劇場版より長くなりました…。
一旦書き溜めを行うのでちょっとの間更新は止まるかなーと思います。
ラストは言うて2話程度の予定です。
爆弾事件があり、砂の男が脱獄し、季節外れの雪が降ってハゲたジジイが空を飛んだ。
そんな長い一日が明けて今、少年は。
───相変わらず、灰原哀に話しかけられていなかった。
いや違うんすよ、と少年は心の中で言い訳する。
だって灰原哀がシェリーなのかと思ったら普通にこないだシェリーいたし…。
もしかして分裂した?
なんて考える少年は、シェリー=灰原哀説自体への疑問はない。
自分が割と荒唐無稽な生まれな自覚がある少年は、割と非現実的な現実に寛容だった。
小さくなることくらいまぁあるやろ。
だって人間が砂になるんだぜ?子供になる方がまだまともでしょ、と。
「ねーねー、ベルくんはスキーしたことある?」
「すきやきならある」
さて。
そんな少年は現在、全国的な季節外れの降雪を受けて、阿笠博士と呼ばれる近所のおじいさんと少年探偵団の皆と一緒にスキー場に向かっていた。
「そっかーないんだねー」
「うっす…」
ちょっとした見栄を張ろうとしたものの、もはや少年の扱いがお手の物な歩美ちゃんに当たり前のように見抜かれ、縮こまる。
少年は基本的に歩美ちゃんに頭が上がらなかった。
友達の少ない少年を引っ張っていってくれる貴重な恩人だから、というのがまず一つ。
「なら歩美が教えてあげる♡」
「あい…」
そして何より、着せ替え人形にされるどころか、女の子の友達の服を着せられるというある種倒錯的な関係性は、少年から歩美ちゃんに逆らうという選択肢を奪い去っていた。
『愛嬌で尻に敷くタイプ』という松田の評価は、ある意味で間違いない。
そして、少年の好みっぽいという言葉もまた間違いではない。
まぁ、今のところ。
少年の心は、他の誰かが入り込めないほどどこかの女研究員でいっぱいになってたりするのだけど。
自分の本当の好みも、今の気持ちも。
まだ7歳になったばかりの少年には自覚しようがない話ではあった。
…そんな風に、自分の無自覚なマゾっ気をくすぐってくれる同級生の女の子に躾けられていた少年は、その裏でコナンと灰原が組織について話をしていたことにも気づかない。
それでも。
「あ、新出先生!」
「あれ?みんなも乗ってたのかい?」
ついでに自分が苦境にたたされたことにも気がついた。
「やべ」
「…ベルくんそう言えばこないだの内科検診休んでたね…歩美そういうのよくないと思う!」
「ちがう」
「何も違わないでしょ、もう!」
少年は先日、学校であった内科検診を普通にブッチしていた。
なにせその時少年は服の下にライノにつけられたどす黒い傷痕と火傷があり、とてもじゃないけど逃亡以外で誤魔化しきれなかったのだ。
仕方がなかったってやつだ。
絶対説明できないけど。
言えるわけもない。
「むぅー…ベルくんなんか隠してる?」
「きのせい」
コナンたちの会話の後ろでふるふると首を振って歩美ちゃんに許しを乞う少年は、必死に祈る。
どうかこれ以上ややこしい事態にならないでくれ、と。
「Hi!クールキッド♡また会いましたね〜!」
「知り合いか?」
「蘭姉ちゃんの高校の英語の先生で…」
「私の名前はジョディ・サンテミリオン!今日はDr.新出と上野美術館までデートですー♡」
「あ、いや、偶然バス停で会ってね…」
しかしここは米花町。
そんな願いが叶うなら、スパイダーマンなんて要らないのだ。
…懐かしい気配の持ち主の後ろから、嗅ぎ慣れた香りを纏う二人組が乗り込んで来てことで少年はいよいよキャパの限界を感じていた。
「騒ぐな!騒ぐとぶっ殺すぞ!!」
灰原哀の正体。
歩美ちゃんの追求。
懐かしい気配。
嗅ぎ慣れた火薬の臭い。
そして、バスジャック。
市バスって絶望を運ぶんだなぁと。
少年はどこか遠くを見ながら顔をしかめた。
『───へぇ。あなた、名前ないの…なら、ええ。ベル、と。そう名乗りなさい。いつか私のものになるのだから、そっちの方が都合がいいでしょう?』
懐かしい気配に釣られるように、少年の脳裏に黒い記憶が流れて消える。
ああ、本当に。
今日はついてない。
●
「聞こえねーのか!?」
バスジャック犯がバスの天井に向かって拳銃を発砲している。
そんな非現実的な光景を前に、どこか冷静な自分がいた。
バスジャック犯ではなく、組織の人間の匂いに震えて惨めに怯える自分を冷酷に見下ろす、もう一人の
『こうなることはわかってたはずよ。ぬるま湯のような好意に毒されて、物語のヒロインにでもなれたつもりだった?私たちは魔女…男を破滅に導く、最悪な女なんだから』
───灰原は、俯いて、強く裾を握りしめていた。
ジンが米花町という魔境によって撃退されたことで、気を抜いていた。
気が緩んでいたと言っていい。
何を呑気にスキーなんて行っているのか。
平和ボケした灰原を呪うように、纏わりつくような匂いがバスに満ちていく。
つい昨日も感じ取った、鳥肌の立つような魔性のオーラ。
脳裏によぎる女の姿に、灰原はたまらずポケットの中にある紙切れを祈るように握りしめた。
『こまったらふぃーすとまで』と拙い字で記されたそのメッセージは、彼が自分にくれた優しさの証。
その紙を身につけているだけで、それだけで救われた。
…たとえ、実際にF.E.A.S.T.に身を寄せることはなくても。
それでも帰ってきていいと言ってくれる場所があると思うだけで、暗闇でも前を向けた。
いずれ毛布を返しにF.E.A.S.T.に行かなくてはいけないと思っていたのだが、もうそれも難しいかもしれない。
行方を眩ませなくては。
一刻も早く。
誰かに追いつかれるよりも早く。
温もりという泥沼から、足を抜けなくなってしまう前に。
「おい、大丈夫か?」
「……えぇ…」
今ここで、正体がバレてしまえば、組織の人間がクラスメイトや家に匿ってくれている阿笠博士に危害を加えてしまう。
押し黙り、絶望しながら思考を巡らせる灰原はしかし、結局のところどうにもできなかった。
誰かを頼ることを慄れる少女にできることは、何一つ───
「これ、あげる」
「…………え?」
声は、上からした。
地面を見下ろして、フードを深く被る少女に寄り添うように、一人の少年が水筒を差し出していた。
「あまいみるくてぃー。おちつく。ぬくいうちがおすすめ」
懐かしい香りがした。
少年の好みのブレンド。
砂糖は多めで、冷めるとあまりの甘さに顔をしかめる。
そんな、ひどく出来の悪い紅茶の香り。
『ほら、これであなた一人でも作れるようになったでしょ』
『?シェリーがつくるのがいい』
『バカね…』
いつだったか、作り方を教えて。
それっきりで。
前に作ってから、ずいぶんと、空いた気がする。
「あなた…」
息を呑んだ灰原を安心させるように、その小さな少年は下手くそなウィンクをする。
怖くない、なんて。
そんな見え透いた嘘をついて。
少年は少女を安心させるために、不敵に笑う。
「おい!ガキが!何やってんだ!?殺されてえのか!!」
「とらんざむ」
「な!?」
そして、小型のライトでバスジャック犯の目を眩ませ、その隙に持ち込んだ荷物に向かって転がり込んだ。
見た目は普通の小型ライトだが、『緊急モード』を使用すると0.2秒だけ強烈な光を放つという、無鉄砲な少年用にコナンが阿笠博士に頼んで作ってもらった護身用?グッズだ。
「ぶりょくかいにゅうかいし」
「お前ほんとそういうとことだからな!」
そこに、ベルが身を乗り出してきた時点で覚悟を決めていたコナンも参戦し、一人はあっという間に麻酔銃で眠らされる。
残りの1人も、少年に股間を蹴り上げられさらには、小学生二人が動き出したのを見て纏う雰囲気が一気に切り替わったジョディ先生のハイキックで沈黙。
「You guys are the best!(あなたたち最高!)でもムチャはだめよ?ケガをしたらみんな悲しむもの」
「なにをかくそう。おれはボンド…ジェームズ・ボンド」
「なめんな」
ひゅー!と一人ではしゃぐ少年とそれに青筋を立てるコナンの二人のおかげで、張り詰めていたバスの空気は弛緩する。
「そもそもこのていどたわいなし」
「バカ!こういうのはその場のノリじゃなくてちゃんと犯人を見極めてからっていつも言ってるだろ!」
「かてばよかろうなのだ」
「───動かなぃぇっ!?」
「すとらいく」
緩んだバスの空気を引き裂くように、後部座席に座っていた女が立ち上がるが、少年が先んじて投げた小型ライトが額に当たり転倒。
隣りにいたいかついお兄さんが抑え込んで、バスジャック事件は終幕を迎えることになる。
「ぱーふぇくとげーむ」
「結果オーライじゃないから。ほんとまじ、1回ちゃんと反省しろお前。頼むから」
「むり」
「お前がその態度ならこっちにも考えがあるからな」
●
『よぉ坊主。またまたたまたまか?』
『たまたまたまきん』
『説教。正座』
『ちょっと松田くん!もう刑事じゃないんだから現場で好き勝手しないで!』
『おいおいこいつアイツらの荷物が爆弾ってわかったうえで盾にしてんだぜ?爆弾を盾にすりゃ撃たれないだろって…ガキの考えることじゃねーよ。説教しないとだろーよ』
『……ちがうし…』
『そうだよな。そんなこと関係なしに突っ込んでたもんなジェームズ・ボンド!なぁ?』
『…あのうらぎりもの…!』
駆けつけた警察に(たしか松田とかいう名前だった)こってり絞られ、説教から逃亡しようとしたところを首根っこを掴まれてパトカーで連行されていくのを見送って少し。
灰原は、洗濯し畳んだ毛布を紙袋に入れてF.E.A.S.T.を訪れていた。
「……あ」
頭の上にたんこぶをこしらえ、不貞腐れた表情で玄関を掃除する、一人のクラスメイトが目に入る。
思えば、慣れない新環境で気を張っていたとは言え、気づける要素はどこにでもあった。
耳の形。
指の長さ。
唇の色。
少年が伝えようとしていた『し』。
…いやお前少年の細かいところまで見すぎだろ、とツッコんでくれる常識は灰原の脳内には存在しなかった。
「わわわわすれものー」
「…ねぇ」
「んぇ?…あ」
「改めて、自己紹介いいかしら」
彼を見てるだけで胸が温かくなる。
彼の声を聞くだけで心臓が自然と高鳴る。
彼の目線が他に移るだけで胸が引き裂かれそうになる。
「私の今の名前は灰原哀。あなたの…名前は?」
「ベル…ベル・パーカー。しくよろ」
その銀髪と赤い瞳という日本人離れした容姿の少年は、灰原のことをまっすぐに見つめていた。
「…図々しいお願いを、一つ許してくれないかしら」
「ん」
「とびっきりのミルクティーが飲みたい。あなたの作る、甘すぎるミルクティーが」
「まかせろり」
…このあと。
少年の案内でF.E.A.S.T.の中に招き入れられた灰原は、最近新しくF.E.A.S.T.働くようになった、訳ありの女性と再会する。
「うそ…」
顔を変え、髪型も変えたその女性を見た瞬間にすべてを確信した少女が、後ろにいる少年に振り返ったことに気づかないふりをして。
少年はただ、無言で付け合わせのスコーンを準備する。
───大切な人との再会に、とびっきりのミルクティーを。
見たかった光景を前に、すべてが報われたような気すらした少年は、ずっと使っていなかったレターセットの存在を思い出す。
メイおばさんに手紙を出そう。
元気でやってることを伝えるだけで、喜んでくれるだろうから。
少年は、自分の過去と向き合う準備を、少しずつだが始めていた。
今回も最後まで読んでくださってありがとうございました。
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