(俺は……どうなって……)
明滅する意識。深い、重い、何かに触れたような、微かに何かの感触を覚えて、しかし何も掴めずに憶えていられない。ただただ彼に初めて会った時の事を思い出す。
それまでの人生で築かれた価値観が全てひっくり返るような体験だった。剥き出しの暴力の化身。本物の強さ。あれを理解出来ていたのは自分くらいなのだと、猿呼ばわりや冷遇するカス共を馬鹿にして。
(いや、悟くんは分かっとったやろなぁ……)
現代最強。強さこそが正義であり、強ければ何をしても許される。世界のレベルを引き上げたとされる程の逸材にして、甚爾くんを殺した相手。
それ以外の有象無象は須く傅くべきカスであり、真の強さを持たない雑魚。雑魚の罪は強さを理解出来ない事であり、それを理解している自分はいつかきっとあっち側に立つんだと。
憧れて、努力して、禪院という家の次期当主の地位を盤石にした。甚爾くんの凄さを理解出来ないカス共でも、俺の凄さは理解出来ていて。どれだけ横柄に振る舞おうが認められる。
(せや、俺は、俺が、甚爾くんみたいに誰が何を言おうと気にせん自由な強さを、悟くんみたいに何でも押し通せる強さを、あっち側に……あっち側に行くんは俺や……)
覚醒していく意識。何処までも冷たい、温度の無い闇から暖かい方へと。するりと手から溢れ落ちて行く感触に気が付けもせずに。
「だからおにーさんって才能が無いんだぁ♡ ほらぁ、もう一回ちゃんと掴めるまで頑張ろうねぇ♡」
「はっ?」
ごきゅりと、自分の首から終わりの音が聴こえて。
(死ぬ? 俺が? なんで?)
反転術式は使えない。呪力も練れない。何の抵抗も出来ないまま、また何処までも暗い場所へと引き寄せられていく。逝く。イく。
「ほらぁ♡ 自分で死に近づく事も出来ない腰抜け♡ マシなのは顔と術式だけで中身は腐ったドブカス♡」
死。決定的な死。引きずりこまれて抜け出せないそれ。何処までも浸されて、息も出来ない程沈み込んで、また連れ出される。まだ何も掴めないまま。
「とうじくん、とうじくん、とうじくぅん♡ 男の尻ばかり追いかけて情けなぁい♡ 憧れって理解から最も遠い感情なんだってぇ♡ あっち側だなんて、自分がそっちに行けないって無意識に思ってるだけだもんねぇ♡」
死に浸る。戻される。浸る。戻される。浸って戻されて、戻っては戻される。
人の精神という物は、そのような負荷に耐えられるようには出来ていない。死に際で覚醒出来るような一握りの天才や、それに比肩すると言われる程度でありながら平気で反転術式を使えるようになる天才ならまだしも、天才に憧れているだけの凡愚では。
「ざぁこ♡ よっわぁ♡ みっともなぁい♡ ワイのワイルドワイバーン♡」
(ワイ……ワイ……)
壊れていく精神に余計なものが混ざっていく。
「俺なんて格好付けてるだけのざぁこ♡ 憧れてるだけじゃ届かない♡ ほぉらワイくんがんばれっ♡ がんばれっ♡ 脳のこの辺ぎゅーってしてぇ♡ 自力で反転術式しよっ♡」
ぞぶりと、およそ人体から発されるとは思えない音。思考が物理的に掻き回され、死んでいなければおかしい程の状態になってもなお死ねない。人間という生き物は脳を損傷しても即死せず、魂を知覚しているが故に行う暴挙から逃れる術は、直哉には無い。
(お、ワ、死、イ、あっ、れ、ぬ、ち)
「ほぉらぁ♡ 死の淵でぇ♡ 頑張って呪力の核心握ってぇ♡ こっち側にタっちゃえ♡ がんばれっ♡ ワイくんがんばれっ♡」
何も考えられない。自分が壊れて混ざって、言われた通りに何かを握りしめる。ただ掴んで離さない。そうするだけで溢れ出てくる。生まれ変わったような、最高の気分。絶頂など比較にならない高揚。
「うんうん、すごいすごぉい♡ ちゃんと出来たねぇ♡」
「ワイ……ワイはあっすごい……」
「そうだよぉ♡ 俺なんてドブカスみたいな価値観ぜぇんぶびゅーって吐き出してぇ♡ とうじくんと同じになっちゃえっ♡」
「あっ全部あっすてあっあっ」
「今まで雑魚に褒められて慢心しちゃった雑魚直哉くんは死んだらええねん♡ ワイくんはちゃぁんとつよつよ直哉くんだもんねぇ♡」
「わいあっつよあっあっ」
古来より、人間の力及ばぬ現象を神という。なれば、人1人をかように弄ぶものもまた。これだけ強くなった、甚爾くんと一緒になった自分を弄び、嗤う存在が居るのならそれは。
(かみ……さま……)
「くすくすくす♡ ほぉら、それじゃあ次は術式の解釈を広げよっかぁ♡ ほぉらがんばれっ♡ がんばれっ♡」
「あっあっあがっががが」
窓「あの、この残穢と血の量は……」←知らせを聞いて駆けつけた
幸「正当防衛だしぃ、修行してあげてただけだもぉん♡」←言った
ワイ「神様相手にどない口の利き方しとるん? 礼儀も知らんカスは死んだらええねん。はよ片付けぇやダボ」←言った
なお副作用で首がぎゅるんと回転するようになりました。後ろから刺されても安心ですね(原作要素)