ヒロインの脳は焼けば焼くほどいいとされている(作者、心の俳句)。
過去のシェリーと少年のやり取りとかライノ事件を思い出してもらうと、ちょっとだけ楽しめるかもしれません。
「子どものフリがうまいのね、あなた」
「嘘泣きするお前ほどじゃねーよ」
爆弾事件の帰り道。
犯人が取りこぼした拳銃を転校生…灰原哀が威嚇のためにぶっ放したことで目暮警部に怒られる場面もあったが、ハリウッド女優もかくやな泣き真似でその場を誤魔化して2人は帰路についていた。
なにやらベルが挙動不審だったが、ある意味いつも通り。
あいつは人見知りだからな…というコナンの一歩しっかり距離を保った後方理解者顔のせいで、救いはなかった。
「……こんな生活…いつまでも続けられるものじゃないわ」
「そうかもな。だからこそ、やつらをぶっ潰さなきゃなんねーんだ」
あなた一人でどうにかできるような相手じゃないのよ、と。
口にするのは簡単だ。
脳裏に過るのは幼いスーパーヒーローの姿。
目の前の工藤新一と同じく自分と両親の研究の被害者。
彼もまた、工藤新一と同様に組織壊滅を目指す一人だった。
片方は殺されかけ幼い姿に貶められた。
好きな人がいて、友人がいて、両親に愛されていた。
真実を見通す瞳と頭脳を持ち、正義を信じる善良な心もある。
そんな彼の世界と未来をぶち壊した。
そして。
「…ベル・パーカー」
「ん?」
「…ちょっと気になっただけよ。どうやら何回も私に話しかけようとしてくれてたみたいだし」
「あー…まぁ。温かく見守ってやってくれ。あいつなりに頑張ってるから」
「そう…」
どうしてか、あの少年とスパイダーマンが重なって仕方ない。
酷い感傷だ。
そんな都合の良い展開あるはずもない。
自分の喪失を埋めるために、見ず知らずの子どもと彼を重ねるなんて最悪な裏切りだ。
…今、彼はどうしているのだろう。
両親の研究によって、フラスコから誕生した赤子。
S・S・Sというおぞましい研究を凍結した際、そのフラスコも破棄されたと聞いていた。
たが、彼は。
コールドスリープ状態にされ冷凍庫に保管されていた。
組織の気まぐれで無為に生み出され、何かに使えるかもと冒涜的な理由で放置されて。
7年前に
今なお激痛に苛まれながら、それでも懸命に戦っていた。
フラスコから解凍され7年。
組織から解放されたのは本人の話を聞く限りおそらく3年前。
4歳まで実験動物として監禁されていた少年の情緒はおそらくまだ3歳ちょっとだ。
戦い以外を教えたくて、でも自分が持ってるものなんてたかが知れていて。
せめてあげれるものをと、感情の暴走に任せて手を出して。
負けても休める場所になろうとしてみて、彼を激痛から解放する終わりを担おうとして。
結局、救われていたのは自分だった。
組織を抜けたのは、心が折れただけなのだ。
正義に目覚めたとか、改心したとか。
そんな真っ当な理由ではない。
───ライノ事件。
あの爆発を、テレビ越しに志保は見ていた。
息を呑んだ。
心が凍りついた。
…分かっていたつもりだった。
少年がどれほど危険な場所で、踏ん張っているのか。
だがそれは、現実感がなくて。
だって、別に。
そんな素振りは見せなかった。
死にかけても、落ち込むだけで。
暇になっただけで遊びに来たりして。
ふろキャンなんて、軽い言葉で組織撲滅を目指していて。
「バカね…」
…姉が死んだ、と聞いて。
何かが致命的に砕ける音がした。
『ねぇ。いつか…姉のことを助けてほしいの。私はもうどこにも行けないけど…姉さんだけは…』
少年があれほど命をかけた理由が自分の言葉だと気づいてしまったから。
唯一家族と呼べる最後の繋がりが消えてしまったことに耐えられなかったから。
幸せが壊れるときは、いつも突然だ。
でもその痛みはずっと消えなくて。
いつだってその喪失を乗り越えられない。
姉の笑顔。
姉との会話。
そんな僅かな温もりを必死に抱き締めても、小さくなった両腕からは零れ落ちてくばかり。
いっそ、死ねたら楽なのだろうけど。
生きるよりも辛い痛みに耐えて前に進む、小さくなった自分よりもか細い少年を知っているから、それだけを選べずにいる。
全てが中途半端。
そんな自分に嫌気が差す。
そんな風にずっと下を向いてたら、気づかなかったかもしれないのに。
「───なんで当たり前のように脱獄してるかなぁ!?もしかして今日の会話フラグだった?」
「スパイダーマン!!邪魔をするな!」
「砂のプールとか今どきもう流行んないよ!なんか熱い砂に埋まる風呂みたいなのももう見なくなった気がするし!」
白い蜘蛛が季節外れの白い雪に覆われた米花町の空を舞っていた。
サンドマンを相手に、軽口を叩きながら。
落ち込んで、下を向くバカな女に気づきもせずに、いつも通り。
砂を避け、叩き返し、逃げ遅れた知らない誰かを救ってみせる。
瓦礫を糸で絡め取る。
ただそれだけの動作で、落下地点にいた人を救い、それを投げ返して攻撃に使う。
戦い慣れていた。
人を守りながら闘うということを繰り返してきたからこその、最適化された動作は美しさすらあった。
3年前、同じ敵を前に翻弄されるしかなかった未熟なヒーローはもういない。
街を利用して、できるだけ街を壊さないように気も使って、相手を確実に封じ込めていく。
彼の一挙一投足が希望だった。
彼の活躍に街が活気づく。
色が変わる。
全てを押し返す白が、暗い宵闇でなお輝く。
「ねえ、今から雨降るよ!」
「あ?」
震える手。
それを誤魔化す大袈裟なセリフは、三年という時間をかけてあの少年が積み上げてきた鎧だと、もう知っている。
「逆天気の子!なんちゃって!ほら、貯水タンクの水をたっぷりお上がりよ!ほら飲んで飲んで!なんで持ってんの?なんで持ってんのって!その巨大な体は大量の水飲むために持ってんの!」
少年の明るい声が、街の恐怖を和らげる。
「…スパイダーマン」
その名前の強さを。
彼がいるだけで安心する自分の弱さを。
噛み締める宮野志保は、しかし。
黒いポルシェ。
組織の幹部、ジンの車を見て固まった。
希望があるから、何度だって裏切られる。
シェリー。
そう名乗ったその日から、ハッピーエンドなどないとわかっていたはずなのに。
●
「シンデレラの魔法も十二時には解ける…ちょっとだけでも、いい夢を見れたってわけね…」
白い雪の世界で、血の池に沈みながら宮野志保は自嘲する。
志保は今、とらわれていた部屋からなんとか脱出したが、その先で黒の組織の幹部2人に待ち構えられていた、という状況だった。
「綺麗じゃねーか…闇に舞い散る白い雪…。それを染める緋色の鮮血。組織の目を欺くためのその眼鏡とツナギは、死に装束にしては無様だが…ここは裏切り者の死に場所には上等だ…。そうだろ?シェリー…」
「あら、もしかして死に花を咲かせるために待っててくれたってわけ?こんな寒い中、ずいぶんと辛抱強いのね…」
「フン…その唇が動くうちに聞いておこうか。お前が組織のあのガス室から消えたカラクリを…」
雪は止まない。
絶望は止まらない。
「うわー!ごめん!女の人に銃向けてる遊園地でいい年して男二人でジェットコースター乗ってそうなそこの二人!───危ないから避けてね!」
だが、ヒーローは来た。
コナンがとっさの機転で上空に向けて放ったスパイダーシグナルを目指して、全ての理屈を置き去りにして駆けつけた。
サンドマンを再び牢屋にぶち込んで、今度は新しい犯罪者『ヴァルチャー』と戦っている最中だったにも関わらず、だ。
『うわ、水無アナウンサー!いい衣装ですねロケ中ですか?雪降ったからってサンタコスするとか単にコスプレしたかっただけかなみたいな感じですけど!とっても素敵です!ミニスカなのがフェチ丸出しでえぇぇぇええええ…』
『…ふざけないで!カメラ回してほら早く!あいつよ!あのセクハラしかしないおしゃべり蜘蛛野郎をカメラに収めて!今日の緊急ニュースはスパイダーマンの悪事で決まりよ!』
翼の生えたハゲワシ。
じゃない。
ガスを撒き散らす羽根の生えたハゲ…でもないか。
そんな犯罪者の翼に糸を張り付け、少年は空中でくるりと体勢を整える。
「じゃあ、ほら!年貢の納め時だよ!」
そして、宮野志保の恐怖の象徴であり、悪のカリスマで黒の組織の幹部のジンはその整った顔をハゲた爺さんの尻に轢かれて屋上から吹き飛ばされた。
「だから避けてって言ったのに!ほら、ヴァルチャーも謝って!むしろヴァルチャーが謝って!」
「巫山戯ろクソガキ!腰が逝ったぞどうしてくれる!もっと老人を労ったらどうだ!!殺してやる!」
「今日はせっかく季節外れの雪なんだよ?ちょっとは頭冷やしたらどうかな!」
「無理だな!わしの怒りはこの程度で消えるほどぬるくはない!!」
「理解できないかなって!」
最終的にスパイダーマンが、脱獄囚のサンドマンとヴァルチャーを確保したことで街の平和が守られたにも関わらず、ツバを飛ばしながらスパイダーマンを自分の番組の『Judgment.Jiffy.Journal』で悪しざまに罵る水無玲奈が見られたというが、どれもこれも米花町ではよくある話だった。
「…ありがとう、私のヒーロー…」
先ほどまでシェリーに銃を向けていた2人も、瀕死になった片方を担ぐようにしてこの場を去った。
後にこのビルの階下でもう一人の遺体が上がったとのことなので、仕事だけはきっちりこなしていったようだが、黒の組織すら容易に近づけない米花町の魔境っぷりは今日も今日とて変わらない。
「おとなになってる……いや、もともと?じゃあやっぱりてんこうせいはシェリーじゃない…?どっち?かくしご?そっくりさん?」
安堵から意識を手放すシェリーを抱え、『F.E.A.S.T.』から拝借した毛布をかけて、少年は少しだけ迷いを見せる。
話したいことはある。
聞きたいことも。
でも、こんな憔悴しきったところに無理をさせるのは本意ではない。
そもそも転校生灰原哀とシェリーの関係もよくわからない。
「『こまったら、ふぃーすとまで』」
少年はF.E.A.S.T.のチラシの裏に言葉を添えて、シェリーのポケットに紙を突っ込む。
今日は季節外れの雪が降った。
もしかしたら、クリスマスじゃないけど奇跡が起きたのか。
会いたい人の無事な顔をみれた。
それだけで満足だな、と。
少年は最後にシェリーに毛布をかけてから、その場を後にするのだった。
今回も最後まで読んでくださってありがとうございました。
少年は無自覚に人を救う、みたいな。
ヒーローと知らぬは本人ばかり。
こいつ自分のこと偽物とか言っちゃってるらしいですよ!
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