「だからさっきからオレがいってんだろ?ダイタ星っていう硬い星があってよ───」
「そんな星ありませんよ…」
「じゃーこのタヌキさんはー?」
そんなひどく平和な会話が、放課後の教室で繰り広げられている。
場所は帝丹小学校。
友だち100人できるかな、なんて歌いながら入学してから3週間ちょっと。
少年はクラスメイトとの距離感を未だに測りかねていた。
いや、かっこよく言うのはよそう。
少年は普通にボッチだった。
別にさみしくないし…孤児院に帰ったらホームレスのおっさんたちがいるし…。
なんてウジウジしている内に子ども達はあっという間に仲良くなっていっており、なんなら転校生のほうがすでに友だちが多いレベルで置いていかれていた。
…あまりの現実に耐えかねて友だちの作り方って授業をしてほしい、と担任に告げたら先生に手を引かれてドッチボールに参加する羽目になった。
少年は破裂して死んだ。
あまりの辱めに耐えられなかったのだ。
まぁ、仕方ない。
もはやそういう摂理なのだ。
幼稚園にも保育園にも行ったことがない奴には学校の攻略とか無理ゲーだったのである。
とはいえ、少年はそこまで自分の境遇を悲観しているわけでもなかった。
孤児院の職員たちは優しかったし、スパイダーマンとして夜の街を飛ぶには都合がいい。
『F.E.A.S.T.』にはたくさんホームレスの友人がいたし、施設長の作るホットドッグは最高。
誰かを待たせる必要もない。
心配する家族もいない。
そのおかげで昨日だって、朝帰りしたけどバレなかったわけだし。
まぁ一人だけ、名前と居場所をくれた女の人がいるのがずっと心に刺さったトゲとして残っているのだけど。
その人の優しさに甘えて、家族のふりをすることだけはできなかった。
…いつでも帰ってきなさい、なんて笑うメイおばさんに少年は応えを返せないままでいる。
「そうだ!ベルくんはわかる?」
そんな風に自分の身の回りのことへと思いを馳せていた少年は、自分の名前を呼ばれたことで思わずビクリと肩をはねさせる。
話しかけてきたのは可愛い女の子。
クラスのマドンナ的な、あるいは中学生になったらとんでもないことになりそうな魔性の女というか。
吉田歩美ちゃん。
今なお彼女の後ろで紙とにらめっこをしている2人と合わせて、友だちのいない無口な少年とたまに遊んでくれる優しいクラスメイトの一人だった。
少年は歩美ちゃんに手を引かれ、おっかなびっくりとその三人の輪に混ざりに行く。
「お、なんだベルも考えてくれんのか?でも、もうオレが問いちまったぜ!」
「いやいや、やっぱりこれは逆さまに読むんですよ!」
連れてこられた先でやいのやいのと声をあげる小嶋元太と円谷光彦が持つ紙を覗き込んだ少年は、首を傾げる。
『だいたいせいかたい。きたみはたてたんさいだ』
と書かれた文章の下にタヌキの絵が描いてある。
意味はわからない。
バカの書いた作文だろうか。
「…これなに?」
「暗号!これを解くと東都タワーで仮面ヤイバーの人形が貰えるの!」
「へー…かめんやいばー…」
なるほど、と納得し少年は改めて紙へと目線を戻す。
むむ、と悩む少年の顔を覗き込むように歩美ちゃんは笑いかけてくる。
近い。
なんだかふわりと甘い香りがして、鼻と鼻が近づきそうな距離にたじろぐ自分の顔が、彼女の大きな丸い瞳に映っていた。
…え、これって普通の距離感ですか?
小学生ってこんなもん?
やばくね?
なんて、逃げる必要なんてないのに思わず後ずさった少年は、とりあえず赤らめた顔を誤魔化すように天井を見上げることにした。
「ベルくんは仮面ヤイバー好き?」
「……すき、かな」
いつだって完璧に敵をなぎ倒して人を救うヒーロー。
少年はそんなヒーローが嫌いではなかった。
あと普通に助けて欲しかった。
助けて仮面ヤイバー。
女の子が近いです。
逃げたらさらに近寄ってきました。
「そうなんだー!私はね、スパイダーマンも好き!白い子どもの方!」
その言葉に、少年は僅かに目を瞬かせた。
白いスーツの小さなスパイダーマン。
いやわしやないかい、なんて軽口が脳裏によぎるが、そのまま口にするわけにもいかないので、少年は口をもにょもにょとまごつかせる。
「そっちはあんますきじゃないかも」
「えー?ベルくん変わってるね!」
そうだろうか。
むしろあんな不出来なヒーローを好きという歩美ちゃんのほうが変わってる気がするけれど。
照れでも何でもなく、少年はあの白いスパイダーマンのダメなところを百個ぐらい余裕であげれる気がした。
少年は無言で首を傾げ、まあいいかとすぐに諦める。
…ちいかわとかも意味わかんないしな。
そんな感じなんだろうきっと。
他人の価値観に何かを言うほど偉くなったつもりはない少年は、やや強引に納得することにした。
「おいベル!そんなことより暗号は解けたのかよ?」
「ベルくんは時々冴えてるときがありますからね…」
「ときどき…?」
こないだ屋敷探検*1をしたときに、咄嗟の危機に反応して思わず犯人をのしてしまったせいで、機転の利く子どもと思われているのが、少年の最近の悩みだった。
違います。
僕はただの一般通過小学1年生です。
どこにでもいる普通の子どもです。
ピカピカで後ろ暗いところはありません。
そんな必死な願いは誰にも届かない。
そもそも普通はそんな弁明は必要ないし、誰もこんな陰キャがスパイダーマンとか思ってないって。
自意識過剰乙、と教えてくれる友だちでもいればよかったのだが、いかんせん身近に正体を隠しながら小学生に擬態した挙げ句好きな人の家に転がり込むなんてことをしている知り合いなんているわけもなく。
結果として、無駄に挙動不審な子どもが爆誕していた。
「うーん……うぅーん?………あ」
「「「もしかして!」」」
「たぬきがかわいい。つぎのやいばーにでてくる…?」
「「「………………」」」
そんなに息ぴったりでがっくりと項垂れなくてもいいじゃん…。
少年はいつだってもっともフィジカルでもっともフィジカルな活動方針なのだ。
頭脳労働とか求めないでほしい。
「さっきから何の話ししてるの?」
「あ、コナンくん!コナンくんなら解けるかも!」
江戸川コナン。
最近少年と同じクラスに引っ越してきて、転校初日に殺人的なゴールで5分ほど気絶させてきた憎き相手。
まぁ謝罪をされた以上混ぜっ返すことこそしないだけで、心証は些か悪い。
…心象が悪いとも少し違うか。
しっかり気を抜いていたとは言え、同年代相手に気絶させられたのが悔しいだけだ。
少年は意外と負けず嫌いだった。
歩美ちゃんの説明を受けて軽く一瞥したコナンが暗号をさらっと解くのを見ながら、少年はそっと帰る準備を始める。
「コナンが東都タワーに連れてってくれる保護者連れてきてくれるってよ!お前来るだろ?ベル!」
「………ん?」
気付けば、友達との予定が増えている。
そんな初めての経験に戸惑う少年の学校生活は目まぐるしく、しかし小さくない変化を積み重ねていた。
「えっ」
「ベルくんも行くよね?」
「…うっす」
歩美ちゃんの無邪気な微笑みに釣られるように、少年は思わず頷いていた。
なるほど、普通は会話してたらそのまま遊びの予定に繋がるのか…。
勉強になるな、なんて真面目な顔をして頷く少年を、コナンだけが呆れたように見つめていた。
●
コナンは少しだけ目を見開いた。
なんとなく来ないんじゃないか、なんて思っていたからだ。
別にベルという少年が付き合いの悪い子どもだ、というわけではない。
ただ、放課後はいつの間にかいなくなってることが多いし、どこか浮世離れしていてクラスに馴染みきれていない様子があった。
そして、怪我が多い。
頬や腕、脚など。
治りかけの傷は、本人の肌が白いからこそより痛々しく見える。
…探偵として。
否、高校生として虐待を疑わなかったわけではない。
ただ、担任の教師や本人に聞いてもそういう様子はないし、いわく『ねことあそんでたら』とか『とべるきがしたから…』なんて、ふわふわした回答が返ってくるばかりなので、まぁ。
うん。
そういう子供なのだ、とコナンはひとまず納得することにしていた。
というか。
こないだなんて施設のホームレスのおっちゃんとアームレスリングしてたら夕飯のおかず奪われた、としなしなになっていたし、たぶん割と無軌道で無計画に生きているタイプなのだろう。
ちょっと微妙に納得しきれないし、心配は尽きないが、ただの小学1年生の秘密を暴いてやろうと意気込むほどコナンの倫理観は欠如していなかった。
時々妙に勘が鋭くて、意外と頼りになって、年相応に抜けているところもたくさんある。
そんなクラスメイトと過ごす放課後も悪くない。
「予定あるなら無理しなくてもいいんだからな?」
「…?よていなんてないが…?うまれてこのかただが?」
「逆に心配になるからあんま胸張らないでくれない…?」
念のため気を使ったコナンに向かって、なんとも返事のしづらい言葉を胸を張って言い放つ少年の掴みどころのなさは、相変わらずだ。
だが。
「じゃ、また夕方にな」
「うん」
そんな当たり前の言葉に嬉しそうに返事をする少年に、コナンは少しだけ微笑んだ。
・うすほそ
放課後はいつもすぐスパイダーマン活動に走っていた。
友達ゼロ人。
・あゆみちゃん
初恋ハンター。
・こなん
殺人シュートの申し子。
面倒見がいい。