UNKNOWN PROTOCOL -デジモンUP外伝- 作:宮塚慶
窓から射し込む太陽の光に照らされ、少女――
「んんー……。何、朝ぁ?」
寝転がったままうごめくヒスイ。
後ろ一つ括りのお団子頭が特徴的な彼女は、モゾモゾ動き回ってから二度寝を試みる。
そんな彼女の反応に周囲がざわついた。
「わっ! 長老様、目を覚ましましたよー!」
「おーい人間、大丈夫だギャ?」
二つの反応。
聞きなれない誰かの声に、ヒスイは重い瞼をゆっくりと開いた。
「……へ?」
「なんだギャ? そんなに驚いた顔をして」
そこにいた予想外の存在に言葉が出ない。
相手は明らかに人間ではなかった。言語を解する謎の生命体。
一つは黄色い恐竜。
それも白衣を着て博士帽を被った姿の、珍妙な小型恐竜だ。
「あー……っと? あたし、まだ夢見てるのかな。これ、シオンちゃんの影響でしょ」
「何をぶつぶつ言ってるギャ? おかしな人間だギャ」
ポカンとした顔でヒスイを覗き込む恐竜。
あまりにも非現実的な存在が疑念を向けてくる。その事実に思わず顔をしかめた。
高見ヒスイは、自身をごく普通の中学2年生だと自負している。
普段はソフトテニスに精を出し、男女分け隔てなく仲が良い。
家族とは多少折り合いが悪いものの、不自由なく暮らしている一般的な人間。
そんな純然たる人類代表の自分が、怪獣の方から怪訝な目で見られるとは。
「いや、恐竜が喋る方がおかしいでしょ! 第一ね――」
「まあまあ! そう怒らないでください、救世主様!」
弁明しようと意気込むヒスイをなだめるもう一つの存在。
こちらは犬や兎に酷似した、長い耳が特徴的な小動物だった。
黄色い恐竜と同じく、白衣に袖を通している。
「わ、こっちは可愛い……じゃなくて! 救世主様ってあたしのこと?」
「詳しくは長老様が説明します!」
そう言って犬兎が後ろを振り返る。
そこにいたのは、全身が白髪に覆われた毛むくじゃらな存在。
杖をつく姿は老人然としているが、背丈は二頭身程度しかなく、こちらも人間ではなさそうだ。
「あなた達、一体なんなの?」
純粋な疑問を言葉にする。
それを聞いて、彼らは口々に挨拶し始めた。
「僕はテリアモン助手です! 長老様やアグモン博士のお手伝いをしてます」
「ボクはアグモン博士だギャ! よろしくだギャ、人間!」
「そして、わしはジジモン。此処グリーンシェードの集落で長老をしている者じゃ」
白衣の小動物がテリアモン助手。
同じく白衣の黄色恐竜がアグモン博士。
そして杖をついた老人風のジジモン。
その名をなんとか記憶に刻み、ヒスイは叫ぶ。
「いや、ワケ分かんなーい!」
「ほっほっほ。まずは説明してやらんとな」
困惑しきりの彼女に向けて、ジジモンは自身の髭を撫でながら答えた。
「その前に、謝っておこう。急にキミを呼び出してしまってすまない」
「呼び出し……。そういえば、ここ何処?」
今、見慣れない木造の建物内にヒスイはいる。
雑多な屋内には生活感があるものの、まったく知らない風景だった。
「ここは“デジタルワールド”という世界なんじゃが……。今この世界は、原因不明の理由で凶暴化したデジモンが増え始めてしまっておる」
ジジモンは淡々と説明を続ける。
が、ヒスイはすぐに待ったをかけた。
「ごめん、どういうこと? デジタルワールド? デジモン?」
「わしらはデジタルモンスター、通称デジモン。キミ達人間とは異なる世界の生き物じゃ」
デジモンという単語には聞き覚えがある。
「デジモンって、あのアニメとかゲームになってるやつ?」
「ふむ。キミ達の世界では、そうした架空のモノとして伝わっておるじゃろう」
「ほ、本当にいるんだ……」
目の前に現れたアニメのキャラクター達に驚きつつ、一度発言を呑み込む。
意外にもヒスイは冷静だった。
これが見知ったキャラクターならば、感動や困惑でもっと騒いだかもしれない。
しかし彼女はデジモンという単語だけ知っているものの、詳細は把握していなかった。
伝聞で耳にしていただけで、実在したことへの衝撃は薄い。
「この崩壊しかけているデジタルワールドを在るべき姿に戻すためには、デジモン達と絆を紡ぎ、幾度となく困難を乗り越えることができる者――この世界の希望となる存在が必要だったのじゃ」
「へえ。って、それがあたしってこと?」
「そうじゃ。……と言いたいところなのじゃが」
ジジモンはバツが悪そうに答える。
「正直に言うと、キミが本当に救世主となるのかは分からん」
「何それ?」
「すまん。適性のありそうな者を手当たり次第に呼び出したのじゃ……」
「か、数撃ちゃ当たる作戦!?」
ぽりぽりと頬を掻くジジモン。
ヒスイは溜め息をついて肩を落とす。
「ねえ、それってあたしじゃなくてもいいって事だよね?」
「しかし! 少なくともキミには適性があるはずなのじゃ。この世界を救うため、キミの力を是非貸してくれんかの?」
「そんなこと言われても……」
世界を救う?
そんな突拍子もない話にすぐ返事をすることはできない。
「ワケ分かんないよ! 大体、今って夏休み直前だよ? これからいっぱい遊べるって時に、知らない世界を救う適性があるとか!」
間もなく訪れるはずだった夏の青春に思いを馳せ、憤るヒスイ。
ただし、今のところ何の予定もなかったが。それは言いっこ無しだ。
「キミが帰ると言うなら、わしの力で元の世界に戻すこともできる。じゃが、まずはこの集落を見て、世界の状況を判断してくれんか?」
「あ、帰ることはできるんだ。……そこまで言うなら、話ぐらいは聞くけど」
ジジモンの力で元の世界に帰ることができると知り、ヒスイは一度結論を保留にした。
詳しくないとはいえ、デジモンという未知の存在への興味はある。
話をするぐらいなら面白いかもしれない。
◇
「此処が噴水広場! 集落のデジモンたちで集まる定番スポットだギャ!」
「へぇー。水止まってるけど」
「そしてそっちが、僕たちの住んでいる居住区だよ」
「うーん。見事にボロボロだね」
「こっちにはボクたちの大事な食料を作る肉畑があるギャ!」
「に、肉の畑……? よく分かんないけど、干上がってるような」
アグモン博士たちに連れられ、ヒスイはグリーンシェードの集落を歩いていく。
水源の枯れた噴水。崩折れたツリーハウスの残骸。元は畑だったらしい荒れた土地。
世界のピンチというだけあって、どこも状態は悪い。
けれど同時に、こんな風にも感じていた。
「大変そうだけど、なんか……思ったより平和じゃない?」
環境の悪さに反して、集落のデジモンたちは誰もが笑顔だった。
食料を分け合い、楽しそうに談笑している。
今も、子どもと思われる小さなデジモンたちが広場を跳ね回り、ヒスイの前を通り過ぎて行った。
「みんな頑張ってるからね。どんな時にも笑顔を忘れないようにっていうのが、長老様の教えなんだ」
「そういうものなの?」
ヒスイに向けて微笑むテリアモン助手。
彼らの健気さに感心しつつも、彼女の疑問は止まない。
「この世界って、本当にあたしが助けなきゃいけないほどピンチなのかな?」
「ヒスイはまだ凶暴化したデジモンたちに会ってないからそんなことを言えるんだギャ」
「そんなにヤバいんだ」
「うん。実際に会ったら危ないから、ヒスイは隠れていた方がいいよー」
「世界を救う素質があるのに隠れなきゃいけないの? ワケ分かんないなあ」
デジモン自体は興味深い。
多種多様な見た目をしているのに、誰もが言葉を話せて意思疎通がとれる。
ファンタジーな世界を前に、ヒスイの内なる好奇心は刺激されていた。
一方で、彼女はデジモンについて何も知らない。世界の危機もどこか絵空事のように思えてしまう。
そもそも、世界を救う力とは何なのか。
「ねえ、なんであたしなの? あたし、デジモンのこと何にも知らないのに」
言いながら、友人の顔が頭をよぎる。
デジモンを好きな友人。適性があるとすれば、たとえば彼女なのではないか。
疑問にアグモン博士が答える。
「キミは、人間の世界からボクたちの世界にアクセスしたはずギャ」
「アクセス? あたしが?」
「アクセスしてきた人間の中から救世主の素質がある者を探して呼び出した、と長老様は言っていたギャ」
そんなことしただろうか? とこの世界に来る前のことを思い出そうとするヒスイ。
そこでようやく、一つの可能性が浮かび上がってきた。
「そうだ、アプリ! 『デジモンUP』っていうゲームが今日から始まるから、一緒にやろうってシオンちゃんが――」
「それだギャ! そのアプリ? から長老様が候補を見つけたというワケだギャ!」
デジモンUP。
それはスマートフォン向けにリリースされた、デジモンのゲームアプリだ。
ヒスイは友人に誘われ、学校から帰るや否やその新作アプリをダウンロードした。
そのまま試しに起動したところで画面が激しく光り輝いて――
「そっか。あれがきっかけだったんだ」
「わざわざこの世界を覗こうとした人だし、きっと僕たちに興味があると思ったんだけどねー」
「それは……ごめん。友達の付き合いだったから、あたしはデジモンについて知らないんだ」
「大丈夫だギャ! 長老様の目利きは確実なはず。キミにも世界を救う素質があるはずギャ」
「そうそう! きっと君も救世主だよ!」
アグモン博士とテリアモン助手は口々にそう言ってヒスイを祭り上げようとする。
しかし、未だに腑に落ちない。
アプリを起動してその世界に迷い込んだ。
そんな荒唐無稽な展開を信じることは難しい。
「本当にワケ分かんないことだらけ。そもそも、この格好はなんなの?」
アプリを起動した時、ヒスイは自宅にいた。
帰宅後すぐ部屋着に着替えてベッドへダイブ。そのままゲームを起動したはず。
しかし今は、恐竜がプリントされた真っ赤なTシャツにハーフパンツ姿。手袋も嵌められている。
どれもヒスイの私服ではない。
「こういう服装も案外ありだなーとか、あたしって結構なんでも似合うんだなーは思うんだけどさ。これ、誰の服なの?」
「な、なんで自信満々なんだギャ?」
自己評価の高いヒスイに困惑するアグモン博士。
「人間がデジタルワールドに来る時、思い描いた格好がインストールされることがあるって聞いたよ」
「じゃあ、これあたしの望んだ姿なの? あんまり趣味じゃないけど」
ともすれば小学生男子のようにも見える服を再度確認するヒスイ。
しかし、こんな状況でファッションにケチをつけても仕方がない。
次に彼女は周囲の景色で目に入ったものを指差した。
「そういえば、集落の紹介であそこには寄らなかったけど。あれは何?」
集落に面した絶壁。そこに洞窟の入り口らしき穴が開いている。
目立つ場所なのに何の説明もなかったので、どうにも気になった。
が、途端にアグモン博士が口籠る。
「あー、あそこは……気にしないでいいギャ」
「なんで? 危ない場所?」
「危なくはないよー。けど、近寄らない方がいいっていうのは本当かな」
テリアモン助手も、やんわりとヒスイを遠ざけようとする。
二体の不自然な態度に、ヒスイはますます疑念を深めた。
「ちょっと覗いてもいい?」
「えっと、駄目じゃないけど……」
「何なの二人とも、煮え切らないな。いいんだよね? 見てくるからね!」
半ば強引に歩き出す彼女に、あわあわとするアグモン博士たち。
ひょっこり洞窟を覗き込むと、そこには一体のデジモンがいた。
「こんにちはー。君……もデジモンだよね?」
「人間か」
赤い体表の恐竜。鋭い視線がギロりとヒスイを睨む。
どうやら、この洞窟はデジモンの住処だったらしい。
中は松明で灯りを確保しており、藁のベッドが敷かれているなど最低限の生活感もあった。
「君の家? なんで近寄らない方がいいなんて言われたんだろ?」
「集落のデジモンたちがそう言ったのか? なら間違っていない。ここから出ていけ」
フレンドリーだった他のデジモンとは違い、そのデジモンは明確にヒスイを拒絶してくる。
その態度に、彼女はむしろ興味を持った。
「どうして? せっかくなら、君とも挨拶したいと思ったんだけど」
「人間と関わるつもりはない、さっさと元の世界に帰れ」
「連れないなあ」
取り付く島もない。
冷たい応対をするデジモンに、それでもヒスイはにっこりと微笑みかけた。
「あたしはヒスイ! 中学2年の14歳!」
「聞いてない」
「お邪魔そうだから一旦戻るけど、しばらくこの集落にいるから。それじゃあ、また!」
「……もう来るな」
不愉快そうな顔を見せる赤い恐竜に手を振って、ヒスイは洞窟の外へ戻っていった。