「ちゅうわけで幸ちゃんは禪院家には来てくれへん事になったわ。ごめんちゃい♡」
「そうか……」
変わらぬ顔触れ。どいつもこいつもカスばかり。禪院という血は神を生み出し自分という強者や甚爾くんのようなこっち側に来るポテンシャルがあるというのに、パッとしない
(まぁワイからしたら俺もそうだったっちゅう話やね。ほんま嫌やわぁ)
「ふっ、当主の指示も熟せぬとは」
次期当主の失点につい口を開くパッとしないカス。自分が当主になれなかった理由を実力や術式ではなく、双子の娘に転嫁するしょうもない雑魚。
「はぁ……こんなんと同じ扱いされてたん? ワイ」
自分から口撃しておいて、ちょっと言い返されただけでピキピキと苛立ちを露わにする。なんとも余裕が無く愚かな凡愚。
「そもそも特級の戦力が欲しいっちゅう話で、ワイが居るんやからもう要らん話やろ。そんなんも分からへんからパッパに1ミリも勝てへんねんカス」
「貴様ぁ!」
激昂。自分のプライドを傷つけられて立ち昇る呪力は高専の術師の中でもそれなりの上澄みでなければ気圧されるほどであり、凡百の猿であれば命を乞うて当然のもの。
(ほんまにカスやね。なんで甚爾くんは殺さへんやったんやろ。あぁ、猿の鳴き声に一々反応してたら大変やったんやろね)
今の直哉にとってみればくだらない雑魚の威嚇。思うままに力を振るっても勝てぬからこそそのような事をする必要がある。であればこっち側に立っている自分はそのような事をする必要はない。だが。
「なんや、立場も分からんっちゅう話ならしゃあなしよね。パッパ、せっかくやし模擬戦っちゅう形で見て欲しいんやけど。あぁ、扇のおじさんは殺す気で全力出したところでまぁええんちゃう? ワイも優しいから殺さへんでおいてあげるわ」
ブチリ、と音を立てて。練兵場へと足早に向かっていく扇に、直毘人は溜息を吐きながら。
「直哉、お前……」
「大丈夫やっておとん……いえ現当主殿。せや、おんなじ術式やし参考になる思うで? あんじょう出来ればもう歴史の浅い相伝なんて言われへんよ。あぁ、叔父さんもちゃぁんと殺したりせぇへんから安心しい」
変わらない態度。変わらない顔。変わらない自信。しかし何かが致命的に違って、それがもう手遅れなのだと。それが禪院という家の利益となるかどうか、今はもうそれだけであった。
(ふんっ、息子が相伝だから当主になれた奴が奴なら、息子も息子か)
禪院扇という生き物は己を過大評価しているのか。そう問われれば大多数の人間が曖昧に笑って流すだろう。一部の人間は首を縦に振り、しかしそうではない人間も居る。実際特別一級という格は決して低いものではなく、雑兵では決して敵わぬ実力はあるのだ。
(私が兄に劣ったのは子の出来のみ、実力であれば決して劣らぬ……いや、私の方が上よ!)
一方で兄であり当主である直毘人との差は当人が思うものでは無く、実際には他者を過小評価しているという方が近い……まぁいずれにせよ、現実が正しく認識出来ないという点では大差ないものであった。
(奴が近づいた瞬間に居合にて切り捨てれば良い……此度は奴が仕掛けた事、事故を起こしたとて全て自己責任よ)
単に事実として。もし扇の想定レベルでの速度、練度で機動が行われたとして。それで殺害完了、無罪放免、次期当主などという可能性は一切存在しない。所詮はその程度、禪院という家の中においても汚点と呼ぶべき存在。
故に、これは必然であった。
「しょうもない術式やけど、別に腰のもんなんぞ要らへんのにぶらぶら……みっともないと思っとったんよ。せやから、ソレだけにしたるわ」
直哉が構える。
(構え……? 投射呪法による近接戦闘以外に……いや、ハッタリか)
「『
それを見抜けない時点で、もう勝負は決まっていた。いつでも殺せたという事実を認められない者が居るのであれば、それは扇ただ1人。
ぼたた、と何か液状の物が落ちる音。びちゃり、ぽたり。
(なんだ……インクでも溢した音か……? 呪力の流れはあった、そちらに集中している……あるいはこれもハッタリ。やはり私に恐れを成して近づけんのだな)
発生源を探る扇。最早こちらに集中していない直哉。その間にもぴちゃぴちゃと音は続いて。
「はぁ、ほんましょうもな……おじさん、そないでホンマに1級なん? ワイとこないなカスが同じ扱いやったとか最悪やで」
「直哉」
「なんやねん、別にええやろ、腕くらい。直せばええやん、反転術式……あぁ、もしかして使えひんの? ほなごめんちゃい♡」
「腕……? あ、あぁ!?」
何も無い。刀も、支えていた手も、構えていた腕も。綺麗さっぱりと消え去って、断面から溢れた出血量は既にかなりの量。
「まぁ事故っちゅう事で……うそうそ、冗談やってパッパ。ほなこうやって」
ぱんっと手を叩く。誰かに祈るような所作は正しく神からの教えへの感謝。一枚のフィルムを残して消失した扇の下へゆったりと歩き、血溜まりの中から拾い上げる。
「投射呪法。一々触れなあかんし相手が利用可能っちゅうリスクを背負って1秒? 最速やから踏み倒せるっちゅう慢心で不要なもん背負ってはるっちゅうんが幸ちゃんの見立て。当然よね、やって禪院の相伝やで?」
うへぇという顔を隠さずに、フィルムの上に指を走らせる。逆さ時計回り。巻き戻し。気が付けば足元の血溜まりも無くなり。
「そもそも1秒ってなんや? 時間なんて主観でしかあらへんのやって。運動量とベクトルの作用に過ぎひんのやって。だって神様がそうおっしゃってたんやで?」
信仰。絶対なる神。だって自分は見たのだ。時を止め、あらゆる全てを支配するその様を。その世界に招かれたワイは特別な存在なんだと。
「そもそも投射呪法っちゅうんはなんや? 自己の加速、相手の静止、空間の固定……知っとったかパッパ、空間と時間って一緒らしいねんて。せやったら空間に干渉出来る術式が、時間に作用出来ひんはず無いんやって。その中で自由に運動量を操作する、練度や理解が足りひんから制限、縛りが必要……分かるかパッパ、ワイは分かったで? やって神様に直接教えて貰えたんやから」
無茶苦茶な理屈。不可能に思える解釈。だが事実目の前に吐き出された扇には傷1つ存在せず。
「せやけど記憶はあるやろ? 魂が憶えとるんやね。ほら、どないしたん? もう刀の間合いやのになんもせぇへんの?」
「う、うぉぉぉお!」
抜刀。斬撃。間違いなく切り捨てる為の手加減の無いソレ。だが直哉には傷1つ付けられず。
「ほら、パッパが見とるんやで? せっかくやから見せてあげたいんやで、極の番。ま、屋敷毎消し飛んでしまうさかい冗談やけど」
ニタリと笑う。嗤う。その姿を見て、直毘人の胸中がどうなったかは語るまい。
数日後、新たに禪院直哉が特級術師として認定され。その原因たる少女への禪院家からの接触は無くなった。