故に。目の前に居る『人間』は、彼にとって初めて観る存在であって。どうして目の前の少女から、そのような感覚を覚えるのか。どうして儚い花のように感じないのか。共に最強であった筈の元友人にすら感じなかったものを、どうして。
故にこそ気が急く。高揚し、興奮し、攻撃性が高まっていく。己が最強であるという自負を慢心とすら思わない五条悟の異変に、今気が付いている存在はたった2人だけであった。
「じゃぁおにい、夕ごはんまでには戻るから」
掌印を結ぶまでもなく、パンっと手を叩く。結界術というのは術式に頼らない呪力によるプログラミングのようなものであり、そこに意味と効果と縛りを乗せればこの通り。
「……結界、じゃ無いね。瞬間移動? 術式、ってわけじゃ無いみたいだけど」
「クスクス、ほら、私って天才なんでぇ。単なる結界術のちょっとした応用だよぉ」
領域展開による座標の移動。それが可能である以上は結界術においても不可能ではない。不可能ではないというのは得てして実際には不可能な事柄を指す言葉であるが、少なくとも天元とやらは実行可能であろうし死滅回游なるもので実際に起こっていた事象。
であるならば、やはり不可能では無いのだ。場面転換の如く手の一つも叩いてやれば、誰も居ない山奥に跳ぶ程度は造作も無く出来る。そうでなければ作中最強クラスに喧嘩など売るはずも無いだろう。私は安全志向ですらあるのだから。
「人避け、隠蔽、他に効果は無いシンプルな結界位ならノーアクションって、帷要らずじゃん」
「雑技ばかり褒められてもねぇ……あぁ、そうそう。私は貴方を殺さない、ここでの勝敗は何処にも言わない……他に縛っておいて欲しい事ってあります? ほらぁ、全力で戦わないで欲しい、とか」
「そんな風に現実見えてない発言するの、ほんと子供ってやだねぇ」
そう言いながら決して気を抜かず、術式を回し続けている白髪。五条ぅ? 贅沢な名前だねぇ。ほら、これで四条だ。
「無敵バリアーなんてはしゃいでいる方が子供でしょ。っていうか、そんな風に余裕ぶってるから腕、落ちちゃうんじゃないの?」
「……は? 何言って」
ずるり、そんな音が聞こえてきそうなほど滑らかにずれていく左腕。あぁ、余りにも隙だらけで。もし今のが首だったら、というのが理解出来ていれば良いのだが。そんなだから2.5条とか言われるのだ。
「ふふ、こわぁい顔。どうする? 術式開示なんて狡い真似だけどしてあげよっか?」
「ハッ、黙れよクソガキ」
反転術式だろう、即座に繋がる腕。ニットに安全ピンを刺すよりは影響が大きいと思うのだが、まぁ反則レベルの呪力効率を誇る五条悟であれば実質ノーダメというものだろう。
ネタバラシをすれば実に簡単な事。座標を指定して切断した、ただそれだけ。原作においての死因と同様……というよりは省エネで簡単な手法を取ったに過ぎず、難しい事は何もしていない。
順転の転輪呪法、それを解釈と拡張により切断の事象だけを起こすもの。活動位階、なんて名付けている特段捻りの無いシンプルな術式の運用。
アキレスと亀のように延々と移動を無限で絡め取るのであれば、最初から座標0を切断してしまえば良い。世界を斬るなどという無駄に大層な事などしなくとも、無限の壁は越えられる。
「飛ばしたんじゃない、生み出した……? 何の縛りもせずにそんな事出来るとか……まぁいいや、所詮手品でしょ。タネが割れたら対策は出来る。その程度でイキってたわけじゃ無いよね?」
「そちらこそ、もしかして素早く動けば的を絞れまいとか言わないよねぇ? ……ふぅん、ホントに対策出来るんだぁ」
無限の定義を変えたか、反転術式による術式への妨害か……あるいは領域展延のようなものか。何にせよ最低限、何も出来ずにバラバラという情け無い負け方は避けれたわけだ。
「もしかしてこれで終わり? まぁ次はこっちの番だよね。術式順転『蒼』」
指鉄砲というには物騒な力の発現。術式によって無限を表出するそれは、六眼という制御器によって無限の情報を処理出来るが故の暴挙であり、あまりにも効率の良い変換であった。
漸近線、というものを想像してほしい。あるいは1/Xのグラフの方が良いだろうか。0に近付けば近付くほど無限に近付くあのグラフは、つまり0からほんの少しズレただけで無限になるという事であり。
あまりにも些細な呪力から生まれた無限が、現実において原子レベルの最小に近い単位で生まれればどうなるか、という現象。ブラックホールよりはマシ程度の引力が物質を引けばどうなるか。答えは崩壊、良くて大打撃。
一々がこんっ、などという音は立てない。禪院が誇る相伝の奥義、兄弟の最強たる式神がどのようなものであるか。知っていれば己の術式の解釈とて。
「……おいおい、それなりに本気だったんだけど?」
「本気って言うくせに虚式どころか術式反転すら使わないって、流石に舐めすぎじゃない?」
「っ!?」
およそ私の知るはずのない情報。それを知っているのだと暗に伝えてみれば容易く動揺する。そんなだから封印なんぞ、と言っても今の彼には酷だろうか。あれが無ければ悲劇の数も減っただろうに。
「そんなおにいさんには、ちゃんと自分が所詮は人間なんだって教えてあげなきゃだよね?
時よ止まれ。そんな美しく残酷で地獄のような願いを具現化する。最速の術師などという面白い自称を吹き飛ばすこれは、およそ転輪の外を切り刻む術式の反転、転輪の内側たる自身を切り刻む術式の解釈の1つ。
「無限の速度で情報を処理出来て、原子レベルで呪力操作が可能……でもそれって、結局は反射でも0.1秒は掛かるって事だよね? 0.2秒の領域展開なんて神業みたいに言ってるけど、結局は人間の反応速度を超えれません〜、って言ってるようなものじゃん」
精神は反応出来ているのかもしれない蒼い眼の彼に、そうやって声だけかけていく。わざわざ文字で書いている訳でもないので言っている事は伝わらないだろうけれども、ひょっとしたら反応できるのかもしれないなんて期待を込めて。
「ほら、反応出来てなくても無限は機能してるよね。こうやって無理に触ろうとしても絶対に届かない……ふぅん、反転術式じゃないんだ、これは術式の内側にまで無限を展開してる? 座標自体をずらしたって感じの対策かな。じゃあこうやって、『術式を乱すように適応した呪力』で叩いたらどうなるかなぁ?」
術式の無い領域で術式を中和し無効化する展延、術式自体を無効化する反転術式……それらに比べればあまりにも些細な、『術式を乱す』という効果。海外という呪力後進国で作れるような呪具の力であり、禪院が相伝の式神の力の1つ。『適応』してしまえば再現は容易く、最強を自称するソレとて手の届く範囲に貶める。
「あーあ、たかが小学生になったばかりのぉ、自分の半分もない位の身長の女の子にぃ、こうやってぺちぺち叩かれてぇ、負けちゃうなんて事ないよねぇ♡」
許せサスケ、などと声を掛けないままに64の打撃を叩き込んで。そして時は動き出す、なんて格好をつけてみて。関節毎に上へ下へ右へ左へと別々の方向へ衝撃が加われば人はどのような挙動をするのか。やたらと手足の長い人体で答えを示してくれるのは、流石将来の先生なのだろうか。
「!?!? っぁあ“あ”あ“あ”あ“!!!!!」
「わぁっ、無理矢理そんなふうに衝撃を受け止めてボロボロになった身体は反転術式でなんとかするとか、コンマの遅れで最適解じみた反応するの流石は現代最強だねっ」
倒れない。倒れるわけにはいかない、なんて気負いすら見えるそれ。常人であれば既に意識を飛ばして重症のまま病院に運ばれなければ命も危ういだろうダメージの後で、それでも野生の獣のように歯を剥き出しにして笑みを浮かべる五条悟という生き物を前にして。
少しだけ、命の危険を感じた。
「領域展開ィ”! 『無量空処』ぉ“!」
「やり方は分かった……
活動位階:術式を自覚した時点で発現可能であったもの。単なる斬撃や高速移動など。出力自体は弱いが初動も無しに行える実質手品 出典:Dies ire
形成位階:術式を知っている創作の知識により解釈した結果発現可能となったもの。拡張術式。より強靭な刃を用いた斬撃(オルガノン)、事象への適応(まこら)、10万倍を超える速度域への加速(自身の時間域を切断、分割し一つ一つの時間をより長く活動する)など
創造位階:順転であれば単なる領域展開、取り込んだ対象に必中の斬撃を浴びせる伏魔御厨子の互換、劣化した部分と閉じた領域であるメリットデメリットがあるようなもの。覇道型。であるならば求道型、反転した領域とは……