「さて、行きますか」
時は放課後。
準備もそこそこに、私は正実の演習棟を訪れる為に教室を出ました。
ツルギ先輩たちとの対談後、コハルには多くの心配をされましたが、訳を話せば彼女も理解を示して頂けました。
曰く、『ルーシーなら絶対上手く出来るから』、との事。
なんと骨身に沁みます言葉でありましょうか。
この様に信じて頂ける事に、これ程までに価値があるとは思いませんでした。
嗚呼、これが友が居るという幸せなのですね。
今の私はやる気150%、負ける気がしません。
「あら、ごきげんよう、男子生徒君」
「…こんにちは、貴方達は…」
道すがら、見覚えのある二人組が私の前に立ち塞がりました。
流星のような髪に星のアクセサリーを飾った生徒と口論をしていた、あの二人組です。
一人は白を基調としたセーラー服に、金色のミディアムカット。
もう一人は金の意匠を拵えた純白の制服に、ミルキー色のセミロング。
言葉は丁寧でも、何処かに棘がある。
その瞳はこちらを見上げつつも、見下ろしているような気がしてならない。
私は何処か不穏な気配を感じずにはいられませんでした。
「以前はどうも、どちらに行かれるので?」
「…正義実現委員会の演習棟に向かっております」
「まぁ、正実に!貴方のような方が?入学早々少なくない問題を起こしているという貴方がですかぁ?」
「…問題、とは?」
問題。
品行方正を心掛けて生活していた筈が、その様な評判が先輩達に広まっているとは。
この数日を振り返りますが、思い当たる節がありません。
「おや、ご存知ではありませんか?学校の備品を破壊したり、直近では正実の委員長に連行されたそうですねぇ」
「誤解…では、ありませんね…しかし、私は貴女達の考えるような乱暴な人物ではないと信じて頂きたいです」
「ふん、どうだか、口ではなんとでも言えます」
確かに、正実が所有する握力計を破壊してしまったこともありました、ツルギ先輩に連れられた事もありました。
しかし、どうにも事実が一人歩きしているご様子。
それが私の異質さ、男子であると言うことに端を発するというのは理解していますが、どうにも芳しくない。
加えて、噂が巡る速度も尋常ではない。
昨日今日の出来事がもうこの先輩達に伝わっているとは。
「貴方のことを少しばかり調べさせて頂きました、トリニティ外の一般家庭出身、特筆すべき点も何もない凡人」
「…」
「強力な後ろ盾も、権力も、実績も、信用も何もない…誰が貴方のことを信じましょうか?」
何も、言い返すことなど出来ない。
全ては事実であり、私が背負うべき試練とも言えましょう。
ここに転校するに当たって、何度も忠告されました。
しかし、正実に対する憧れは止められなかった。
だから、エイリアンたる私は、人の役に立ってこそ信頼を勝ち取るのです。
その時こそ、私は気兼ねなくハットの奥の角を見せられる。
理解して頂けるはず、、何故ならここはトリニティ、正義実現委員会を抱える清き学園なのだから。
「…申し訳ありません、時間が迫っております、先を急いでも?」
しかし私は、臆病です。
今は何故だか彼女達が、少し怖い。
彼女らの瞳の奥の何かに気圧され、気の利いたことも言えず、逃げるように去ることしか出来ない。
「貴方のような方について回るあのピンクちゃんも、馬鹿ですわよねぇ」
「何の得にもならないといいますのに、おつむが足りていないんですわよ」
「…」
それでも、我が友を馬鹿にされて黙っていることなど、出来ようか。
「…取り消してください、彼女への侮辱は許容出来ません」
「おや?何か間違えましたか?」
「彼女は馬鹿などではない」
「ご必死になってまあ、男子って趣味が悪いのかしら」
一触即発。
突っかかるべきではない、頭では理解していても引き下がれません。
私は一歩進んで、再び先輩達と向き合います。
私の大きな体躯によって彼女達を覆う影。
目の前の先輩達の額に僅かな発汗、彼女らの愛銃に伸びる手。
あわや暴力沙汰に発展するかとも思われた瞬間、一人の影が私たちの間に滑り込みました。
「何をしている、沙汰ルシル」
「ツ、ツルギ先輩…」
「な、なぜここに正実の委員長が…」
現れたのは、ツルギ先輩。
初めて会合したときの様相はどこへやら、極めて理知的に言葉を紡ぎます。
「今からお前は私と試験だろう、道草を食っている場合ではないはずだ、さっさと行くぞ」
「は、はい…」
「…チッ…ここは引きましょう」
「…そうですわね…」
鋭い眼差しが私を射抜き、反論の余地も残さず彼女は私の手を引きます。
二人の先輩はこれ以上深追いせず、踵を返して立ち去りました。
彼女の言葉には鋭利な棘が表層に押し出されていましたが、敵意は微塵も感じられない。
助けて頂いた、その思考に至るのは必然でした。
「ありがとう、ございます、先輩」
「感謝される謂れは無い」
手を引きながら、彼女は短く締め括ります。
カツカツカツ。
リズム良く鳴る、私達二人の靴音。
沈黙が響く空間は、私の認知を鮮明な物へと仕立て上げました。
ツルギ先輩の掌の温度、次いで、直に触れ合う肌の感触。
緩やかに理解を始めた私の脳は、途端に給湯器の如く沸騰を始め———
「あ、あの…もう手を引いてもらわずとも…」
「…」
私はチェリーボーイ、女性との身体的接触は緊張を伴ってしまいます。
今も尚、触れ合う掌の温度が熱く、熱く、熱く…熱すぎる?
体感で40℃、50℃、60℃…ぐんぐんと上昇を続ける掌に視線をやると、そこには真っ赤なツルギ先輩の掌が。
そのまま腕へ、首筋へと視線を滑らせると、やはりそこには真っ赤に発熱した肌が。
続いて痙攣、否が応でも感じる激しいバイブレーション。
遂に、臨界点を超えて湯気が爆発します。
「キヒャアアアアアアアアア!!!」
「うわぉっ!?」
突如として身を襲う急激な牽引。
訳も分からぬまま、私は砲弾投げの弾の様に宙へ投げ飛ばされました。
しかし慌てる様な事態ではありません。
空中で身を翻し、軽やかに着地。
ツルギ先輩は———
「きへぇぇええええええ」
ツルギ先輩はダバダバと廊下を走り抜け、あっという間に消えてしまいます。
ドップラー効果により低くなっていく奇声が反響する廊下、ただ一人、私は呆気に取られているばかりでした。
「っはっ、ツ、ツルギ先輩ーーー!」
◆◆
「ふう…やっと追いつきました」
「おや…ルシルさん、お待ちしていました」
「ハ、ハスミ先輩…」
「はい、今回立会人を務めさせて頂きます」
ツルギ先輩が消えていった方角、つまりは正実所有の演習棟へ駆けると、そこにはハスミ先輩も居ました。
辺りを見回すと、体育館ほどの広いスペースに、大小様々な障害物、実践目的で使われるであろう設備が目白押し。
車に街灯、果てには道路まで、質感的にも本物でしょう。
簡易的な市街地とも呼べる訓練場が、そこにはありました。
察するに、試合の組み手形式と言うより、1対1のサバイバル形式…?
となると、かなり激しい戦いになる事が予測出来ましょう。
加えて相手は苛烈なる正義実現委員会委員長、私は一層気を引き締めます。
しかし肝心の彼女の姿は認識出来ず…
「ツルギ先輩は…?」
「彼女は既に準備を終えていますよ、あの通りに」
彼女の指差した方向は、この部屋の中央。
そこには、石像の様に微動だにしないツルギ先輩の後ろ姿がありました。
一ミリたりとも動かなかった為か、全く気付けませんでした…
その手には二挺の赤黒ショットガン。
臨戦体制である事は、誰の目から見ても明らか。
「来たか、沙汰ルシル」
極めて冷静かつ、よく通る声。
彼女がこちらに振り返り、一歩を踏み出します。
最早その面持ちに、先程の様な凶行振りは認められず…
み、認められず…?
「…ええと、何故
驚くべき事に、ツルギ先輩は目隠しを巻いて、視覚を完全に遮断していました。
しかし何故…?
「彼女は少々あがり症でして…二人で相談した結果、あの様な形と相成りました、緊張を抱かないためにはあれが最善なのです」
「いや…しかし…」
え、えぇ…?
仮にハスミ先輩の言葉が事実だとしても、それはつまり、盲目という特大のハンデを先輩に課すことになるのでは…?
「心配するな、この程度ならハンデにもならん」
「…なる、ほど…規格外という訳ですね」
…これは驚嘆するしかありません。
目が見えずとも、私を問題無く相手出来ると。
自身の力への絶対的な自信、自負…ひしひしと感じます。
「ところでルシルさん、その帽子は取らなくても良いので?」
「えぇ、これは外せません…簡単に外れる様にもしておりませんので、どうかご容赦を」
「えぇ、そういう事ならば」
申し訳ありませんハスミ先輩…尊敬する先輩といえども、どうしてもこのハットを取るわけにはいかないのです…
私の角を見せて、彼女達を混乱させたくありませんし、何より、私にその自信がない。
いつか告白しましょう、その時には、私は胸を張って脱帽出来ます。
「ルシル、銃は持っているか」
「えぇ、市販のハンドガンを一つ…」
「貸せ」
目の見えぬ筈のツルギ先輩がこちらへ寄り、その手を差し出します。
私が彼女へ手渡したのは、この学園で推奨されている一般的なハンドガン。
仮にも戦闘試験なのですから、使えぬとしても持参して来るのが道理。
価格はそれなりに高価でしたが、有り金を叩いて購入しました。
彼女はそんな新品同然のハンドガンを手のひらで確認し、うむと一つ声を漏らしました。
そして———
バキャァ、と、金属のへし曲がる異音が鳴り響きました。
「あっ、あーーー!?」
わ、私の、私のいち、一万円が。
先輩の掌の中で息絶えて…
「っな、何をするのです…!?」
「お前に銃の才能が無いならば、こんな物は邪魔でしか無い」
がしゃんからから、ハンドガンの残骸が地面に舞い散ります。
「お前が出来る事はただ一つ…殴り、蹴り、躍動しろ」
ツルギ先輩の言い分は理解出来ます。
付け焼き刃など、邪魔でしかない。
成程、確かにその通り。
平均以下のパフォーマンスしか出来ないのなら、私にしか出来ない事を示せば良い。
「その体一つで、どれだけ使えるかを魅せてみろ」
先輩はだらりと構え、臨戦体制に入ります。
両の手に携えられた銃のトリガーに指が掛けられ、口角が不気味に吊り上がります。
何という迫力、何という威圧感。
顔が強張り、足が竦みそうだ。
しかし彼女は私の力に目を掛けてくださっている。
この様な場を設けてくださっている。
その期待は裏切らない、裏切るわけにはいかない…応えてみせるが男というものでしょう。
「さぁ構えろ、そして来い、ゴングは既に鳴っている」
「えぇ、では、参ります…!!」
私は拳を握り、ツルギ先輩へ駆け出します。
いざ尋常に、勝負!
良くない噂を流しているのはこのモブ先輩ちゃん達なんですよね。