

 

窓のほうから、返事が来た。

 

「耐えるのではなく、受け入れているのではないかしら」

 

杯を置く音がする。

 

「……まあ、本人が口にしない以上、推察ですけれど」

 

アルセリウスは、膝の上の手を組み直した。

 

「英雄や神話の人間は、あなたとは違います」

 

カイラスは、そちらを見なかった。

 

「ですが、彼らもまた人です。我々にはわからぬ苦難もあれば、苦痛もあるでしょう。それを受け入れ、踏み越えて進むからこそ、彼らは『英雄』なのです」

 

しばらく、誰も何も言わなかった。

 

「貴方は、英雄でも神話でもありません」

 

セラーナが言った。

 

「ですから、悩み、苦しみながら生きていけばよろしいのではないですか。それが人らしさですもの」

 

「……はい」

 

カイラスは、そう答えた。

 

答えたのは、返事が要る場面だったからだ。

 

言われたことは、耳に入っている。入ってはいるが、置けなかったものは、まだ置けないままだった。

 

                 ◇

 

アルセリウスが、立ち上がった。

 

立ち上がるのに、右手を寝台の縁につく。

 

つきながら、視線が下へ落ちた。

 

寝台の横に、剣が立てかけてあった。

 

誰が運んだのかを、カイラスは知らない。目が覚めたときには、そこにあった。

 

アルセリウスは、それを見た。

 

見て、しばらく動かない。

 

「……この剣は、どちらで」

 

「シェオゴラス公から、いただきました」

 

カイラスは言った。

 

「何やら、名のある騎士が使っていたと」

 

アルセリウスは、屈んだ。

 

右の腿が嫌がる角度だ。それでも屈んで、刃には触れず、柄の巻きのところだけを見ている。

 

「……これは、『聖騎士の剣』です」

 

「著名な遺物なのですか」

 

アルセリウスは、答えなかった。

 

答えるまでに、間があった。

 

「ペリナル・ホワイトストレーク」

 

「……エルフ殺しの」

 

息が、止まった。

 

「大英雄が使ったとされる剣です」

 

カイラスは、息を吸い直した。

 

吸い直したことに、自分で遅れて気づいた。

 

「……本当ですか」

 

「恐らくは」

 

                 ◇

 

言葉が、出なかった。

 

神々との繋がりなど、彼には一度も無かった。神殿へは行く。祈りもする。だが、それだけだ。走り、地図を覚え、鳥を飛ばす。それが彼の全部だった。

 

その彼が、神話の器になった。

 

されたのだ。

 

どこまでが誰の意思だったのかは、わからない。わかるための材料が、どこにも無かった。

 

                 ◇

 

アルセリウスは、まだ屈んでいた。

 

屈んだまま、何かを言っている。

 

声が小さい。こちらへ向けて言っているのではなかった。

 

「……アレッシア」

 

「……ドヴァーキン」

 

「最初のドラゴンボーンと、最後のドラゴンボーン」

 

間があった。

 

「……そしてペリナルの剣」

 

カイラスは、口を開いた。

 

開いた口から音が出る前に、アルセリウスが顔を上げた。

 

「すべては偶然のようで、必然なのかもしれませんな」

 

カイラスは、口を閉じた。

 

                 ◇

 

老魔術師は、膝に手をついて立ち上がる。立ち上がってから、一度だけ息を吐いた。

 

「カイラス殿」

 

「はい」

 

「……慰めにもなりませんが、恐らく答えは、考えたとて見つかるものではないでしょう」

 

「はい」

 

「いまは、ご自身の体を休めることに務める時です」

 

                 ◇

 

カイラスは、セラーナのほうを見た。

 

「ネレヴァリンと、ドラゴンボーンは」

 

「わかりませんわ」

 

言い方に、呆れが混じっている。

 

「あちらの方は、あの場で行かれましたのよ。あなたの腕を落として、剣を置いて、それだけで」

 

「……あの場で」

 

「はい。日のあるうちに」

 

「ドヴァキンは」

 

「明け方には、もうおりませんでしたわ」

 

セラーナは、杯の縁を指でなぞった。

 

「行き先は、聞いておりません。ただ、出ていく前に一度だけ」

 

「……はい」

 

「『生きているうちに、いまの世界を見ておきたい』と」

 

指が、縁で止まる。

 

「黙って出ていくのは、昔からですの。理由のほうを置いていったのは、初めてですけれど」

 

そう言って、彼女は笑った。

 

「そのうち、来ますもの」

 

「……来る、と申しますのは」

 

「わたくしのところへ」

 

セラーナは、裂けた指を見た。

 

「約束は、一度もございませんの。それでも来ますわ。前のときも、そうでした」

 

「そうですか」

 

                 ◇

 

カイラスは、天井の梁を見た。

 

木目は、さっきと同じところで途切れている。

 

初めて会ったのは、焼けた街だった。

 

崩れた石の上に火が集められていて、火を必要とする者は、あの場に一人もいなかった。馬が先に気づいて、それより先へ進まなくなった。

 

「何者だ」

 

炭の上に座ったまま、あの男はそう言った。立ち上がりもしなかった。

 

あのとき、左腕はまだ肩から下がっていた。焼けて、何も感じず、揺れるにまかせて。

 

                 ◇

 

その左が、いまは無い。

 

落としたのは、あの火のそばにいたダンマーだ。

 

その前に、こちらが先に斬っている。

 

刃は首筋から入って、途中で止まった。

 

止めたのは骨だ。そこまでは柔らかく、そこから先は固かった。固いところへ当たったとき、手のほうへ返ってきたものがある。

 

その返りを、彼はまだ持っている。

 

ダンマーは、避けなかった。

 

避けられなかったのかどうかは、わからない。

 

                 ◇

 

そのあとのことは、ほとんど残っていない。

 

残っているのは、一つだけだ。

 

後頭部のあたりが、冷たかった。

 

石ではない。石はもっと広い。あれは狭くて、固くて、形があった。

 

それが何だったのかは、わからない。

 

                 ◇

 

夢を見ていたのだと言われれば、そのほうが片がつく。

 

片はつかない。左が無いからだ。

 

あの二人は、この地にいた。

 

いた、ということだけが残っている。

 

                 ◇

 

セラーナは、窓のところで一度止まった。

 

「あの二人」

 

止まったまま、外を見ている。

 

「どこか似てましたわね」

 

カイラスは、何が似ていたのかを訊こうとした。

 

訊く前に、彼女は窓から離れていた。

 

                 ◇

 

次の朝、セラーナはいなかった。

 

窓の掛け金が、外れている。

 

それだけだった。

 

                 ◇

 

体を起こせるようになるまでに、いくつか朝が来た。

 

起こせるようになると、次は立つ番だ。立ってみると、体の重さが左右で違うことがわかった。歩くたびに、右へ寄る。

 

アルセリウスが来たのは、そのころだった。

 

旅の支度をしている。杖を一本、新しく持っていた。

 

「島へ、戻ります」

 

「アルテウムへ」

 

「はい」

 

彼は、少し黙った。

 

「……礼を申します」

 

「そんな」

 

「それと」

 

そこで、また黙った。

 

黙ってから、言った。

 

「あなたを選んだのは」

 

言いかけて、やめた。

 

やめた先を、彼は言わなかった。

 

「……申し訳ございませんでした」

 

                 ◇

 

カイラスは、少し笑おうとした。

 

うまくはいかなかったが、声は出た。

 

「……ずいぶん、きつい使いでした」

 

「はい」

 

「次は、もう少し近い所へお願いします」

 

「伝令が、あなたの本業でございましたな」

 

「はい」

 

「では、走れるようになってからにいたしましょう」

 

                 ◇

 

カイラスは、窓の外を見た。

 

壊れたものが、まだそのままある。だが、崩れたままではない。積み直している者がいる。

 

世界は、残った。

 

それだけは、彼にもわかった。

 

                 ◇

 

アルセリウスは、扉のところで一度止まる。

 

止まって、何か言おうとした。

 

言わずに、袖口を一度押さえて、出ていった。

 

                 ◇

 

その日、街で最も多く鳴っていたのは槌だった。

 

引きずる音は、もう少ない。運び出すものが減ったからだ。

 

大通りの端で、二人の兵が石を運んでいた。

 

巡回の途中らしい。槍を壁に立てかけて、順番に持ち上げている。持ち上げるのが年上のほうで、受け取るのが若いほうだった。

 

「そっちを持て」

 

「はい」

 

石が動いた。動いて、若いほうの足元で音が鳴った。

 

年上の男が、その音のほうを見る。

 

「新しいのか」

 

「はい。支給されました」

 

「安物だな」

 

「……はい」

 

「両方あるだろう」

 

「はい」

 

「なら、いい」

 

それだけだった。

 

二人は石を積み直し、槍を取って、また歩き出した。

 

                 ◇

 

その音を、寝台の上の男が聞いていたかどうかは、わからない。

 

窓は、開いていた。

 

槌の音が、あちらとこちらで鳴っている。

 

合っていない。

 

合わせる必要は、どこにも無かった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。