勇者の引退ライフ   作:かりん2022

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幻惑事実

晴翔は長男である。

男ばかりの五人兄弟。

小さい頃は弟の世話でそりゃもう大変だった。

しかも、弟達は晴翔より才能があった。

退魔師としてバリバリ働き、死んだ。

生き残った弟も、いつ戦いで死ぬかわからない。

なのに晴翔は戦場にすら出れない。弟達は戦えない兄など一顧だにしない。

それでも、翡翠様の世話役という役目を与えられ、精一杯頑張ってきた。

妹のように可愛がってきた大切な翡翠様も、目の前の少年に渡さなくてはならない。

それが次期当主様の戦略だからだ。

 

蒼穹くんは美しく、甘えたで、ショタっぽい、自分のことを俺でも僕でもなく、名前呼びする、悪い噂がわんさかある子だ。思うところはそりゃもうあった。

でも。

 

「一緒にご飯食べよう。これが蒼穹ので、これが翡翠ので、これが晴翔のね」

 

 最初から、影のようだった晴翔を数に入れる子だった。

 

「報告書が難しい」

「ピーマンが嫌い」

「スラ吉が餌を食べない」

 

 蒼穹くんは手が掛かった。そりゃもう手が掛かった。

 ついつい俺はその度に手を貸して、あっという間に懐かれた。

 

「晴翔は蒼穹が好き?」

「ええまあ、好きですよ」

「世界で一番好き?」

「世界で一番かぁ……」

 

 こんな調子で懐いて誑かすのだろうか。でも憎めなかった。弟を思い出す。

 クソ生意気でひたすら慕ってきて構え構えという弟達。

 

 懐かしかった。

 

 翡翠様の頭を撫でると、その手を自分の頭に誘導する蒼穹くんはまるで幼子だった。

 こんな可愛い存在を憎むなんてできない。

 

 それに、輪廻様たち家族との仲を次期当主様が重視するのもわかる。

 不可思議なマイエリアとアイテムボックスという相伝らしい亜空間術式が有用なのはいうまでもなく、ダンジョンコアとやらが生み出す未知の生物。未知の食材は治癒力や能力を一時的に底上げした。

 移動、避難場所の用意、物の運搬、マイエリアの有用性は言うまでもない。アイテムボックスも時を止めて物を保管できる効力があり、それらは血族に遺伝する可能性が高い。ならば、その能力だけでも、引き入れるに十分な価値がある。

 蒼穹くんが甘ったれたガキでも、その子供をしっかりと教育すればいいのだ。

 

 それに輪廻様は争いを好まないが、難しい案件の救出任務に絶望している時など、見かねてまるで忘れ物を取りに行くかのようにあっさりと救出してくれたりと、少なめの霊力など問題にならないほどの特殊なエネルギーを操り、とても強い力を持つ。是非とも身内にしたいと言う当主様の方針は頷ける。

 

 蒼穹くんは確かにえっちな噂が絶えないが、実際に会えば弟のようでそんなふうには思わなかった。

 思わなかったはずだ。

 

 ところが、朝、俺は蒼穹くんと布団に入っていた。

 エッチをした記憶がしっかりあった。

 なんで? 如何して!?? 酒を飲んだわけでもないのに!!

 

「晴翔は蒼穹とエッチした。晴翔は責任とる」

 

 ドヤ顔の蒼穹くん。

 

 えっ 散々浮き名を流してきたのに!?

 そう思い、そんな問題じゃないと自分を戒める。

 

 昨夜遊びに来た蒼穹くんだったが、如何してそんな展開になったのかわからない。

 

「結婚! 結婚!」

 

 なんてこった、蒼穹くんはそうかなと思っていたが、退魔師によくあるようにちゃんと教育を受けていないので性知識があまりないようだ。

 男と男は結婚できないことすら分かってない。

 

 そんな子供に手を出した事に胸が痛む。

 

 そのまま手を引かれて、琥珀様と翡翠様に突撃されてしまった。

 殺されるかもしれないと怯える。

 

 琥珀様は微妙な顔をして、翡翠様は頭を抑える。

 激怒されるかと思ったが、想像と違った。

 

「ちなみに、朝、布団で並んで寝ていたとのことだが、服は着ていたか?」

「はい。着てました」

「そうか。大丈夫、晴翔。輪廻にちゃんと相談するけど、俺はお前の忠義をわかっているから」

 

 そんな事を言われる。

 

「ああ、でも。期待してる」

 

 何を期待すると言うのだろう。

 

 そして、話し合いの場が設けられた。

 

「晴翔は蒼穹とエッチしたから蒼穹と結婚する」

 

 蒼穹は胸を張る。

 

「申し訳ありません、琥珀様! じ、自分でもどうしてこんな事をしたのか、わけがわからなくて……!! も、申開きもございません!」

 

 輪廻様は立ち上がり、大股で歩み寄ってきた。

 殺される。

 

 

 

 

 目を瞑り、殴打音が響いた。

 

 

 

 

 目を開けると、蒼穹くんが酷い暴行を受けて踏まれていた。

 

「蒼穹……。お前、女神様のお恵みを悪用したのか」

「そ、蒼穹!? 輪廻さん、いったい何を」

 

 責められるのは大人の俺ではないのか?

 

「あー。女神様のお恵みはわからないけど、蒼穹はエッチしたと勘違いさせる術式を持ってる」

「えっ」

 

 どういうこと? 蒼穹くんのイタズラってこと?

 揶揄われたのか?

 混乱する俺に翡翠様が捕捉する。

 

「ちなみに、ナンパされる度に面倒くさがってその術式を乱用して悪い噂が広まったから逃げるために私の婚約者になったの」

 

 そんな経緯が。翡翠様は、お家のためにそれを承諾しておられたのか……。

 

「あれは身を守るためだけのものだろ! なんで晴翔さんを貶める為に使った!! 女神様と晴翔さん、翡翠さんに謝りなさい!!! 琥珀にも!!! お前のためにみんな協力してくれてたんだぞ!」

 

 なるほど、それで輪廻様は怒っているのか。それは確かに良くないことだ。

 幸い、みんな俺を信じてくれているらしく、蒼穹くん一人が責められている。

 イタズラは良くないが、俺はみんなが信じてくれただけで十分だ。

 

「ご、ごめんなさい」

「もっとちゃんと謝る!!!」

「ごめんなさい!!!!」

 

 蒼穹は頭を地につけて謝った。

 やれやれ、これで解決か。そうだな。俺が子供に手を出すわけがない。

 心の底から安堵した。

 

「蒼穹、こんなこと言いたくないけど、晴翔は男だから結婚できねーんだよ」

「兄様。私は表向き蒼穹くんが旦那さんで良いけど、実際は輪廻さんが良いなって。どうせ血が繋がってるからバレないわ」

 

 琥珀様が優しく道理を教えて、翡翠様があまりにも気を使いすぎた提案をする。

 そしてさりげなく本丸を攻めている。

 でも流石に蒼穹くんも反省するだろう。何度も言うが、これで解決だ。

 ところが、輪廻さんは首を振った。

 

「いや、迷惑は掛けられない。蒼穹。お前もう帰れ。自分で壊したんだ」

 

 それはこっちも困るんだが。マイエリアは欲しいのだ。

 

「やだ。初めてなんだもん。ずっと一緒にいたいって思った人、初めてなんだもん。晴翔と駆け落ちする! 結婚できるし、赤ちゃん産めるもん!!!」

 

 待って蒼穹くんも諦めてない。まじか。まじか君。

 男同士は赤ちゃんできないし結婚できないんだ。退魔師は最低限の教育ぐらいはすべきである。

 

「晴翔さんに迷惑だろ!!! 良い加減にしろ!!」

 

 ゲシゲシゲシゲシ。流石にキレて何度も蹴る輪廻様。

 しばし呆然とするが、琥珀様から合図があった。

 そうだ、軟着陸させないと。

 

「ど、どうかおやめください! 俺も勘違いさせるような事をしてしまったんです。慕ってくれるのが可愛くて、弟達が独り立ちして寂しくて……。俺は怒ってないですから、どうか蒼穹くんを叱るのはやめてあげてください」

「輪廻。俺としても、蒼穹は取り込みたいんだ。翡翠もこう言ってくれてるし、子供ができないのは翡翠の評判に関わるから、悪いと思うなら翡翠の案を飲んで欲しいんだけど。実質的にも蒼穹と夫婦になるのは翡翠も可哀想だし」

 

 あっ 琥珀様、俺を売る方向に方針変更しました!?

 

「晴翔さんは」

「その、これだけ必要とされるのは、嬉しいと思います」

 

 嘘ではない。気持ちは嬉しい。受け入れるかは別だが。

 輪廻様はため息を吐いた。

 

「蒼穹。自分のやった事の責任はしっかりとれ。晴翔さんと結婚するならちゃんと結婚しろ」

 

 あっ

 

「ちゃんと晴翔の子を産む。男の子」

 

 ムン、と蒼穹くん。違うんだ。そうじゃないんだ。どうすれば、と琥珀様を伺う。あ、はい。

 

「その、蒼穹くんを貰い受けたく思います……」

 

 輪廻様は、俺に土下座した。

 

「弟をよろしくお願いします。私で出来る事はできる限りさせていただきます」

「任されました」

 

 待って今何でもするって言った?

 

「翡翠さんにも私なりに出来る限りの保証をさせていただきます。結婚はちょっと事情があってできないですけど……。今回つけてしまった傷を回復してあまりある保証をします。もちろん、琥珀にも」

 

 翡翠様は琥珀様を伺った。

 

「兄様。どうする?」

「うーん。輪廻がそこまで言うなら、まあ。でもその代わり、出来る限り他家には行かないって約束して」

「はい」

「じゃあ、ここからは俺と輪廻でお話な。悪いけど、当主としての面子もあるからさ。そういう決着なら相当そっちに譲ってもらわないとこっちの顔が立たない。晴翔が蒼穹に手を出したって形なら凪原の家とのやりとりもあるし」

「ご面倒をお掛けします……。あっ 翡翠さんには賠償の品を選んでいただきたいので、翡翠さんも残っていただけると」

「兄様、良いですか?」

「そういう事なら」

 

 待って話をまとめないで。

 でも輪廻様の期待して欲しいはまじで期待できるのでお家のために邪魔できない。

 琥珀様にも期待してると言われてる。

 

「晴翔。蒼穹のこと世界一好き?」

 

 

「う、うん……」

 

 

 

 

 

 

 

話し合いが終わった後、琥珀様に呼ばれた。

 

「よくやった」

「はい」

 

 ことりと瓶が置かれる。

 

「腕の欠損が回復するそうだ。弟に使ってやれ」

 

 は?

 

「今回の詫びとして、瞳導師の現時点での全ての怪我人の治療をしてくれるそうだ。翡翠個人への賠償と当家への詫びの品、結納はまた別だと言われた」

「あの人神様か何かなんです?」

「味方になるなら何でもいい。子供が得られないのは残念だが、とりあえず身内に取り込めるのならいい。また機会もあるだろう」

「はっ」

「こんな家だ。政略結婚はつきものだ。わかるな? 役立て」

 

 翡翠様に散々言ってきたことだ。

 政略結婚はつきもの。お家のために役立て。

 

 俺は何も言えなかった。

 弟が癒えるのなら、そして今後怪我を心配しなくて済むなら、俺だって手段は選ばない。

 

 弟達にショタコンと罵倒される未来が今定まった。




マシュマロ
https://marshmallow-qa.com/lucaluca
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https://odaibako.net/u/karin2022v
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