親愛なるうすほそ。   作:ひつまぶし太郎

2 / 5
幼いしゃべり方のほうが少年の素です。


かんぱいするうすほそ

 

 

「かんぱい」

 

じゃらり、と。

街の喧騒から離れた廃ビルの屋上で、紙コップの中にあふれんばかりに入れられた氷が音を鳴らす。

 

少年はこないだ小学校に入学したばかりのお子さまなので、中身はもちろんお酒ではなくカルピス。

コーラという選択肢もあったのだが、少年はあのしゅわしゅわがまだ苦手だった。

 

別に、同い年より小さいその身長を少しだけ気にしていたりするなんて事実とは関係ない。

いやほんとに。

全然気にしてないし…むしろこれからだし…。

 

ぺちぺちとスーツ越しの細っこい二の腕を叩きながら、少年はカルピスを喉へと流し込んだ。

 

「からだにぴーす」

 

一人でする乾杯に今更寂しいとかそんな感情は湧いてこない。

むしろ一人でするパーティーは最高だろうが、と少年は声を大にして言いたいくらいだ。

一人でするパーティはいい。

何がいいってこう…別に他の人がいるパーティとかしたことないからわかんないけど…。

 

少年は、橙色に輝く東都タワーに蓋付きの紙コップを重ねて、隠す。

 

今日はひどい一日だった。

朝はヘリがジャックされ、昼は町中を戦車が爆走、締めは爆発。

他にも軽犯罪多数。

何度米花町って…と吐き捨てる羽目になったことか。

 

「───ジュースを飲むときもマスクをしてるのか…?徹底してるな、本当に」

 

「そっちほどじゃない」

 

わざわざ音もなく屋上に上がり込み、話しかけてくる不審者に、少年は不機嫌さを隠しもしない声音で言葉を投げ返す。

 

明らかにカツラの長い黒髪、カラコンをして、マスクをして(少年のやつとは違ういたって普通のやつだ)、帽子を目深に被っている。

 

強盗でもするんですか?みたいな装いのその不審者にも、もう慣れた。

そもそも全身タイツに顔のマスクを口元だけ持ち上げてる少年がとやかく言えたことではない。

 

この大人はどうやら警察組織の人間らしいが、その所属も名前も少年は知らないし興味もなかった。

 

たまにこうして廃ビルでくつろぐ少年に話しかけてきて、逮捕した犯罪者たちがどうなったか教えてくれる程度の相手だ。

正体不明の夜の住人が多すぎるこの街で、身バレ対策をしてる警察官ごとき珍しくもなんともない。

 

「やってくれたな」

 

「うわだる」

 

だが、その男がえらく真面目だということは嫌というほど理解していた。

職務に忠実という意味ではない。

彼の信じる正義に対して、だ。

 

いきなり説教を始める不審者なんてお呼びじゃないんだけど、と少年は内心で吐き捨てるが、どうせ言っても聞きやしないこともよくわかっているので努めて無視する方向へとシフトする。

 

スパイダーマン稼業中に見せる軽口もない。

限りなく素に近い状態で、少年は男と会話していた。

 

「あの戦車には敵の機密情報に繋がる端末があった。それに、君が飛び出さずに警察に任せていたら最後の爆発は防げたはずだ」

 

「ひとだすけしただけ」

 

「……民間人に大きな被害は出ないように細心の注意を払っていた」

 

「あーそー」

 

片耳に指を突っ込んで、少年は残ったほうの手で倍ダブチへと齧り付く。

そして、汚れた口元を拭うために耳栓にしていた手を離そうとして、それが本末転倒なことに気づいて無言になる。

 

「………ハハっ。拭いてやろうか?」

 

「いらないっ」

 

少年はハンバガーをつかんだまま口元を袖で乱暴に拭うと、小さく息を吐く。

 

……胸につかえていた問いは、一つだけ。

どうせ答えなんてわかりきっていたから言うつもりはなかったのだけど。

 

からかわれてムカついた少年は、その問いを突き刺すように口にした。

 

「はんざいしゃは、しんでもよかった?」

 

「……!」

 

少年はあの瞬間、確かに見たのだ。

ビルの屋上でライフルを構える何人もの男たちを。

 

殺すつもりはなかったのだろう。

そこまで短絡的ではないことは短くない付き合いでさすがの少年も知っているし、何より警察としては自白させてより証拠を固めたかったはずだ。

 

だが、あの状況で確実に犯人の動きをとめるには、犯人の命もやむなしと判断するだけの冷徹さだってあることも少年は理解していた。

 

だから、少年は強引な破壊を選んだ。

もっといい方法はきっとあった。

実際結果として犯人に自爆スイッチを押されてしまったわけだし。

 

それでも、人が死ぬよりはずっといい。

 

「…………甘さを見せれば、十人以上が死ぬ状況だった。犯人一人の命は優先できない」

 

予想通りの答えを聞いて、少年は小さく目線を逸らす。

 

…まったく、せっかくのパーティが台無しだ。

だから一人がいいのに。

 

「そんなさんすうがっこうでならってないから」

 

「算数か。噂のスーパーヒーローは小学生、と…。スクープだな」

 

「いちだいめが小さくなったせつ。みためはこども。あそこはオトナ」

 

「それはないな」

 

やけに確信を込めた否定に、少年の目線がようやくその不審者へと向けられる。

 

「…みたことないくせに」

 

「彼は左利きだった」

 

なるほど。

少年は自分の軽口が無視されたことは一旦忘れ、右手で掴んだ食べかけの倍ダブチを口の中へと放り込んだ。

 

「次までにひだりききになっとく。あとアソコはでかい」

 

「アソコの話はもういいから…それに、君はストレッチとかしないだろう?彼はもう高校生じゃないからとか言いながら、念入りなストレッチをしていたぞ」

 

「あー…まぁ、それはそう」

 

少年のうすほそぼでぃは細腕の割に怪力だし、脚力もとんでもないが、同時に年相応に柔らかい。

少なくとも準備体操を必要と感じたことはあまりなかった。

 

「あと最近油がきつくなってきたとかぶつくさ言ってた。ジャンクフードを頬張ったらお腹を壊すって」

 

「それはさすがにじじいすぎない?」

 

あの人も見た目こそ若かったけど、身体はボロボロだったしな。

 

そんな感傷を押し流すように少年は紙コップを傾けてカルピスを喉に流し込むと、食べ終わったハンバーガーの紙を丸め、まとめて握りつぶす。

 

……ヒーローはポイ捨てもできない。

不便だ。

 

そんな少年の内心を知ってか知らずか、不審者がこちらに向かって手を差し伸ばしてくる。

 

「その格好じゃゴミを捨てるのも大変だろう?捨てておくが」

 

「……やめとく」

 

なんか、パチンコ玉サイズまで握り潰されたゴミなのに、唾液で血液型とか遺伝子とか調べられそうだし。

 

「そうか、それは残念」

 

ちっとも残念そうじゃないそのセリフに小さく笑いながら、少年は立ち上がる。

 

「ねぇ」

 

「何かな」

 

眼下では昼間の騒動など無かったように、街の人達の営みが続いている。

 

流れていく車のライト。

東都環状線を廻る鉄道のブレーキ音。

腕を組みながら歩く恋人たち。

 

そんな見知らぬ誰かのための奉仕こそが自分の使命だとわかっていても、不意に全てを消し去ってしまいたくなる破壊衝動が少年の中に渦巻いている。

 

そんな自分の醜さに少年は眉根をひそめながら重々しく、懺悔をする罪人のように口を開く。

 

「…きょうはなんにん?」

 

「さてね。少なくとも、スパイダーマンが関わってた事件で死人が出た話は聞いてない」

 

「………ならよしとする」

 

100点ではなかった。

でも、人が死んでいないなら合格だ。

 

…例え、関われなかった他の事件で誰かが亡くなっていても。

 

全ては救えない。

 

それが、偽物の限界。

 

「……あまり背負い込むなよ。君は十分よくやってる」

 

そんな葛藤を見透かしたのか。

いつもとは違う声音で投げかけられた言葉に、少年は応えない。

 

代わりに口をついたのは、いつも呪文のように口ずさむ誰かの言葉。

 

「───大いなる力には、大いなる責任が伴う」

 

「なに?」

 

「なんでもない。じゃ、おやすみバイビー」

 

少年はマスクを下ろして、身体の力を抜く。

 

目の前にはやっぱり、いつも通りの街並みが広がっていた。

 

「ああ、おやすみ」

 

返事はしない。

背中に投げかけられた言葉の温もりから逃げるように少年は身を投げる。

 

重力に掴まった小柄な体躯は地面へと引き摺られていく。

 

 

世界の上下が入れ替わり、

 

 

煌めく灯りが、

 

 

 

星のように頭上に広がっていた。

 

 

 

 

『…行ったか』

 

「はい、そのようです」

 

その男は、無線イヤホンから聞こえる上司の声にゆるゆると肩の力を抜きながら言葉を返す。

 

…耳から聞こえる上司の言葉をさも自分の言葉のように話すのは肩がこるのだ。

 

あからさますぎるカツラを取り、柄でもないカラーコンタクトを外す。

滲む視界を整えたくて、懐から取り出した眼鏡を持ち上げた。

 

『なら、もうここに用はない。撤収してくれ』

 

「わかりました」

 

風見は思う。

果たして、自分が上司と少年の間に入る意味はあるのだろうか、と。

 

万が一害意を向けられた時のことを考えて、潜入捜査中の上司が身動き取れなくなるような事態を避けるべきというのは理解できる。

 

同時に、相手は一側面だけを見て判断できる存在ではない。

あれだけの力を持ちながら、彼は人を救うために動いている。

だからこそ、相手を見誤らない頭脳が必要だということも。

 

…そんなわけで有能すぎる上司は交渉役に抜擢され、さらにその操り人形という名のスピーカーとして自分が使われている。

 

自分が危険な役を背負うことに不満はない。

 

だが、やはり思うのだ。

 

「降谷さん…」

 

『なんだ?』

 

「やはり自分は、彼のことを危険人物とはとても…」

 

『何度も言わせるな。戦車を持ち上げ鋼鉄を引き千切る怪力に、空中を自在に飛び跳ねる身体能力。こないだなんて一キロ先からの狙撃をかわしたと聞いたぞ。それだけでも頭が痛いのに、個人的な正義感で動いてる存在なんて危険極まりない』

 

その羅列した情報から想像される通りの厄介者だったらどれほど良かっただろう。

風見だって公安の端くれだ。

そんな自分勝手な人物なら冷徹に、国益のために彼を利用しただろう。

 

だが、いつだってイヤホン越しという壁を挟んだ先から会話をする上司とは違って、目で見て感じてきた風見は思う。

 

「…彼は普通の子どもですよ…」

 

『だとするなら恐ろしい子どもがいたものだ』

 

自分の在り方に悩み、傷つき、それをマスクで必死に覆い隠す。

身長は風見の胸元にも届かない。

声変わりだってまだ迎えていない。

 

そんな子どもを、危険な事件の最前線に追い立てる自分たちの、どこに正義が存在するというのだろう。

 

大いなる力には大いなる責任が伴う。

それは、スーパーヒーローでなくても同じことなのではないか。

 

風見は、自分の胸に去来する苦味に顔を顰めるようにしながら、その場を去る。

 

───オフになったイヤホンの向こうで、自分の上司が後悔と懺悔の混じったため息を吐き出したことには、ついぞ気づかないまま。

 

 




最後まで読んでくださってありがとうございました。

・うすほそ
覚悟ガンギマリ。
怖がってるくせに平気で死地に飛び込む。

・かざみん
似合わないカツラを被り上司のスピーカーをさせられてた人。
リーリエのピッピ人形。
少年を心配している。

・あむぴ
覚悟ガンギマリ。
スパイダーマンの力を危険視しており、日本のために首輪をつけるべきだと思っている。
でも子どもだし…日本の宝だし…。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。