雲一つ無い、暑い夏の日、私は彼に出会った。
空は良い。嫌いな事。知らない事。忘れたい事。全て受け止めてくれる。なんて、少し感傷的になって、見慣れていた筈の、空を覆うヘイローを眺めていた日の事。
所々、蔦に覆われた石で出来た壁が背後に聳えていた。私の前の花壇は、雨は降らず、生徒もあまり水を差していないのか、萎れた薔薇や百合が彩っていて、この地の象徴に感じた。
生徒が寄り付かない事を知っていて、本校舎からだいぶ離れている。旧聖堂の入り口から見て、左側の庭園のベンチに私は腰掛けていた。大図書館を散策していた時、気になったからと、中身も見ずに借りてきた分厚い本に視線を戻す。
英語で『Now you are under a curse and driven from the ground, which opened its mouth to receive your brother’s blood from your hand.』(注釈1)と書かれていた。
その時、バサリと風が横から通りすぎ、私はそちらに目線を移す。
少し、灰かぶりをした黒い羽の雀柄。クリクリとした白い瞳の鳥がベンチに座っていた。
「やあ、かわいい小狐さん」
鳥が喋る。
私は既に知っていた。
「かわいい小狐さんは、やめてくれないか。私の名前はセイアと言うんだ」
そう言うと鳥はふーんと、答えた。
私も質問をする。
「君の名前はどんなのだい?」
「ボクの名前はアーサー!」
鳥は陽気に羽を広げ、高らかに名乗った。
アーサー。その名前はいつか読んだ、昔の物語の主人公を思い出す。
鳥が首を傾げて聞いてくる。
「セイアはこんな所で何をしてるの?」
「見ればわかるだろう?読者をしていたのさ」
ほえ〜と、鳥は間抜け声を返してきて、なんだか和んだ。
数秒の静寂の後、私は聞いた。
「君、いやアーサーはこんな所で何をしてるのさ」
「ボク?ボクは仲間を待ってるんだ。約束してるの、いつか迎えにきてくれるって!」
鳥は嬉しいそうに、ぴょんぴょんとベンチの上で跳ねている。私は手を伸ばし掛け、途中で引っ込めた。
♪
鳥がこちらを向いて、私の瞳をじっと見つめていた。
鳥がゆっくりと喋る。
「ボクね、王様なの。みんなを率いたり、守ったりするんだ」
私は何も言わない。
「だからね。セイアも、悩みがあるなら聞いてあげる!」
私は鳥から視線を外し、前方の薔薇に視線を移した。
「私はーー」
言い切る前に、鳥の楽しげな声が響く。
「プレインコート!」
鳥が地面に落ちていた枯葉を咥え、背中の羽に刺した。首をぴょこぴょこ前後に動かして、飛び上がる。
枯葉を茶色いマントだと、思っているのだろうかと、私は考えた。
♪
この珍妙な鳥の話を聞くために、本を閉じた時、鳥が前方の薔薇の枝に留まる。その衝撃で、一輪の薔薇の花が地に落ちた。大袈裟にエッホンっと、息を吐く。
次の瞬間。
「聴け、セイアよ。未来を視座したからといって、その通りになるわけでは無い。ちゃんと周りを見るのだ。お前には輩がいるではないか。託せ!託せ!託せ!託すためにぶつかり合え!ぶつかった後にしか、本当の意味で繋がれぬ」
鳥の言葉を聞き。私は顔に影を作って、手元の本を強く握る事しか出来なかった。薔薇の枝から、鳥がベンチに戻って来て、どうだった?ボクはちゃんと王様でしょと、無邪気に聞いてくる。私は、そう見えたよと、鳥を見つめて言った。
♪
数分のせせらぎが流れた後。
遠くの方で鐘が鳴り響き、鳥が慌てふためく。
「またね、セイア」
一言。
それから、鳥はカァー!と、ひと鳴きし。羽を広げて飛び上がり、ポロッと本の上に、枯葉が落ちる。自称、王様の鳥は何処までも気楽そうだった。私は素知らぬ顔で、枯葉を服のポケットに仕舞い。閉じた本のページを捲り、中身を読む。
『He put them in the care of his servants, each herd by itself, and said to his servants, “Go ahead of me, and keep some space between the herds.”』(注釈2)
読んだページには、そう書かれていた。
本は良い。嫌いな事。知らない事。忘れたい事。全て受け止めてくれる。なんて、少し感傷的になって、見慣れ無い、膝の分厚い本を読んでいた日の事。
雲一つ無い、暑い夏の日、私は彼と別れた。
日本語役
注釈1
創世記4章11節(翻案)
今、貴方は呪われて、土地を追われる事になります。その場所は、口を開けて、貴方の手元から、弟の純血を飲み干しました。
注釈2
創世記(旧約聖書) 32章16節(翻案)
彼は家畜達を、群れごとに分けて僕たちの手に渡して、「私の前に出て、群れと群れの間を置きなさい」と言いました。