UNKNOWN PROTOCOL -デジモンUP外伝- 作:宮塚慶
ぴちゃん、と水の滴る音が反響する。
声が聞こえてきた。近くで話す誰かと、遠くでガヤガヤしている複数の喧騒。
ぴちゃん、と再び水音が響く。
だんだんと近くの声が鮮明になってきて、熾屋ヒスイはゆっくりと目を開いた。
「……イ……ゃん! スイちゃん!」
聞こえていたのは友人であるシオンのものだったらしい。
とても心細そうにヒスイを覗き込んでいた。彼女が目を覚ましたことで、その表情が一気に破顔する。
「スイちゃーん! よかったあー!」
「シオンちゃん……ここは……?」
喜ぶシオンに半ば抱えられるようにして、ヒスイは起き上がる。
この場所はどこかの建物の中。
木造の屋内は湿気に満ちており、見ると窓の向こうに雨が降り注いでいた。
「ここはゲコモン沼だって。トノサマゲコモンが統治している土地で、飛ばされたウチらを保護してくれたんだ」
「飛ばされた……? そっか、あの女の子との戦いで……」
ぼんやりとしていた記憶が目覚めていく。
結局、あの少女――ノアを前にして、ヒスイは何もすることができなかった。
相手が何を考えてホログラム粒子を使っているのか。デジタルワールドをどうしたいのか。
「あたし、これでもコミュニケーション能力は高いと思ってた。話せば分かってくれるって」
「スイちゃんのコミュ力は充分高いと思うけど」
「でも、ノアちゃんに何もしてあげられなかった」
暗い顔で、先の戦いを思い出すヒスイ。
話を聞こうと何度も問いかけた。相手も返事をしてくれたが、最後まで真意を掴むことはできなかった。
「あたし、自分ならどんな人とでも分かり合えるって自惚れてたのかもしれない」
しょげている彼女の頬を、シオンは両手で包み込んだ。
そのままギュッと顔を押し込む。
「ふにゃっ!?」
「スイちゃん! そんなこと一人で抱え込んだってどうしようもないでしょ!」
むにむにとヒスイの頬を弄んで、シオンはニコりと微笑んだ。
「ウチは、スイちゃんの言葉があの子にも伝わったって信じてる」
「そう、かな」
「あんなバトル中に話し合うなんて無理なんだから! 次会った時こそ、落ち着いて真意を聞き出してやろう!」
「……うん。ありがと、シオンちゃん」
「つーかお人好しすぎ! ウチらだって危なかったんだからね!」
ムッとした顔で告げるシオン。
相変わらずシリアスな状況に似合わない艶やかな水色のメイド服姿。その落差を改めて実感し、ヒスイはようやく心を落ち着ける。
冷静になったことで現状について考える余裕も生まれた。
「そういえば、ゲコモン沼だっけ? なんでここに?」
「あ、それはね――」
「ボク達が発見したからゲコ」
シオンが状況を説明しようとしたところで、新たに話しかけてくる者がいた。
見ると、この部屋の入り口に二足歩行の蛙が立っている。
首元に巻かれているのはマフラー……ではなく、大きなラッパ。
ギョロりとした目には存在感があり、ぬめっとした皮膚も相まってヒスイは何となく引き気味になってしまう。
一方で、シオンは愉快そうな顔でゲコモンに頬ずりしていた。
「このゲコモン達が助けてくれたんだよー。いやあ、色んなデジモンに会えて眼福がんぷく」
「……ベタベタ触るのは止めるゲコ」
あからさまに嫌そうな顔をする蛙もといゲコモン。
どんなデジモンが相手でも愛でるモードに入ってしまうシオンの偏愛っぷりに感心しつつ、ヒスイは頭を下げる。
「助けてくれてありがとうね、ゲコモン」
「空の敵に備えて張っていた網にお前たちが偶然引っ掛かっただけゲコ。助けたつもりもないので気にしないでいいゲコ」
「ゲコモンってツンデレなんだ!」
「ツン……? やっぱり人間ってよく分からないゲコ」
謎の解釈で納得するシオン。
相手の理解を得る気がない彼女のマイペースさにヒスイは苦笑する。
ともかく自分たちはかなり幸運に助けられたらしい。高所に吹き飛ばされたことだけはハッキリと覚えていたので、あのまま落下していればひとたまりもなかっただろう。
ノアがスキルカードで生み出した突風。あの中で見た景色を思い出して、ヒスイは周囲を見回す。
「そういえば、ティラノモン達は?」
その言葉で、ゲコモンを撫で回していたシオンの顔が曇る。
「タスクモン達は別方向に飛ばされちゃったんだよね……」
自分本位な印象のあるシオンだが、流石に相棒の安否については気がかりのようだ。
声のトーンが落ちた彼女の様子を見て、今度はヒスイが明るく努める。
「大丈夫! あたし達ですら無事だったんだし、デジモンの方が丈夫でしょ?」
「……だね。ウチの相棒がそう簡単にくたばるはずないし!」
痩せ我慢的ではあるが、二人で明るく振る舞うとそれだけで不安が軽減される気がした。
それでも、やはり相棒のことは心配になる。向こうも恐らく不安に思っているだろう。
お互いが繋がっている証――デジヴァイスを見つめるヒスイ。
そこでふと閃いた。
「そうだ。スキルカード、使えるかな?」
「え? 何、ウチらで『フィールドサイクロン』使ってもう一回飛ぶ?」
「しないし、そもそもあのカードは持ってないよ!」
スキルカードが手に入る条件は分かっていない。
これまでヒスイは『戦闘は火力!!』『愛のばんそうこう』を、シオンは『ブーストチップ』を手に入れたが、どれも戦闘中に突然発現したので再現性はない。
もちろん、ノアと同じ『フィールドサイクロン』を手に入れたところで自由に空を飛べるわけではないので、シオンの言葉は冗談に過ぎなかったが。
「そうじゃなくて、ティラノモンが怪我してるかもしれないと思って」
「なるほど。でもスキルカードって離れていても使えるのかな?」
「分かんないけど……。上手くいけばあたしの無事も伝えられるし、やって損はないはず」
ヒスイは早速デジヴァイスを操作。
スキルカードの項目を選び、相棒へ通じるように祈りながらボタンを押す。
「スキルカード発動。『愛のばんそうこう』」
画面から飛び出したカードはそのままデジヴァイス側面のスキャナーに読み込まれ、眩く輝いた。
通常の発動時と同じ反応。なんとなく無事に成功した気がして安堵の息を漏らす。
居場所を見つける機能もあればいいのに、と無いものねだりをしつつヒスイは頷いた。
「さて。あたし達はこれからどうしよう?」
「もちろん、タスクモン達の居場所を捜さないと」
「でも今のままじゃ凶暴化したデジモンと戦えない。ジジモン達に助けを求めるとしても、グリーンシェードにすら帰れないよ」
「それはそっか。困ったね」
腕を組んで考え込むシオン。
ティラノモン達の居場所は分からないが、ジジモンに会えれば各地にゲートを開いてもらえる。
少なくとも徒歩でアテなく彷徨うよりは効率的なはず。
だが肝心のグリーンシェードに帰る術がない。ジジモンが偶然ゲコモン沼にゲートを開いてくれる可能性は薄い。
頼りになるデジモンの仲間が必要だ。
ヒスイとシオンの考えが一致する。二人で、その場にいたゲコモンへ視線を向けた。
「な、なんでこっちを見るゲコ?」
「ねえ恩人のゲコモンさん。勇敢で頼もしいあなたに、折り入って相談があるんだけど」
「嫌ゲコ」
「まだ何も言ってないよ!?」
「話の流れで分かるゲコ! 外は暴走デジモンが沢山で危険ゲコ! 第一、ボク達は戦いが苦手ゲコ!」
必死に拒絶するゲコモン。
流石に嫌がるデジモンに無理強いはできない。ヒスイはうーむと唸った。
「ここを治めてるトノサマゲコモンっていうデジモンと話はできないかな?」
「殿は引きこもりなのでもっと無理ゲコよ」
「実の主君に引きこもりて」
あまりに直球な物言いにシオンが突っ込む。
とにかく、ゲコモン達はこの沼から出るつもりはない。それだけは態度からはっきりと分かった。
ではどうするべきか。
頭を捻っていると、そこへ。
「ゲコモーン! 戻ったよー!」
また新たに声が聞こえてきた。
そのまま声の主が近づいてきて、部屋の扉を開く。
「お、目覚めてんじゃん」
言いながら、ヒスイの顔を見てニッコりと微笑む相手。
それは――首元に巻いたスカーフとボーイッシュな格好が印象的な、人間の少女だった。