UNKNOWN PROTOCOL -デジモンUP外伝- 作:宮塚慶
火の手があがるグリーンシェードの森。
洞窟の外に広がる光景を見て、ヒスイは小さく悲鳴を上げた。
黒煙の中、周囲からは助けを求める声が聞こえてくる。
怯える彼女をチラりと確認したギルモンが、皮肉げに言い放つ。
「あれが、凶暴化したデジモンだ」
集落を襲う複数の影。
青い甲殻に包まれたカブトムシに似たデジモンや、蜘蛛のような姿のデジモンが地上を這い回り、住民たちに手をあげている。
上空では真っ赤なクワガタムシが舞い、顔の前面に光るハサミをガシャガシャと開閉して威嚇していた。
応戦している者もいたが、既にほとんどが敵の攻撃に成す術なく吹き飛ばされて地面に倒れている状況だ。
「ひどい……」
「これで分かっただろう? 人間なんて非力な存在ではこの状況を変えられない。さっさとジジモンに頼んで、自分の世界に帰してもらうんだな」
ギルモンはヒスイを冷たくあしらうと、そのまま前方に向けて走り出した。
それを慌てて呼びとめる。
「待って! 戦うつもりなの!?」
「当たり前だ」
「無茶だよ! 君より大きいデジモンだってやられてるじゃん!」
ヒスイたちの周囲には、巨大な向日葵を思わせる植物デジモンや、雪だるまのような見た目のデジモンが倒れている。
そのどれもがギルモンより大柄な体躯をしているが、襲撃してきた昆虫デジモンたちに負けてしまったようだ。
ぐったりしている彼らを見て、ギルモンは静かに宣言する。
「負けるから何もしないのか? そんなの、オレは御免だ」
そのまま走り去ってしまうギルモン。
なおもヒスイは呼び止めようとするが、そこにアグモン博士とテリアモン助手が駆け寄ってきた。
「おーい! ヒスイさーん!」
「怪我はないギャ? はやく避難するんだギャ!」
慌てながらもヒスイの手をとる二体のデジモン。
「待って! ギルモンが行っちゃったの!」
「アイツは放っておくギャ! 勝手に戦いたがる困ったやつなんだギャ!」
必死にその場から逃げようとするアグモン博士。
その言葉に、ヒスイはムッとして手を振りほどいた。
「な、なんだギャ?」
「そんな言い方ないよ! あの子、口ではあんな言い方しかしないけど……あたしを巻き込まないようにしてくれてた!」
ギルモンの姿を思い出し、叫ぶヒスイ。
かつては集落の仲間だったというデジモンと戦う決意を固めた彼は、悲壮に満ちているように見えた。
一人でトレーニングに励み、今も誰の手も借りずに立ち向かっていったこと。
ずっとヒスイに向けて「元の世界に帰れ」と言っていたこと。
ヒスイは、それがギルモンの優しさに思えてならない。
「あのギルモンは集落のみんなを守るために一人で努力してた。なのに、みんなが分かってあげないなんて可哀想だよ!」
「そんなこと言っても、僕らじゃ敵いっこないよ……」
弱気な表情を見せるテリアモン助手。
敵いっこない。それはたしかにヒスイも感じていたことだ。
けれど。
「負けるからって何もしないの? そんなの――」
そう言いかけて、自分が先ほどのギルモンと同じ結論に達していることに気づくヒスイ。
集落のデジモンたちは優しくて良い子だ。
少しの時間だが話をして、ヒスイはそれを理解し始めていた。
この子たちの世界を守りたい。もしも自分に、この状況を打開する力があるとするならば。
「まだ全然ワケ分かんないけど……あたし、行くから!」
「ま、待つギャ!」
アグモン博士たちが静止するのを無視して、ヒスイはさっきギルモンが走り去った方向へ飛び出していった。
◇
目の前で集落の家屋を攻撃する青いカブトムシ――コカブテリモンに向けて、ギルモンは溜め息をつく。
「理性が無くなるってのは悲しいもんだな。コカブテリモン」
その声にも気づかず、力の限り周囲を破壊しようと暴れるコカブテリモン。
同郷である彼の姿に、ギルモンは深い悲しみを覚えていた。
凶暴化したコカブテリモンの後ろには、鈍い銀色の輝きを放つ巨大なクワガタムシの姿が見える。
「グルルルゥ……!」
口元から涎を垂らして、ギルモンの方へと顔を動かす銀色甲虫。
目がないためハッキリとは分からないが、ギルモンは自分が狙われていることを本能で察する。
「そっちが親玉か? まあ、暴走してるやつらに上司も部下もないだろうが」
ガシャンッとクワガタのハサミが一振りされる。
臆することなく、ギルモンは口元に炎を溜め込み始めた。
「ファイアーボール!」
ギルモンが顔を振り下ろし、口から火球が放たれる。
熱く燃える一撃。それは甲虫の銀のボディにぶつかったが、そのまま雲散霧消してしまう。
手ごたえがないことに、ギルモンは再び溜め息を吐き出した。
「やはり効かないか。相手はオオクワモン……完全体だもんな」
自嘲気味に笑うギルモン。
今度は銀の甲虫――オオクワモンが動く。
羽音と共にギルモンへ一気に詰め寄り、ハサミで切り裂こうと突進してきた。
攻撃を間一髪のところで回避。
敵は空中へ飛び去り、旋回して再び向かってくる。
もう一度火球を放つ。が、やはり甲殻に傷一つつけられず、炎は弾かれて彼方へ消えていった。
オオクワモンが雄叫びをあげる。
「キリリリィッ……!」
耳を
今度は避けきれず、ギルモンはハサミの切っ先で腹部を斬られる。
「ぐぅっ!」
幸い、深手ではない。
なんとか挟み込まれることは阻止し、転がるようにして地面を移動するギルモン。
空中で向きを変えて戻ってくるオオクワモンに注視する。
が、上空に目をやっている隙にコカブテリモンが彼を取り押さえた。
「しまった!」
羽交い絞めにされたギルモンの正面から、オオクワモンが迫る。
「目を覚ませ! コカブテリモン!」
「……」
呼びかけるも一切動じる気配のない、かつての友。
ギルモンは歯噛みする。
「多少鍛えたぐらいじゃ、オレにはどうしようもできないって事なのか。こいつ一人助けることすら……ッ!」
どれだけ鍛えても、戦う意志を見せても結果は変わらない。
自身の無力さを嘆き、ゆっくりと目を閉じる。それは全て諦めて天命を受け入れる動作だった。
が、そこで。
「離ーれーろー!」
コカブテリモンが何かに突き飛ばされた。勢いのままギルモンも地面に倒れ込む。
先ほどまで彼らが立っていた場所をオオクワモンのハサミが横切り、空振りのまま再び旋回していった。
驚いたギルモンが状況を確認。
見ると、ヒスイがコカブテリモンに覆いかぶさって倒れている。
「な、何やってるんだ!」
「えへへ……。なんかワケ分かんないけど、ギルモンのこと助けたいって思っちゃったんだ」
頬を掻いて照れるヒスイ。
「どう? 人間でも少しは状況を変えられたんじゃない?」
「お前……」
コカブテリモンは地面にぶつかった衝撃で昏倒していた。
たしかに絶望的状況から一歩前進したと言えるが、彼女の突拍子もない行動に困惑するしかないギルモン。
土を払いながら立ち上がったヒスイは、自慢げに笑ってみせた。
「ギルモンは集落のみんなやあたしが巻き込まれないように、一人で戦う覚悟を決めてたんだよね」
「そ、そんなこと言ってないだろ!」
「うん。ただのあたしの妄想。でも、それでいいんだ」
そう言いながら、ヒスイはギルモンに向けて手を差し伸ばす。
「分かんないことだらけだけど、一つだけ言えることがある。あたしはギルモンのこと一人にしたくない。だから一緒にやろうよ」
「……何なんだお前」
突き放す言葉が頭をよぎったものの、ギルモンはそれを吞み込んだ。
ヒスイの行動は感情任せでまったく理屈が通っていない。
勝手に感情移入して悲しみ、見ず知らずのデジモンたちのために体を張る。
そんな、曖昧でよく分からない存在。だからこそ彼女の直感的な言葉を――信用してもいいと思った。
彼女の手をとり、ギルモンもニヤりと笑う。
「だったら、世界を救う素質のある者として手を貸せよ。スイ!」
「うん!」
愛称をつけて呼んでくれたギルモンに、嬉しそうに返事をするヒスイ。
共に立ち向かう決意を固め、上空を舞うオオクワモンへと視線を向けた。
その時。
「えっ!? な、何これ!」
ヒスイの目の前に、光り輝く何かが舞い降りた。
手のひらに収まるぐらいの小さな光の玉。それがふわふわと近づいてくる。
「なんなの!? これ、触っても良いやつ!?」
「スイ、お前は本当に……」
驚きつつも納得したような表情のギルモンの反応を見て、ヒスイはその光が悪いものではないと判断する。
そして勢いのまま、光の玉を手に取った。
「契約完了だな。よろしく頼むぞ、相棒!」
ギルモンがそう呟き、ヒスイへと視線を向ける。
状況は掴めない。それでも何か逆転の兆しを手にしたのだと確信し、彼女は頷いた。