UNKNOWN PROTOCOL -デジモンUP外伝- 作:宮塚慶
ぴちゃん、と水の滴る音が反響する。
ひんやりとした空気と薄暗い景色。洞窟の中にいることを、ティラノモンは何となく察した。
ぴちゃん、と再び水音が響く。
意識が覚醒するのに合わせて、その音が妙に耳障りに感じられて身をよじる。
「ここは……ぐっ!」
声を発したのと同時に、脇腹に激痛が走る。
痛みと連動して、ダメージの原因となった先の戦いが記憶に呼び起こされた。
チンモク山に出向き、何故か敵対してきたトリケラモンと戦ったこと。
その戦いに敗れ、敵が生み出した突風に呑まれ吹き飛ばされたこと。
そして相棒であるヒスイたちと――
「そうだ、スイ! ぐぅ……!」
相棒であるヒスイと離れ離れになったことを思い出し、ティラノモンは飛び起きると同時に体の痛みで悶える。
それを呆れた様子で咎める声がひとつ。
「無茶すんなよ。バカだなあ」
「……タスクモンか。スイたちは?」
「あの場で離れ離れになった。キミの方がよく知ってるでしょ」
背を向けたまま、不貞腐れたように伝えてくるタスクモン。
突風に流された後ティラノモンは気絶していたが、どうやら合流は果たせなかったらしい。
ふむ、と考えつつ言葉を紡ぐ。
「ここに運んだのはお前か?」
「……そうだよ。ったく、バカみたいに重いし! しかもこの辺は暴走化したデジモンたちが無茶苦茶いて大変だったんだから!」
「そうか。悪かったな」
素直に謝辞を告げる。
その返事が意外だったのか、タスクモンは驚いて振り返ってきた。
「どうしてキミがお礼を言うのさ」
「ん? いや、助けてもらったのだから当然だろう」
呆然とティラノモンの顔を覗き込むタスクモン。
「なんだ? 意外そうな顔をして」
「いや、その……うん。普通に意外だった。もっと他人に冷たいヤツだと思ってたから」
「オレをなんだと思ってたんだ、お前」
呆れた声でティラノモンがそう言うと、バツが悪そうにタスクモンは息を吐き出した。
それからどう続けるべきか逡巡し、しばらく間を置いてからボソりと溢す。
「ボクも、悪かったよ」
「何がだ?」
「キミへの態度とか。あと、トリケラモン相手に結局歯が立たなくてキミにも迷惑をかけたし」
「……ああ」
尊大な態度をとっていたタスクモンは鼻っ柱を折られたことで大きく出られず、ティラノモンも相手が下手に出るならばそれ以上争うつもりはない。
互いにぎこちなくだが、少しだけわだかまりが解けた気がする。
しおらしい態度になった相手を見て、ティラノモンは思わず笑ってしまう。
「ククッ」
「何がおかしいのさ!」
「いや、タスクモンと言えば好戦的なウィルス種のデジモンだろう。お前の性格は似合わないと思ってな」
タスクモンは、パンツァーデジモンという異名を持つ猪突猛進なデジモンだ。
敵を撃墜し、その数を勲章として生きる獰猛な種族である。
それが柄にもなく反省している姿は、ティラノモンの持つ知識と乖離していて妙に可笑しかった。
しかし笑われたタスクモン側は愉快ではなかったのか、そのまま言い返してくる。
「そんなこと言ったら、君だってティラノモンの癖に肩肘張ってて、全然らしくないよ!」
「むっ。それは……そうか」
ティラノモンはティラノモンで、その様子は一般的なものとかなり違う。
本来であれば穏やかな性格で、誰にでも育てやすい初心者向けのデジモンだ。
少なくとも、我を押し通して周囲と孤立してしまうような一匹狼気質ではない。
自分では考えたこともなかった種族としてのズレを指摘され、ティラノモンは気恥ずかしく思った。
「そう思うと、オレたちは似つかわしくない進化をしたのかもしれないな」
「アンノウンプロトコルってやつ? やっぱり、シオンたちの影響なのかな?」
アンノウンプロトコル。この世界に存在しないはずの進化を呼び起こす救世主。
ジジモンが素質のある人間を複数召喚した。
本人に素質があっても覚醒するかは未知数で、分の良い賭けとは言えない存在。
だからこそティラノモンは不確かな人間に頼ることを嫌い、自分たちの力で世界を奪還すべきだと唱えていた。
しかし結果として、ヒスイとシオンはその力に目覚めた。救世主の証であるデジヴァイスを手にし、相棒としてティラノモン達と契約を結んだ。
すべて順調だったはず。
「あの人間もアンノウンプロトコルなのかな?」
「デジヴァイスを持っていたし、その可能性は高い。ジジモンに話を聞ければ早いが……」
敵対してきた少女が何者なのかは分からない。
ジジモンが召喚した人間の一人だったとして、何故敵対しているのか。
そもそも、ホログラム粒子を使って他のデジモンを暴走化させるという行い自体が倫理観に反している。
いくら考えても埒が明かない。ティラノモンは思考を放棄してタスクモンを見る。
「なんにせよ、オレたちが動かないと始まらないな」
「動けるの? というか、動くって言っても何処に行くのさ?」
「決まっているだろう。スイたちのところだ」
当然のこととして告げるティラノモンに、タスクモンはまた驚かされた。
「シオンたちがどうなったか分からないのに、よくそんな決断ができるね」
不安そうな顔をするタスクモン。
チンモク山に行くまではかなり強気だったのに、たった一度の敗北でここまで弱気になっているとは。
ティラノモンは困惑しながらも答える。
「じゃあお前は、スイたちが死んだと思うのか?」
「そんなわけないだろ! ただ何処にいるのかも分からないし、キミだって傷だらけでロクに動けない。こんな状況だと少し滅入るってだけだよ」
反抗する素振りは出すものの、やはり消極的な意見に終始するタスクモン。
とはいえ、その意見自体は真っ当なものだ。今の彼らには相棒の居場所も、そもそも生きているのかすら分からない。
あの突風に吹き飛ばされて、そのまま地面に叩きつけられていたら。
人間の防御力は知る由もなかったが、おそらく無事では済まないだろう。
「スイ……」
不安が伝播して、ティラノモンも相棒の名を呟いた。
すると。
「……ん?」
突然ティラノモンの傷口に、バツマークに重ね貼りされた絆創膏が取り付けられた。
それをじっと見つめて、それからタスクモンと互いに目を合わせる。
「これって、キミの相棒が使ってたスキルカード?」
「ああ。『愛のばんそうこう』だったか……」
それが突然現れたということは?
タスクモンが顔を明るくさせて叫ぶ。
「これ、ヒスイがスキルカードを使ってくれたってことだよね!? 生きてるんだ!」
「そうか。スキルカードは距離に関係なく使えるものなんだな」
冷静に仕組みを理解したような口ぶりをしつつ、ティラノモンも内心の安堵を隠せていない。
気づけば口元をニヤりと歪ませていた。
小さなリアクションのティラノモンに対して、タスクモンは小躍りしながら喜んでいる。
「やったやったー! シオン、待っててねー!」
お前の相棒の安否はまだ確認できていないんじゃないか、と無粋なことを思いつつティラノモンは言葉を呑み込んだ。
きっと二人一緒にいるはず。少なくとも今はそう思っていた方が心穏やかでいられる。
改めて傷口の絆創膏を見つめ、ティラノモンはホッとひと息ついた。
「せっかくスイがスキルカードを使ってくれたんだ。オレも体を万全にしてから、助けに行くとしよう」
「よし! そうと決まれば、なんとか食料を確保して英気を養わないとね!」
タスクモンがやる気を出して歩き出す。
「外に行くなら気をつけろ。敵がうろついているんだろう?」
「へぇー。ボクの心配してくれるんだ?」
「食料を持ち帰らなかったらオレも困るだけだ」
「はいはい。注意していくから待ってなよ!」
前と変わらない煽り合いを見せつつ、タスクモンは洞窟の外へと出ていく。
その会話からはすっかり険がとれて、二体の関係は少しだけ改善したように思えた。
ティラノモンは静かに微笑んで、治療のためにもう一度体を横にしたのだった。