コナンが電話を受け取り何かやりとりをしているのを尻目に、一瞬の気絶から戻ってきた少年は伏せたまま当たりを見渡す。
「あー!ベルくんが歩美ちゃんのこと押し倒してます!」
「おいどさくさにまぎれていい度胸だな!?」
「あ、あの…ベルくん…?」
「…けがしてない?」
「あ、ありがとぉ…」
小柄で華奢な歩美ちゃんが吹き飛ばされたら大変だと抱きしめていた少年は、周りの人たちにケガないことを確信してようやく胸をなでおろす。
ついでになにやら顔を赤らめている歩美ちゃんをそっと地面から抱き起こした。
背中についた砂を払ってあげる行為は実に紳士的だったが、小学1年生のする仕草ではない。
そして、小学生という多感な時期の女の子にはあまりにも劇毒だ…ということには気付かないし気付けない。
教えてもらったことをスポンジのように吸収して実践するが、『怪盗紳士の教える女性へのスマートな接し方講座』受講生の少年は実技テストの点だけいいタイプだった。
動きは満点。
理屈は零点。
定期的に少年に情操教育を施していく怪盗紳士曰く、もう少し頑張りましょう、という赤点評価らしい。
他人に近寄られたら困惑するくせに、自分から近づく分には躊躇しない。
そういうところよ、そういうとこ。
そんな風に後方理解者面をするどっかの黒の組織の女幹部がいたりしたかもしれないが、それすらも少年にとっては預かり知らぬところだった。
閑話休題。
とりあえず、公園を飛び出したコナンの様子的にきっとまたすぐに爆弾が爆発するかもしれないということなのだろうと予測をつけた少年は一目散に走り出す。
「お、おい!ベルまでどこ行くんだよ!?」
「といれ」
「トイレなら公園にもありますけど…?」
「いえのといれじゃないとおちつかない」
「さっき普通に公園のトイレ使ってたのに?…変なのー」
少年は公園を出るとすぐに物陰に飛び込んで追っ手がないことを確認すると、知り合いの兄貴分仕込みの早着替えで私服からスパイダーマンへと変身。
焦燥感に、不安。
そんなネガティブな気持ちを必死にマスクの下に押し殺して、全神経を尖らせた少年は、西多摩市の空へと飛びあがる。
「───ぐりーんごぶりん…!」
敵の名前を口にする少年の顔は、年不相応な覚悟に染まっていた。
●
爆弾は米花駅前広場の木の下。
ただし、木の下に埋めてあるわけではない。
早く行かないと、誰かに持っていかれてしまうかもしれない。
そんなヒントから始まった爆弾探しは、すぐに猫だという結論へとたどり着く。
「おばあさん、待って!!…ああ、しまった!もう1時の5分前!」
だが、答えに気付いた場所が悪かった。
駅前公園が見渡せるように近くのファストフード店の2階にいたコナンが駆け出すも、爆弾付きのキャリーケースと猫を伴って一人の老婆がタクシーへと乗ってしまったのだ。
「くそ、急げっ」
そして、運も悪かった。
ソーラーパネル内蔵の電動スケートボード。
それを操り必死に追いかけるも、途中でバッテリーが故障して動かなくなってしまったのだ。
焦る気持ちを無理矢理大きく息を吐き出すことで落ち着け、周りを見渡したコナンは、自動販売機でジュースを買うために、自転車を停めている子どもに駆け寄る。
「…ちょっと自転車借りるよ!」
「お、おい!」
1時3分前。
渋滞は動き出し、車が走り出す。
その直前に、コナンは自分よりも少し大きいくらいの小さな人影に上空へと攫われた。
「その年で自転車泥棒はいけないな。盗みが癖になるとろくなオトナにならないよ?」
「…!?スパイダーキッズ!?離してよ、爆弾が!」
「あ。というか君誰?何してるのそんな血相変えて」
「探偵だよ!早くしないと爆弾が爆発しちゃうんだ!」
…一瞬、何が起こったのか分からなかった。
まるでジェットコースターに乗ってるかのような浮遊感。
眼下でとんでもない勢いで景色が流れていき、車も民家も飛び越えられていく。
「…ふーん探偵かぁ…。変わった名前だね…?苗字が探?名前が偵?あまりにも未来が確定した名前すぎない…?」
「そんなわけないでしょ!ちょ、巫山戯るならもう離して…!」
「で、車ってどれ?あのタクシー?」
「そう!あのタクシーに乗ってるおばあさんのキャリーケースが───ちょ!?」
突如自分を捕まえていた腕が消え失せ、落下。
地面に激突する直前にガス灯のある公園に張られたクモの巣に受け止められる。
こいつスーパーヒーローのくせに子ども投げやがった、と呆れる暇もない。
「爆弾は僕がどうにかしとくから子どもはお家に帰るんだね!」
身動きの取れない自分を遠く見下ろすように、上空でピースサインをするスパイダーマン…スパイダーキッズがタクシーへとたどり付き、即座に空へと何かを投げた。
クモの糸で巻き取られたそれは遠く、遠くへと上がっていき。
───爆発。
クモの糸が耐爆シートの役割を果したのだろう。
鈍い破裂音と、小さなオレンジの閃光があがる。
小さな火種となって落下するその爆弾の残骸を白い影が上空で受け止め、宙返り。
シュタ、とクモの巣に絡め取られたコナンの横に降り立った。
「あれ、どうしたの探偵くん。そんなとこでクモの巣に引っかかって。…風邪引くよ?」
「ど、どの口が…」
「あ、これプレゼント。いい子にしてたみたいだから。お詫びとかじゃないけどね、うん」
「…季節外れのサンタかよ」
「おっと、僕の秘密の稼業が実は年に1回しか働いてない世界一有名なニートだってバレるなんて…さすが探偵…探偵?自転車泥棒未遂くん?」
「バカにしてる?」
「でも甘いね、実はその正体はスパイダーマンなのでした!くぅー!二重トリック!なんて知的な犯行なんだ!全米が泣いた!」
「その中身が、ただ身長が低くくなっただけのお父さんだって知って子どもはがっかりするんでしょそれ」
はははまさかそんなははサンタはいるよははは夢がないなぁ。
そんな乾いた嘘くさい笑い声でひとしきりコナンをからかって満足したのかスパイダーマンは、爆弾をぽいとコナンの横にひっつける。
「…いやー危なかった…なんかこの公園の上空に入った瞬間タイマーが止まるから、無理矢理外部から起動して爆発することになっちゃった…」
「おい」
その際にボソリと、聞かせるつもりもないだろう音量で呟かれたその言葉をコナンの耳はしっかりと拾っていた。
もしかしてこのヒーロー、結構場当たり的に行動してるのか?というコナンの冷たい目線から逃れるように、スパイダーマンは背中を向ける。
「じゃーね」
「待ってよ!僕一人じゃこの糸から出れないよ!」
「1時間もすれば糸は溶けて消えるから気にしなくていいよ。それにそうやって引き留められても困るんだよね」
「…なんで?」
「僕、警察から嫌われてるから!それじゃ、目暮警部とか佐藤刑事とか高木刑事によろしく!」
「嫌われてる割に知り合い多いな!?」
See you!とやけに達者な発音で挨拶を投げ捨てると、白くて小さなスーパーヒーローは街の喧騒の向こうへと消えていく。
「あんにゃろぉ…」
ガス灯へと糸を伸ばし、バスを踏み台に使いながら離れていく後ろ姿をただ見ているしか出来ないことに敗北感を覚えるコナンはその後、駆け付けた目暮警部たちに念のためと病院へと連れて行かれるのだった。
「…また、しっぱいするとこだった…」
───咄嗟にコナンがスパイダーマンにつけた発信機兼盗聴器から聞こえた幼い声に、わずかな心配を過ぎらせながら。
●
ベルがコナンにつけられた盗聴器に気づき、その探偵としての能力に震え上がりながら握りつぶした頃。
少年は、ちょうど通りかかった米花シティビルの屋上で奇妙なものを見かけて足を止めた。
それは、鬼の面だった。
その横にはトランシーバー。
見覚えのあるその緑の面に警戒心を顕にしながら、恐る恐る近づく少年の姿をどこかから見ているのか、迎え入れるようにトランシーバーが鳴り響いた。
『よぉ、スパイダーマン。待っていたよ』
「…………なんで…」
『なんでここに通りかかるのがわかっていたか?そんなものはただの必然に過ぎない。なぜなら俺たちは選ばれた存在なのだから!』
「宗教の話なら、他所でしてくれる?教会でも紹介しようか」
『くくっ、怖いんだろう?お前は臆病者だからなァ…』
少年はホテルの屋上から辺りを一望する。
だが、こちらを見るような何者かは見当たらない。
『だが、履き違えるな。その力は特別だ。そして、その特別な力は芸術品だ…恐れるものじゃない』
「力は持ってて嬉しいアクセサリーじゃない。どう使うかだ。力には責任が伴う」
ならカメラか。
普通に考えるなら、仮面の裏だろう。
少年は慎重にグリーンゴブリンとの会話を引き伸ばしながら、少しでも敵へと繋がる情報を得るために観察と分析を進めていく。
『つまらんな…お前という存在は本当につまらない。ちっぽけだ。まさに蜘蛛のように醜い…!なぜその力を人のためなぞに使っている?なぜ自分がいの一番に傷つこうとする!』
「…………」
大いなる力には、そう続けようとして少年は口をつぐんだ。
いつも呪文のように続ける言葉。
だが、少年にとってそれは懺悔に近い。
大いなる責任があるから、大いなる力を振るう。
順序が逆になっている矛盾から必死に目をそらし、少年はスパイダーマンであり続けている。
なぜ、と聞かれても少年の中に答えはなかった。
『伽藍洞のガキが。教えてやる。人々がヒーロー以上に愛しているもの、それはヒーローが失敗し、転落する姿だ。お前は絶対に報われない…』
仮面を持ち上げて、少年が裏側を覗き込む。
そこにあったのは、カメラ。
無機質な赤い光と小さなレンズが、少年を射抜く。
───その脇にプレゼント包装をされた小さな箱が置いてある。
「……!」
『じゃあ死ね、ヒーロー気取り!』
少年の視界をオレンジの閃光が覆い尽くした。
今回も最後まで読んでくださってありがとうございました。