念のため。
黒い怪物が、あれほどスパイダーマンを怪力で苦るしめていたライノを真正面から迎え撃ち、破壊している。
突進を片手で受け止め、持ち上げて、遊ぶようにたたきつける。
「お返しだ、角なし。お前のイチモツは自分で咥えてろゴミクズ!!!」
「っ゙あああああ!!?」
その角をへし折り、それを肩に叩きつけ、腕を捻って砕く。
その一挙手一投足が悪意に満ちていた。
残酷な行為を楽しむ加虐性は、目を背けたくなるほど悍ましい。
「お得意の威勢はどうしたぁ?お前犀なんかじゃない、ただの仔犬だ!俺たちに尻尾振って媚を売ったら命だけは助けてやるかもなぁ?」
「ゆ゛るして゛くた゛」
「残念、時間切れだ!!!」
夥しい数の触手が地面から突き上がり、命乞いをしようとしていたライノの肉体に穴を穿つ。
今日だけでもう何度聞いたかわからない、命の終わる音が響き渡る。
血の花が咲く。
「聞いて、江戸川くん。あれは、スパイダーマンよ」
「…は?」
目の前で、行われた惨劇に固まるコナンに、灰原が残酷な真実を告げる。
「彼は、フラスコの中で産まれ落ちた。あれこそが彼の真の姿…いいえ、違うわね」
一度、静かに首を振った彼女は雄叫びをあげる怪人を、ただ見つめる。
「あれこそが、彼を彼たらしめる…もう一人の自分」
「なに、を…言ってる…?」
その小さくなった手を必死に握りしめて、彼女はそれでも真相を口にする。
「なんで、彼はあんなに成長が遅いと思う?試験管ベビーなら、もっと促成栽培のほうが都合がいいと思わない?なんであんなに情緒が未熟だと思う?誰よりも過酷な経験してるのに、敵と戦うときはあんなに流暢に話すのに、なんで彼はあんなに幼いと思う?…ねぇ、呆けてないで、その目をちゃんと開いて。見届けて」
携帯に送られてきた、姉からの救難信号。
スパイダーマン殺人事件と銘打たれた資料を、自分の携帯ごとコナンの胸に叩きつけるようにして叫ぶ。
「あなた、探偵でしょう?工藤新一じゃない。ベル・パーカーの友人として、あなたが謎を解くのよ」
その慟哭は、江戸川コナンをただの悲劇の観客から舞台へと引きずり上げる。
「シンビオートは、本来あれだけの加虐性と破壊衝動を宿主に与えるのよ。それを生まれたときからずっと抱えて、拒絶して、ヒーローとしてやってきた…そんな彼が消えようとしてる」
コナンは見る。
嬌声をあげるように、ざりざりとした不快な笑い声で暴徒を片手間で蹂躙し、血を浴びて狂喜する。
そんな、絶対悪を。
それに呑み込まれたという、少年を。
「…なら、頑張らなきゃな」
少年の過去について、知る者は多くない。
しかも、その全てを知る者に限定するなら、少年本人に限られるだろう。
研究について知るものだけでは、
少年の罪について知るものだけでは、
だが、その2つを繋ぐ一人の探偵がいた。
誰よりもマスクを外したただの少年の傍に居続けた名探偵がいた。
彼は深入りしなかった。
疑念は抱いても、心配だけをして。
違和感を覚えても、見なかったふりをして。
ただ、友人でいることを選んだ。
「…教えてやる、ベル。真実はいつも一つだってな」
だから、名探偵は証明を開始する。
スパイダーマン殺人事件。
その、真相を。
───ベル・パーカーは、いったい何者なのか?
●
シンビオート。
そう呼ばれる寄生生物が存在する。
それは宇宙由来で、未知の生物で、冒涜的な魅力を持っていた。
少なくとも、『黒の組織』と呼称される彼らにとっては、ダイヤの原石に等しかった。
…いや、それでも足りないか。
それは、間違いなく賢者の石で知恵の実だった。
これまでの研究をすべて無に帰す、そんな可能性の塊だった。
その寄生生物は宿主に、無限の回復力を与え、何者にも負けない怪力と鋭い牙と爪を与え、何者にも脅かせない鎧を与えた。
無限の生命を、不老不死を予感させるその計測結果に研究員たちは歓喜し、狂乱した。
崇拝し、崇めるものすらいた。
だが、マウスと犬を素通りし、人体実験をもってその性能を確かめようとする試みは、すぐに頓挫することになる。
人体が適応できなかったのだ。
共生関係を結べなかったと言ってもいい。
体内に入り込んだばかりの頃はいい。
だが、どんどんと衰弱し、宿主は死亡する。
およそ百もの屍を積み上げたところで、ようやく研究員たちの熱も落ち着いた。
ただそれは、熱量の低下を意味するわけではない。
むしろ、熱量は跳ね上がり、しかしただ無為な時間を過ごすほど盲目的でなくなったのだ。
研究員たちは積み上げる死体を倍に増やし、同時並行で寄生前と寄生後の変化をつぶさに観察し記録した。
だが、夥しい数の死体を生み出した研究員たちが出した結論は、身も蓋もないものだった。
───適応できる人間を探すより、適応できる人間を生み出すほうが早い、と。
人工細胞の有精卵。
あとで何か使えるかもとそれだけの理由で冷凍保存されていた誰のものでもない精子と卵子がただフラスコないで結合しただけの、親のいない生命の原初。
S・S・Sの名を冠するその研究成果は、格好の餌食だった。
共生関係になるために、あえて未熟な成長をするように遺伝子が組み換えられる。
本来万能な再生細胞を持って生まれてくるはずだった子どもは、その成長過程で得られる栄養が寄生生物に送られるようにデザインされる。
寄生生物の養分となるせいで、成長が著しく阻害される貧弱な身体を与えられた。
シンビオートに意思があることをこれまでの研究で分かっていたから、意識が衝突し反発し合わない宿主にするため、情緒が育ちにくいように捻じ曲げられる。
そんな、人為的な変異と再創造の果てに、シンビオートとの共生実験を行うためだけに少年は産み落とされた。
本来生まれるはずだった形から大きく歪まされたその胎児は常に激痛に苛まれ、しかし抑制された情緒はそれを正しく処理できない。
本来肉体全ての部位を再生する、そんな
だから、少なくとも。
彼は、ここまで長生きするはずではなかったのだ。
あの日、研究所が別の敵性生物によって施設が爆炎に包まれたとき。
3歳だった少年は、ようやく死ねると思ったのだ。
『やぁ、ここ。すごく熱いね』
『………だれ……?』
なのに。
『ああ、ごめん。僕はスパイダーマン…人生で初めて、人間の犯罪者以外と戦って、死にかけてる通りすがりのスーパーヒーローさ』
少年は致命的な出会いをする。
●
スパイダーマン。
それは、御当地ヒーローとも言うべきか。
ささやかなお助けをする青年だった。
時に銀行強盗と戦ったりすることはあっても、砂の巨人や毒を持つ蠍、空を舞うゴブリンと戦うことはついぞなかった。
とはいえ、その能力は本物で。
その精神は高潔だった。
彼は放射性の蜘蛛に噛まれてから、約十五年。
ただ一人のスパイダーマンだった。
街を糸を使って飛び回り、些細な悪を見逃さない。
街を愛し、人に愛される。
そんな
だから、彼がそこに現れたのも必然だったのだ。
製薬会社で原因不明の火事が起こった。
そんな一報を聞いた彼は、人命救助のために駆けつける。
───そこで、彼は初めてヴィランと戦った。
カメレオン。
そう呼ばれる、変装の名人。
産業スパイとして潜り込んでいた彼は、罠にかかりシンビオートの寄生実験に巻き込まれた。
彼は持てる生命を使い、シンビオートに寄生された生物として暴れ倒して逃げ出そうとした。
研究員も襲い、殺そうとしていたところをスパイダーマンに発見されたのだ。
そして、研究所は火焔に呑まれ始め、スパイダーマンは死にかける。
そんな状況は出来上がった。
「……………………」
「…えーと、君…うん、シャイなんだね」
もとより幼い情緒の少年は、初めて研究員以外の人間と接したことを処理できずにいた。
目の前の生き物はなんなのだろう、という根源的な疑問はしかし、言葉になることはない。
死にかけ、それでも人を助けようと必死に身体を引きずってきたスパイダーマンを前に、少年は沈黙していた。
ぽりぽり、と。
ひどく陰鬱な状況にあってなお陽気に振る舞って、相手に安心感を与えようとする彼は、手応えのなさに思わず頬をかいた。
「なら自己紹介しよう。アイスブレイクって知ってる?ここ、燃え盛ってるけどさ」
「あいす…」
「僕の名前はスパイダーマン。名もなきヒーローさ」
「……なのった…?」
「名乗ったろ?ほらほら、君の名前を教えておくれよ!」
「ゼロゼロイチバン」
「…ん?」
「ひけんたいいちごう」
「…おーっと、そう来たかぁ…え、それだけ?他に名前で呼んでくれる人いなかったの?もしかして、なんかとんでもない偶然でとんでもない巨悪が崩壊してる?」
実際いくつかの偶然が重なって、巨悪の一角が崩壊してるのは確かだが、それを知る者はここにはいない。
少年は、ひとしきり悩み、短い記憶を必死に洗い直し、そして生まれ落ちてすぐの頃のソレを思い出した。
「……べる」
「おー!いいね!ベル!いい名前だ!ふんふん、ベルくんね。君の名前はこのスパイダーブレインに記憶されたよ!これで僕と君は友人さ!」
黒くて、粘ついた。
そんな嫌な記憶を、赤色が塗り替えていく。
致命的で、後戻りのできない。
「ゆうじん………なにそれ」
「んんー!なるほど!そこからか!」
そんな変化を少年は未熟な精神でありながらも、感じていた。
「つまりね、ベル。僕は君の笑顔を見たいってことさ。それがゆうじん、ってやつだからね」
宝生永夢ゥ!!(ぶち壊す余韻)
そんなわけで少年が小学生だったのも、口調がひどく幼いのも、うすほそなのも、傷の治りが普通のスパイダーマンより早いのも全部。
ちゃんと理由はありました。
無い方が良かったんじゃねえの?
でも最初からこの設定ありきでリメイク前の過去作もスタートさせてから…(言い訳)