UNKNOWN PROTOCOL -デジモンUP外伝- 作:宮塚慶
洞窟を出たヒスイを、アグモン博士とテリアモン助手が心配そうな顔で迎え入れる。
「大丈夫だったギャ?」
「うん。あの子は?」
「彼は変わり者のギルモンだよ」
どう変わり者なのか、と問い返す前にテリアモン助手は説明を付け足す。
「長老様が人間の救世主を呼び出して事態の解決を図ろうとする中、デジモンの力だけで決起すべきだって反発してたのがあのギルモンなんだ」
「へぇ。他人に頼らず戦おうってことなら、立派なことじゃん」
「集落には元々もっと強いデジモンたちもいたけど、みんなやられていったギャ。残ったボクたちで戦うなんて無理に決まってるギャ!」
どうやら、他のデジモンは過去に敗戦したらしい。
その結果、自分たちで解決することを諦めて救世主の召喚に一縷の望みを託した。
けれどギルモンは、自分たちの力で立ち向かおうとしているという。
部外者であるヒスイにはどちらが正しいのか分からないが、周りに流されない主張を貫くギルモンには俄然興味が湧いていた。
◇
その後もヒスイは集落を案内してもらい、デジモンたちと交流を図った。
そこで感じたのは、一見すると明るく生きようとしている彼らも本音では悲観的になっているということ。
暴走したデジモンには絶対に敵わない。何度もその言葉を聞いた。
どこか安全な遠くに逃げたい。しかし、安全な場所なんてこの世界にはない。
ひと通り話を聞き終えたヒスイは、しばらく考えたいと言ってアグモン博士たちと別れて今に至る。
「あたし、どうしたらいいんだろ?」
一人で木陰に座り込み、改めて集落を見渡す。
グリーンシェードの木々が運んでくる空気は新鮮で、普段都会の喧騒の中で生きる彼女にとって居心地が良い。
少なくとも、悪い場所ではなさそうだと感じていた。
「やっぱり平和だよねぇ」
世界のピンチなど微塵も感じさせない、ゆるやかな雰囲気。
だからこそ彼女は困っていた。
この世界を救うのがどれほど重要なことなのか分からない。
案外大した話ではなくて、少し手を貸せば何とかなるようなことなのかも。
そう考えてしまう程度には、穏やかな時間が流れている。
「……もうちょっと話を聞いてみるか」
ヒスイは立ち上がって歩き出す。
世界の危機について教えてもらうならば、現状を最も憂いているデジモン――ギルモンに聞くのが一番だと判断して。
先ほど邪険にされたことは気にも留めず、躊躇なく洞窟の中へ顔を覗かせた。
「やっほー。ねえギルモン」
「もう来るなと言ったはずだぞ、人間」
洞窟内に吊り下げられたサンドバッグを殴りつけていたギルモンが、うんざりした様子で声を漏らす。
それでもヒスイは臆することなく話しかけた。
「君はこの状況を、デジモンだけで解決すべきだと思ってるんだよね?」
「……そうだ。人間には関係のないこと」
冷たくあしらいつつも返事はしてくれるギルモン。
案外親切なんだな、とヒスイの頬が緩んだ。
彼女が笑むのを見て、対照的にギルモンは顔をしかめる。
「なんだ? 他のデジモンたちと同じように、そんなことは無理だと言いたいのか?」
「ううん。立派だと思って」
「何?」
ヒスイはギルモンの考え方を素直に肯定した。
その反応を見て、ギルモンは意外そうな顔をする。
「あたしね。これでも学校の成績は結構良いし、運動もできる優等生なんだ」
「がっこう……? 何の話だ?」
「人間の中では結構優秀だってことだよ」
えっへん、と胸を張ってみせるヒスイ。
尊大な態度だがギルモンにはよく分からない。
「でね、あたしのクラスにシオンちゃんっていう友達がいるんだけど」
言いながら、写真を見せてあげようとヒスイはスマートフォンを探す。
そこで自分が普段とは違う格好をしていて、何の持ち物も持っていないことを思い出した。
困りながらも話を続ける。
「その子はあんまりクラスで馴染めてなかったんだけど、いつでも自分の好きなものに全力投球で。あたしはシオンちゃんのことが気になって、めちゃくちゃ話しかけたの」
「今みたいにか? 迷惑なやつだ」
皮肉げに鼻で笑うギルモンだが、ヒスイはそれも受け流す。
だんだんと言い返すのも馬鹿らしくなり、気づけばギルモンは黙って話を聞いていた。
「あたしは他の誰かより勉強ができるとか、スポーツができるとかって、比べることでしか自分を表現できない。それを家族にも望まれてたから、小学校の時はうんと頑張った」
家族や小学校といった概念のないデジモンには理解し難い話。
それでもギルモンは、静かにヒスイを見つめている。
「でも途中で気づいたんだ。あたしって何のアイデンティティも持ってないんだなって。それに比べてシオンちゃんは自分の道を貫いていて、恰好いいなーって思ったんだよ」
シオンという友人のことを褒め称えるヒスイ。
一区切りついたのを見計らって、ギルモンが問いかける。
「何が言いたい?」
「うーんとね……分かんない」
「は?」
あまりにも曖昧な態度にポカンとするギルモン。
自分でもまとまりがないと思ったのか、ヒスイは照れくさそうに笑った。
「でも、周りの意見に流されず、自分の力で何とかしたいって頑張るギルモンは立派だと思う。あたしは君に、シオンちゃんと同じものを感じたんだよ」
あまりにも要領を得ない話に、ギルモンも思わず頬を緩める。
「人間は救世主だと聞いていたが、お前はその……変なやつだな」
「褒め言葉だと受け取っておくね。それと、あたしはヒスイ。せっかくなら名前で呼んでほしいな」
「知らん」
「なぁにぃ? 恥ずかしいの? シオンちゃんみたいに、スイちゃーんって呼んでくれてもいいけど」
「だから知らんし、呼ばん」
「つれないなあ」
変わらず煙たそうにするギルモンだが、ヒスイにはその反応が少し軟化したように思えた。
だからそのまま洞窟の中へ踏み込んでいき、隣にペタりと座り込む。
「なんだ? 鬱陶しい」
「気にしないで。それより、この世界のことを教えてよ」
距離の近い彼女の対応に溜息をつくギルモン。
しかし、やはり話を切り上げたりはしない。素直にこれまでの経緯を話し始める姿に、ヒスイは満足そうに頷いた。
「もうずっと前のことだ。一部のデジモンたちが突然凶暴化した」
「何があったの?」
「不明だ。暴走したデジモンには言葉も通じず、俺たちは隠れるしかなかった」
話していて苦難を思い出したのだろう。ギルモンはギュッと拳を握る。
その態度はどこか辛そうで、これまでお気楽だったヒスイも固唾を飲んだ。
「一部のデジモンたちが抵抗しようと立ち上がったが、暴走に立ち向かった者も敗れ、やがて彼らも理性を失い凶暴化した」
「じゃあ今集落を襲っているデジモンの中には、ギルモンたちの仲間もいるの?」
「ああ」
その言葉に、ヒスイは顔をしかめる。
強張る彼女の反応を見て、ギルモンは疑問を浮かべた。
「なんでお前がそんな反応をする?」
「だって、友達と戦うなんて可哀想じゃん! ギルモンだって嫌でしょ!?」
「嫌、か。……そうだな」
自分以上にヒートアップするヒスイの姿に、ギルモンの溜飲は下がってしまう。
今の短い状況説明だけでここまで感情移入する彼女の存在を、ギルモンは少しだけ面白いと思った。
不安そうな顔で問いかけるヒスイ。
「なんとかならないの?」
「凶暴化したデジモンにはホログラムの粒子が付着している。あれが何らかの作用を及ぼしているのではないか、というのがジジモンの見立てだ」
「じゃあ、それを剥がしてあげればいいんだ!」
「そう簡単にはいかない」
希望の光明を見つけて喜ぶヒスイを制して、ギルモンは首を横に振る。
「ホログラム粒子を取り除くには、一度相手を完全に気絶させるしかない。だが凶暴化したデジモンは通常よりも強い力を発揮する。普通に戦っても勝ち目はない」
「……」
ギルモンの言葉を聞いて、ヒスイはサンドバッグに目をやった。
だから彼は、立ち向かえるように一人でトレーニングをしていたのだ。
しかし実際に鍛えている本人ですら、勝ち目がないと半ば諦めているような意見を出してくる。
そんなに絶望的な状況なのだろうか。ヒスイは考え込んだ。
「……それって、あたしならどうにかできるのかな?」
その発言をギルモンが咎める。
「さっきも言ったはずだ。人間には関係のないことだと」
「でも、あたしに素質があるからジジモンは呼び出したんでしょ? その凶暴化をどうにかできるってことじゃないの?」
「できるかどうかじゃない。無関係だから手を出すなと言ってるんだ」
苛立つギルモン。
その頑なな様子は、ただ人間を毛嫌いしているだけなのか。
ヒスイは一つ仮説を立てる。
「ねえギルモン。君ってもしかして――」
それを口にしようとしたところで、二人の会話は遮られた。
外で轟々と音が鳴り響き、地面が揺れ始める。
「何、地震!?」
「来てしまったのか……!」
ギルモンが忌々しそうに言い、そのまま駆け出していった。
ヒスイも慌ててそれを追いかけて洞窟の外へ急ぐ。
そこに待っていたのは――