UNKNOWN PROTOCOL -デジモンUP外伝- 作:宮塚慶
カイノネ海岸で暴走するシェルモンを鎮めてから一日が経った。
あの後すぐにグリーンシェードへ戻りジジモンへ事情を説明。
特に、海の家にいたという少女の詳細を問いかけたものの、ジジモンは首を捻るばかり。
「カイノネ海岸に召喚したのは一人だけのはずなのじゃが……」
「それはシオンちゃんのことなんだよね?」
「そのはずじゃ」
「なら、ウチ以外の子に心当たりはないんだ」
ジジモンも把握していない人物。
凶暴化するデジモンの跋扈する世界で、相手の行方が分からないのは気がかりである。
「召喚された後に他のエリアから移動してきたのかもしれん。わしも、その後の行方は追えてないからの」
「いや反省しろ! ウチだってアルマジモンに助けてもらえなかったらヤバかったってことでしょ!」
「す、すまん……」
「まあまあシオンちゃん。こうして無事だったんだから今は言いっこなしで!」
オオクワモンやシェルモンなど、凶暴化したデジモンの強さは並大抵のものではない。
パートナーが進化しても一筋縄ではいかなかったのだから、女の子が一人ならどうなってしまうのか。
最悪の結末を想像し、ヒスイはグッと拳を握る。
「とにかく、危ないからこそ早く女の子を探さないと。デジモンが味方にいないなら、絶対に危険だもん」
使命に燃える彼女を、隣で相棒のティラノモンが窘める。
「しかし、その人間は海の家から勝手にいなくなっていたんだろう? 手がかりがないぞ」
「うーん、そうなんだよね」
目的は明らかだが、次に目指すべき場所が決まらない。
腕組みをして唸るヒスイ。
そこで、シオンの相棒となったタスクモンが提案してきた。
「じゃあさ、チンモク山に行ってみようよ」
「チンモク山?」
相棒のアイデアへ問い返すシオン。
タスクモンはアルマジモンの頃から変わらない朗らかな笑顔で話を続ける。
「カイノネ海岸の隣だからその子が向かっている可能性もあるし、そうじゃなくても見晴らしの良い場所だから次のヒントになるかもしれないよ」
「おー、んじゃ行くか。この島の全景も知りたいし」
勝手に結論付けるシオンたちに、ティラノモンが待ったをかける。
「待て。チンモク山にはデビモンがいるだろう? 不用意に近づくのは危険だ」
「デビモン? どんなデジモンなの?」
ヒスイが疑問符を浮かべている。
ティラノモンが答えるよりも先に、シオンが自慢の知識を披露した。
「狡猾で残忍な、ウィルス種の成熟期デジモンだね。その口ぶりだと、この世界でも設定は変わらなさそうだけど」
「ああ。凶暴化とは関係なく、ヤツは元から好戦的な相手。わざわざテリトリーに近づく理由はない」
慎重な意見を出すティラノモン。
それにタスクモンが反論。というより、何やら突っかかってきた。
「いやー、悠長なことは言ってられないんじゃない? その人間がデビモンに狙われるかもしれないんだし」
「せめて作戦を立てろ。馬鹿正直に正面から向かって返り討ちに遭うのは御免だ」
「デビモンに勝てばいいだけだよ。ここで悩んでいてもしょうがないんだから」
「勇敢と無謀は違う。タスクモン、お前こそ相棒を危険に晒すと分かっているのか?」
「ボクは負けないよー。シェルモンに吹き飛ばされて伸びてたティラノモンとは違ってね」
「……なんだと?」
シェルモンに勝てたことから態度が尊大になっているタスクモンと、挑発的な物言いに苛立つティラノモン。
険悪な雰囲気を見て、ヒスイが慌てて止めに入った。
「待って待って! とりあえず、あたしも女の子を探すためにチンモク山に向かうのは賛成。その上で、ティラノモンが言うように慎重に進もうよ」
二体の意見を受け入れ、なんとか抑え込もうとする。
ティラノモンとタスクモンは黙り込み、そっぽを向いてしまった。
せっかく仲間が増えたのに前途多難。ヒスイは小さく溜め息を吐くのだった。
◇
チンモク山は草木もほとんど枯れた不毛の地だ。
山頂へ向かう道には隠れる場所もなく、周囲にデジモンの姿は見当たらない。名前のとおりの沈黙。
緊張感のある乾いた空気を受けて、ヒスイがごくりと唾を呑み込んだ。
「グリーンシェードもカイノネ海岸もデジモンが沢山いたから、ここまで静かだとすごく不気味に見えるね」
「デビモンは他のデジモンたちを襲う。元々ここにいた奴らは全員逃げ出した後だろう」
「それって見境なく? じゃあ、あたし達も見つからないようにしないと」
「スイはオレから離れるな」
「うん。ありがと、ティラノモン」
ティラノモンにくっつきながら、前方に続く登り道を見上げるヒスイ。
一方、隣でシオンは呑気な顔を見せていた。
「ジジモンも、山頂にポータル開いてくれればいいのに」
「だねー。なるべく安全なところに下ろしてくれたみたいだけど、ここから登山は大変だ」
「デビモンがいる山と言えばアニメのムゲンマウンテンだけど、ここはどうなってんのかな」
世間話がてら山道を進んでいくシオン。警戒している様子はない。
そんな二人に、またしてもティラノモンが鋭い語調で言う。
「もう少し周囲に気を配れ」
「だから大丈夫だってー。シオンといればボクは負けないもん」
「頼もしいねぇ、タスクモン!」
「任せてよ!」
どこまでも軽いノリで答える二人。
ヒスイから見れば、シオンの大胆な行動はいつものことだ。周りの人間に何と思われようと、自分の意思を貫く姿勢。
時折理解が追いつかないこともあるが、それが彼女の生き様だと思っている。
けれど、昨日初めて出会ったティラノモンには理解し難いようで。
「ティラノモン、怒ってる?」
「正直、彼らと共に行動するのはリスクだと感じている」
「あははー……だよね」
「あの人間はスイの友なのだろう? よく合わせていられるな」
これまでにも多くの人が、ティラノモンと同じような意見をシオンへ向けてきた。
よく分からない人。空気の読めない人。
隣で何度もその言葉を聞いてきたので、ヒスイもそれぐらいは察している。
「ティラノモンの気持ちも分かるよ。シオンちゃんはちょっと変わってるから」
「変わっているで済むのか? こちらの意見を汲んでいるとは思えん。会話になっていないだろう」
「シオンちゃんはきちんと聞いてるんだよ。言葉足らずだとは思うけど」
ヒスイは苦笑しながらも、前方を進むシオンの背中を見つめる。
「あたしとシオンちゃんは去年、中学1年生の時に初めて会ったんだ」
「ちゅうがく……?」
「そう。で、シオンちゃんはあんな感じだし、すぐにクラスから孤立しちゃって」
懐かしむように語り始めるヒスイ。
ティラノモンには中学もクラスも分からなかったが、疑問を挟むのは止めて耳を傾ける。
「でも、シオンちゃんは自分なりの正しさを持っているの。クラスの皆がやりたがらない仕事を一人でこなしたり、誰も気づいていない問題をひっそり解決したり」
「貧乏くじを押しつけられているだけではないのか?」
「誰かがやらなきゃいけないことなら、押しつけ合うより自分でやった方が早いって考えるタイプなんだよ」
完全なスタンドプレーというわけではない。
個人で解決できないことは全体の議題として掲げるし、必要とあれば仲良くないクラスメイトにも平気で仕事を頼む。
それはとても嫌われる行為で、勝手に仕切っている偉そうな人にも見えてしまう。
あまりにも不器用で、自身の考えにまっすぐな子。
それが、ヒスイから見たシオンだった。
「だからね、あたしはシオンちゃんの外交担当になったんだ」
「仲介役ということか?」
「そう。これでもあたしはクラス委員で、それなりに人気者だったからね。シオンちゃんが思ったことをやんわりと皆に共有したりして」
「それは……スイにメリットがないだろう」
「どうかな? でも、あたしはシオンちゃんのことを尊敬してるよ」
納得したかは分からないが、話を聞いているうちにティラノモンの憤りは収まったらしい。
「……話していて思ったけど、やっぱりティラノモンはシオンちゃんに似てるよ」
「あの人間と? やめろ、気持ち悪い」
「えー? ティラノモンだって、周りがなんと言おうとグリーンシェードを守るために戦うつもりだったんでしょ?」
「それは……そうだが」
そんな、自分らしさを貫く姿勢に惹かれてヒスイは話しかけたのだから。
ティラノモンは不愉快そうに鼻を鳴らし、その視線をタスクモンに移した。
「仮にあの人間がスイの言うような存在だとして、パートナーデジモンの方にも問題がある」
「タスクモン?」
ヒスイもその様子を見て、うーむと唸った。
性格上、シオンが初対面の相手とすぐに打ち解けるのは珍しい。
相手が彼女の好きなデジモンだからというのもあるだろうが、そのせいかタスクモンの意見に同調しすぎているきらいがあるのは事実。
そして、そのタスクモン本人はとてつもない楽観主義者。
内心ではヒスイも、もう少し緊張感を持った方がいいのではないかと考えていた。
いつものシオンならば、タスクモンに反論して言い聞かせるような気がするのだけれど。
そう考えていたところで、シオンがヒスイの方へ振り返った。
「ねえスイちゃん」
「どうしたの?」
「もう結構登ってきたと思うんだけどさ」
そう言われて、ヒスイも歩いてきた道へ視線を動かす。
話しながらで意識していなかったが、気づけばそれなりに高い位置まで辿り着いていた。
「ウチらは姿を隠しているわけでもないし、なんなら堂々とお喋りをしてる」
「うん」
「辺りは静かで、結構声も響いてる」
「そうだね」
「デビモンは自分の縄張りに入った相手を容赦なく襲うって話だったのに、出てくる気配がないのは変じゃない?」
小声で話していたヒスイはともかく、シオンとタスクモンの声は結構響いていた。
しかし、今もデビモンに気づかれた様子はない。
「デビモンってデジモンは留守なのかな?」
「もしくは、こっちに気を配っていられない事情があるのかも」
デジモン側の事情には詳しくないので、何故デビモンが出てこないのかヒスイには見当がつかない。
すると、タスクモンが叫んだ。
「シオン! 前だ!」
「えっ?」
前方に、傾斜のなだらかな開けた空間がある。
山の中腹に位置するその場所に、複数の気配があった。
一つはコウモリのような翼を持つ人型の姿。真っ黒な見た目は禍々しさと不気味さを併せ持っている。
その黒衣と対峙しているのは――
「人間!?」
ヒスイが目を見開く。
そこにいたのは、間違いなく人間の少女だった。