執筆時点で水着マコトのポニーテール姿が発表されました、うんうん、可愛いですね。
「…」
放課後の、オレンジの斜陽が差し込むがらんどうの教室。
そこには机に座り、不安そうに一人待つコハルが居ました。
嗚呼、私の為にお待ちしてくださったのですね、これは胸が熱くなる。
そんな彼女に駆け寄り、私はにこやかに語ります。
「フフフ、コハル、お待たせしました」
「あっ、ルーシーっ!どうだった!?」
「フフフフフ、聞いて驚く勿れ」
私に気付いたコハルはガタリと椅子を揺らして立ち上がります。
私の様子を見てある程度察したのか、僅かに笑みが溢れ、目をまんまるに期待を灯した彼女。
「合格!です!」
「っ!…〜!」
私の言葉を聞いた瞬間、彼女は目をぎゅっと瞑り、口元を綻ばせます。
そして、こちらへ身を乗り出して大輪の笑顔を咲かせました。
「やったぁ…!っやったぁルーシーっ!これで私達、正実の一員だぁ…!」
「フフフフ!やはりコハルも合格していたと!」
「うんっ!」
本当に嬉しそうにニコニコ笑うコハル、思わずこちらも気分が上がってしまう。
幸せホルモンが分泌されている様な、このような時間がずっと続いて欲しいと願う様な、人と関わりを持ってこなかった私が密かに欲した『時』が、今まさにここにある。
胸から押し寄せる情動を止める事は出来ず、私は続けて口を開きました。
「せっかくです、祝勝会を開きましょう!一緒に手頃なカフェでもどうですか?」
「うん!」
数瞬の間を置かずして即答するコハル。
しかし、その即答ぶりに反して、すぐ彼女は顔を赤くして俯きました。
まるで、脊髄で反射したそれを反芻している様な。
それでも、髪先を弄りながら、確かめる様に呟きを返しました。
「…ぅ…うん…」
「…で、では早速いきましょうコハル!」
いけない、私も少し恥ずかしい。
というより、理解が追い付いてしまいました。
これではまるで、デートの誘い。
勢いで口走ったとはいえ、提案を撤回する訳にもいかず、私は羞恥を隠して彼女の手を引きました。
◆◆
「…」
「…」
い、いけない、困った、困りました。
手を繋いで学校を出たはいいものの、手を繋いだまま。
いつ手を離せば良いのか、女性経験のない私には分かりません。
うーん、デジャヴを感じます。
これはツルギ先輩と手を繋いだ以来の感覚です。
嗚呼、手汗をかいていないでしょうか。
気になるのに、手を離す、それだけの事が出来ない。
コハルは嫌と感じていないでしょうか、身長差もあり、彼女の表情を見る事が出来ない。
「…ね、ねぇ」
「は、はい、どうしました?」
「カフェって…どこにいくの?」
「…えぇと、はい、もうすぐ着きますとも」
あ、まずい、勢いで口走った弊害が。
実はこの辺りの地理には未だ疎く、美味しいカフェなんてもってのほか。
急いで周囲に視線を配らせ、カフェっぽい名前の看板を探しました。
『Miracle』、『トライアル』、『BONITARIA』…まずい、店名だけでは何の店か全く分からない。
ショーウィンドウや食品サンプルのあるファミリーレストランなどとは違い、表には店名のみの貴族的な出立ちのみ、トリニティ初心者の私には勝手が分からない。
しかしその時、漸く私は周りの人々の視線に気付きました。
すれ違う人皆が私を見て、コハルを見て、その繋がれた手と手を見て、やがて目を逸らす。
最早私達に向けられる視線は、儀礼的無関心のそれとは言い難く、私は顔が熱くなるのを感じました。
加えて、握られる手のひらの力が、僅かに強くなります。
「…ね、ねぇ、み、みんな見てるから…」
「はっ、はい!ごめんなさい!嫌でしたよね!?」
「…」
慌てて手を離して、コハルの前に跪いて謝罪します。
しかし彼女は私に握られていた手のひらを、絶えずゆっくりと拳で揉んでおり、私はどうしたのだろうと少しの疑問を抱きました。
そして、私は疑問の答えに辿り着いてしまいます。
私自身の手のひらに、少なくない水気がある事に。
「う、うぅ、申し訳ないです…」
あ、あぁ恥ずかしい恥ずかしい。
手汗にも気付かなかったなんて、きっと不快にさせてしまっていた。
私は謝罪を繰り返す事しか出来ず、彼女に背を向け、再び歩き出そうとしました。
しかし、僅かに、弱々しい程に小さな力が私を引き留めました。
何事かと振り返ると、私の服の裾の端の端を摘んでいるコハルの姿が。
「嫌とか、言ってないし…」
「…ぉ…おぉ…」
ドキ。
ドキドキ。
ドキドキドキドキ。
遠慮がちに、ちんまりと親指と人差し指で私の服の裾を摘む彼女の行動。
頭部の黒羽で目元を隠して顔を背けながらも、いじらしく横目で私を見つめる彼女の姿。
尻すぼみに消えゆく、自信なさげな彼女の声。
真っ赤に揺れる顔、震える手のひら。
彼女の前には、人も、店も、何もかもが色褪せて。
う、う、うう…胸が苦しい。
何でしょうかこの苦しさは。
心臓の拍動が止まらない。
目を逸らそうと、一体何から目を逸らそうとも分からずに辺りを見回すと、ある文字列が目に飛び込んできます。
『カフェ ルジョワス』。
「!」
カフェ。
思考を切り替える大義名分を得た私は、ここぞとばかり声を張り上げます。
「あ、あれですあれ!『ルジョワス』です!さぁ行きましょうコハル!やっと着きましたね!」
「う、うん…」
勿論店の詳細などは知りもしませんが、最早吐いた言の葉を撤回する事は出来ない、先陣を切って私はカフェの扉に向かいます。
そこで何が起きるかなど、このときの私には、一抹の予想もありませんでした。
◆◆
「あ〜、だからダメなもんはダメです、お引き取りを」
「なんでよっ!?意味わかんないっ!」
「コ、コハル…少し落ち着いて…」
「ルーシーは少し黙ってて!それに悔しくないのっ!?」
「しかし…」
…時は遡る事数分、私達は入店し人数を尋ねられた途端、ウェイトレスの生徒の方が私を見るなり、厨房の奥に引っ込んでしまったのです。
そして待たされる事数十秒、不審がるコハルをよそに、店長らしき女性の獣人が現れ、この様に仰ったのです。
『そこの貴方の入店を許可できませんから、お引き取り願います』、と。
何故、そう口にするまでもなく、理由は明白でした。
『誰が貴方のことを信じましょうか?』
燻り続けたその言葉が、私の胸の内を食い破って這い出てきます。
少し、胸の中が苦しい、コハルに感じていたそれとは全く別種の苦しみ。
好意ではない、混じりっ気のない敵意の宿る瞳が、怖い。
どうして、思わずそう言葉にしようとした私を見透かして、彼女は言い放ちます。
「言われないと分からないのですか?」
冷たい、心臓の裏が底冷えする。
その言葉の裏に隠された幾千もの棘に気圧されて、私は何も言うことが出来ませんでした。
「………行…き、ましょうコハル、不快な思いをさせて申し訳ないですが、別の店に———」
「いや、絶対にいや」
しかし、コハルは私の引き止めます。
今度は服の裾ではなく、私の手をしっかりと握って、私の前に立ちます。
「…なんでルーシーがそんな扱いをされないといけないの…!」
彼女の顔は見えず、黒いベレー帽が視界に映るだけ。
しかし、彼女がどんな表情をしているのか、容易に想像出来ました。
「見た目が怖いから?男子だから?ルーシーの事を何にも知らない癖に、分かった様な事言わないでよっ!」
「コ、ハル…!」
私は、嬉しかった。
私を信頼して下さる方が、確かにここに居るという事実を知って。
ツルギ先輩は、私の『力』を信頼しました。
しかしコハルは、私という存在を無私に信頼して下さる。
嗚呼、無二の友よ、尊き友よ、私は嬉しい、歓喜に震えています。
少しの涙を堪える中、もう一つの声がその場に差し込みました。
「そこのお嬢さんの言う通りですわ」
声の主は背後から。
同じく入店した一人の女性による物でした。
アルビノの様な、白磁の肌に重ねられた銀髪に、着こなされたコートには『EATorDIE』の意匠。
何より目を引くのは———
「…お、お前は…何故ここに…!?」
「美食を求めるならば、何処へでも」
片翼のコウモリ羽と、宙に揺蕩うトカゲの尾。
店長の獣人の方が、明らかに眉を顰めます。
この方の特徴が意味する所は即ち、私と同じ『悪魔』。
「ご機嫌麗しゅう、黒館ハルナと申します、本日は私用の為、単身で参りました」
「黒館、ハルナ…さん…」
この上品な所作、装い…高貴な出立である事は容易に想像出来ました。
だからこそ、『悪魔』という要素が際立ち、一層浮いて見えます。
そんな彼女は私の前に躍り出て、不敵な笑みを絶やさず続けました。
「カフェという場は、私たち生徒にとっての憩いの場であり、店が提供しなければならない代物、この紳士君を退けるという事は、飲食店の責務を放棄している、違いますか?」
「黙れ…ゲヘナの蝙蝠女が…!今すぐ正実を呼んでやる!!」
「おや…それは困った…」
鋭い牙を剥き出しにして唸る店長は、怒りのままに叫びます。
何故そこまでする必要があるのか、何故彼女をそうまで嫌悪するのか、甚だ疑問に感じますが、ハルナさんは怯む事なく、店長の耳元で何かを囁きました。
「既に仕込みは終わっているのですよ…?手荒な真似は控えて頂きたい…」
「…チッ…!食べたらとっとと出ていきなさい…!下賎なゲヘナが移る…!」
「これは手厳しい…」
ボソリボソリと、空気の震えに近しいそれは私達の耳に届く事はありませんでしたが、店長が苦い顔を浮かべ、店の奥に引っ込んでいった様子を見るに、何かしらの交渉が済んだ様でした。
勿論、良い方向に進んだのでしょうが、やはり疑問は残ります。
「あ、なたは…一体…?」
「る、ルーシー…ゲヘナの子だよ…?食べられちゃうかも…!」
コハルが怯えながら告げます。
『食べられちゃうかも』、冗談でもなく真面目に語る彼女に、トリニティとゲヘナの溝を感じてしまいます。
私が『悪魔』と知っても、彼女はまだ、私を信頼して頂けるでしょうか…?
…いえ、思考を戻しましょう。
目の前の生徒、黒館ハルナさん…彼女は『悪魔』…つまりは十中八九ゲヘナ出身の生徒、気性の荒い生徒が主に在籍する学園ですが、彼女もそうだとは思えない。
だと言いますのに、蛇蝎の如く嫌われている先の姿は、些か不自然。
何か理由があるのでは、それこそ、何か指名手配を受けているのでは…と、勘繰ってしまいますが、それをこの場を諫めた彼女に抱くのも失礼に当たる。
言葉に切り出せずに居ると、ハルナさんは振り向いて、僅かに微笑んで呟きました。
「では、良い美食を」
「は、はい…」
…やはり、私の杞憂…?
優雅に店内へ歩を進める姿を見ると、小さな疑いは自然に晴れていきます。
そうです、やはり、何かの間違いでしょう。
あの様なお方が何かやましい事をしているなんて、有り得ません。
恥ずかしい、恥知らずな自分に内省していると、今度こそウェイトレスの方に案内され、私とコハルはテーブル席に着きました。
「…取り敢えず、良かったわね、お店に入れて」
「…えぇ、勿論」
メニューの料理はいずれも目が飛び出る程に高い、そういう物なのでしょうか…?
コハルが眉一つ動かさずメニューに目を通す様を見ると、こういう物なのでしょう。
他愛無い会話を弾ませ、店員を呼び、パンケーキやパフェが来て、また他愛無い会話をしながらフォークやスプーンを進める。
間違い無く幸せな瞬間の筈です、正しく、憩い、その言葉が当てはまる様な。
しかし、どこか集中出来ない、どこか引っかかる。
絶えず喉が渇いて、心臓の音が気になってやまない。
ずっと、私の胸の中には渦がありました。
そう、私の中で、良くない考えが渦を作っている。
…コハルの前で、このハットを脱いだらどうなるのか、です。
彼女はどんな目で私を見るのか。
ゲヘナに、『悪魔』に、少なくない偏見を持つ彼女らは、私をどんな瞳で見るのでしょうか。
考えない様にしたのに、直ぐに頭の中に湧き出てくる。
もし仮に、『悪魔』に偏見を持っていたとして、私の事を理解して頂ければ、きっと、きっと大丈夫。
私の憧れた正義実現委員会は、トリニティは、知性と理性を兼ね備えた淑女が集まるのですから。
それでもやはり、怖いのです。
私は、臆病だから。
信じていても、心臓が震える。
嗚呼、許して下さいコハル。
貴女が私の全てを信じていても、私は、やはり私は、私を信じられない。
だから、心の安寧を手に入れる為か、私の口は自然と動き出していました。
「コハル、一つ、質問をしても?」
「…?どうしたの?」
彼女はパンケーキを食べる手を止め、くりくりとした目をこちらに向けます。
無垢の瞳に照らされ、どうにもバツの悪くなった私は、目線を逸らしてしまいます。
「もし、私が貴女に隠し事をしていたとして、それがどうしようもない、貴女への裏切りだとしたら…」
「…?」
逸らした視線の先には、この店から退店しようとする黒館ハルナさんの姿がありました。
残念そうな、そうで無いような、不思議な表情。
しかし、私にとってそれは背景でしか無く、特段彼女の行動に気を遣る事はありませんでした。
「貴女は…貴方は、私を、それでも…信頼して———」
ハルナさんが入り口で立ち止まり、何かを取り出します。
次いで、カチリ、何かのスイッチ音。
「金額に釣り合わない態度と味…やはり、ダメですね」
何かの、『刺激』が肌を刺します。
形を成さぬ『危険』の二文字が、脊髄にまで届いて。
私の告白の決意、それらを塗り潰す火薬の匂い。
僅かに捉える炎の熱、煙の味。
私の第六感と超感覚がけたたましく警鐘を鳴らします。
「ッコハル!!」
「ふあっ!?」
無礼を承知でテーブルに脚を掛け、コハルに飛び付く形で彼女を抱き締めます。
すかさずソファ部分に身を沈めると同時、爆轟が私達に襲い掛かりました。
「っぐ…!」
「はっ、はひゅっ…!?ひゅっ…!?」
火災?爆発?衝撃が背中を撫で、そしてチリチリと焼けていく感覚。
何が起こったのか、いや、何故起こったのか、全てが謎。
今頭の中にあるのは、如何にしてコハルを守るか。
彼女に火傷させるわけにはいかない。
幸か不幸か、私の体は大きく、彼女は小柄、全身で包み込む様にコハルを抱き締め、火の手から彼女を守ります。
状況を飲み込めていない様子の彼女は胸の中で暴れますが、私は無理矢理にでもコハルの後頭部を抑え、彼女を私の胸に押し付けました。
バサバサバサ、まるで飛び立たんが如く彼女の羽が激しく暴れます。
「っえっ!ぇっ、えっちなのは———むぐっ!?」
「すみませんコハル…!今だけの辛抱です…!」
本当に不躾なのは許して頂きたい…全く、どうしてこの様なことに…
ええい、先ずは避難です。
火の手は直ぐそばにまで迫っている筈、仮にガス爆発だとして、やはり直ぐにでも避難が必要。
コハルを不安にさせない様に話し掛けながら、店内をチラリと一瞥します。
「…!大丈夫ですか…?コハル、深呼吸をして下さい、焦りは禁物です」
「…っ…っスゥーーーーー…っ…」
…なんだか吸ってばかりではいませんか?混乱なさっているので?しかし大人しくなりましたし、大丈夫と見ておきましょう。
…店内は私達二人のみ、厨房は目視で確認出来ず、ウェイトレスや店長の方は…?
避難している姿も、倒れ伏す姿も見えない。
突発的な事故ゆえ、救助が今すぐ来る可能性は低い。
怪我により重篤な事態になっている可能性はあまり考えられませんが、ゼロでは無い、爆心地が厨房の場合、昏倒しているかも知れない。
そうなれば窒息の可能性が生じてくる。
私がすべき事は…?決まっています、行かなければ。
たとえそれが推奨される行動では無いと知っていても!
「コハル、今から外に出ます、貴女は正実と、救護騎士団を呼んでください」
「…ぅん」
私の胸に顔を埋めたまま、くぐもった声を出すコハル。
そう、貴女はそれでいい、危険を冒すのは、私だけで良い。
では、参りましょうか。
ルーシーの えっちなのダメふうじ こうげき!!
こうかは ちょうばつぐんだ!
コハルの せいへきが ゆがんでしまった!