『お前のせいで、店が爆破された、許さない』
私は、期待をしていました、正直に言って仕舞えば。
救護騎士団の運営する病院で一通りの検査、それらが終わって、コハルとも別れて、最後に騎士団の部員から手渡された一枚の手紙。
あの店の店長からだと言われました、あの、私の入店を拒否したお方です。
えぇ、大丈夫です、その節は何も気にしていませんとも。
…嘘です、割と気にしています。
彼女らは障害もなく無事だった、勿論吉報です。
その喜びと同等以上に、私は嬉しかった。
認められた気がしました。
以前、人の役に立ってこそ信頼を勝ち取る、そう考えまていました。
その努力が結実したのだと、手紙を受け取った時点では浮かれて思わず笑みが溢れていました。
その、恨みがましいほどに筆圧の濃い文章を見るまでは。
ニコニコ笑って私に手紙を渡した騎士団のあの方は、この内容を知っていたのでしょうか。
何故。
どうして、こんな。
嗚呼、私は私が醜い。
この様な考えは傲慢だ。
まるで見返りを求めている様ではないか。
それは…相応しくありません、正実は見返りを求めて活動しているわけではないでしょうに。
犯人についても、あの後に聞かされました。
美食研究会会長、黒館ハルナさん、あのカフェに同席した麗人。
嘘でしょうと、有り得ないと否定して、常識知らずを見る様に目を丸くされたのは記憶に新しい。
信じたくはありませんでした、私を助けて頂いた、その筈なのに。
…騎士団の方によると、彼女はゲヘナでも指折りの悪人だそうです。
美食研究会については、その後にも詳しく調べました。
SNSを覗けば、テロリストと評するしかない過激な活動に、非常に多いアンチの数々。
あの時の印象を180℃引っくり返す極悪人と言えました。
何故、あんな事が出来るのか。
何故、あそこまで平然としているのか。
人を傷付けているのに、どうして笑っている。
私には、理解が出来ない。
私は、彼女が嫌いです、失望の二文字が脳を支配していました。
私は
そして、私は外の世界がどんなふうに回っているを表面的にしか知らなかった箱庭育ちなのです。
ゲヘナの治安が良くない事は、私の家族が口を酸っぱくして注意して来ました。
しかし、こんな者達すら在籍しているとは。
彼女らと同じ出身という事が、恥ずかしくなりさえします。
『これだからゲヘナは』
道行く人々は爆破事件を聞いてそう嘯きます。
私が美食研究会を理解出来ない様に、トリニティの彼女らは私を理解出来ない。
私の角が白日の元に晒されたその時、私にも『これだからゲヘナは』と、侮蔑の視線を送られるのでしょうか。
それが何よりも、恐ろしい。
コハルがそんな視線を向けるでしょうか?
有り得ない、これらは全て私の被害妄想でしかない。
そうです、彼女らがそんな、私を、その様な…私、を…
嗚呼、ダメです。
今の私は気分が沈んでいる。
彼女に、コハルに会いたい。
全部打ち明けてしまいたい、その上で、私を認めて貰いたい。
拒絶が恐ろしい、恐れを含んだ目で見られたくない。
帰路に映る全てが、私を否定して指差している様な、そんな感覚。
頭の奥が、キリキリと痛む。
雨が降っていたら、傘も刺していなかったかもしれません。
「…?」
ヴヴヴ。
意識の間を割く、スマホのバイブ音。
ポケットの中で鳴り響くそれを取り出すと、そこには一件のメールが届いていました。
『こんにちわ、剣先ツルギです、@kenzakitsurugi624 モモトークのIDです、今話せますか?』
…?
…んん?
これは…詐欺…?
なるほど。
アレですね、これはロマンス詐欺という物です。
確かにツルギ先輩は正実内外問わず確かな人気があります、同時に恐怖もありますが…それに肖った姑息な手段ですね。
『ごめゆなさい、わす!てください』
今度は意味の籠っていないスパムメールです。
やれやれ、如何に私が世間知らずと言っても、防犯リテラシーぐらいはあるのですよ。
続け様に、バイブレーション。
『気にしないで下さい、貴方を正義実現委員会に入部させるにあたり、制服についての懸念があり、連絡をした次第です、良ければ、共に制服屋に行きませんか?』
お、おや?
おかしいですね、それ入部を知ってるのは私とツルギ先輩とハスミ先輩ぐらいな筈で…
あ、あれ?
もしかして、本物?
『きぇえええええ』
やっぱり偽物…?
◆◆
時は前日まで遡り…
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彼の指先が、ためらいながら私の頬に触れた。
ひどく慎重で、壊れ物に触るみたいだった。
「逃げないでください」
「逃げないわよ」
答えると、彼の表情がほんの少しだけほどけた。
その顔を見た瞬間、胸の奥が熱くなる。
私は目を閉じた。
次の瞬間、触れた唇は、驚くほど不器用で、驚くほど優しかった。
離れたあとも、彼はすぐには顔を上げなかった。
「……先輩」
「何?」
「私を、忘れないでください」
私は彼のネクタイを軽く引き、もう一度だけ距離を縮めた。
「忘れられないようにしてあげる」
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「ひゃあああああ…!!」
うつ伏せのまま枕に頭を乗せ小説を読み進めていた私は、思わず枕に顔を突っ込んで迸る感情を処理していた。
バタバタバタ、抑えきれず、足が慌ただしく布団を叩く。
『後輩と私』、大長編の恋愛小説であり、たった今クライマックスを迎えたのだ。
血も滴る私の部活動を終え、自室に篭って小説を読み進める私の密かな楽しみ。
500ページにも上るそれを、3日かけて読み進めたのだ。
興奮もひとしお、ドキドキと胸の高鳴りが抑えられない。
「〜〜〜…」
私、剣先ツルギにとって、小説は大きな娯楽だ。
人と話す時は緊張して、元来の破壊衝動も顔を覗かせるが、本を読む時はそんな事は起こらない。
しかし何冊も読んでいく内に、徐々にジャンルが傾倒していった。
恋愛小説。
それも甘酸っぱい、青春物語。
先程の様に読んだのを後悔する程、胸がキュンキュンして顔を赤くしようが、止める事は出来なかった。
そこには…憧れがあった。
青春と、恋愛に対する憧れだ、と言っても、その割合は7:3程度だが。
高校一年から今に至るまで、私の青春は青というよりは、鮮血の赤だった。
友人としてハスミもいたが、放課後にカフェ巡りなんて滅多に無く、そんなことをしている暇があればパトロールに出動していたし、立場がそれを許さなかった。
加えて、私の様な性格に付き合ってくれる人物も少ないし、戦闘力という面で対等な者は、存在すら疑わしい。
私はハスミにすら打ち明けられない、孤独染みた不安を抱えていた。
———残った高校生活も、このままでいいのだろうか。
「…」
所詮、この恋愛小説はショーウィンドウの中の宝石。
半ば諦念を抱いて三年生に至ったが、その考えは長くは続かなかった。
「沙汰、ルシル…」
彼が現れた。
この学園どころか、キヴォトスを探しても見つける事は難しい、男性生徒。
このトリニティに入学するとの報告は、正に天命だと思った、これはチャンスなんじゃないかとも思った。
神様が私に授けた、甘酸っぱい青春の使徒なんじゃないかと。
最初はそう思い立って、直ぐに冷静になった。
立場が違い過ぎる、年齢も違う、関わり合いになるかも怪しい。
政治に疎い自分には、接触を図る事も難しかった。
だから、彼が正実に入部する気でいると知った時は、誰にも知られず心の中で暴れていた。
それに、思わぬ収穫もあった。
『ハスミ、この沙汰ルシルのテストの成績についてだが…』
『これは…とんでもないですね…』
彼の身体能力値は、私と同じ満点…いや、満点を叩き出したのだから、私以上の可能性もあったのだ。
その代わり悲惨な銃技の才能には目を瞑ったが、兎に角、私はまた狂喜した。
(私と同じだ!同じ強さだ!!)
シンパシー、同気相求、類似性バイアス。
説明するならばこんな所だろうか、私の漠然とした孤独が和らいだ気がした。
だから、何としても彼を正義実現委員会に入部させたいと思った。
勿論、彼の人間性が良ければの話だったが。
『男性を部に入れれば風紀が乱れるのでは?』
『どんな影響があるかも分かりません』
『それこそ政治的に利用されるかも知れません!入部なんて出来ませんし、銃も使えない!怪我をさせるだけです!』
だから…かなりの無理を通した。
『私が、直々にテストをする…異論は無いな?』
『そんな!それは浅慮です!!考慮の余地無く落とすべき———い、いえ、問題、ありません』
反対の意を表する全員を黙らせた、反論すれば叩きのめすと目で語れば、誰も声を上げなかった。
これでもし、彼が正義実現委員会に値する器でなければ、私は愚物の誹りを被る、失脚すらも覚悟の上だった。
それぐらい、期待していた。
だから…
『お前になら!私と同じ戦い方が出来る筈だ!!』
私の筋肉を貫く実力、拳から伝わる人柄、全てが期待以上で、思わず全力で楽しんでしまった。
ハスミに止められてしまったのが記憶に新しい。
「キヒッ、きひひひひひ…」
頬が緩んで、だらしない声が口から漏れる。
現実味が、多幸感を伴ってやって来たのだ。
私の夢想した青春が、恋愛が、理想とも呼べる相手を連れてやって来た。
これからどんな事が起こるんだろう、どんな展開になるんだろう、本の中の空想を頭に持ってきて、その行為の恥ずかしさにベッドの上でぐるぐる回る。
壁ドンを仕掛けられたり?
背の大きい彼に合わせて背伸びしてみたり?
むしろ彼のネクタイを引っ張って。自分から…仕掛けてみたり?
「ヒャアアアアアア…!!!」
ダメだダメだ、恥ずかし過ぎる。
ネクタイなんて引っ張ろうものなら、緊張でそのまま脊髄を引っこ抜いてしまう確信があった。
兎にも角にも、こ、こここ、恋人から始まるわけじゃない、まずは友人からだ。
神様がここまで舞台を整えてくれたのだから、自分から行動しないなんて事は出来ない。
むしろ使命感の様な物すら感じていた。
いつになく鬼気迫る私は、本をステレオラックに戻し、スマホを取り出す。
「きぇええええ…!」
連絡だ、何か一つの連絡をするんだ。
何だっていいんだ。
『おめでとう』でも、『歓迎する』でも…『友達になりましょう』はどうだ?
あれ?どれにすればいいんだ?
そもそも、どうやって連絡を取るんだ?
(わ、分からないぃいい…どうすればいいんだ…!?)
モモトークなんて交換していない、特大の問題だった。
「…はっ、メール…!」
そうだ、正実コミュニティの仕事用メールアドレス、入部時に登録を義務付けれているそれは、如何に部員が多かろうが、いつかは彼のアドレスに辿り着けるんじゃないか…!?
「あ、あった…」
結論から言えば、簡単を見つける事ができた。
[email protected]、名前がそのままメールアドレスになっており、アドレスの一覧に目を通すとすぐに発見出来たのだ。
ならば、後は何を送るか、だ。
「こ、ん、に、ち、わ…」
宛先を彼のアドレスにして、試しに文章を打ってみる。
だが、ここで大きな壁が立ちはだかっている事に気付いた。
これは、仕事用のメールアドレスだ。
送る文章はそれに沿った内容、例えば緊急出動要請や会議の連絡などであり、どう考えても『こんにちわ』なんて、送るべき物ではない。
文章を丸ごと取り消して、再び画面と睨めっこを続ける。
「か、ん、げ、い、す、る…」
『歓迎する』、これも駄目だ。
「と、も、だ、ち…きぇえええっ!」
『友達になりましょう』、書きかけて、恥ずかしさで直ぐに消した。
「きひゃえええ…」
ままならない感情に振り回されて唸り声を上げる。
一体、どういう文章を送れば良いんだ。
ああでもない…こうでもない…
………
…
◆◆
そして、そのまま朝を迎えた。
「………」
無論、一睡もしていない。
ふわふわと定着しない思考のままスマホを置く、目がしばしばして痛い。
時計を見やると、時刻は既に7時を過ぎている。
ぼーっと、学校に行かなければと支度をし、そして何気なく鏡を見ると。
「…!?…!?!?」
髪はあちこちに跳ねて、目には隈。
特に正実の活動が激しかった日の翌日によく見られる姿だ、いつもならば、なんて事ない様に振る舞っていたが…
「…!!…!!」
今日は何だか、このまま外に出たくはなかった。
こんな姿を彼に見られたら…
そう考えると、不安に襲われて居ても立ってもいられなかった。
ぎろぎろと目を見開いて化粧品を取り出す。
大急ぎで櫛を髪に突っ込み、いつも以上にスキンケアと化粧に力を入れる。
多分、化粧に本気を出したのは初めてのことだった、隈を隠す程度のナチュラルメイクだが。
時間を見れば、既に短針が8時を指している。
「ヒャッ…!?」
不味い、学校に遅れてしまう。
うかうかして居られない、混乱の極地にいた私は自室の扉…ではなく窓ガラスに向かうと、そのままガラスを粉砕し、最速最短で学校に向かったのだった。
◆◆
「ツルギ?大丈夫ですか?」
「…あー…」
訪れた放課後、私の体調は、手放しに良いとは言えない状態だった。
特に、今日起こした爆破事件の首謀者であり、美食研究会の会長、黒館ハルナとのチェイスは散々な結果に終わった。
腹立たしい事に逃走スキルにおいて群を抜く彼女ら美食研は、幾度もこのトリニティに侵入し、後一歩のところで包囲網から抜け去っていた。
しかし、今日はその『後一歩』にすら至れなかった。
爆破に撹乱、いい様にやられ、気付けば既にゲヘナへと逃げ込まれていたのだ。
部員のコンビネーションが悪いわけではなかった、寧ろ良好。
つまり、私のコンディションの不調のせいだ。
「…件の美食研の追跡の時も、少し精彩さを欠いていましたし…何かあったのですか?」
「…」
ハスミが私を覗き込んで心配そうに声をかける。
彼女はこう言う時に目敏い、それは友人として心強いと言うべきか、隠し事は出来ないと諦めるべきか。
「実は…沙汰ルシルにメッセージを送りたいんだが…メールでどう送ったらいいのか…」
「…ふむ、ちなみに何の用事ですか?」
「…そ、それは…特に用という用はないんだが…」
「ほう」
ハスミの目が細められる。
こういう時の彼女は危険だ、具体的には私がクマさんのスイーツを食べるか思案していた時に、『要らないなら貰いますね』と、横から掻っ攫っていった時と同じ雰囲気だ。
嫌な予感を漂わせながら、何かを悟った様子の彼女が口を開いた。
「成程…彼の事が気になっているのですね…ツルギ…」
「びゃっ!?ちぎゃっ、違うっ!!」
「良いのですツルギ、少し失礼」
い、一体何を言い出すんだハスミは!?
そんな訳は…あるが…うぐぅ…
まるで私の親の様な反応を示す彼女、うんうんと頷き深く唸る。
私は恥ずかしさで今にも暴れそうだった。
その瞬間、ハスミはするりと私の携帯を盗み取ると、ぽちぽちと素早く何かを打ち込んだ。
「は、ハスミ、一体何を…?」
「はい、お返しします、IDは合ってますよね?」
返されたスマホを見やると、送信済みの文字が目に入った。
一体何が…その答えは、直ぐに分かった。
『こんにちわ、剣先ツルギです、@kenzakitsurugi624 モモトークのIDです、今話せますか?』
「…な、な、な…」
じわじわとインクの染みの様に理解が及んでいく。
かたかたと震えてハスミを見ると、したり顔でニコニコしていた。
私は何も言えない、そんな余裕がない。
こんな、こんな文章、趣も建前も何もない。
これは現実なのか?こんな文章が送信ボタンをタップされただけで送られたのか?
震える瞳で送信済みメールフォルダを覗くと、確かにこのメールがあった。
あば、あばばばば。
駄目だ、恥ずかしい、取り消さないと。
慌てて彼にメールを打つ。
震え過ぎて上手くフリック出来ない。
「あびゃっ、ひゃっ、ぁああっ」
『ごめゆなさい、わす!てください』
「ぎぇああああ…」
「全く…ほら、貸してください」
「ぁ、ぎ、ぎぉあ…」
結果出来上がった文章は、更に悲惨な物だった。
先に送った文章よりも酷い出来に、私は呆然として泡を吹いてしまう。
それを見かねたのか、またハスミが私のスマホを掠め取り、メールを送った。
あ、ありがとう、反射的に言おうとして、言葉が引っ込んだ。
何しているんだ、何やってるんだ、何を送ったんだ、問いただそうとして、言葉が喉の奥で詰まりを起こした。
返されたスマホには、また送信済みの文字が。
『気にしないで下さい、貴方を正義実現委員会に入部させるにあたり、制服についての懸念があり、連絡をした次第です、良ければ、共に制服屋に行きませんか?』
今度は長い文章だ、一語一語食い入る様に読んでも、意味があまり脳に通わない。
制服、懸念、連絡、共に。
繋がる単語、導かれる答えは…
で、で、デート…?
「ひぁああああ!?!?」
焦りからスマホを宙へ滑らし、ぴょんぴょんと掌の中で舞う。
ハスミへの非難なんて頭に無い、今はただ弁解を、弁明を。
ちゃんとした連絡を送り直さないと。
大丈夫だ、今度はちゃんと打つ。
私はスマホを何とか掴み取り、雄叫びを上げながらスマホに指を走らせる———
「きぇえええええ!!」
その瞬間、スマホは無慈悲な機械音声を吐き出した。
『音声認識完了、送信しました』
「ひゃぇ…?」
手の中でスマホがタップダンスを踊る最中に、どこかのボタンに触れたのか。
間抜けな叫び声がメッセージとして彼に送られてしまう。
送信中、送信完了。
あ、あ、あ、もう取り消せない。
度重なるイレギュラー、羞恥、失敗。
極大の情報量、徹夜明けの私が受け取れるはずも無く…
「びゃ、びゃあああ…」
「あ…まぁ、体調悪そうでしたし、起こさないでおきましょう」
バターン。
私の遍く全身は石となって崩れ落ち、意識を捨ててどこか彼方へと飛び去ってしまったのだった。
ハルナ達への理解を「嫌い」という言葉で完結させているルーシーに、誰かから理解される権利はないのでは?
書き溜めが無くなったので、少しお休み。