ようこそ実力至上主義のザナドゥへ 作:とくいてん
おかしな日常
──異界と現実は表裏一体。
とある魔術結社の偉い人の言葉である。
魔術とか結社とか聞いただけで胡散臭いし、一般の方々からすれば笑ってしまう話だろう。異界とか
「異界探索が向いていると思った者は
──とは茶柱先生の談である。今日も変わらずお美しい、我らDクラスの担任だ。容姿が整っているのは良いことだけど、あんまりタイトなスーツはやめたおいた方がいいと思う。男子高生の目に毒だ。
「はいはい! 俺、向いてると思います! いやぁ、モンスターがゴミのようですよ! ははは!」
「そうか良かったな
前の方の席の山内君は今日も元気だ。
四月最終週の火曜日の朝。ホームルーム。午前中は普通に授業で、お昼を食べた後は
ほとんどの人は今日も探索コースだろうな。少し前まで一般人だった方々が大多数なのに、ほんと意味不明なくらい現状を受け入れている。正直に言ってしまうと神経を疑うレベルだ。そりゃ何人かは肝の据わっている人もいるだろうけど、ほとんど全員が戦闘できてるのはおかしいだろ。
「おい、負けねーぞ平田! 今はランキングはお前の方が上だけど、すぐに抜いてやるからな!」
山内君に関しては特におかしい。彼はやばい。まさかとは思うけど、どんくさい自覚ないのか? よく足が絡まって可哀想なことになってるけど、本当に才能あると思ってる?
「はは……お手柔らかに、山内君」
と、優しく微笑むのはクラスの漂白剤こと平田くんである。
「おいおい、勝負事は真剣にやらなきゃダメだぞ。お手柔らかになんてしたら相手に失礼だろ」
山内君はイケメンではない。どっちかって言うと印象に残りづらい顔だ。髪が短いこと以外、これといった特徴がない。
ていうかほんと、その自信はどこから来るの。
異界探索にあたっては個人ランキングというものがあって、山内君はたしか最下位付近だ。順位は同じ学年の中で決まり、何をどれだけ討伐したか、後は到達深度が主な採点要素だ。僕? 最下位付近。荷物持ちばっかしてるから仕方ないね。
「山内うるさい! 平田くんと勝負とか何考えてるのよ! 相手になるわけないじゃん!」
「うるさいぞ佐藤だまれ! 男の勝負に口を出すんじゃねえぞ!」
うるさいのはお前だ。いやあなただ。仮にも年上なんだからお前はまずい。キレたら言っちゃいそうだから気をつけないと。
「──やかましいぞお前達。ホームルームはこれで終わりだ。体の疲れはあるだろうが、授業は居眠りしないで取り組むこと」
「わかってますよ先生! 学生たるもの何でも頑張らないと! 寝るわけないじゃないっすか!」
「だといいんだがな……山内」
いや寝るだろ。僕の席からよく見えるけど、あなた授業の七割くらいは寝てるからね。そんで探索が大変でー、とかみんなに聞こえるように言ってる。
カスみたいな怪異をいじめてるだけなのに、何が大変なんだか。まあ、長時間ウォーキングとランニングしてるって考えたら疲れるは疲れるか。それに山内君さんは体力ない方だしね。
「おい」
「ん?」
不意に肩を叩かれて振り向くと、通路を挟んで右側から綾小路くんがこっちを見ている。
自分で『冴えない顔でつらいわ』とか言ってるけど、よく見ると結構整っている。やりようによってはモテると思うんだよね。とりあえず、常に目がとろんとしてて眠そうなのと、無気力な顔で虚空を見つめる癖は直した方がいい。
「……」
「え、なに?」
綾小路くんはサッと何かを手渡してきた。
ノートをちぎった紙切れだ。そこにはこのように書かれていた。
『
「はぁ?」
思わず変な声が出た。
いや、なに。朝からなんなのこの人。まさか昨日の夜に紳士向けの動画でも見た? だとしても頭のおかしい行動だ。大して仲良くもない相手に向かって、いきなりおっぱいの話を始めるとか。
「すまない。山内達にジャンケンで負けて、俺が聞くことになってな。どうせ聞くなら早い方がいいと思って……」
「よくわかんないんだけど、罰ゲームってことね。内容はほんとよくわかんないけど、答えはイエスだよ綾小路くん。それを嫌いな男とかいないでしょ」
「そうか。ハッキリしていて清々しいな。意外だ。てっきり、もっとムッツリしているかと……」
「ああ、そう……」
なんて失礼な人なんだろうか。そして山内君はギルティで。荷物持ちとしてバカにしている相手にちょっかいかけるにしても、内容がくだらなさすぎる。センスがまるで感じられない。
「あれ? 二人して何見てるの?」
「あ、松下さんこれは違くて」
「おっぱ……えっ」
「ちがうんです」
「そっか……あはは」
「目を逸らさないでくれますか」
そして事故った。
紙切れの内容を隣の席の女子に見られて、即座に視線を逸らされてしまった。
これは綾小路くんのせいだ。彼もそっぽを向いているけど、責任の八割は君にあるからね。残りの二割は山内君。いや、半々か? どうでもいいわ。
▼
この学校はおかしい。
具体的に何がどうおかしいのかと言うと、理由は以下の通りである。
1.入学と同時に全新入生に10万円相当のポイントをプレゼント。しかも最初だけじゃなくてポイントは毎月くれるという。結論、金をドブに捨てている。
2.過半数が一般人なのに異界の探索をさせている。一般人でも使える『戦うための力』──『サイフォン(改)』を独自技術として導入しているが、どう考えても怪しい。
3.生徒達の警戒心が薄すぎる。現状を簡単に受け入れすぎ。何か洗脳でもされてるんじゃないかって心配になるほど、異界探索に積極的な人が多い。見返りが魅力的なのを考慮しても、後先考えなさすぎだ。
「そもそも、ここに大迷宮があること自体が不自然なんですけどね」
「そうなの?」
午後。
外が少し蒸し暑くなってきた頃、僕は薄暗い場所に来ていた。青白い光に照らされた円形の空間。
ここは校舎の真下だ。今は巨大エレベーターの前でクラスメイトの方々を待っている。少し早く来たら櫛田大先輩がいたので雑談中。この人は僕の正体を知っているから楽でいい。無知無力なフリする必要ないからね。僕はなるべく目立ちたくないのだ。少なくとも今はまだ。
「確認できているだけでも、地下
手持ち無沙汰から白い羽織りの位置を直し、大きなエレベーターを眺める。簡単な手すりがついているだけの、ほぼ剥き出しの形状。定員は二十人とか言ってたけど、満員まで乗り込んだら誰かしら落ちそう。
「でもさ、十五年くらい前には既にあったんでしょ? このダンジョン」
「茶柱先生の説明によると、そうみたいですね。それならそれで『
言わばプロの方々だ。そして、異界絡みの勢力は他にもあって、そのひとつが企業連合ゾディアック。
「それに、企業連合から派遣されてる様子もない」
「あー、ゾディアックだっけ?」
「そうそう」
「だからタメ口やめろ」
70年前の技術革命以降、世界の経済や産業を裏で操ってきた。彼らの目的は異界の利用。異界由来の新素材や新エネルギーの活用を目的としている。
それとは別にネメシスという魔術結社があって、こちらはゾディアックとはスタンスが違う。
理念は異界の監視と管理。活用を試みているゾディアックとは対立することも多い。他には
「地下37層なんて馬鹿げた規模、他勢力が介入してこないわけがないんですけどね」
「日本政府が隠してるんじゃないの?」
「まあ、現状から察するにそういうことなんでしょうね」
去年の暮れ、ネメシス所属の執行者と話をしたことがあるけど、この迷宮の話は出なかった。その時、この高校に進学するって話をしたから、知ってたら教えてくれてたはずだ。
彼女は本当に知らなかったんだろう。
「メリットよりデメリットの方が遥かに大きいと思いますけど、偉い人達は何を考えているんだか」
異界というのは予測不能だ。
今は軽く間引くだけで安定しているとしても、明日明後日も大丈夫だという保証はない。その恐ろしさについて政府は嫌というほど知っているはずなのに、なんでこんなことをするのか理解に苦しむ。
ほとんどが素人も同然の学生の集団に丸投げとか、正気の沙汰じゃない。まあ、僕が知らない事情はまだ沢山あるんだろうけど。
「先輩、自主退学した方がいいですよ」
「なによいきなり。ふざけてんの?」
「いや、普通に危ないんで。たとえ地上にいたとしても危険度は高いんで。間違って死にたくないでしょ?」
基本、異界の規模というのは危険度に直結する。
規模が超広大なのに対して、巣食っているのは有象無象のみ。過去の事例から見ても、その可能性は極めて低い。
奥の方にはいるはずだ。強力な怪異が。
「そりゃ死にたくはないけど、四月に退学とか冗談じゃないわよ」
「どうせ辞めるなら早い方がいいと思いますよ。先輩ってただでさえ陰の気が強いし、近くにいない方がいいですって」
「誰が陰キャラよ殺すわよ」
「違う違うそういう意味じゃなくて」
「心が重度に病んでる。つまり病的な性格ってこと」って言ったらビンタされた。
バキっと。半分グーだった。この人のことを天使とか言ってる人達に見せてやりたい光景だ。
「……もうさっさと退学しなよ」
「だから、タメ口やめろ。退学勧めてくるのもやめろ。ぶん殴るわよ」
いや、タメ口にもなるよ。
イラッとしたからって口と手を同時に出して後輩をシバく。とんでもない先輩である。
「ぶん殴るわよ」
「もう殴ってますよね」
ヒステリーで暴力的な自分大好き人間。
簡単に言うととんでもない女である。クラスのみなさんはこの人と付き合いたいみたいだけど、やめておいた方がいいと思う。僕は無理だ。いくら顔が良くてもちょっと無理。