コハルが先を行く形で通路を歩き続け、私達は遂に正義実現委員会の部活見学会場に到達しました。
正確には、正義実現委員会が所有する演習棟の一つ。
部活見学では部の説明、模擬演習の見学、体験…入部を決めた生徒の適正テストなども行っていると聞きました。
持ち物としては体操服などの動ける服を持参、体力テストでも行うのでしょう。
新入生による見学、入部予定人数は膨大で、ここの他にも幾つか会場があるそうです。
「少し遅れてしまいましたかね、すみませんコハル」
「あ、謝らないでよ!まだ部活説明が始まったばっかりみたいだし…」
棟内の体育館に似た会場に入室すると、既に説明会が開かれており、多くの生徒が壇上の生徒の話を聞いていました。
イレギュラーがあったとはいえ、遅刻は遅刻、規律を重んじる正実として、印象は良くないでしょう…コハルには悪い事をしてしまったかもしれません。
幸い、ほぼ全ての生徒が壇上に目を向けている、悪目立ちする事はないでしょう。
しかし、入り口付近では話している内容が聞き辛い。
「もう少し奥へ進みましょう」
「そ、そうね」
集団の最後尾まで来ると、マイク越しに内容が伝わって来ました。
曰く、正義実現委員会の理念について。
えぇ、この学校に入学するにあたって、その辺りの知識は万全ですとも。
『学園の秩序と平和を守る正義の執行』。
それがこの正実の要です。
…しかし、何分最後尾、身長のお陰で壇上の話者は見えますが、表情が見えにくい。
背を伸ばして何とか話を聞こうとするコハルを無遠慮ながら持ち上げ、私は目を細めて、そのお方を見つめました。
「ちょ、ちょっとルーシー…!こんな…!持ち上げなくたって…!!」
「………あ、あの、お方は…!」
…私に迫るほどの高身長、漆黒のロングヘアとセーラー服。
あぁ、そうだ、2年前の記憶が蘇る。
彼女は私が被弾しない様に、その巨きな翼で私を覆っていた。
私に真紅の瞳を向け、もう大丈夫ですと口にしていた。
間違いない、間違えるはずはない。
彼女だ、彼女こそが、私の憧れ。
「———以上、正義実現委員会副委員長、羽川ハスミでした…質問がある方は私の元までお願いします、1時間後に適正審査を行いますので、各自休憩と体操服の用意を備えておいて下さい」
———羽川ハスミ、先輩。
「ちょっと…っ!!いつまで…!!おっ、降ろして…!!」
「あっ!すっ、すみません…!無意識のうちに…」
「子供扱いしないでよ…!変な視線も集まっちゃったし…!」
し、しまった、呆けてつい子供の様に扱ってしまった…同年代の女性にするべき事ではありませんでした。
顔を真っ赤にして暴れるコハルを地に降ろします。
好奇の視線に晒された彼女は、それらから目を背ける様にこちらを向いて、しかし恥ずかしさからか、猫の目をして威嚇して来ました。
「も、申し訳ない…え、ええと、こんな事を言うのも憚られますが、副委員長の元に伺っても…?」
「ふんっ!勝手にすればっ?」
ぷいと顔を背かれてしまい、そのまま人混みに消えてしまうコハル。
着替えに行ってしまったのでしょう…再開した時にまた謝らなければ。
それはそうと、私は逸る気持ちを抑えられずにいました。
不誠実だとは思いながらも、コハルとのやり取りを『一旦置いておいて』と考えてしまう程には。
私は、私に対する奇異の視線を潜り抜けていきます。
「あ、あの…!」
「…!…おや…貴方は…」
幸いな事に、質問に来た人物はは私以外見当たらない。
ハスミ先輩の真紅の瞳、好奇と驚きの混ざった視線、見上げるでも見下ろすでもなく、同じ高さの目線から私を見据えます。
あぁ、緊張する。
入学直後の自己紹介以来の緊張です。
「噂の男子生徒さん、ですね?質問ならば何でも答えますよ?」
「い、いえ…質問ではなく…以前助けて頂いたので、改めてそのお礼をと…」
まずは予め準備していたスイーツを取り出します。
「そっ、それは…!老舗店『れてぃしあ』の限定スイーツ…!!」
「えぇ…この様な時があればと購入させて頂きました…3つ分あるので、委員長と副委員長…いえ失礼、貴方が副委員長でしたね…是非召し上がってください」
「み、3つも…!?い、いえ、1つ余ってしまいます…その分は貴方が、召し上がって、くだ、さい…」
フフフ、喜んで頂けている様で何より。
何を隠そう、このスイーツは以前、私を助けて頂いた時に差し上げたスイーツです。
そして、余ってしまうからと、一部を返そうとするハスミ先輩ですが、その目は勿体無いと叫んでいる事が丸分かりです。
「でしたら、二つはハスミ先輩が頂いてください、これも人助けだと思って」
「っ宜しいのですか!?では遠慮無く…!!」
ハスミ先輩は大事そうにスイーツの入った袋を受け取ります。
数秒目を輝かせていた彼女ですが、ハッとした様な表情の後、すぐにバツの悪そうな顔をして口を開きました。
「も、申し訳ありません、こんなに良くして頂いているのに…私には貴方の様な男子生徒を助けた記憶が無く…」
「…いえ、お気になさらないで下さい、これは自己満足ですから、ではこれにて」
…それも、そうです。
あの時は、私は顔も隠していましたし、ましてや2年前。
数多の人を助けて来たであろう彼女に、私を覚えていて欲しいと言うのは驕りが過ぎる。
申し訳無さそうに眉を顰める彼女を背に、私はその場を離れました。
しかし離れ去るその瞬間、彼女の呼び掛けが耳に届きました。
「スイーツ、ありがとうございます…貴方の様な方であればきっと、良き仲間になれますよ…共に戦う友となれる事を、切に祈っています」
「…ありがとうございます」
私はニコリと笑って、一礼。
足早にその場を去りました。
何故なら、今の貼り付けられた笑みの奥に潜む感情を見せたくなかったからです。
彼女が私を覚えて下さなかったのは、仕方無いと言えど、少し悲しい。
彼女が私に向けて放った激励の言葉は、お世辞だったとしても、大いに嬉しい。
胸の底に、針の先ほどの痛みが残っている。
たったそれだけの痛みが、どうしてか、私の笑顔をぎこちなくさせるのです。
『覚えていて欲しかった』、『思い出して欲しかった』、それらを抱く事は、やはり傲慢でしょうか?
嗚呼、複雑怪奇。
私は一体、どの様な顔をすれば良いのでしょうか。
◆◆
———バキン。
「嘘…壊れちゃったよ…」
「うわ…あれが男子…?…こわ…」
「近寄らないでおきましょ…」
ざわめき収まらぬ集団の中、私はひとり寂しく握力計を握りしめていました。
手の中のボロボロの握力計を、です。
(…しまった、ぼーっとしていました)
1トンの数字を超え、虚空を指さす握力計の針を見つめ、ため息に似た呼気を吐き出します。
先輩との別れの後、すぐに適正審査、つまりは体力テストが始まりました。
人数によって区分けされたためか、コハルには会えず仕舞い、周囲の彼女らに話しかけようとしても警戒され避けられる。
先の先輩との出来事もあり、私の心はブルーになっていました。
う~む…何がいけないのでしょうか…
この身長か、この身体能力か、はたまた『男子』だからか…
それとも、体力テストにも関わらず、この身につけているハットのせいで不審者扱いされているのでしょうか…?
脱ぐ訳にはいかないのですがねぇ。
「申し訳ありません、機器を破損させてしまいました」
「お、おお…凄いっすね君、これを壊したのは…知る限りでも数人しかいないっすよ」
「お褒めに預かり光栄です」
監督官の方に壊れた握力計を手渡します。
確か、高校1年生の女子の平均値は…100〜300kg前後でしたか?最小値と最大値の差が1トンを超える為、余り参考にはなりませんが。
(さて、気張っていきましょうか、手を緩める訳にはいきませんし)
種目は多く、そしてハード。
握力テストは序の口、射撃反応テストや弾幕シャトルラン、障害物100m走もあります。
種目によっては怪我を負う事も珍しくは無く、途中でバテる方もチラホラと。
「大丈夫ですか?水を用意しています、こちらを」
「ふぅ…ふぅ…ひ、必要ありません…お気になさらず…」
「…しかし」
「…だから!必要ないですって!…っあ、すっ、すみません…」
「うっ…すみません、差し出がましい真似をしました」
膝に手を付き、大きく肩で息をする生徒に水を差し出した所、私は突き飛ばされてしまいました。
尻餅を突く私を、彼女は申し訳無さそうに見下ろしていましたが、すぐにその場を去ってしまいます。
…謝って頂けるだけ、良い方でしょう。
私が元居た場所では、そのままカツアゲされてもおかしくはなかったのだから。
…もう少し、距離感と言う物を学ばなくてはいけませんね。
小学時代、中学時代共に、私は親族の意向で、主に通信教育を受け育って来ました。
女性とのやり取りは、同年代の方と比べて格段に少ない。
特段家族を恨んでいるわけではありませんが、それでも外出の機会をもっと増やして頂ければ良かったです。
『馬鹿を言うなっ!貴様にどれだけの希少価値があると思っている!?マトモな判断が出来る年になってから物を言え!!』
…うーん、昔の記憶が蘇る。
トリニティへの転向を許して頂けたのは、私が『マトモな判断』が出来る様な年になったからでしょうか?
どうでしょうかねぇ…破門扱いにされ、
うんうん唸っていると、まもなく最後の種目がやってきました。
その名は、模擬対人射撃テスト。
簡単に言えば、スコアリングゾーンを持った人型標的の射撃です。
これは困った。
何故なら———
「…ゼロ点…ゼロ…ゼロ…」
射撃を終了した私の口から絶望が漏れ出ていくのを感じます。
…そう、何故なら私は、銃器の扱いが素人なのですから。
家から出なければそもそも銃を扱わない、簡単な事です。
そもそも私は自身の愛銃など持っていません。
付け焼き刃の練習は行いましたが、上達せずにここまできてしまった。
うぅ、予測はしていましたが、やはりショック。
私の素晴らしいスコアに玉傷が…
「…大丈夫です、銃の巧さだけが正義じゃありませんよ」
「…お気遣いありがとうございます、名も知らぬ淑女よ」
隣のブースで恐るべき全発満点を叩き出した方にフォローを入れて貰います。
嗚呼、こんな気持ちでなければ直ぐにでも交友を持とうとしただろうに、今の私ではそこまでの活力が無い。
この正義実現委員会で銃火器術が重視されるのは必然。
当然、適正審査においてこの射撃テストが最も大きな割合を占めているのは明らかです。
…あくまで予測ですが。
兎に角、今年の首席合格の候補は間違い無くこの方でしょうね。
一方ゼロ点の私は受かるかどうか…
…徹夜になっても練習をしておくんでした。
「適正審査を終えた方は、用紙を提出して速やかに帰宅するっすよぉー」
兎も角として、これで適正審査は終了です。
奇妙な疲れが肩にのしかかります、どちらかと言えば、心の疲れが。
コハルは上手くやれたでしょうか…明日の朝、謝罪と共に聞かなくてはいけませんね。
ルーシー君は精神的に脆いネ…