無職転生-彼の人生を継いだ少女   作:るかすい

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第一話 ――新しい家族、新しい私

「ルディナ」

 

その声に、少女は小さく顔を上げた。

 

ゼニス・グレイラット。

 

優しく、少し過保護で、そしてどこか不安げな母の顔。

 

その腕の中にいるのが、今の自分だった。

 

温かい。

 

柔らかい。

 

揺れるたびに、世界がゆっくりと流れていく。

 

「今日は機嫌がいいわね」

 

そう言って微笑むゼニスに、ルディナは小さく瞬きを返す。

 

言葉はまだうまく出ない。

 

声も思うように形にならない。

 

だが、それでいい。

 

今の自分は“そういう存在”だ。

 

何もできない。

 

守られるだけの、小さな命。

 

それを理解しているのに、不思議と恐怖はなかった。

 

むしろ。

 

どこか安心している自分がいる。

 

「おい、ゼニス。そろそろ俺にも抱かせろ」

 

「もう少しだけよ。今いいところなんだから」

 

「いいところってなんだよ……」

 

呆れたような声。

 

パウロ・グレイラット。

 

父。

 

その姿を見るたびに、胸の奥がわずかに揺れる。

 

懐かしい。

 

だが、それだけではない。

 

前世の記憶がある。

 

ルーデウス・グレイラットとして生きた人生。

 

その中で、この男をどれほど後悔と共に思い返したか。

 

もっと話せばよかった。

 

もっと理解しようとすればよかった。

 

もっと早く、向き合うべきだった。

 

その思いは、今も消えていない。

 

「……」

 

ルディナはじっとパウロを見る。

 

パウロは少し気まずそうに視線を逸らした。

 

「なんだよ、その目は」

 

「ふふ、この子、あなたのこと見てるわよ」

 

「そりゃ俺の娘だからな」

 

「そういう意味じゃないと思うけど」

 

ゼニスがくすくすと笑う。

 

その何気ないやり取りが、妙に心地よかった。

 

変わっていない。

 

この家は。

 

この人たちは。

 

自分が知っている“グレイラット家”のままだ。

 

ただ一つ違うのは。

 

その中にいる自分が、もう“ルーデウス”ではないということだった。

 

それでも。

 

この光景を、もう一度見られたことが。

 

少しだけ、救いのように思えた。

 

────────

 

 

日々は静かに過ぎていった。

 

泣くことを覚え。

 

笑うことを覚え。

 

歩くことを覚え。

 

言葉の断片を覚え。

 

世界が少しずつ広がっていく。

 

その中で、ルディナは気付いていた。

 

自分の中にある“もう一つの記憶”。

 

魔術の知識。

 

戦い方。

 

人の死。

 

後悔。

 

失敗。

 

救えなかった誰かの顔。

 

それらは確かに存在している。

 

だが、それは今の自分の人生とは少しずれている。

 

まるで。

 

遠い夢のように。

 

あるいは。

 

誰かの人生を、外から眺めているような感覚。

 

「……魔力」

 

ある日、ふと呟いた言葉に、自分でも驚いた。

 

まだ幼い身体。

 

喉も未発達で、言葉は不明瞭だったはずなのに。

 

それでも確かに“知っている”。

 

ルーデウスとして生きた記憶が、完全には消えていない。

 

いや。

 

消えていないどころか。

 

今の自分の中に“重なっている”。

 

二つの人生が、同じ場所に折り重なっているような感覚。

 

「どうしたの?」

 

ゼニスが覗き込む。

 

心配そうな顔。

 

その表情は、前世でも何度も見たものだった。

 

ルディナは小さく首を振った。

 

今の自分は、まだそれを説明できる年齢ではない。

 

だが一つだけ分かる。

 

この世界は、かつて自分が生きた世界と同じだ。

 

空気も。

 

魔力の流れも。

 

人の温度も。

 

そして。

 

自分はもう一度、この世界に立っている。

 

ただし。

 

“同じ場所に立っている別の存在”として。

 

────────

 

 

「おい、ルディナ」

 

ある日、パウロが声をかけた。

 

剣を持っている。

 

まだ幼い子供に見せるには、あまりにも重く、鋭いもの。

 

「そろそろ体も動くようになってきただろ」

 

ルディナはじっと剣を見る。

 

その形。

 

その重さ。

 

知っている。

 

握り方も。

 

振り方も。

 

その先にある痛みも。

 

だが、同時に思う。

 

これは“前世の自分”が選んだ道だ。

 

今の自分はどうする?

 

同じ道を歩くのか。

 

それとも。

 

別の道を選ぶのか。

 

「どうした?怖いのか?」

 

「違うわよ」

 

ゼニスがすぐに口を挟む。

 

「まだ小さいんだから、そんなもの持たせなくても」

 

「いや、早いうちから慣れさせた方がいい」

 

「あなたはすぐそういうこと言うんだから……」

 

二人のやり取りは、どこかいつも通りだった。

 

喧嘩というほどではない。

 

ただの夫婦の会話。

 

その中にある、当たり前の温度。

 

ルディナはゆっくりと手を伸ばした。

 

剣の柄に触れる。

 

冷たい。

 

重い。

 

だが。

 

嫌ではない。

 

むしろ。

 

どこか“馴染む”感覚があった。

 

身体が覚えている。

 

いや。

 

魂のどこかが覚えている。

 

パウロが少し驚いた顔をする。

 

「おい、今の年齢でそれ持つか?」

 

「やめなさいってば!」

 

ゼニスが慌てる。

 

だがルディナは剣を離さなかった。

 

ただ、じっと見つめていた。

 

これは。

 

自分がかつて選んだ道。

 

そして。

 

今の自分が選ぶかもしれない道。

 

だが同時に。

 

“同じように歩く必要はない”という予感もあった。

 

────────

 

 

夜。

 

ルディナは天井を見上げていた。

 

小さな身体。

 

小さな部屋。

 

だが、頭の中は静かではない。

 

ルーデウスとしての記憶。

 

ルディナとしての現実。

 

二つが重なり合いながら、少しずつ形を変えていく。

 

どちらが本物なのか。

 

どちらが過去なのか。

 

それすら曖昧になっていく。

 

「私は……」

 

声にならない言葉。

 

どちらでもない。

 

でも、どちらでもある。

 

それが今の自分だった。

 

ルーデウスの続きではない。

 

ルディナという新しい人生。

 

だが。

 

完全に切り離された存在でもない。

 

その曖昧さの中で。

 

少女は静かに目を閉じた。

 

────────

 

 

ルディナ・グレイラット。

 

少女の人生は。

 

静かに、確かに。

 

そしてまだ形を持たないまま。

 

続いていく。

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