The Elder Scrolls : Dawn of Order   作:蛾の司祭

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第2話:言い値

地図の上に、黒い×が一つ増えていた。

 

リフテン。かつて蜂蜜酒の甘い匂いと盗人どもの囁きで濁っていた湖畔の都。その名の上に、側近の誰かが炭で引いた無骨な×が、ろうそくの灯を吸って鈍く光っている。ソリチュード、青の宮殿。その執務の間。高い窓の向こうには灰色の海が横たわり、潮の匂いを含んだ風が、石の廊下の奥まで冷たく忍び込んでくる。

 

シグヴァルド・ストームクロークは、卓に両手をつき、その一点を見下ろしていた。

 

長く、息を吐く。それは疲れというより、勘定の音に近かった。リフテンが落ちたということは、リフト全域の街道が敵の喉に落ちたということだ。あの都は南東の門だった。門を破られた家が、次にどこから風を入れるか——彼の指は、地図の上を滑る。リフテンから、西へ。ヘルゲンを掠め、ファルクリースへ。指の腹が、まだ×のついていない街の名を、静かに撫でた。

 

無人の谷だ。ファルクリースの民は、森と死者にしか興味のない土地に暮らしている。だが土地は逃げられない。

 

シグヴァルドは身を起こし、卓から離れた。

 

壁に、一枚の肖像が掛かっている。厳めしい顔をした、熊のような肩幅の男。ウルフリック・ストームクローク。反乱を勝ち、帝国の軛からこの大地をもぎ取り、奪われた神の名を取り戻した男。祖父。——シグヴァルドが物心つく前に、すでに老いていた男でもある。

 

絵の中のウルフリックは、いつものように、こちらを見ていない。画工は彼を遠くの地平を睨む姿で描いた。永遠に、どこか彼方の敵を見据えている。孫の顔など、一度も見たことのない目だ。

 

「あんたなら、どうした」

 

呟いても、絵は答えない。当然だった。祖父は答えを遺す男ではなかった。ただ剣を執り、吠え、道を切り拓いて、その後始末は生き残った者に投げてよこす。取り戻したタロスの名も、帝国との消えぬ禍根も、まとめて孫の卓の上に。シグヴァルドは、肖像の睨む地平を、しばし自分も見てみようとした。そこに何があるのか、ついぞわからなかったが。

 

扉が叩かれた。

 

側近が数名、地図と伝令の紙を抱えて入ってくる。宮殿の空気は、朝からずっと張り詰めていた。戦うか、静観か。壁一枚を隔てた広間では、首長たちの声がいまも上下している。帝国は我らの敵だった。今なお、停戦の紙一枚で辛うじて刃を伏せているにすぎない。帝国が落ちるところを見たい、という声も、確かにあった。

 

シグヴァルドは、その波を静かに聞いていた。上に立つ者の癖で、彼は自分が最後に口を開く。

 

「奴らはどこへ向かった」

 

「領内南部を西へ。進路上には、ヘルゲン、そしてファルクリースが」部下の一人が答える。

 

「鳥は飛ばしたか」

 

「は。すでに」側近が続ける。「領民はホワイトラン、マルカルス方面へ避難を始めております」

 

「ご苦労」

 

短く労い、シグヴァルドはまた黙った。民が逃げ切れば、それでいいのか。逃がした先で、次はどうなる。この谷の家々が空になったあと、敵の穂先はどこを向く——

 

そのときだった。

 

声が、来た。

 

南東の空の彼方、世界の喉笛から、天を裂くほどのスゥームが放たれた。それが壁を貫き、石を貫き、シグヴァルドその人の胸を、まっすぐに通り抜けていった。言葉ではない。だが、意味は違わず届いた。彼の血の奥で、何か古いものが、応えるように熱を持った。

 

理由は、わからなかった。ただ、祖父の祖父のそのまた向こう、アトモーラの氷の記憶にまで遡る何かが、その声に静かに首を垂れた——気がした。

 

側近たちも、一様に天井を仰いでいた。

 

「聞こえましたか」一人が、掠れた声で問う。

 

シグヴァルドは、しばらく答えなかった。壁の肖像を、もう一度だけ見る。地平を睨む祖父の目。その先にあったものが、いま、帰ってきたのかもしれなかった。

 

「……ああ」

 

低く、確かに。

 

「我らの、神話が帰還した」

 

彼は一度、大きく息をついた。迷いの分だけ吸い込んで、覚悟の分だけ吐き出すように。そして振り返ったとき、その顔からはもう、地図を見下ろしていた勘定の色が消えていた。

 

「軍備を整えるよう、各首長に伝えろ。ホワイトラン近郊を集結地点とする」

 

指示が、風を得た帆のように部屋を走る。

 

「同胞団にも使いを出せ」シグヴァルドは付け加えた。「金なら向こうの言い値で出す。力を貸すよう、伝えておけ」

 

側近の一人が、紙をめくる手を止めた。

 

「……あの者たちは、金では動きませぬ」

 

「知っている」

 

「では」

 

「それでも、言い値と伝えろ」

 

側近は一礼して、書き取った。書き取りながら、その一行だけ、筆の速さが落ちた。

 

側近たちが動き出す。扉の向こうの波は、まだ止まない。戦うか、静観か——その問いに、王はまだ表向き、何も答えていない。ただ、軍だけは、静かに立ち上がり始めていた。

 

扉が、叩かれずに開いた。

 

入ってきたのは老人だった。先代の頃からこの城にいる。シグヴァルドに文字と数と、王の座り方を教えた男だ。

 

「集めて、どこへ向けられます」

 

シグヴァルドは、地図を見たままでいた。

 

「決めていない」

 

「決めずに、集められるのですか」

 

「そうだ」

 

老人は卓のそばまで来て、×の並びを上から下へ見た。見てから、指をファルクリースの上に置く。

 

「ここの民は、もう逃げております。逃がされたのは陛下です。焼けるのは木と墓だけでしょう」

 

指が、そのまま南へ滑る。地図の端。線の向こうは、もう別の国だった。

 

「その先は帝国です。私は、その国と戦う陛下しか存じません」

 

窓の桟が、風で鳴った。

 

「北の民を、何のために死なせます」

 

シグヴァルドは、答えなかった。

 

「お答えになれませんか」

 

「答えられん」

 

老人の口が、半分開いたまま止まった。用意してきた次の一言が、どれも使えなくなったらしい。

 

「それでも集める」

 

シグヴァルドは、そこで初めて、老人のほうを見た。

 

「順序が逆なのは、わかっている」

 

老人は、しばらく王を見ていた。やがて短く息を吐き、卓の上の羊皮紙の端を揃えてから、背を向ける。扉が閉まる音は、開いたときより小さかった。

 

執務の間を出るとき、シグヴァルドは肖像を振り返らなかった。祖父の目が、いまどこを見ているのか。それを確かめる必要は、もう無かったのかもしれない。

 

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