The Elder Scrolls : Dawn of Order 作:蛾の司祭
その年の、いちばん質の悪い降り方だった。
雪になりきらない。雨のまま落ちてきて、地面に当たってから凍る。ホワイトランの平原では、そういう日が年に何度かある。よりによってその日に当たったのが誰の落度なのかは、誰にも言えない。
◇
城壁の外に、布が敷いてあった。
ホワイトランのぶんだ。他の領は、それぞれの壁の外でやっている。
端から端まで、三十九枚。
風に持っていかれないよう、四隅に石を置いてある。近くの塚から運んだもので、運ぶだけで半日かかった。
◇
この平原に、天幕が並んでいたことがある。
白かった。あのときは、街道の見えるところまで来ていた。
いまは、布のほうが低い。
◇
布の上には、物が並べてある。
兜。留め具。帯の金具。折れた剣の、柄のほうだけ。ひとつずつ、間を空けて。
一枚に、十六ずつ。
三十九枚目だけが、十一で終わっていた。
十一で、持ち帰れたものが尽きる。
◇
遺体は、無い。
シロディールに置いてきた。あちらの土へ埋めた者もいれば、あちらの火で焼いた者もいる。ジェラールを越えて運べるものではない。
持ち帰ったのは、外して背嚢に入るものだけだった。
だから、並んでいる数と、帰らなかった者の数は同じではない。
どちらが多いのかは、並べた者なら誰でも知っている。
◇
物のそばに、札が置いてある。
木を薄く削り、細い革紐を通したものだ。名が書いてある。
書いていない札が、いくつかある。
「これは」
シグヴァルドが訊いた。
「わかりません」
答えたのは、若い書記だった。
「誰もわからんのか」
「はい。持ち帰った者も、拾った場所しか覚えておりません」
「……そのまま並べておけ」
書記は、うなずいた。
うなずいてから、書いていない札を、書いてある札と同じ向きに直した。
◇
留め具のひとつが、他と造りが違う。
止め方が逆だ。この国のものは外から掛ける。それは、内から掛けるようになっている。
「王よ」
書記が言った。
「帝国のものが、混ざっております」
「どれだ」
書記は、二つ目を指した。三つ目も指す。四つ目のところで、指が止まった。
「……直したのだと思われます。向こうで、壊れたぶんを」
シグヴァルドは、布の端から端まで見た。
見てから、言った。
「どれが帝国のものだ」
書記は、答えなかった。
「そのまま焼け」
◇
三十九枚目の端に、留め具がひとつ。
面に、狼が打ってある。
シグヴァルドは、そこで一度止まった。
止まって、何も言わずに、次へ行った。
◇
薪は、濡れていた。
朝から積んである。積んだ端から降られたが、途中でやめた者はいない。やめても乾かないからだ。
三度、火を入れた。
三度とも、煙だけが出た。煙は横へ流れる。風が下から来ているので、上へ行かない。
壁の内から、乾いた薪が運ばれてきた。屋根の下にあったぶんだ。それも、運ぶあいだに濡れた。
「待つ」
シグヴァルドは、そう言った。
言ってから、自分も立って待った。
誰も、帰らない。
◇
薪の向こうに、上半身に何も着ていない男が二人いた。
一人は腕に古い咬み痕がある。もう一人は、火の側に立っているのに震えていない。
シグヴァルドは、そちらへ歩いた。
「言い値で出すと伝えた。……受け取ってもらえなかった」
咬み痕のあるほうが、こちらを見た。
「金の話は、聞いていない」
「聞いていなくとも、勘定は残る」
「残らんよ」
男は、三十九枚目のほうへ顎をしゃくった。
「死んだわけじゃない。旅に出ただけだ」
シグヴァルドは、何も言わなかった。
「いま頃、走ってる。こっちより広いところをな」
「……それでも、負うものは負う」
男は、しばらくシグヴァルドを見た。
見てから、初めて表情らしいものを作った。
「なら、祝ってやってくれ」
「…祝う」
「送るんじゃない。祝うんだ。あいつらは、行きたいところへ行った」
シグヴァルドは、火のほうを見た。
まだ、ついていない。
◇
日が、いちばん高いところを過ぎた。
山のほうから、音が来た。
低い。ずっと低い。雷ではない。雷なら、来る前に光がある。
音は、地面のほうを伝わってきた。足の裏へ先に届いて、それから耳へ来る。
言葉の形は、していなかった。
「……いまのは」
誰かが言った。
答えた者はいない。
◇
雲が、割れた。
山のほうから裂けて、裂け目がこちらへ走ってくる。走った下から順に、雨が止んでいった。
風の向きが変わる。
下から来ていたものが横から来るようになり、それから、ほとんど来なくなった。
平原の上が、明るくなった。
誰も、その場を動かない。
しばらくして、一人が薪のところへ戻った。戻ったのを見て、残りも戻った。
◇
四度目で、火がついた。
つくときは、あっけない。濡れていたものが乾けば、あとは順に燃える。
布ごと、端から順に。
日が傾くまで、かかっている。
三十九枚目が、最後だった。十一のところで並びが切れていて、切れた先が、そのまま燃えていった。
◇
シグヴァルドは、火の手前に立っていた。
立って、空を見ている。
雲は、まだ動いていた。動きながら、少しずつ元へ戻ろうとしている。今日のうちに、また降るのだろう。
「……良い酒は、残しておかないとな」
隣にいたルーデウスが、顔を上げた。
「酒。…ですか?」
「なんでもない」
側近は、それ以上訊かなかった。
訊かずに、王の半歩後ろへ戻る。ソリチュードまでは、まだ何日かある。
◇
同じ日、同じ火が、いくつも上がっていた。
布の枚数は、それぞれ違っていた。
書かれた名の数と、書かれなかった名の数が、どこでいくつだったのかは、残っていない。
煙は、上へ行った。
風が、無かったからだ。