「きははははははッ!破壊だァァアアッ!」
「っ!!」
戦闘訓練のBDは何度も見てきました。
しかしそれは相手が銃を持ち、こちらも銃を持つ、謂わば定型の戦術書に過ぎず、素手対銃の心得は未だ未履修です。
徒手格闘やマーシャルアーツといった類いも、通信教育では習う事も無かった。
つまり、私はただひたすらに突撃するしか脳が無かったのです。
「ヒャハァッ!!」
「うわぉ!」
当然、銃というリーチを持つ先輩、それを使わない理由はありません。
耳を劈く火薬の爆音、『
私はそれを横っ飛びに回避、瞬間私の居た場所が大きく爆ぜます。
これは凄まじい威力、被弾する訳にはいかない。
ゴロゴロと地面に転がり一回転、また走り出そうと地を踏み締めますが、蹴るという思考に至る前に、またも銃声。
連射!休まる隙が無い!
「逃げるだけかァ!?」
「ぐう…!」
目隠しをされている筈なのに正確無比。
避けている筈のショットガンが着弾音が徐々に耳元へ近づいてきます。
偏差撃ちに慣れ始めている証拠…ジリ貧と言わざるを得ない…!
私はすぐそばにある自動車の影に体を投げ込み、暫しの休息を得ました。
「…ふぅ…」
背後からドゴドゴバコバコ衝撃が伝わりますが、一度リロードを待たなければ…
ちらと窓枠越しにツルギ先輩の様子を伺いますが、一歩も動かずに射撃に専念している様子。
これなら弾切れを待てば———
「なっ…!?」
撃ち尽くし、弾切れ、リロード。
一連の動作、僅か2秒。
「どうしたァ!!ガッカリさせる気かァ!!」
銃撃の雨はまるで止まない。
この車も無限に耐久出来る訳ではない。
あまりやりたくはありませんでしたが、仕方が無い…!
「ハスミ先輩!ここにある物全部!壊しても宜しい備品ですか!?」
「構いませんよー!」
許可は出ました、後は実行に移すのみ。
私は車のドアノブに手をかけ、思い切り力を込めます。
「…ぬん!」
バキン、丸ごと引き抜かれるドア。
即席のライオットシールド、完成です。
私はそれを持って散弾銃の雨の中に身を投じました。
「キヒッ!!」
ショットガンの性質上、距離が近付けば近付く程に威力が強くなる。
当然ツルギ先輩への突撃に車のドア程度が耐える理由も無く、5秒も経てばドアは穴だらけになります。
しかし、それで充分。
5秒もあれば、最低限の距離まで接近出来る!
多少の被弾はやむなし!
私がボロボロのドアを投げ捨てた瞬間、先輩も行動を起こしました。
「来るか!?来いッ!!」
「ッ!!」
天高く放擲される二丁のショットガン。
両拳を打ち鳴らして頬を裂く先輩。
頭蓋の内に広がる言葉。
———殴り合い。
「はぁっ!!」
「ヒャァ!!」
繰り出す私の右ストレート。
盲目の相手に少々気は引けますが、本気で行かねば無礼と言う物。
しかし私の拳が彼女へ届く寸前、視界がブラックアウトしました。
「ぶふっ…」
続いて鼻っ柱に激痛。
直ぐに網膜に光が戻り、そこには視界を占領するツルギ先輩の拳。
カウンターをモロに喰らった、直ぐに理解出来ました。
(これは…強烈…!)
鉄拳、そう形容するしか無い一撃。
だが、反撃は可能。
私はがむしゃらに拳を振るい続けます。
「拙いなァ!?それで届くと思うか!?」
「ぐっ…!」
その尽くが宙を舞い、私へのカウンターとして返される。
驚くべきは先輩の武術センス。
柔道、空手道、果ては軍事格闘術まで。
有りと凡ゆる武道に通じ、しかしそのどれでもないと確信出来る、謂わば剣先流の殴打。
きっと、実践を通じて凡ゆる相手の徒手格闘を吸収してきたのでしょう。
私などでは歯が立たない。
「キィヘッヘッ!!」
これが、正義実現委員会委員長の実力…!
何と高い壁…!
「終いだァッ!!」
瞬間、私の眼球ははっきりとその光景を捉えます。
天から降る二艇のショットガンをキャッチし、その銃口を私の胸に押し当てる先輩の姿を。
———ドォン!
「かはぁっ!?」
肋骨から心臓、その奥の背骨まで突き抜けるインパクト、堪らず私は息を吐き出し、膝を突きます。
動けない、呼吸がままならない。
ツルギ先輩はそれ以上追撃する事は無く、静かに私を見下ろしていました。
嗚呼、我が身が情けない。
こんな私に、彼女は口を開きました。
「…今朝ハスミが言った事を覚えているか、沙汰ルシル」
…?
『試験は終わりだ』、『見損なった』、そんな類いの言葉とは毛色の違う質問に、私は一瞬フリーズします。
「『お前の身体能力値はこの私に匹敵する』…私はそうは思わない、お前の筋力は私と同等以上だろう」
「…!」
そ、それは…!
とても嬉しい評価、感涙の極みです…
だからこそ、この醜態がただ恥ずかしい。
「だと言うのにこの有様はなんだ?何故私の銃撃をものともせずに突き進まない?何故シールドを態々作って突撃した?銃を使えないお前は、味方の射線を恐れずに戦わなければならないのが道理」
…なんと、申せば良いのでしょうか。
盲点、それに尽きます。
私の曖昧なイメージでは、ただ正義実現委員会の部員として、皆と活動に勤しむ物だと考えていました。
しかし、実態は、きっとツルギ先輩の言う通り。
銃を使えないならば、敵に突撃して場を荒らす切り込み隊長以外に役割は無く、味方の背後からの誤射を物ともせず行動しなければならない。
それは奇しくも先輩の役割と酷似しており、一騎当千の実力が必要。
ツルギ先輩がシールドを構えて着実に前進する、そんな光景、存在し得ましょうか。
否、彼女ならば速攻で飛び込み、全てを蹂躙する。
圧倒的な近接能力。
その『実力』を、彼女は私に求めている。
「そして、お前にはそれが出来る身体能力がある…現に今も、お前は既に回復しつつある、もう全快に近い筈だ」
「…」
…確かに、胸の苦しさも消え、息は整いつつある。
今思えば、怪我という怪我をしていない。
…私に、出来るでしょうか?
私は不安の眼差しで先輩を見上げます。
そんな視線を感じ取ったのか、彼女は力強く応えました。
「…いいかルシル!自由に戦え!既存の考えに縛られるな!お前の強みを押し付けろ!!お前になら!私と同じ戦い方が出来る筈だ!!」
「同じ…戦い方…」
ゴクリと、喉を鳴らします。
『誰が貴方のこと信じましょうか?』
先の諍いの最中に発せられた言葉が脳裏に疼きます。
ツルギ先輩の声色に、疑いは無い。
そこに人柄の信頼が無かったとしても、私の力、その一点においては絶対の信頼を置いてくださっている、それなら、それなら———
「だから私を…ガッカリさせるなァ!!」
「ぐっ!」
そう締め括ると、先輩は超人的な脚力で私を蹴っ飛ばし、私は街灯に強かに体を打ち付けます。
しかし私には分かります、これはただの攻撃では無い。
やり直しの合図だ、と。
「…フ、フフフ」
成程、蒙を啓くとは、この事。
出来ると思ったならば、私は出来るのだと。
何故なら、ツルギ先輩がそう仰ったのだから。
彼女の信じる私を信じるのです。
いざ、彼女の期待に応えましょう!
「フフフフフ!」
背後で僅かに軋みを上げる街灯。
ガッチリと掴み、万力の力を込めます。
大丈夫、出来る。
やがて街灯は根元から千切り折れ、長物の鉄棒へと相成ります。
「なんて、怪力…!」
「キヒッ!!そうだ!それでいい!!」
ハスミ先輩の驚愕の声。
ツルギ先輩の狂喜の声。
今度こそは落胆させません。
「行きますよ!」
「来ォい!!」
街灯を砲丸投げの如く振り回し、巨大なブーメランとして放ちます。
ゴウンゴウンと空気を裂く鉄塊、ツルギ先輩は構わず突進し、街灯を弾き飛ばしました。
流石先輩。
ですが、私の攻撃は終わりません。
「ハァッ!!」
次は車両!
2トン超の車を持ち上げ、大質量の弾丸として投擲。
しかし、彼女はそれすらも蹴り上げて衝突を回避!
「あひゃひゃひゃひゃ!!!」
続いてショットガンの乱れ打ちが私を襲い掛かります。
回避は———必要無し。
真っ直ぐ最短、被弾しながら先輩へ急接近します。
「そうだ…!!それでいいッ!!」
獲物のショットガン二艇を真横へ投げ捨て、先輩は私を迎撃します。
振り上げられた拳には、強烈なプレッシャーが宿っていました。
「殴り合いだァァアアッ!!!」
「おおぉっ!!」
先程のインファイトは完膚なきまでに私の敗北。
しかしその攻防では、私は攻撃、防御、回避の三つに思考のリソースを費やしていました。
つまり何が言いたいかと言いますと…後者二つを捨て去れば、喰らいつく事は可能!
題して、ノーガード戦法。
「ぶふぅ!!」
「ぐはぁ!!」
入った!
私も顔面にストレートを貰いましたが、彼女のレバーに一撃を与えました!
だと言うのに、まるで金属質のゴムを殴った様な感触…尋常じゃない腹筋の硬さに、私は目を見開きます。
そして、それは
「もうこれはいらないなァッ!?」
ツルギ先輩の超暴力を解放する、スイッチ。
自ら目隠しを剥ぎ取り、縮こまった瞳孔を私に見せ付けます。
そして、咆哮。
「破壊だ!!破壊してやるぅうううッ!!!」
「っ行きます!!」
ボルテージが、上がる。
拳の一つ一つに、殺意が宿るのが分かります。
圧倒的なプレッシャーに、血管が丸ごと鉛に変えられた様な気さえします。
本気には、本気で応える以外に選択肢は無し。
しかしその瞬間、私達の間に滑り込む一つの影が。
「そこまでです」
ハスミ、先輩。
咄嗟にブレーキをかけたお陰もあり、拳が彼女に優しく止められます。
同じくツルギ先輩の拳も受け止められていた事からも、ハスミ先輩の腕力が伺えます。
「…ハァスミィィィ………」
「彼の実力は既に分かったでしょう、私も貴女も…これ以上はどちらも怪我ではすみません、そうなれば活動に支障が出ます」
「…すぐ治る」
「彼は違うでしょう」
「…」
口をへの字にしてぶすくれるツルギ先輩。
私は少々状況が飲み込めず、ハスミ先輩に拳を止められたまま動くことが出来ませんでした。
やがてツルギ先輩は大きく息を吸い込んで吐き出すと、私の方に視線を送りました。
「…すまないな、ルシル、少しやり過ぎた…顔は大丈夫か?」
「い、いえ、この通り問題ありません…そのテストは…?」
「あぁ、勿論合格だ、お前は十分過ぎる程に力を示した」
「それは、なんと…!」
なんと…まぁ…!
事もなげに紡がれる言葉に、心を躍らせずにはいられません。
合格だ、その響きが心地よく耳に残ります。
そう、私は…遂に…!
「歓迎しますよ、ルシルさん、ようこそ正義実現委員会へ」
「よっ、宜しくお願い致します!」
遂に正義実現委員会の一員になれました!
嗚呼なんと喜ばしい事でしょうか、踊りたい気持ちです。
今日は眠れないかもしれません。
笑みを溢す私に、ハスミ先輩が温かい目を送ります。
少し、年甲斐も無くはしゃぎ過ぎました、恥ずかしい。
そうだ、コハルに伝えなくては。
彼女がどんな顔するか楽しみです。
驚いてくれるでしょうか、笑ってくれるでしょうか。
成程これが友が居ると言う感覚、友の居なかったこれまでの人生に負い目を覚えてしまいます。
「私も歓迎する、テストも終わりだ、もう行ってもいいぞ」
「でっ、では、これにて!大変ありがとうございました先輩!このお礼はいつか必ず!!」
私は直角90度にお辞儀し、足早にその場を去りました。
さながらスキップしている様な足取りですが、浮ついているのは事実です。
先輩達、特にツルギ先輩には礼をしてもし尽くせない、いつか恩返ししなければですね。
しかし、今は、コハルに会いたい。
貴女と同じ立場になれると伝えたい。
それが、友であると実感できる証左なのですから。
私は意思に反して逸る足を抑えられず、半ば駆け足となって放課後の廊下を駆けました。
胸に溢れんばかりの幸福を拵えて。
フフフ、今の私は、幸せ者です。
◆◆
「…ちゃんと喋れる様になったじゃないですか、ツルギ」
「…ハッ!?…わ、私、彼と話して…!?ヒャアアアア!?」
「…言わぬが華でしたか」
ルシル君の肉体はアケミ並みの超肉体です。
つ、つよしぎ〜!!!
———弱体化しろ。