評価をくださった方がいらっしゃってひっくり返りました。
本当にありがとうございます。
お気に入り登録してくださってる方、目を通してくださってる全ての皆様に感謝を。
焦げ臭い来訪者に、その女は思わず目を見開く。
「…………」
本人も、なぜここに来たのか自覚はないのだろう。
本当になんとなくシェリーが窓を空けなければ、窓枠の外側にいる少年を発見することはなかったかもしれない。
腕や脚に、真新しい傷がある。
火傷のようなそれは、少年の回復力もあり現在進行形で癒えていっていた。
…だが、それも。
表面上の話だ。
少年の身体を蝕む
「…バカね、なんで死にかけて敵の拠点に来るのよ」
「……ごめん…」
素の少年はいつも口数は多くない。
それは、幼い情緒のせいで言葉をうまく選べないからこそ。
だが、顔を膝に埋めている今の無口さは、おそらく少年の中で答えのない問いがぐるぐると巡っているからなのだと、それなりに付き合いのあるシェリーは理解していた。
「………………」
彼女は一瞬考えた後に、一度部屋に引っ込む。
慣れたような手つきで用意するのは、温かいミルクティー。
いつもよりも甘めに仕上げながら、少年の反応を見て見つけ出した好みのブレンドティーを完成させていく。
…隠し味に、戸棚から取り出した銀色の液体を混ぜたのは秘密にして。
それからしばらくして2つのマグカップを手に、シェリーは窓辺へと戻ってきた。
「ほら、飲みなさい」
「…うん」
逆さまになって壁に背中だけ張り付ける。
そんな人間離れした姿勢で器用にミルクティーに口をつける少年の姿に、少しだけ苦笑する。
「器用ね」
「…れんしゅうした」
別に、何か言葉をかけて励まし合うような関係でもない。
研究ついでに映画見たりお茶したり。
そんな、友人とも呼べないような関係のはずだ。
ただ、それでも。
マグを握ってる手が震えているのを見て、思うところがないほどの関係でもない。
「また、痛い思いをしたのね」
「……いつものこと」
いやまぁ、こないだ一線超えかけたけど。
超えかけたというか、マッハで飛び越えていったような気もしないでもないけど。
しかしシェリーは思う。
なによ、こっちは悪の組織の女幹部よ。
それくらい可愛いもんでしょうが。
文句でもあるっての?
誰がメンヘラよ、ぶっ飛ばすわよ、と。
「ねぇ」
「なに」
シェリーからすれば、少年にはスパイダーマンなんてさっさとやめて身体の治療に専念したほうがいいと常々思っている。
それは、心配なんていいものじゃない。
ただの醜い独占欲だ。
少年には自分だけの光であって欲しいという身勝手な願い。
苦しみながら、震えながら、見ず知らずの他人のために立ち上がる少年なんて見たくないという最低な感情。
「…こっちを向きなさい」
「………ん」
傷ついて迷った時に自分の部屋に逃げてきた少年を見て満たされる。
そんな歪な優越感を覚えているシェリーの呼びかけに、力なく顔を向けた少年のマスクに手をかける。
びくり、と震え少年の身体に緊張が走るのがわかった。
まさか正体を暴こうとしていると思われたのだろうか。
そんな無粋な真似はしない。
「抵抗しないのね」
「…………」
しないが、恐れを滲ませながらも身を委ねてくる少年を見ていると、仄暗い感情が沸き立つのを感じる。
もし、今ここで少年のマスクを暴いたらどうなるのだろう。
少年の無垢な信頼を裏切り、秘密に浸け込み、自分だけの物にできたら、どれほど───
「シェリー…?」
首元から口までマスクを持ち上げ、その顎を優しく撫でる。
犬を愛でるような、怪しい手付きは少年に嫌でも一度の過ちを想起させて。
そして。
「──────」
その無防備な少年の鼻を思いっきりつまんだ。
「ぇ…あ…」
「なに?キスでもしてもらえると思った?」
「な、ぁ…ちがっ!」
さぁ、と顔が一気に赤みを帯びる少年の反応に気を良くしながらシェリーは笑う。
「負けてもいいわよ。その度に、私が慰めてあげるから」
傷ついたヒーローと、悪の組織の研究者。
「……あの、その、ありが…」
「そういば、あなたがさっき飲んだミルクティー。間違ってお酒入れちゃったのよね」
「えっ」
「私としたことがついうっかりしたものね」
「せいかくわる…」
そんな2人の静かな逢瀬は、誰にも知られることなく。
「ビノ・デ・ヘレス」
「………?」
「別名シェリー…美味しかった?私の名前のお酒は。未成年飲酒なんてスーパーヒーローが聞いて呆れるわね」
「もうしらないっ」
しかし、狂おしいほどの執着が見え隠れしていた。
●
自分の携帯が震えるのを感じて懐から取り出せば『非通知』の文字が表示されてるのを見て、目暮は少しだけ重たいため息を吐き出した。
こういう時に非通知で電話をかけてくる人間は一人しか知らない。
そう。
数分前、爆弾魔から今度は東都環状線へと爆弾を仕掛けたという脅迫電話がもたらされ、慌ただしく本部に電話をかけていた…という危機的な状況で、警察よりも精力的に動く物好きなスーパーヒーロー。
「もしもし?」
『ぁあー…ん゛ん゛。こちらスパイダーコップ』
「やはり君か…」
スピーカーに切り替えれば、同じ部屋にいたコナンや昔の部下の毛利小五郎が何かを感じ取ったような顔をして近づいてきた。
「スパイダーコップ…?なんだ?水でも飲もうってのか?」
「警察って意味じゃないかな、おじさん…」
「毛利くん…」
「やーはは…ナハハハハ!…それで、何の用なんだよ子供警察が!」
誤魔化すように大声を出す小五郎に特に怯えることもなく、電話の向こうの子供はマイペースに話を進めていく。
『そう。見た目は蜘蛛男だが、ハートは警察官。鉄の男スパイダーコップ…時には水汲みだってする』
なんなら小五郎の水をいささか気に入ってる節すらあった。
「子どものお遊びに付き合ってる暇はないんだがね?」
『えぇ!?…おほん。警部、線路の上に爆弾を確認した。こちらで解除解体してもいいがどうする?…市民の義務として一応通報しとくんだけど、警察がどうにかしてくれるなら嬉しいな〜って』
「なにっ!?…待て、君は今どこにいる!?」
『爆走する電車の下に張り付いてるけど…いい眺めだよ。女の子のスカートを下から見上げるときよりドキドキするかも。…待ってごめん今のなし。最低なジョークだった!ぶっちゃけ怖いんだよね!やっぱ蜘蛛だから、潰されそうな恐怖って弱いのかも!ああお客様!スリッパを振り下ろさないでください!蜘蛛は虫じゃないよ!』
なんてね、と気の抜けるような笑い声を聞きながら、コナンはその冗談めかしている声音に恐怖が紛れていることを聡く感じ取る。
マスクの下に隠したその人間性。
それを暴き立てるほどコナンは腐ってはないが、同時に高校生の自分よりも小さな子どもが命を張っているという世界観は、どこか受け入れにくい物があるのもまた確かだった。
『うーんこういう時のジョークってやっぱ難しいな…今度アメリカンジョーク集とか買おう』
「ジョークの勉強するスーパーヒーローってちょっと嫌かも」
『お、その声はさっきの夢のない自転車泥棒未遂くん!』
「やめてね」
『ところで爆弾見つけたはいいけど、警察の人はこれがどんな爆弾かもう突き止めてたりするの?それはもう顔が擦れるくらい近くで見てみたけどよくわからなくって!最悪ぶん殴って壊すよ!』
「さっきの爆弾の解除解体ってそういうこと!?」
文字通り顔が擦れるくらい近くで見たであろうスパイディの軽口に焦りはない。
爆弾が見つかったのだから、あとはもう大人が解除してくれるだろうという無条件な信頼が警察に向けられていた。
あと殴ればなんでもどうにかなるだろという、ちょっと出来の悪い頭から放たれる完璧な作戦のせいもあった。
そしてコナンはコナンで、爆弾の位置がわかったことでとある真実にたどり着く。
「線路の上?…日没…そうか!」
『え、なに?まさかほんとに謎解ける感じの探偵なの?君。サッカーボールで犯人ボコボコにするタイプかと思ってた!』
偏見がすごいな、と思いながらコナンは蝶ネクタイ型変声機を片手に博士の後ろに回り込む。
こうして、探偵とヒーローの協力により事件はあっという間に解決した。
『いやぁ、実はさっき爆発を間近で食らいかけたから、この状況って結構怖かったんだよね…』
「おいおい大丈夫なのかよ?」
『ケガはないよ!これでも丈夫なのさ!それじゃ!バイビー!』
物語のクライマックスはもうすぐそこに迫っている。
●
その部屋で、男は鏡と向き合っていた。
『どうやら、東都環状線の爆弾も無力化されたようだな…』
「くっ…」
『ハハハ、だから俺たちが直接やればよかったんだ!』
「そうだな…」
男のほかには、その部屋に誰もいない。
だがまるで、別の誰かと話すように…一人二役で鏡と会話するその男の目は落ち窪んでいるのに、瞳だけは爛々と輝いていた。
「ハハハ、そうだ…最初から自分の手でやればよかったんだ…」
口の端から涎がこぼれ落ちるのも厭わずに、男は懐から取り出した錠剤を数を確認せずに口に放り込んで噛み砕く。
『にしても、あの虫野郎…思った以上に目障りだ』
「念のためと手に入れていた流行りの薬のおかげであの場はしのげたが…まさか至近距離での爆発すら回避するとは思わなかった」
『…飛び跳ねる虫には、殺虫剤が必要だ』
「くくっ、それもとびっきりのな…!」
『ヒーローってやつは頭が悪い。最高のショーにしてやろう。そして後悔させるのだ。俺たちの邪魔をしたことをな…!』
今回も最後まで読んでくださってありがとうございました。