4歳の頃、自身の術式を自覚してから常に努力というものをしてきたか。そう問われれば否と答える方が実態に即しているだろう。『死を見るより辛い努力』などという少年漫画の王道修行などした事は無い。
生まれながらに反転術式を使えるだけの理解、才覚。前世の知識による未来予想と創作物への知識、理解。それらが組み合わさった上で幅を広げ過ぎずにある程度絞って磨けばこの通り。一度見さえすれば模倣を行うに容易く、アレンジとて自由自在。
さりとて、領域展開に飲み込まれた瞬間、模倣し展開するまでのその僅かな時間、脳内に無限の情報を叩き込まれたのは事実であり。常人であれば数ヶ月、来ると理解していた人外ですら無抵抗のまま静止し、正気を取り戻すに分単位を要したそれ。
よしんば加速が間に合ったとて、極論超人薬により意識だけが加速したザエルなんとかのように、延々と無限の情報を眺めながら永遠を過ごす事になるのは防ぐ事は能わず。であれば、本来であれば脳死、良くて呆けたまま何一つ理解していない生き物が生まれるだけ。
(瞬き1つすら出来ない程の無限の情報の羅列……でももう『適応』した)
転輪が回転する。常に回転を続けている。あらゆる環境、状態、技能。全てに絶え間なく適応を続ける。禪院相伝の最強の式神の能力を、兄妹であるのだから使えるという『解釈』は容易い事で。
(確かにこれだけの情報を常に処理しているような生き物が居れば、悟りを開いて他の人間が花にしか思えなくもなるかもね。でももう『遅い』)
領域展開が己の心象風景で世界を塗り潰す技術であるならば、それを反転させるという事はどのようなものか。世界に塗り潰される? 否、それは正しく『世界から独立する』というものであり。
呪力から脱却したフィジカルギフテッドが領域展開の対象とならぬように、『世界』から脱却したのであれば必中効果など存在はせず。それどころか1つの完成された世界として特異点と化す……というのが
(世界全体を時間停止させる……そんな術式を使うのであればどれほどの呪力が必要になるか。全世界の運動量を停止出来て当然、宇宙開闢からの全てのエネルギーをもっても不可能だという認識……であれば逆に、私が世界から『外れて』しまえばいい)
存在しなくなった事による世界からの反発は、言ってみれば真空に空気が流れ込むかのように真空を消滅させようとする。その負荷は『適応』を持ってして0.1秒も保たないだろう。
(つまり、私からしてみれば永遠だ)
『停止した時の中で何秒とは妙な話』であり、その停止を阻害する要因が停止しているのであれば逆説妨害などは無いままに自由に動く事が出来る。何よりも自由に、『適応』した無限をもって。
砂糖菓子で出来た橋を渡るようにゆっくりと丁寧に目の前で静止する変質者へと近づき、両の膝へと打撃を加える。無限の距離という壁は、無という時間を掛ければ0になる。静止した時の中では距離という概念は力を失い、無敵の防御は全く存在を失う。
「あーあ、虎の子の領域展開だったのに無力化されてぇ、小学生の女の子に腰砕け……じゃなかった、膝砕けにされて無様に這いつくばっちゃう準備しちゃってて可哀想ぉ……せっかくだし腰もいっとくか」
軽く手を添えるようにして叩くだけ。モーションとしてはそうであって実際に込められた呪力を踏まえれば無抵抗でダンプカーに轢かれたようなもの。手応えこそ黄金の鉄の塊よりも堅く感じるが、既に衝撃は蓄積して。
そうして世界へと戻った瞬間に、展開された領域がダメージの大きさに崩れ落ちる。下半身の要点が砕かれ立っていることの出来る人間は居らず、反転術式で治すにもそもダメージを受けた事を認識しなければ対応など出来ない。
「あ"ぁ"ぁ"ぁ"!」
「あーあ、お兄さんそんな風に跪いて情っさけ無ぁいんだぁ♡ 術式も焼き切れちゃって、碌な抵抗も出来ないざぁこ♡」
五条悟ってそんな情け無い声で鳴くんですねぇ、などとは言わないが。衝撃の伝わり方次第では外側に飛び出た内臓に多大なダメージもあるだろう。もう無い玉がヒュンとなる気もするが、まぁ事故みたいなものなので許せサトル。
「おま、おまえっ!」
「私ぃ、お前って名前じゃ無いんですけどぉ? 自分は名乗らない上に人をお前呼ばわりとかぁ、本当に躾のなってない変態不審者さんですねぇ」
未だ回復していない術式。であるならば足蹴にしたところで何の抵抗もなく。この光景を誰かが見ていれば、現代最強が幼女に顔面を踏まれて悦ぶ変質者だという解釈が成されるかもしれない。
「ほーらぁ、1ミリも興味無かったから名前とか覚えて来なかったんですかぁ? それだったらちゃんと頭下げて聞いてみたらどうですかぁ? あぁw もうこれ以上ないくらい下げちゃってますねぇ♡」
「ふざっ……けんなっ!」
「きゃぁw 子供相手に本気で暴力とかほんと情け無ぁ♡」
術式が使えずとも、急速に反転術式で修復した肉体をもって行う体術に翳りはない。後に何を持ち得ないなどと言われる程のセンスをもって振るわれるそれは、金剛力士の如き異形とも殴り合える程であり。つまり『適応』するには絶好の教材。
「あーあ、手加減って言葉も忘れて言い訳も出来ないくらい全力を出して、それでも勝てない相手が居るってそんなに嬉しいんですかぁ? ほんとマゾですねぇ……」
爛々と輝く目。獲物を見つけた猛獣のような笑み。極論戦いなど遠慮したい私からしてみれば理解出来ないような渇望。『対等な相手が欲しい』、『全力を出し切りたい』、あるいは『敗北を知りたい』。そんなものはただの無駄な心の贅肉。
「あ"ぁっ! 今最高にイイ気分だよっ!」
「少年マンガの主人公じゃないんですから、戦いの中で成長とかやめてもらえますぅ?」
殴り合いというレベルで止まったソレ。合わせたカウンターが黒い火花を放つ。2合、3合と弾け続ける黒閃と高まり続けるお互いの力。お互いが黒閃を出すならばその衝撃は2.5乗の倍、いや2乗と表現しても良いかもしれない。つまり5乗悟だ。
どちらも途切れる事のない黒閃合戦。弾かれるようにお互いが距離を取るまでに少なくとも2桁の火花が散って。そうともなれば最高にハイって奴になっても仕方ないのかもしれない。
先程垣間見た無限と合わさり、観測器こそ無くとも目の前の白髪と遜色ない精度での呪力操作が可能となり。元より不足した覚えもない呪力が、より効率良くあらゆる事へ利用可能となり。
「ハハッ、『茈』ぃ!」
無詠唱即発の虚式。仮想の質量を押し出す、などという謳い文句のそれは正負の無限の重ね合わせにより侵入出来ない引き込む空間、質量1の真空とでも呼ぶべきものを発生させそれを高速で撃ち出すもの。
反物質よりはマシな矛盾塊。エネルギー1の曲線をもって正負両面の無限の曲線を捻じ曲げ、重ね合わせて表出する面積分の破壊力。極限において収束こそする計算でも、効率という点では最大規模。
(だからこそ、正面から捻じ伏せる!)
解析などする必要がない。捩れるようにひしゃげる腕を反転術式で治しながら受け止める。
「あぁ! そうだよなぁ! でもそれで動けなくなったろ! 『九綱』『偏光』『烏と声明』『表裏の間』ぁ! 加えて開示してやるが、無下限によって仮想の質量を更に加速させて、無限の距離を落ち続けた果ての最大出力……『茈・
それは、光の鉄
(避……無理、死……否、術式反転……受け止める……!)
脳裏で浮かぶネタのような発言。加減を考えない馬鹿の射角は身長差を考えれば当然のようにやや下向き、地表を掠っただけでどれほどの被害が出るかなど頭から飛んでいるのだろう。
光速すら観測下において減速させる術式反転、それをもってして明確に動きを認識出来るそれ。この状態ですら明確な破壊力を持ち、進路上の全てを滅ぼさんとする破滅の極光。
それに、『適応』した五条悟の呪力をもって軌道へ干渉する。バレーのレシーブというよりは、バレエのボールの受け流しのように。上へ、上へ。
成層圏を飛び抜けどうなるかは一旦置いておく。仮にGPSが狂っても私には一切の責任が無いはずだ。全ては目の前の未だにキラキラとコチラを見ている馬鹿が悪いのだから。
脳の何処かがイカれているかのようなキマっている馬鹿だが、絞めようにも無限が阻み時間を止めてしまえば意味がない。つまり首を狙った呼吸停止を行う事は出来ず……そこでふと思い出すのは戦う相手が悪過ぎた火山頭。
「まだ上がっ……うぐっ……」
「ほぉら、あんまりおいたばかりするお兄さんですから、ぎゅーってしてあげましょうねぇ」
10秒も要らない、しかし本来であれば余りにも長い時間。無下限のせいでそもそも関節技というものへの対策を考えた事が無かったこと、首に手を回されても苦しさが一切無かったこと。それが明暗を分けた。
「はぁー……小学生女児の胸で果てるとかぁ、ほんっとーに最低ぇ♡」