親愛なるうすほそ。   作:ひつまぶし太郎

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かんぱいするうすほそ、ふるいたつうすほそ、とりこぼすうすほそ。 

まずは彼らから、というお話。


はんげきかいし

 

 

ぐちゃり、と。

 

音がする。

 

致命的な、命の終わる音。

 

ぐちゃり、と。

 

音がする。

 

見てることしかできない自分と、自分の意思で動かない身体。

 

ぐちゃり、と。

 

音がする。

 

これは夢だ。

 

炎に呑まれたあの日から、三年。

 

欠かすことなく繰り返す。

 

ぐちゃり、と。

 

音がする。

 

歪な牙、鋭い爪、黒い触手。

 

それは、弱い自分を遠ざける。

 

ぐちゃり、と。

 

音がする。

 

顔にかかる温もりは、つい1秒前まで相手が生きていた証明で。

 

ぐちゃり、と。

 

音がする。

 

錆びた鉄のような匂い。

 

ぐちゃり、と。

 

音がする。

 

脳髄に直接響く、芳醇な快楽。

 

ぐちゃり、と。

 

音が止む。

 

ようやく終わったと胸をなで下ろす。

 

もうたくさんだと、夢から去ろうと立ち上がる。

 

そうやって、顔を上げた先には。

 

 

───顔の/ない/死体

 

 

 

   ぐちゃり、と。

 

 

       音がする。

 

 

 

     それは、自分の口の中。

 

 

          ぐちゃり、と。

 

   音がする。

 

 

口いっぱいに広がる鉄臭い赤色。

 

 

 …ああ、そうだ。

 

 

 

 

 

 

 

     スパイダーマンは、俺が殺した。

 

 

 

 

赤い夢は終わらない。

 

 

残虐な守護者は止まらない。

 

 

 

白い蜘蛛は、未だ、闇の底。

 

 

 

 

 

かつての同期の松田にそれとなく誘導され、初めてその背中を廃ビルで見つけたとき。

 

きっと、何かの間違いだと思ったのだ。

 

『ああ、面白いガキがいるんだ。そういや、お前に紹介してなかったなと思ってよ』

 

そんな、軽い調子だったから。

 

きっと、最近仲のいい同僚とか、そんな程度だと思っていたのに。

 

『あぁほんと───、せかいとか、ほろべばいいのに』

 

廃ビルの屋上。

 

真っ青な満月の下で、白い子どもがきっと誰にも返されるつもりのない弱音を吐いていた。

 

そこが、彼にとって失敗を振り返って改めるお気に入りの場所だと知るのは、もっと先の話。

 

 

スパイダーキッズ。

そう呼ばれる存在は知っていた。

 

日夜街を賑わせ、新聞の一面に乗る。

公安が苦労して追い詰めた犯罪者を、嘲笑うように愚直な正義で打ち倒す。

 

そんな、世間が無意味に持て囃すいけ好かないヒーロー気取りの子ども。

 

子どもに翻弄されるなんてみっともない。

何より黒の組織の幹部、私立探偵、公安の3足の草鞋を履く自分に、面倒事にかかずらってる暇はない。

 

そう思って、努めて冷静に無視をしてこれまで仕事をこなしてきた。

 

だと言うのに、その子どもは、降谷の訪問にも気付かずに、屋上の手すりのうえで蹲っていた。

 

…内心で同期を呪う。

俺にどうしろっていうんだ、と胸の内で頭を抱えた。

 

同時に、理解する。

こんな不安定な子どもに治安は任せられない、と。

 

その日はそれこそ、スパイダーマンのミスで街が崩壊しかけたのもあって、降谷の中での危険信号は赤く灯っていた。

だから仕方ない、とはもちろん思わない。

 

見当違いな警戒心だったと、反省もしている。

 

だが、少年が倒して普通に放置していた軽犯罪者が、ブチギレて街を巻き込むテロを起こした。

後にミステリオを名乗り、度々東都を恐怖に陥れる犯罪者が産まれた悪い意味での誕生記念日。

そんな日に、危なっかしいと思わないほうが無理な話だ。

 

とりあえず一度その場を後にした降谷は、以降自分の部下を操り人形にして、彼の情報を探り、正義の方向性をコントロールしようと画策していた。

 

疑念を抱いた。

軽蔑を持ち、距離を保ち、警戒心を捨てなかった。

 

まぁ、全て無駄だったわけだが。

 

未熟な正義だった。

剥き出しの慟哭だった。

 

救ける、ということだけを考える良い意味でも悪い意味でも頭の悪い愚直なヒーローは、風見という壁を挟んでいるのに眩しくて。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『そんなさんすうならってない』

 

『はんざいしゃはしんでもよかった?』

 

だから、大阪で死にかけるのを見たとき、震えたのだ。

 

一度心停止して、()()()()()()()()()()()()、崩れ落ちたのだ。

 

見て見ぬふりはもうできなかった。

 

もっと早く手を取っていればと思ったのだ。

 

彼は子どもだ。

 

大いなる責任を果たすために、必死に大いなる力を使い続ける、そんな庇護されるべき幼い少年だった。

 

『彼は普通の子どもですよ…』

 

そんな、風見の言葉が何度も頭の中で反芻される。

 

だから、わからなくなった。

 

ライノによって爆心地に叩き込まれた少年を見つけたとき、彼がひどく非生物的な黒い繭に包まれて、疵も瀕死ではなく重体レベルまで回復していたことに、恐怖を覚えたから。

 

焼け焦げて、炭になった下半身が隣に転がってるのを確認したから。

 

それなのに、彼の確かな成長を知ってしまった。

 

『どうやったらたすけられる?』

 

彼の正体を知る必要がある、と直感した。

ちょうど宮野明美という都合の良い繋がりを得られたのが大きい。

 

『うーん…彼は、甘いものが好きみたいね。あとカレー。え、そんなこと言われても…F.E.A.S.T.にいる彼、普通の子どもなんだもの…』

 

銀行強盗を成功させるその能力を通して見る、別の側面の少年を観察しながら、降谷は降谷で自分の足で探ってたどり着いた真実があった。

 

 

───どうやら、赤色の、前代とも言うべきスパイダーマンは、白いスパイダーマンに殺されたらしい。

 

剽軽で、芯があって、ジャンクフードが食べれなくて、ストレッチをする度に腰が悲鳴をあげていた彼は、死んでいた。

 

 

東都が燃えている。

 

 

白いスパイダーマンが積み上げてきた三年を全て無為に還すように。

 

シニターシックスを名乗るヴィランたちに蹂躙されるように。

 

「俺は…」

 

探偵としての安室が冷静に状況を分析する。

悪人としてのバーボンが残酷な真実にたどり着く。

公安としての降谷が冷徹に解を提出した。

 

 

スパイダーマンを逮捕しなくてはいけない。

危険な人物として。

 

 

「───風見、状況はどうだ?」

 

 

そんな結論、クソくらえだ。

 

かつて警察官に憧れ、そんな折に赤いヒーローと2回だけ会ったことのある幼い自分(ゼロ)が、現実に向かって中指を立てる。

 

宮野明美に向けて、とある資料をメールで添付しながら、降谷は立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

上司に言われるまま下手くそな変装をしてその場所に足を運び、初めてその背中を見つけたとき。

 

きっと、何かの間違いだと思ったのだ。

 

風見の目に映ったのは、子どもだった。

 

暗闇に怯える、どこにでもいる幼い子どもだった。

 

 

『やぁ、スパイダーマン。いい夜だね』

 

 

そんな、上司の言葉をなぞりながら始まった交流はきっと、少年の優しさのおかげで成り立っていた。

 

逃げればいい、こんな怪しい大人なんて無視して。

来なければいい、彼は空を自由に舞えるのだから。

 

やめてしまえばいい。

そんな、痛々しい傷を抱えてしまうくらいなら。

 

だが、それでもその少年はいつも扉を空けたその先にいて。

 

『ひまじん。ぜいきんどろぼー』

 

ひどく不器用な小競り合いをどこか楽しんですらいたように見えた。

 

『きょうはなんにん?』

 

救けられた数よりも、取りこぼした数ばかりを数えて。

 

いつも完璧なヒーローという虚像に縋っていた。

 

そんな幼い子どもを騙し続けることへの罪悪感は日に日に大きくなるばかりで、責任を押し付け続ける自分への嫌悪感は強くなるばかりだった。

 

スコーピオンに少年が殺されかけた日。

もうたくさんだと、思った。

 

苦しかったはずだ。

しんどかったはずだ。

大人を頼れず、ただの子どもが一人で立ち向かうなんて、そもそも見過ごしていいわけがなかった。

 

強さに甘えて、優しさに甘えて。

 

その結果が───。

 

『ぼくの……せぃ…ごめんなさい…ぜンブ…ぼく……のせいで…』

 

 

だから、東都が燃えて、シニターシックスを名乗るヴィランが現れたとき、風見は真っ先に駆け出した。

 

陣頭指揮を執るために、未曾有の被害を前に麻痺することが目に見えている交通網と救命を、明日につなぐために。

 

ずっと考えてきた。

 

彼は、ずっと考えてきた。

 

どうしたら、孤独と戦う彼の助けになれるか。

 

幼い少年の肩に乗った、膨大で茫漠とした責任を少しでも軽くできる方法をずっと考えてきた。

 

頭の良い上司のような、冷静で計算された行動なんてできない男の、一つの答え。

 

それは、ただ走ることだった。

 

ただひたすらに、スパイダーマンが助けた命を一つも無駄にしないために、駆けずり回ることだけだった。

 

『風見、状況はどうだ?』

 

「現在暴徒の鎮圧と消防は同時に都市外から中心部に向けて順調に進んでいます」

 

『その中心部は?』

 

「先に派遣を要請していたSATが現着し、一次的な防衛拠点を設営中。今のところ、死者は確認されていません」

 

『…奇跡だな』

 

「ええ…」

 

あるいは、先ほどから暴徒を蹂躙し轢き潰す黒い触手の怪物のおかげか。

 

敵性行動に反応するのか、武器と悪意を振るう暴徒やヴィランを優先的に排除していっている怪物は、しかし。

 

「■■■■■■■■■■■ッ!!!!!」

 

そこに、容赦はない。

 

牙を鳴らし、爪を赤い血で湿らせ、黒い触手を蠢かせる。

 

ぐちゃり、と。

 

命が終わる音がする。

 

ざりざりとした不快な笑い声が身を竦ませる。

 

悪意の権化だった。

 

殺戮を楽しむ、相容れない悪そのものだった。

 

そんな危険因子が、いつ逃げ遅れた一般人に牙を剥くかは分からない。

 

『風見、お前はそのまま陣頭指揮を頼む。政府の対応はおそらくもう少し遅れる。自衛隊が動き始めるよりも早く、この事態を鎮圧したい』

 

「…それは、彼のためですか?」

 

電話口から、普段の感情を排した上司らしくない苦笑が聞こえる。

 

『ああ、そうだ。普段頼りっぱなしなんだ。こういう時くらい踏ん張らないとだろ?なんせ』

 

「『大いなる力には、大いなる責任が伴う』」

 

責任を押し付けて見て見ぬふりする時間は、もうやめだ。

 

「…降谷さんも、お気をつけて」

 

『ああ。こっちもできることからやっていくさ』

 

大人二人の声音は、地獄を前にしているにしてはひどく優しくて。

 

しかし、その瞳は地獄以上に燃えていた。

 

 

全てが無駄だったと、少年は言う。

 

もう疲れたと。

 

───だれかたすけてください。

 

そんな少年の悲鳴を、間違いなく聞き届けた大人がいた。

 

 

だから、これは悲劇で終わらない。

 

 

終わらせない。

 

 

東都を取り戻すスパイダーマン不在の戦いが始まった。

 

 




作者は降谷さんと風見さんが大好きです。
最終章もエピローグまで予約投稿の準備を完了し、完結も見えてきた本作ですが、よければ感想や評価をいただけるととても嬉しく思います。
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