「コハル、先日は誠に申し訳ありませんでした…」
「…いいわよ、もう気にしてないし」
「ですが…」
「うああ!もう!そんな顔しないでよ!ハイ許した!これでいいでしょ!?」
登校してすぐ、僅か15分程の暇。
私はコハルと対面して直ぐ、謝罪の言葉を吐き出しました。
口論とも言えぬ口論、喧嘩とも言えぬ喧嘩、互いの関係の浅さが遠因となって生じたのだろう諍いは、コハルの強引な許しを経て決着しました。
「…フフ、コハルの厚意に甘えさせて頂きます…仲直り出来て、私は嬉しいです」
「や、やめてよ…むず痒いから…」
私から目を逸らし、頭部の羽で顔を隠すコハル。
ぶすくれつつも、僅かに漏れる朱色を隠そうと必死です。
コハルは可愛らしいですね。
そんな彼女ですが、羽の間から視線を覗かせて、消え入りそうな声を漏らしました。
「でも…私も、ルーシーとまたちゃんと話せて、嬉しい…カモ…」
「…フフフフ」
なんでしょう、沸々と湧き上がるこの気持ちは。
なんと表現すれば良いでしょうか、この感情は。
凡そ同級生に向けるべきでは無いこの感情。
敢えて名付けるとするならば…保護欲…?
コハル自身が小柄な事も相まり、まるで彼女が妹の様に思えてきてしまいますねぇ。
頭を撫でてやりたい物です。
おっと、いけないいけない。
彼女は同級生、邪…いえ、不適切な感情を向けるべきではありません
煩悩退散煩悩退散。
私は上品無欲、温文爾雅、温厚篤実、和顔愛語のトリニティ生です———
「…そう言えば、先日のテストはどうでしたか?」
「…えと…」
心の中で自己暗示し落ち着いた私は、彼女に昨日の適正審査の出来栄えを尋ねました。
しかし、彼女は目線を泳がせて言葉を濁します。
まさか…失敗して、しまったのでしょうか…?
「もっ、勿論合格圏内よ!」
「それは良かったです…!」
コハルは胸を張って答えます。
良かった、全くの杞憂でした。
「せ、正実のエリートになるんだもの!当然よ!ルーシーもそうでしょ!?」
「…えぇ、その様に心得ております…しかし、実は私、銃技の項目でゼロ点を取ってしまいまして…少し…いえ、かなり心配しているのです」
「…えっ…?」
彼女の瞳が丸く広がります。
あまり心配させたくなくて、私は少し意地を張って答えました。
「安心してください、幸い、それ以外は高得点の自負があります、フフ、満点の自信です」
「で、でも…銃が使えないって、それって…!」
嗚呼、そんな顔をしないでください。
まるで自分ごとの様に顔を青くするコハル、彼女の性根が優しい物だとしみじみ実感します。
ニコリと笑って見せて、彼女を安心させようと努めます。
「大丈夫です、なんとかなりますよ」
「………あ、そ、その…私、私も、実はね———」
———ピシャアン!
その瞬間、クラスの扉が鋭く大きな音を立てて開閉されました。
口ごもりまがら何かを喋ろうとしたコハルは猫の様に肩を震わせ、声にならない声を叫びます。
しかし、その悲鳴を掻き消すが如く、大きな笑い声が教室に木霊しました。
「きゃひゃぇへへへへへッ!!」
金切り声の様な奇声。
声の主は猫背、かつ、悪魔の様に頬を裂かせており、ぎょろぎょろと教室内に視線を行ったり来たりしています。
瞬時に肌に走るプレッシャー、まるでこの教室が戦場に変わったと錯覚する緊張感に、私は図らずも身構えていました。
しかし、私は彼女の事を知っている。
正義実現委員会の委員長、又の名を、トリニティ の戦略兵器。
剣先ツルギ先輩、その人です。
正実について調べていた時に目にした容貌、実物はここまで凄まじいとは。
その時、ツルギ先輩がギョロリと私を見据えました。
彼女の目線は磁石にくっ付いた様に離れず、にたぁー、と笑みを浮かべ、ズンズンと歩き寄ってきます。
「きひひひひ…!!」
「なっ!何!?なになになにっ!?こっちくる!?ねぇルーシー!こっち来た!!」
「…むぅ」
反射的にコハルは私の後ろに隠れ、私もコハルの前に躍り出ました。
何も問題になるような事はしていません、ましてや彼女は正実の長、敵意は無い…筈です。
「きへッ!きひひひひひ!!」
「い、如何なさいましたか?」
目の前にまで迫るツルギ先輩。
人を見かけで判断するべきでは無い、それは分かっていますが、正直ちょっと怖いです。
目の前でぶるぶる震えて、瞳孔が定まっていない、まるで爆弾の様な雰囲気を感じます。
その瞬間、ツルギ先輩が私に手を向けました。
「いひゃははははははっ!!!」
「るっ、るる、ルーシー!?」
「あーれー!?」
気づいた時には手遅れ。
彼女は私の手首を掴むと、そのまま千切ってしまいそうな勢いで手を引き始め…いえ、引き摺る様な形で私を連れ去ったのです。
私を追うもどんどん遠くなるコハル、足が追いつかずツルギ先輩に引き摺られる私、奇声を発しながら私を連れるツルギ先輩。
嗚呼、私は間抜けな声を上げる事しか許されない。
とほほ、朝の授業までには帰れると良いのですが…
◆◆
「…申し訳ありません、沙汰ルシルさん、私が行くべきでした」
「…すまない」
「…いえ…しかし、私に何か御用でしょうか?先日の適正審査についてですか?」
先輩に手を引かれ訪れたのは、正実の部室の一つ。
談話室の様なそこには、私たちの他にもう一人、ハスミ先輩がいらっしゃっていました。
邂逅1番にツルギ先輩の変容ぶりに頭を抱え、謝罪の言葉を口にしましたが、私はあまり気にしてはいません。
私の
そういう方なのでしょう、詮索はしますまい。
それよりも、ここに連れてきた理由の方が気になります。
「…えぇ、その適正審査ですが…貴方の身体能力値はここのツルギに匹敵する一方で、銃火器術は正実の求める最低点を遥かに下回ります」
「…その通りです」
…やはり、その話ですね。
私の仮説ですが、私が彼女らに呼ばれた理由は、恐らく身体能力と銃火器術とのギャップによる物だけでは無い。
部内で、私が『男子』であるが為の、何かしらの反発、反対があったのでしょう。
その内部混乱を是正、もしくは反対者を納得させる為の面談、私はそう睨んでいます。
嗚呼、私が銃を十全に扱えたならば、この様なことにはならなかったでしょうに。
「私達の間でも議論はありました、貴方を正義実現委員会に加入させるかどうか…しかし、ツルギが———」
「ここからは、私が話そう」
私の反対方向を向いたまま、ツルギ先輩が語り出します。
「結論を先に言おう、お前の人柄と実力を私が見ればいい、だからここに呼んだ」
「…呼んだと言いますか、連行されたと言いますか…」
「…それは済まない」
ツルギ先輩の猫背気味の体躯が更に縮こまります。
背面を向けている都合、猫背になりすぎて彼女の頭が見えません。
その隣では、またハスミ先輩が頭を抑えていました。
「…兎に角、お前の成績は不合格にするには惜しく、だが銃技の点で軽々と合格にするわけにはいかない…かといって性別を理由に入部を拒否するのは非効率だ」
純黒の長髪が僅かに揺れます。
失礼ですが、中々に奇怪な光景。
「お前のような生徒がこのまま正実に入部することは、後ろ盾がなければ難しいだろう、だから私がその後ろ盾になるつもりだ」
「それは、本当ですか?」
それは、願ってもない申し出です。
私のことを見込んで頂いていると言うのは、とても嬉しい。
しかし、無条件に、とはいかないでしょう。
「ああ…だが、そうするまでの信頼が足りない、分かるな?」
「ええ…私は、何をすれば…?」
やはり、条件がある。
そもそも、彼女と私は初対面、何も無しに私の味方になどなりはしないでしょう。
加えて、彼女が私を推す対外的な理由も必要。
「簡単だ、私と戦え」
「…えぇ、と…戦う、ですか…それでいいのですか?」
「ああ」
ハスミ先輩の方をチラと目線をやります。
動揺の様子は無い、つまり冗談の類いでは無く、本気。
確かに物語では喧嘩の後に友情が芽生える事や、心を通わす描写がありましたが…
いえ、このツルギ先輩は正義実現委員会委員長、半端な常識は通用しないと考えるべきです。
彼女が出来ると言ったならば、出来るのでしょう。
「…かしこまりました、ツルギ先輩の胸を借りるつもりで挑みます」
「あぁ、時間は今日の放課後、正実の演習棟だ、動ける服で来い」
「はい、承知しました…時間も圧しているようですし、退室しても?」
「構わない」
時計の針は始業時刻の五分前を示しています、急いで教室に帰らねば。
先輩たちに一礼、お淑やかに手を振るハスミ先輩と微動だにしないツルギ先輩が私を見送ります。
さて、廊下を走らないように、しかし早歩きで。
遅刻しない様に精一杯急ぎますよ…!
◆◆
その頃。
彼がまだ、自分の明日を信じていた頃。
彼の知らない場所で、異形なる者たちが、彼の運命を測り始めていた。
「マエストロ、貴方の
「ふむ、ベアトリーチェ、その要求を飲む事は出来ない」
何処でもない、誰にも見つける事の出来ない空間。
薄暗く、仄かに明るいその場所で、二対の異形が言葉を交わす。
一人は赤い肌を持ち、頭部に数多の眼球を携える異形、ベアトリーチェ。
もう一人は、常に身体を軋ませる双頭の木偶人形、マエストロ。
二人の交わす視線に親交は感じられず、張り詰めた緊張感のような物だけがそこにあった。
「理由を聞きましょう」
「一つ、あれは失敗作などでは無い、一つの完成品であり、同時に不完全品でもある、本質を理解出来ぬ貴下には、到底渡せない…二つ、貴下が私の作品をどのように扱うかは目に見えている」
「…くだらない」
ベアトリーチェは多数の眼球を細めると同時に、優雅に口元に手を添えた。
彼女に一瞥を送ることもせず、マエストロは淡々と告げる。
「…三つ、私は今、トリニティに可能性を見出している…『色彩』の接触を介さずして神秘と恐怖を繰る可能性だ、
「…再三言いましょう、くだらない、と…貴方の失敗作———」
「『エウセビウス』、そう呼ぶといい、太古の教義に関わりし者の父の名だ」
ギィ、僅かな興奮を漏らすマエストロの身体から、絶え間無く軋みが鳴る。
鬱陶しげに、ベアトリーチェは続けた。
「…『エウセビウス』には、聖人や福者に値する要素はありませんが、ソレには確かな戦闘能力がある…腐らせておくには勿体無い」
「貴下の徹底した合理は賞賛に値する、だが、それでも拒否しよう」
チッ、鋭い舌打ちが闇に消える。
彼女にとっての目的は、来たる戦いに備え、救護騎士団、シスターフッド、正義実現委員会の戦力を図ることにあった。
その為には、それら全てと戦っても互角に立ち回れるであろう『エウセビウス』は、是が非でも手に入れたい戦力。
「…ならばこうしましょう、貴方の頼みを一つ聞く、加えて私は『エウセビウス』をトリニティに放つつもりです…どちらも、貴方にとって利になるのは分かるでしょう?」
「…ふむ、トリニティに、か…」
マエストロは答えに逡巡し、考えを巡らせた。
戦闘というアプローチを掛ける、この行為が果たして上手く作用するものかどうか。
ストレスを与えるという行為は、兼ねてから考えていた案ではあった。
トリニティという環境、精神的なストレスはマエストロの関与する必要は無いだろうが、肉体的なストレスはその限りでは無いからだ。
そして、トリニティの地下に封印された太古の教義、これを探る為にも、ベアトリーチェの協力は有効。
ならば———
「では、我が『エウセビウス』は貴下に与えるとしよう」
「分かれば良いのです」
やがて二人は闇に消える。
ルシルの知らぬところで、怪物が歩き出したことなど、彼は知る由もなく。
着々と、運命の日は近付いていくのだった。
ツルギが男子生徒とマトモに話せるわけないだろ!いい加減にしろ!!