UNKNOWN PROTOCOL -デジモンUP外伝- 作:宮塚慶
「あの黒いのがデビモン?」
「そうだ」
威圧感のある見た目に震えるヒスイ。
そっとティラノモンに寄りかかり深呼吸をする。
悪魔と形容するのが相応しい風体のデビモンは、目の前に立つ少女を睨んでいた。
「何度問われても答えは変わらん。貴様のような人間に与するつもりはない」
「そう。残念だけど、この世界の安寧を維持するつもりがないなら、無理矢理従わせるしかない」
頭につけた羽飾りが印象的な少女は、感慨もなさそうに告げる。
あれがカイノネ海岸にいた少女なのだろうか。
少女の見た目を知らないため真偽は不明だが、少なくとも保護対象としてイメージしていた人物像とは印象が異なる。堂々とした振る舞いだった。
「始めよう。トリケラモン」
「分かったよ、ノア」
ノアと呼ばれた少女に応じて、空間を裂くようにしながら三本角の巨竜が姿を現す。
その恐竜――トリケラモンは、対面したデビモンに丁寧な一礼を見せた。
「貴君が味方についてくれれば心強かったのだが、悲しい意見の相違だ」
「何者だ? 貴様、何処から……」
「知る必要はない。貴君の意思と関係なく、戦列に加わってもらうのだから」
トリケラモンは、そう言いながらデビモンをジッと見つめる。
すると、デビモンに鈍い輝きを放つ光の粒がまとわりついていった。
じわじわと全身へ巡っていく粒子によって、デビモンが悶え始める。
「なん、だ……これは……!」
侵食されていくデビモン。
様子を見ていたシオンが驚愕の声をあげる。
「ねえ、あれって……ホログラム粒子じゃない!?」
デビモンを蝕む光の粒たち。
それはヒスイたちがコカブテリモンやオオクワモン、シェルモンなどを気絶させて回収したホログラム粒子によく似ていた。
それを、あのトリケラモンというデジモンが操っている。
「どうなってんの!?」
「わ、分かんないよ! こんなのって……」
慌てふためくシオンとヒスイ。
ホログラム粒子に侵されたデビモンはやがて悶えることを止め、ギロりとヒスイたちへ狙いを定めた。
謎の少女ノアとトリケラモンも合わせてこちらへ向く。
「じゃあ、次は君たちの番」
ノアが短く宣言する。
様子見していたのがバレていたことや、相手の言葉の意味を理解する時間すら与えられない。
デビモンが彼女らの下へと飛び込んできた。
ティラノモンとタスクモンが瞬時に動き、伸ばしてきた敵の腕を弾く。
「ガァッ……ア……!」
「くそっ! 既に完全に操られている!」
襲い掛かるデビモンを往なしながら、ティラノモンが状態を確認。
デビモンは元々好戦的な存在だが、同時に知恵者でスマートな戦い方を好む一面がある。
しかし、目の前にいる敵は完全に理性を失ったケダモノだった。
目を剥き、口元からはダラダラと涎が垂れている。
グリーンシェードに攻め込んできた時のコカブテリモンと姿が重なって、ティラノモンは気が重くなった。
「人間! これはお前の仕業なのか!?」
ノアに向けて問いかけるティラノモン。
相手はまったく聞いていない様子で、前髪を指先で弄んでいる。
一方で、彼女の隣にいたトリケラモンはデビモンと並んで交戦の構えに出てきた。
「侵入者諸君、お初にお目にかかる」
悠長に挨拶しながら、トリケラモンはその屈強な腕を振るって打撃を仕掛ける。
タスクモンがそれを受け止めた。
バシッと肉と肉がぶつかる音が響いて、タスクモンは歯を食いしばる。
「こいつ、とんでもない馬鹿力だ!」
「貴君らとはレベルが違うのでね。むしろこの一撃を止めたこと、称賛に値する」
「敵に褒められて嬉しいもんか!」
吐き捨てるタスクモン。
トリケラモンは喉を鳴らして短く笑うと、そのまま両腕を力の限り押し込んできた。
じわじわと後ろに追いやられながら踏ん張る。
デビモンを投げ飛ばして、ティラノモンが叫んだ。
「タスクモン、何をしている!?」
「うっるさいなー! こいつバカみたいに強いんだよ!」
「チッ!」
二体の横手からティラノモンが突進。
だが、トリケラモンは右手でタスクモンを押しながら、左手一本でティラノモンの体を防いでしまう。
「なっ!?」
「一対一で戦っていたのに、それは無粋な手だね。……デビモン」
淡々と、諭すように言うトリケラモン。
彼の呼びかけに応じて、デビモンが再び立ち上がってティラノモンに迫る。
「デスクロウ!」
「ぐわぁッ!」
デビモンの腕が伸び、そのままティラノモンの左肩を――貫いた。
腹部を狙っていたように見えたが、寸でのところでなんとか致命傷だけは回避。
しかし、肩から伝わる激しい痛みにティラノモンは嗚咽を漏らした。
「が……はァ……!」
「ティラノモン! 嫌ぁっ!」
ヒスイが震える声で叫ぶ。
トリケラモンは一度タスクモンを捻って地面に叩きつけると、その場に崩折れるティラノモンの方へと近づいていく。
「さて、貴君らには効かぬかもしれないが」
何やら独り言ちて、トリケラモンがそっと手を動かす。
ホログラム粒子だ。それをティラノモンの傷口から体内に侵入させようとしている。
ヒスイは無我夢中で飛び出し、ティラノモンとトリケラモンの間に割って入った。
「やめて!」
「無茶はよせ……スイ……!」
泣き叫びながらも相棒を庇うヒスイ。
彼女の激情に反応するように、ポケットに仕舞われていたデジヴァイスが光を放つ。
そのまま敵のホログラム粒子を弾いて、ティラノモンの体を守るように包み込んだ。
「ふむ。やはり、リアルワールド由来のデータは人間に弾かれるか」
トリケラモンは納得したように頷く。
「だが、その傷では戦えまい。すぐに始末してあげるから、大人しく見ていたまえ」
「……ふざけんな」
あまりにも淡々とした敵の言い分。
呆然とするヒスイに代わって、シオンが吼える。
「ホログラム粒子を操ってるってことは、アンタがこの世界を混乱に陥れてるってこと!? それでスイちゃんのティラノモンまで……許せない!」
「シオン、任せて!」
彼女の憤りに応えて、タスクモンが再びトリケラモンへ飛び込んでいく。
それに合わせて、シオンはデジヴァイスを構えた。
「スキルカード発動! 『ブーストチップ』!」
「ホーンドライバー!」
シオンが発動したスキルカードの効果によって、タスクモンが一気に加速。
そのまま両肩の二本角を構えてトリケラモンを狙う。
先ほどと同じように余裕をもった動作で攻撃を受け止めるトリケラモン。が、予想以上の力に押し負けて後ずさった。
「やるな、侵入者よ」
「黙れ!」
タスクモンがさらに勢いを増す。
怒りに任せた我武者羅な攻撃に、トリケラモンも流石に歯を食いしばった。
様子を見ていたノアがぼやくように彼の名を呼ぶ。
「トリケラモン?」
「ああ。すまないノア。少しばかり油断していたよ」
返答を聞いて、ノアが気怠そうに動いた。
自身の着ているオーバーオールのポケットを探り、ゆっくりと何かを取り出す。
「デジヴァイス! じゃあ、あなたも救世主なの!?」
「……?」
驚くシオンに怪訝そうな目を向けるノア。
彼女の手には、紫が鈍い輝きを放つデジヴァイスが握られていた。
緩慢な動作で操作し、宣言する。
「スキルカード発動。『ハッキング』」
彼女のデジヴァイスからカード型の光が飛び出してスキャンを開始。
発動したスキルカードの力は、トリケラモン――ではなくタスクモンに降り注ぐ。
「な、なんだこれ……体が……!」
突撃の力を込めていたタスクモンの体が痙攣し、そのまま地面に倒れた。
全身にノイズのような光が走り、タスクモンを構成する輪郭がぼやけていく。
先ほど倒れたティラノモンの姿がよぎり、シオンが焦る。
「た、タスクモン! 駄目!」
「ぐうぅ! シオン、逃げて……!」
駆け寄ろうとする彼女に向け、逃走を促すタスクモン。
形勢逆転したトリケラモンが彼の眼前で嗤う。
「ノアの手を煩わせてしまって申し訳ないね。それじゃあ、始末しようか」
言いながら、タスクモンを踏みつぶそうと足を持ち上げる。
そこで。
「ファイアーブレス!」
トリケラモンの頬を炎が掠めた。急いで後ろに下がり様子を確認する。
すると、先ほどまで深手を負っていたはずのティラノモンがヒスイと共に立ち上がっていた。
二人でしっかりと敵を睨みつけている。
「ほう? 傷が塞がっている……?」
ティラノモンに外傷は見られない。
ヒスイが目元の涙を拭いながら、デジヴァイスを構えて見せる。
「スキルカード『愛のばんそうこう』だよ」
土壇場で発動した、彼女にとって二つ目のスキルカード。
真剣な眼差しをするヒスイとティラノモンに、トリケラモンは忌々しさを覚えつつもニヤりと笑う。
それは、狩り甲斐のある獲物が育っていることに対する喜びだった。