※前年(高校入学時)からの変化
打撃
弾道:3
ミート:A
パワー:B→A(上昇)
走力:C
肩力:A
守備:C
投球
球速:151km/h→153km/h(上昇)
コントロール:D→B(大幅改善)
スタミナ:B→A(上昇)
球種:
・直球
・カーブ(実戦レベル、維持)
・スライダー(発展途上→実戦レベルへ昇格)
・スプリット(発展途上→実戦投入開始)
・チェンジアップ(発展途上→実戦投入開始)
秋季近畿大会を準決勝で終えた淡海学院に、年が明けてすぐ選抜出場の内定が届いた。創部からわずか数年、しかも主力のほとんどが一年生というチームでの選抜出場は、地元紙だけでなく全国紙のスポーツ面でも大きく扱われることになった。
見出しには「無名の一年生集団、聖地再び」の文字が躍り、颯太個人の名前も見出しの一部として全国的に浸透しつつあった。
冬の間、颯太が費やした時間の大半はコントロールの矯正に注がれた。担当コーチが残した指導記録によれば、この時期の颯太はブルペンでの投球一球ごとに着弾点を記録させ、自ら数値として管理することを求めたという。
「勘で投げるのはもう卒業する」――この時期に颯太が口にしたとされる一言が、部内の記録として残っている。
並行してスプリットとチェンジアップの実戦投入にも取り組み、変化球の引き出しは一年目終盤からさらに広がっていった。打撃面では、すでに完成の域にあったミート技術に加えて、オフのウエイトトレーニングでパワーが明確に向上しており、打球の飛距離は一年時と比べて一回り大きくなっていたと記録されている。
――――――――――
なんJ実況スレ(淡海学院・センバツ出場決定)より
1: 名無しさん@実況
淡海学院、センバツ出場決定や
8: 名無しさん@実況
創部数年でセンバツとかもう普通の強豪校の歩みちゃうやろ
14: 名無しさん@実況
龍崎、冬の間ずっとコントロールの数値管理しとったらしいな
19: 名無しさん@実況
「勘で投げるのはもう卒業する」で草
ストイックすぎるやろ
25: 名無しさん@実況
パワーもさらに上がっとるらしいで
ただでさえ化け物やったのに
30: 名無しさん@実況
これもう優勝候補って言われても驚かんわ
――――――――――
三月、選抜高等学校野球大会が開幕した。淡海学院にとって甲子園そのものは二度目の舞台だったが、選抜出場は初めての経験であり、開会式の入場行進から全国的な注目を集めることになった。
初戦、颯太は五回まで無失点に抑える投球を見せ、打者としても初回から本塁打を放つなど、一年目の甲子園を経験した落ち着きを感じさせる内容で快勝した。二回戦・三回戦も投打で相手を圧倒し、危なげなく勝ち上がっている。
準々決勝では、前評判で優勝候補の一角とされていた四国地方の強豪校と対戦。序盤は互いに得点を許さない緊迫した投手戦となったが、六回に颯太自身の適時二塁打で先制すると、七回には駄目押しの本塁打を放ち、試合の趨勢を決定づけた。投げては八回を無失点に抑え、九回は継投で逃げ切り勝利をつかんでいる。
準決勝の相手は、関東地方屈指の伝統校だった。相手先発投手との息詰まる投げ合いとなり、七回まで両チーム無得点という展開が続いたが、八回に颯太が勝負を決める一打を放ち、九回を三者凡退に抑えて完封勝利。決勝進出を決めている。
――――――――――
春の選抜大会・決勝
迎えた決勝の相手は、九州地方の名門・福岡実践高校だった。全国優勝経験を持つ強豪であり、颯太たちにとっては一年目の甲子園では対戦することのなかった、初めて相見える格上の相手ということになる。
試合前から「実績のない新設校がどこまでやれるか」という論調がメディアには少なからずあったが、颯太自身はこの雰囲気について特にコメントを残していない。
初回、颯太は先頭から三者連続で空振り三振を奪った。福岡実践の応援席が、序盤にしてすでにどよめきに包まれる。
「聞いてた球速より速いな」
一塁側ベンチで、福岡実践の主将がそう漏らしたと、後年の同校監督のインタビューで語られている。
五回、颯太自身のバットが試合を動かした。カウント1―2から、際どい外角の変化球を強引にライトスタンドへ運ぶ一発。福岡実践の投手陣が最も警戒していたコースを、力で捻じ伏せる一打だった。
「あの球を持っていかれたら、対策の立てようがない」
試合後、福岡実践の投手コーチが記者団に対してそう総括している。
七回まで、福岡実践打線にヒットはついていない。九州の強打線が、一本のヒットも生めないまま追い詰められていく展開に、甲子園全体の空気が徐々に変わっていった。
八回、二死から福岡実践の四番打者がようやく内野安打で出塁する。スタンドから安堵とも落胆ともつかないどよめきが起こった。颯太は表情を変えず、次の打者を三振に仕留めてその回を終える。
九回、最後の打者を迎える。カウント0―2から、颯太が投じたのは低めいっぱいのスプリットだった。バットが空を切り、球審の右手が上がる。
被安打わずか一本、八回二死からの内野安打のみに封じ込めた完封勝利。淡海学院、選抜初出場・初優勝。
ベンチから飛び出した選手たちが颯太に殺到し、マウンドには人だかりができた。誰かが颯太の帽子を放り投げ、誰かが肩車をしようとして失敗し、その場に崩れ込む。歓喜の輪の中心で、颯太はただ声を上げて笑っていた。
颯太個人も大会MVPに選出された。表彰式後、記者団から今の心境を問われた颯太は、少し考えてからこう答えている。
「まだ半分」
一年目終盤に口にした「来年は、日本一獲りに行く」という宣言の、確かな一歩目だった。だが同時に、颯太自身が真っ先にこの結果を通過点として扱ったことは、彼にとって「日本一」の基準がすでに、この優勝旗一本では満たされない場所にあることを示していた。
――――――――――
なんJ実況スレ(選抜決勝・速報)より
1: 名無しさん@実況
淡海学院vs福岡実践、決勝はじまるで
45: 名無しさん@実況
龍崎五回に先制ホームランやんけ
67: 名無しさん@実況
七回まで無安打とか嘘やろ
福岡実践相手にこれは異常や
89: 名無しさん@実況
試合終了ー
淡海学院、選抜初優勝や
90: 名無しさん@実況
創部数年でセンバツ優勝は歴史的すぎるやろ
97: 名無しさん@実況
「日本一獲りに行く」の宣言、半分達成やんけ
101: 名無しさん@実況
これもう夏も獲る流れやろ
史上初の春夏連覇いけるんちゃう
112: 名無しさん@実況
表彰式後のコメントが「まだ半分」で草
優勝しても全然満足しとらんやん
――――――――――
選抜優勝という結果は、淡海学院という学校の立ち位置を根本から変えることになった。一年前は練習試合の申し込みすら断られていた新設校が、この夏はシード校として、しかも「打倒すべき王者」として周囲から見られる存在に一変していたのである。
他府県の強豪校からも視察や情報収集の申し込みが相次いだと、当時の学校関係者は証言している。地元紙は選抜優勝を受けて特集記事を組み、「淡海学院包囲網」という言葉が県内の高校野球関係者の間で使われ始めたのも、この時期のことだった。
チーム内にも変化があった。選抜優勝の直後、練習量そのものが一時的に緩んだ時期があったとコーチ陣が後年振り返っており、颯太自身もこの時期についてインタビューで「気持ちがどこかで緩んでたんは事実やと思う」と率直に語っている。
五月に行われた練習試合では、格下と目されていた県内の中堅校を相手に接戦を強いられる場面があり、この試合を機に監督が全体ミーティングを開いたという記録も残っている。ミーティングの席で颯太自身が「センバツ獲ったんは去年の結果や。今年はまだ何もしてへん」とチームメイトに向けて発言したと、当時の部員が証言しており、この発言をきっかけに練習の空気は再び引き締まっていったとされる。
とはいえ、この五月の一件で完全に危機感が浸透したわけではなかった。淡海学院は依然として「颯太が投げれば勝てる」という空気を拭いきれておらず、守備陣の集中力や、颯太以外の投手陣の底上げといった課題は、表面化しないまま夏を迎えることになる。
この積み残された課題が、後に大きな代償を伴って表面化することを、この時点ではまだ誰も予想していなかった。
――――――――――
夏の滋賀大会・準々決勝
七月、全国高等学校野球選手権滋賀大会が開幕した。シード校として臨んだ淡海学院は、初戦から三回戦まで危なげなく勝ち上がる。颯太のコントロールには選抜大会からさらに磨きがかかっている様子がうかがえ、この三試合、四球の数はほとんど記録されていない。
ここまでの三試合、淡海学院は依然として「颯太が投げれば負けない」という一年前からの成功体験をそのまま体現するような戦いぶりを見せており、周囲の評価も「このまま夏連覇へ突き進むだろう」という論調が大勢を占めていた。
風向きが変わったのは準々決勝だった。相手は県内屈指の伝統校・彦根工業高校。
試合前、彦根工業のベンチに、他校では見慣れない資料が配られていた。颯太の投球コースを大会ごとに集計した分析表と、細かく色分けされたゾーン表。その内容が意味するところに、対戦相手はまだ誰も気づいていなかった。
初回、颯太の速球に対し、彦根工業の打者たちはことごとくバットを出さなかった。ボール球はもちろん、ストライクゾーンぎりぎりの球にも手を出さない。三者連続で四球を選ぶような場面はなかったが、じわりじわりと球数だけが積み重なっていく。
「打つ気、あるんか」
三回を終えた時点で、淡海学院側のベンチから、そんな声が漏れたと当時の部員が振り返っている。だが颯太自身は表情を変えず、黙々と腕を振り続けていた。
五回を終えた時点で、颯太の投球数はすでに大会通算の平均を大きく上回っていた。ヒットらしいヒットは一本も許していない。それでも、疲労は確実に体に蓄積されていく。
打者としての颯太に対しても、同じ攻略法が徹底されていた。甘い球は絶対に投げず、際どいコースへの投球と、明確なボール球を織り交ぜた配球。この試合、颯太の打席には四球による出塁が複数回記録されている。打ちたくても、打たせてもらえない。そういう九回だった。
七回、颯太の球速がわずかに落ち始める。球速表示を見た航が、タイムをかけてマウンドに向かった。
「まだいけるか」
「いける」
短いやり取りだけで、航はマウンドを降りた。だが、その直後の一球――際どいコースに投げたはずの直球が、わずかに甘く入った。彦根工業の中軸打者がこれを見逃さず、鋭い打球がライン際を抜けていく。淡海学院にとって、この試合初めての明確な長打だった。
続く打者にも連打を許し、あっという間に二点を先制される。ベンチが動く気配はなかった。颯太に代わる投手は、この試合まで一度もマウンドに立っていなかった。
九回、淡海学院打線は最後の反撃を試みた。二死満塁、打席には颯太自身。だが彦根工業の投手が投じた最後の一球は、際どく外角低めをかすめるボールだった。空振り。三振。
試合終了。淡海学院、まさかの準々決勝敗退。
スコアボードに刻まれた結果を、しばらく誰も信じられずにいた。颯太はグラウンドに立ち尽くしたまま、しばらく動かなかった。整列の号令がかかっても、その一歩が、いつもよりずっと重かった。
試合後の取材で、颯太は多くを語らなかった。ただ一言、記者にこう答えている。
「圧倒できひんかったら、意味ない」
――――――――――
なんJ実況スレ(夏の滋賀大会・淡海学院まさかの敗退)より
1: 名無しさん@実況
淡海学院、準々決勝で敗退したってマジ?
15: 名無しさん@実況
彦根工業、徹底的に龍崎攻略してきたらしいな
甘い球投げさせへん、打者としても勝負避けるみたいな
28: 名無しさん@実況
これもう龍崎対策の完成形やん
他の相手も真似してくるやろこれ
35: 名無しさん@実況(彦根工業ファン)
うちの監督、この試合のためだけに何試合分もデータ取っとったらしいで
やっと結果に繋がったわ
41: 名無しさん@実況
控え投手、最後まで出番なかったんか
去年からずっと言われてた課題そのままやん
50: 名無しさん@実況
無敵やと思っとったから余計にショックやわ
56: 名無しさん@実況
「圧倒できひんかったら、意味ない」で草
負けてもこの発言できるのは流石やけど
――――――――――
彦根工業の徹底した対策は、試合後の相手校監督のコメントで明らかになっている。颯太一人に依存してきたチーム作りに、初めて明確な疑問符が突きつけられる結果となった。
この敗戦を受け、監督・コーチ陣にとっても、二番手投手の育成や守備力の底上げといった課題への取り組みが、初めてチーム全体の共通認識として明確に浮かび上がることになった。
夏の敗戦から間もなく、颯太は高校日本代表に選出され、国際大会に出場している。決勝では強豪国代表相手に力投を見せたものの、僅差で敗れ準優勝に終わった。二年目、颯太が経験した敗戦は、この夏だけで二度を数えることになる。
秋季滋賀県大会では優勝を果たし、続く秋季近畿大会でも準優勝という結果を残した。一年目のベスト4を上回るこの成績により、翌春の選抜出場は確実なものとなっている。
――――――――――
二年目・主要成績まとめ
- 春の選抜大会:優勝(創部初の全国タイトル、決勝で福岡実践を撃破)、颯太は大会MVP獲得
- 夏の滋賀大会:準々決勝敗退(対彦根工業、徹底したマークと継投失敗が響く)
- 高校日本代表:選出、国際大会準優勝(決勝で強豪国代表に敗戦)
- 秋季滋賀県大会:優勝
- 秋季近畿大会:準優勝(一年目のベスト4を上回る成績、翌春の選抜出場を確実にする内容)
颯太個人成績
- 投手成績:選抜大会時点で防御率0点台を記録するなど安定した内容を披露。夏の滋賀大会では相手の対策により制球以前に「勝負を避けられる」展開に苦しみ、投球数がかさむ試合が増加
- 打撃成績:年間を通じて打率5割前後を維持。国際大会でも高い打率を残すが、勝ち上がるほど四球による出塁が増加傾向
- 課題認識:体力・速球の質・変化球の精度、いずれもさらなる向上が必要と本人が明確に自覚。特に「打たせない投球」の獲得を三年目に向けた最優先課題として設定
――――――――――
オフシーズンに入って間もない頃、練習後のグラウンドで颯太が短く漏らした言葉が、当時の部員の記憶として残っている。
「圧倒できひんかったら、意味ない」
短いが、それまでの颯太の発言の中でも、もっとも本人の内面に踏み込んだ言葉の一つとして、この一言は関係者の記憶に残ることになった。
一年目終盤の「来年は、日本一獲りに行く」という宣言は、この二年目シーズンにおいて選抜優勝という形で半分だけ実現し、同時に夏の敗戦と国際大会での敗北という二つの壁によって、道半ばであることを本人に突きつける結果ともなった。
この二年目シーズンについて、地元紙のスポーツ担当記者は年末の特集記事の中で「一年目は勢いと才能でねじ伏せる野球、二年目は選抜優勝という成功体験の中で慢心と壁の両方を経験した野球だった」と総括している。
特に彦根工業戦での敗北は、それまで「颯太個人の力でどうにかなる」という前提で成り立っていたチーム作りそのものに疑問符を突きつける結果となり、監督・コーチ陣にとっても、来る三年目に向けたチーム改革の必要性を痛感させる契機になったと記事は結んでいる。
この年末、航が当時の部内記録係に語ったとされる言葉も残っている。
「あいつ、去年までは『打たれる気がしなかった』とか言うとったけど、今年は普通に打たれとるからな。それでもまだ諦めてへんのがあいつらしいわ」
颯太のもっとも近くでボールを受け続けてきた航の視点からも、この二年目という一年が、颯太にとって単なる足踏みではなく、次の段階への明確な布石になっていたことがうかがえる証言である。
こうして二年目のシーズンは、栄光と挫折が交互に訪れる、颯太にとってこれまでで最も濃密な一年として幕を閉じた。
淡海学院というチーム全体にとっても、この年は大きな意味を持つ一年だった。選抜優勝という頂点を経験し、同時に「一人のエースに依存する脆さ」を痛感させられたことで、二番手投手の育成や守備力の底上げといった課題が、初めてチーム全体の共通認識として明確に浮かび上がることになったのである。
この課題への取り組みが、三年目のシーズンにどのような形で結実するかは、まだ誰にも分からなかった。だが、この悔しさこそが、翌年――颯太が真の意味で「圧倒的な二刀流」へと変貌を遂げる三年目への、確かな布石になっていく。
(第三章 了)