召喚勇者の英雄譚 ――三人の勇者は、祝福を受け、しかし記憶を失った――   作:霧島 高

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第5章 けれど再び、真実と共に立ち上がる。

「あたしはここまでさね。二人を、故郷に連れて帰ってやらないとね。……すまないね」

 ブリギッタが、離脱した。

 彼女は、かつてのパーティメンバー五人全員を、(ことごと)く失ってしまった。

 ダンジョンへと先に呑まれた三人の痕跡は、結局発見できないままだった。

 そして最後はレーナとサンドラの遺髪を手に、彼女は静かに王都を去った。二人とブリギッタは、故郷を同じくする友人同士だったのだ。

 ブリギッタを、僕は引き留めることができなかった。

 そんな資格なんて僕にはないから。

 だって、彼女の立場なら僕だって、同じことをしただろうから。

 大凱という親友と、深祝という妹を失った僕には、彼女の気持ちが痛いほどにわかってしまうから。

 それでも僕は、またダンジョンへと挑み始める。

 四人だったパーティメンバーは、一人を減らし、三人となった。

 補充はない。

 だが敵は、より強くなっていく。

 それでも、僕は、ダンジョンを制覇しなければならない。

 何のために?

 もはや、この王国のために、ではない。

 彼女のために。

 あるいは……、僕自身のために。

 

 そうして進み始めた第八層だったが。

 意外なことに、第七層で僕たちを苦しめたリッチやデーモンといった、魔法を使うモンスターは現れなかった。

 だからといって、楽ができるというわけではない。

 ブリギッタの不在が、少しだけ悔やまれた。

 シュッ!

 シェリーの投げた小さなナイフが、黒い翼を羽ばたかせて飛ぶ、醜悪な顔をした小型の悪魔の、その翼に突き刺さる。

「ふんっ!」

 翼を破られ墜落した悪魔、ガーゴイルと呼ばれるモンスターをオズマが大盾で抑え込み、そのまま彼が右手に持つスモールソードを突き立てれば、それは光と共に消え去った。

 僕よりも小さなガーゴイルは見た目通り、体力はそれほど高くないようだ。

 ただし。

「あと六体」

 その数は多い。

 スッ。

 シェリーが、もう一度ナイフを投げる。

「……素早い」

 けれど、それは避けられてしまった。

 空を飛ぶということはそれだけで有利だ。そして僕たちはそれに最も有効な攻撃手段を失ったばかりだった。ブリギッタがここにいれば、彼女の放つ必中の矢は、狙い違わずガーゴイルを撃ち落としただろう。

 彼女がいない以上、空を舞うモンスターに有効なのは、シェリーの放つ投擲武器だけだった。

 そして、敵はそのシェリーを目障りと見たのだろう。彼女に向けてそのうち一体が急降下してくる。その手に持つ槍は、まっすぐに彼女を捉えていた。

 ガンッ!

 もちろんシェリーは危なげなくそれを避け、槍は石の床を勢いよく突いて大きな音を響かせるだけだ。

 ブンッ!

 すかさず彼女は、その手に握る黒剣を、不用意に近寄ってきたガーゴイルへと振るう。しかしガーゴイルは勢いのままに飛び去ってしまい、刃は空を斬るのみだった。

 ならば。

「魔神よ、彼の者たちに暗闇を……《エリア・ブラインド》」

 僕の唱えた魔法は、六体のガーゴイルのうち四体を闇へと閉じ込めた。

 それを察したシェリーは、僕が何も伝えずとも、ナイフを連続して投擲する。視えなければ回避などできるわけもなく、ナイフが次々と突き刺さっていく。

「魔神よ、彼の者たちに暗闇を……《エリア・ブラインド》」

 続けて、残り二体の視界も奪ってしまいさえすれば。

 地面を這うガーゴイルなど、何の脅威ともならないのだ。

 

 警戒しながら前を進むシェリーの、小さな背中を眺めながら、僕は思い出していた。

 王都のはずれの墓地で、全てを失った僕が、優しくその胸に抱きしめられていた、あの時のことを。

 震えた声で、彼女が語ったことを。

 謝罪と共に、伝えられたことを。

「ミナト。もし、あなたがこれ以上、ダンジョンに行かないなら、それでもいい。だけど、もし、そうなったら……」

 そして僕は彼女が、僕なんかよりもずっと、大きな使命を抱えていたことを知った。

「わたしは、もう、ここにはいられない。わたしは、自分の国を、守らなければ、ならないから」

「……シェリーの、国?」

「そう、わたしの国。この王国の西の、小さな国。クラギス王国。そこは……」

 彼女は、そこで言葉を切った。そこに躊躇いと戸惑いが滲み出ていた。

 彼女は一度目を閉じ、逡巡しているようだった。

 けれど、それから瞼がゆっくりと開かれていき。

 僕を覗き込む赤い瞳は、決意に満ちていて、とても美しかった。

「そこは、ヴァンパイアの国」

 けれど彼女はそう言って、目を伏せた。銀髪が、悲し気に揺れた気がした。

 彼女はおそらく怯えていた。僕よりも小柄な少女が、より小さく見えた。僕にそれを知られるのが、とても怖かったのだろう。

 でも僕は、それほど驚かなかった。

 むしろそれで、様々なことが腑に落ちた。

 これまでに僕がこの目で見てきた、彼女のずば抜けた身体能力も、闇を見通すその鋭い瞳も、だからこそだったのだ。

「そっか。そうだったんだね」

 その言葉に、彼女は顔を上げた。

「……あまり、驚いてない?」

 彼女の表情には怯えではなく、むしろ僕以上の驚きが広がっていた。

「なにせ、僕はこの世界とは異なる世界から、来たからね。だから僕にとって、シェリーはシェリーだし」

 そう、たとえ彼女が人族ではないとしても。

 彼女は、僕と一緒にダンジョンへと潜ってくれる仲間であって。

 そして今この時、僕の傍にいてくれるのは彼女なのであって。

 そうして僕の悲しみを、癒そうとしてくれているのは、間違いないのだから。

「でも、どうしてシェリーが、コピア王国のダンジョンに?」

 彼女が別の種族であり、異国に住まう者ならば、その理由はなんなのだろうか。

「わたしの国が滅ぶのを、防ぐため」

「シェリーの国が、滅ぶ?」

「そう」

 それは、なぜだ。

 コピア王国のダンジョンが枯渇し、魔石不足により危機に陥っているのは、この王国であるはずだ。

 それがシェリーの国にも波及する?

 そうだとしても、滅ぶ、までいくのだろうか?

 もしかして、シェリーの国もまた、コピア王国の魔石に依存している、ということか?

 ……いや、それならばおかしい。

 だったらシェリーが、自身の種族を今まで隠しておく必要がない。

 つまり、ヴァンパイアとヒューマンと呼ばれる人族はきっと、友好的な関係とは言えないのだ。

 待てよ。

 僕は思い出したじゃないか。それは向こうの世界の話だけど、こっちでもきっと変わらないのではないか。

「そうか。そういうことなんだね」

 それを考えれば、自ずと答えは明らかで。

「シェリーの国にも、ダンジョンが、あるんだね。だから、それを……」

 それが国を護ることに繋がるのならば、コピア王国の民を護ることに繋がるのならば、そうするしかない。

「……奪い取る」

 資源をめぐる戦争なんて、向こうの世界の人類の歴史では、大昔から続く、ありふれたものだ。

 それにオズマも言っていた。魔石は様々な産業を支えていると。

 そこには兵器の製作、つまり軍需産業も含まれるのだと。

「そう」

 そして彼女が続けた言葉で、すでに事態が、より深刻になってしまっていたことを、僕は知ることになった。

「それに、勇者が二人も死んでしまったことで、コピア王国は本格的に準備を始めてしまった。だから……」

 そしてまた、僕を見つめるシェリーの赤い瞳に、力が篭った。

 僕はそこから、目を背けるわけにはいかなかった。

「もう時間がない」

 彼女は、そこから押し黙った。

 僕の返答を待っているのだ。

 その答え次第で、すべてが決まってしまうのだ。

 僕は、ちらりと、大凱と深祝の墓標に視線を移してから。

 それから、シェリーの瞳をもう一度、しっかりと見つめ直した。

 それは決意に満ち溢れながら、その奥に不安が揺れていた。

 彼女は、確かに強い。でも、か弱くもある。

 彼女は、一人では、何もできないことを、知っている。

 そして僕もまた弱く、だから二人を救うことができず、今まさに後悔に飲まれている。

 でも今更、それは決して、元には戻らない。

 ならば、答えは、決まっている。

「……いいよ。行こう。続けよう。ダンジョンを制覇して、シェリーの国を救おう」

 これから、目の前の少女ぐらい、救ってみせよう。

 大凱と深祝は、もういないけれど。

 ここに二人がいれば、きっと僕の背中を押したに違いない。

 そうに決まっている。

 だから、これは使命じゃない。

 僕が、そう望んだことだ。

 

 その後、大量に現れるガーゴイルを倒し続け、僕たちは第九層に到達した。

 下層における、最後の階層。そしてこの下で待つ第十層は、ダンジョンにおける最終到達地点、最下層だ。

 第九層の探索は、疑いようもなく、ひどく困難を伴うだろう。

 そして間違いなく。魔法を使うモンスターが現れる。デーモンやリッチが出てくるか、あるいは新たなモンスターが出てくるか。

「女神よ、我らをあまねく祝い給え……《エリア・ブレス》」

 ならば、この魔法をあらかじめ使っておくべきだろう。

 結界魔法には、制約がある。別種のものを同時に展開させられないという制約だ。

 その種類は三つ。

 物理攻撃を防ぐ《プロテクション》。

 魔法攻撃を防ぐ《ヴェール》。

 そして状態異常を防ぐ《ブレス》。

 その中でもっとも優先すべきが、いずれであるか。

 それが状態異常対策であると、僕は知った。

 なぜならば。

 大凱と深祝が死んだのは、そのせいだからだ。

 彼らが全滅したのは、そのせいだからだ。

 僕は、冷静に、あの惨状を、分析した。

 それは、僕たちが同じことに、ならないように。決してそうは、させないように。

 大凱のパーティは、そのほぼ全員が、剣に斬られ絶命していた。唯一そうでなかったのは、炎に焼かれた大凱自身だけだった。

 そして、第七層のモンスターは、いずれも剣など持っていない。

 ならば、そこから導かれる結論は一つしかないのだ。

 原因は、デーモンが使ってきた、幻惑の魔法、《イリュージョン》。

 以前、僕のミスによりブリギッタがその魔法を受けてしまい、彼女が僕を斬りつけてしまったように。

 大凱のパーティでも、誰かが幻惑に掛かってしまったのだろう。

 幻惑の状態異常を癒すことができるのは、白魔法だ。それ以外ならば、上位キュアポーションと呼ばれるアイテムだけ。

 しかしこのポーションの製作には、高純度の魔石を必要とする。

 つまり、もう手に入らないのだ。少なくとも、この国では。

 だから幻惑を癒すことができたのは、深祝だけだった。

 深祝の着ていたローブは、僕のものと同じく魔法に対する抵抗がかなり高い上に、《セイント》というジョブ自体もまた魔法に耐性を持つ。

 だから彼女自身が幻惑を受けたとは考えにくい。

 つまるところ、彼女が魔法を唱えることができない状況に陥っていた、と考えるべきだろう。もしかすると、一番最初に倒れてしまったのが彼女だったのかもしれない。

 そしておそらく、いや、間違いなく、幻惑を受けたのは大凱だ。

 聖剣を持ち、無類の強さを誇る大凱を、止められる者は誰もいない。

 サンドラの割れた盾、レーナの破損した短剣。名も知らないナイトの砕けたアーマー。

 おそらくその全ては、タイガの持つ圧倒的な力によるもの。

 彼らは逃げることすら、できなかった。

 なぜならば。

 そのための帰還装置を持っていたのは、勇者だけだったからだ。

 帰還装置をバルタザール氏より渡されたとき、それは貴重なもので、もはや現存するものは三つしかないと言われた。その時は、そうなのか、としか思わなかった。

 けれど、シェリーからその本当の理由を聞いた。

 起動するのに魔石を消費する帰還装置だが、そもそも帰還装置の製作にも魔石が必要だ。その帰還装置は、ダンジョンごとに異なっている。

 つまり、このダンジョンで採れた高純度の魔石を用いて製作しなければ、このダンジョンでは使えない。

 それはポーションと同じ、いや、それ以上に深刻だった。

 もうどうやっても、作れない。

 そのことを知っていたシェリーは、大凱と深祝の持っていた帰還装置を回収していた。

 それは今、オズマとシェリー、それぞれの手元にある。

「第九層には、本来なら、財宝があるはず」

 探索を始める前に、シェリーが呟く。

「オズマの鎧と盾は、ここで見つかった。……と母様から聞いてる」

「あの話、本当だったのかよ。いや、待てよ。なんであの人が知ってるんだ?」

 オズマはシェリーの母親と旧知の仲で、その縁でシェリーのことを頼まれたのだと、以前僕に言っていた。

「母様はオズマが思っているよりも、ずっと長生きだから。オズマのご先祖様とは友達だった、って言ってた」

 ヴァンパイアであるということ以上の、シェリーの本当の出自を僕は既に聞いていた。

 それは、彼女がどうしてここまでして、自分の国を、ヴァンパイアの国を守ろうとしているのかに繋がる。

 それは彼女自身が、ヴァンパイアの王家に連なるものだからだ。

 彼女は、ヴァンパイアの王の孫姫なのだ。

 ヴァンパイアとは不老の種族である。

 つまり彼女の母親もまた、そうだということだ。

 ならやはり、オズマの先祖がダンジョンを制覇したというのは本当の事なのだろう。もしかすれば、彼女の母親も、そのパーティに参加していたのかもしれない。

 まるで僕たちのように。

 そしてその時の戦利品が、オズマの鎧と盾というわけだ。

「シェリーのその剣も、ここで見つかったの?」

 彼女の持つ黒剣は魔法武器であり、それもその時見つかったものなのかな、とそう僕は思った。

「これは、クラギス王国のダンジョンで見つけた」

 でも違っていた。

 けれど、それでもう一つ納得した。

 シェリーはコピア王国のダンジョンを探索するのは、確かに初めてだった。だけど彼女は、初めてにしてはダンジョンに怯える様子もなく、むしろ手慣れた様子だった。

 それはつまり彼女の国、クラギス王国のダンジョンを探索していたからだ。聞いたところ、それはコピア王国に比べれば小規模で、第七層までしかなく、二層ごとに守護者がいるらしい。

 そして規模の小さいダンジョンは、魔石の質が劣る。発見される財宝についても然り。当然ながらそれらの量も少なくなる。

 だからこそ、クラギス王国は小国なのだろう。

「あの聖剣もたぶん、エルフの国のダンジョンで見つかったもの。ヒューマンとエルフ、そしてドワーフは交流があるから、実際はかなりの援助をしてる」

 大凱の持っていた聖剣は、バルタザール氏によれば、エルフの国と交渉を重ねて手に入れたものだったはずだ。

 けれど彼は同時に、コピア王国の難事は、エルフの国にとっても他人事ではないと言っていた。聖剣を委ねなければならないほどには、自国にとっても関係があったということ。

 だが、倒れた大凱の手元に、その聖剣は見当たらなかった。

 エルフの国の秘宝は、結局失われてしまったのだ。

「そろそろ出発?」

「うん、行こう」

「おうよ」

 財宝が見つかるにせよ、見つからないにせよ。

 僕たちの目的は、このダンジョンを制覇することなのだ。

 そうして第九層の探索が始まった。

 

 

 予想していた通り、様々なモンスターが僕たちの行く手に立ち塞がった。

「魔神よ、彼の者たちに戒めを……《エリア・パライズ》」

 そのモンスターは四つ足の大きな怪物で、獅子の体と二つの頭を持っていた。頭の一つは獅子だが、もう一つは山羊だ。しかしよく見れば、自在に動く尻尾の先にも更に一つ、蛇の頭がついている。

 キマイラだ。

 その頭全てが、ブレスと呼ばれる魔力の奔流を放つ。ブレスは魔法ではない。ゆえに、麻痺の状態異常にしてしまえば、キマイラはブレスを放てなくなる。

「魔神よ、彼の者たちに安らぎを……《エリア・スリープ》」

 第七層にいたミノタウロスが、ここでは大量に出現する。その隆々たる全身の筋力により振り下ろされる大斧は、すべてを破壊するだろう。

 だが眠りに落ちてしまえば、それが発揮されることはない。

「魔神よ、彼の者たちに暗闇を……《エリア・ブラインド》」

 第八層にいた空を飛ぶガーゴイルへの対策はもうわかっていた。視界を奪いさえすれば、それを空中から引きずりおろすことは簡単で、墜ちてしまえば脆弱だ。

「女神よ、我らをあまねく護り給え……《エリア・プロテクション》」

 そうして物理攻撃しかしてこなくなったキマイラ、元々それしか攻撃手段のないミノタウロスとガーゴイルには、物理防御の結界を張り。

「女神よ、我らをあまねく祝い給え……《エリア・ブレス》」

 魔法を使うデーモンとリッチが出た場合には、状態異常を防ぐ結界を再度展開する。

「魔神よ、我らにあらゆるものへの耐性を与えよ……《エリア・オールレジスト》」

 もちろんデーモンとリッチは、攻撃魔法も操る。しかしそれへの対策は結界魔法ではなく、付与魔法にて僕たち自身の抵抗を高めることにした。

 ダメージコントロール、なんて言葉が浮かぶ。

 攻撃魔法によるダメージを甘受し、状態異常への対策を万全に。

 状態異常のリスクは、それほどまでに高い。

 逆に言えば、相手に状態異常を与えることが、それほどまでに有利ということでもある。

 様々な攻撃を防ぐ結界魔法は白魔法。

 状態異常や能力低下を起こす呪詛魔法は黒魔法。

 白魔法と、黒魔法。

 第九層の道すがら、僕はシェリーから、その由来を聞いた。

 それは不老種であるヴァンパイアだからこそ、継承されてきたものだろう。

「旧い時代。神代と呼ばれる時代。女神と魔神がいた。女神は祝福を、魔神は試練を。それぞれ人々に与えた」

 呪文の示すとおり、白魔法は女神の力であり、黒魔法は魔神の力である。

「魔神はダンジョンを創った。女神は人々に知識を与えた」

 女神と魔神は、敵対していたわけじゃない。

 それぞれが世界の創世に必要な存在だった。魔神の創ったダンジョンは魔石を産み出し、女神が与えた知識とはそれを活用する方法だった。

「人々もまた神が創ったもの。女神はヒューマン、エルフ、ドワーフを創り、魔神はヴァンパイア、オーク、獣人を創った」

 前者は女神族、後者は魔神族と呼ばれた。

 女神族と魔神族はそれぞれ遠く離れて暮らし、その生活様式の違いもあって、交流することは稀だった。それゆえ、お互い争うことはなかったけれど、それぞれが独自に歩むことになった。

「わたしのジョブはアサシン。魔神系の上位ジョブ」

 女神族と魔神族は、そのジョブ体系も異なるそうだ。

 基本ジョブは、ファイター、ナイト、スカウト、ハンター、メイジ、プリースト。これは女神系と魔神系で共通だ。

 そして僕たち勇者は、召喚された時から、これらとは異なるジョブを授かっていた。

 女神の祝福を受けた僕たちは、最初から上位ジョブを授かってこの世界にやって来たのだ。

 だから、大凱はウォーロードで、深祝はセイントだった。

 どちらも女神系の上位ジョブだ。

「わたしは、クラギス王国のダンジョンで、スカウトからアサシンになった」

 本来、上位ジョブに至るには、ダンジョンの下層を探索し、そこで見つかる祠にて、神へ祈りを捧げる必要がある。

 そう、またしてもダンジョンの下層だ。現在のこのダンジョンでは、僕たちが入るまで探索されてこなかった場所だ。

 僕の知っているヒューマンの冒険者たちが、誰もが基本ジョブのままだったのは、これが理由だったのだろう。

「だからわたしは、セージのあなたがいないと、うまくいかない」

 だけど僕のセージは、女神系とは違うらしい。黒魔法と白魔法、つまり女神の力と魔神の力を同時に扱う僕は、混沌系と呼ばれる。女神系でもあり、魔神系でもあるのだ。

 シェリーと僕が最初に出会った時、彼女は大凱でもなく、深祝でもなく、僕に近づいた。

 そこには理由があった。それは女神系ジョブと魔神系ジョブは、パーティを組めないから。共にダンジョン探索はできないと、定められているから。それはダンジョンを創った、魔神による制約だ。

 ただし、可能にする方法が、ただ一つだけあった。

 パーティに混沌系のジョブが存在すれば、それが可能なのだ。

 正しくは、可能だった、というべきか。

 もう、大凱も、深祝も、いない。

 それに……。

「これがその祠なんだね」

 第九層の一画で、僕たちはそれを見つけた。

 小さな扉を抜けた先にあったのは、透き通った水が、浅く円形に張られている清浄なる場所。

 その泉の中央部に、等身大で純白の石像が佇んでいた。

 両手を天へと掲げながら、その美貌を前に向け、けれど慈愛の視線は足元を向いている。

 一枚のローブを折り重ねてゆったりと羽織ったそれは、女神の姿を象ったものに違いなかった。

 泉にはそこへと至るための、飛び石が並んで続いていた。

 誘われるままにそれを辿り、そして女神像の脚元で、その視線の先にて跪いて祈りを捧げれば、上位職へと至れるのだ。

「ここでオズマも上位ジョブになれるんだね」

 オズマは基本ジョブの一つ、ナイトだ。

 僕は彼を見た。だが、オズマは無言で首を振った。

 おそらく、上位ジョブについて、彼は既に知っていたのだろう。シェリーからあらかじめ聞いていたか、あるいは知己であるという彼女の母親から以前より聞いていたか。

 そして彼の代わりに、シェリーが言葉を続ける。

「オズマもパラディンになれる。でも……」

 ダンジョンは、魔神の試練だ。

 そう甘くはない、ということだ。

「また最初から全部やり直しになる。ミナトも気付いてるでしょう。わたしたちはダンジョンを進めば進むほど、モンスターを倒せば倒すほど、強くなっていることに」

 その概念を、元の世界では、レベルと呼んでいた。

 だがそれは、あの世界のゲームの中だけに存在した概念だ。

 だから、この世界に実際にそのようなものが存在したとしても、それを確認する方法はない。

 けれど事実として、僕たちはどんどん強くなっていた。

「今更、一からやり直しってのは、もうこの歳じゃきついぜ」

 冗談めかしてオズマが言う。

 だけど、本当の理由はそうじゃない。

「ダンジョンも第一層からやり直しになる。……その時間がない」

 シェリーには事情があり、そしてそれをオズマも知っていて、僕も知っている。

 シェリーの祖国、クラギス王国を救うこと。

 それが今の、僕の、そして僕たちの目標なのだ。

 だから僕たちは、祠をそのままに、後にするしかなかった。

 女神像は、その表情に微笑みを浮かべていた。

 けれど、それはただの石像であり、感情なぞあるわけもなく。

 だから僕たちを、快く見送った、というわけでは、決してない。

 

 

 そして辿り着いたのは、最下層へと至るための大扉。

 意を決して開いたその扉の先では、これまでと同様に、守護者が待ち構えていた。

 中層への道を塞ぐ守護者は、巨蜘蛛だった。

 下層への道を塞ぐ守護者は、増え続けるスライムの群れだった。

 であるならば。

「ミノタウロス、リッチ、デーモン」

 ここの守護者は、下層に巣食うモンスターの、上位種というべき存在だろうと、そう予想していた。

 スッ。

 敵の構成を見て取ってすぐ、シェリーの気配がその場から消えた。

 扉を開ける前に、僕たちは作戦を決めていた。

 様々なパターンを予測し、そしてその場合に、どのモンスターから優先して倒すべきかを。

「魔神よ、彼の者に脱力の呪いを与えよ……《イグゾースト》」

 僕はまず前衛にいるミノタウロスの剛力を削ぐ。この三種のモンスターの中で、ミノタウロスが最も膂力に優れているからだ。

 デーモンもまたそれに次ぐ存在ではある。

 だけどデーモンで最も気を付けなければならないのは、魔法だ。

 そしてこのデーモンは、前衛ではなく後衛に立っていた。

 ガンッ!

「むぅ」

 上位種のミノタウロスは、一回り大きな体をしている。それにその肌は全体的に赤く染まっていた。

 もちろん変わったのは見た目だけ、なんていうことはない。

「こいつはなかなか、痺れるな!」

 呪詛魔法でその力を抑えているはずなのに、それでもオズマがその巨大な斧を盾で完全に防ぐのは、かなり厳しそうだった。

 だがこのミノタウロスは、当然後回しだ。力で押してくるだけの存在は、そうでないものに比して、厄介ではない。

「♦□Σ○……※▽!」

 シュゥゥ。

 この戦いにおいて、もっとも警戒すべきものが、僕があらかじめ使用していた結界魔法により阻害される。

 それは、デーモンより放たれた魔法。

 大凱と深祝が命を落とす原因となった、幻惑の魔法だ。

「〇※▽……」

 そこに続けて、リッチからは攻撃魔法の気配がする。

 しかし。

 ザシュッ!

 その背後より放たれたシェリーの斬撃が、その詠唱を止めた。

 そう、もっとも優先すべき相手は、魔法を放つ後衛であり。

 そしてリッチとデーモンならば、まずはリッチから倒す。

「女神よ、我らをあまねく祝い給え……《エリア・ブレス》」

 確かに最も厄介なのは、デーモンの使う状態異常を引き起こす魔法だ。できるならば真っ先に倒したい。

 だけどデーモンの身体は強靭であり、攻撃手段の乏しい僕たちでは、それを打ち倒すまでに、あまりに時間が掛かってしまう。

 だから、より耐久力の低いリッチを先に倒す。

 そのためには。

 ミノタウロスが強大な力で振り下ろす斧を、オズマが大盾により全力をもって防ぐ。

 デーモンの放つ恐ろしい呪詛魔法を、僕が結界を用いて阻害し、すべて無効化する。

 その間にシェリーがリッチに対して、絶え間ない斬撃を浴びせ続けることで呪文を中断させ、そのまま押し切る。

 この判断に、一つの間違いもない。

 そして、それがおそらく唯一の手段でもあった。

 それでいいはずだったのだ。

 ズシュッ!

 やがて狙い通りに、シェリーの黒剣がリッチの脳天を突き破り、リッチは崩れ落ちた。

 そのままリッチは、淡い光と共に消え失せる……はずだった。

 そう、想定外のことがそこで起きたのだ。

 リッチからは淡い光ではなく、どす黒い光が放たれていた。

 それは一瞬のうちに(もや)となり、ミノタウロスを包み込んだ。

「なっ……」

 驚く僕の声が先だったか、その暗い靄がミノタウロスへと吸い込まれるのが先だったか。

 だが気付いた時には、ミノタウロスの肌が赤から黒に転じており、その手に握られた禍々しく黒い光を放つ斧が、オズマに向けて振り下ろされていた。

「ぐおぉぉっ!」

 盾でそれを受け止めたオズマが、ずるずると後退させられてしまう。だが彼はそれでもその攻撃を防ぎ切った。

 あくまでその攻撃を、だ。

 黒いミノタウロスの右手に持つ斧を、オズマの盾が防いでいた。

 だけど、左手は?

「オズマっ!」

 ドゴン!

 僕の叫びも虚しく、先程まではなかったはずの武器が、ミノタウロスの左手に現れていた。斧と同じく禍々しい暗黒色の槌が、容赦なくオズマに向かっていく。

 彼は横薙ぎに叩きつけられた。咄嗟にオズマは右手に持つスモールソードでそれを受け流そうとしたが、盾ほどの強度のないそれは呆気なくへしゃげてしまった。

「ぐ……あ……」

 槌はその勢いのままに、彼の鎧の肩を砕く。バランスを崩したオズマだったが、それでも大盾にしがみつき、なんとかバランスを保っていた。

 そこに再び、斧が振り下ろされる。

 ガキンッ!

 全身の力で地面に置いた盾を支え、オズマはそれをも防ぎ切った。

「♦□Σ○……※▽!」

 そこにデーモンから魔法が飛んでくる。

 シュゥゥゥ。

 状態異常の魔法だ。それを防ぐ結界が消失した。

 ザシュッ! ガシッ!

 リッチを倒したシェリーは、狙いをデーモンに変えて何度も斬りつけていた。けれどリッチとは違い耐久力の高いデーモンに対しては、その呪文を中断させることは叶わない。

 僕は判断を迫られた。

 どちらの結界魔法を使うかだ。

 オズマは強力無比な攻撃でダメージを受け続けている。そこに物理攻撃を防ぐ《プロテクション》を使えば、敵の猛攻に苦しむオズマを援護できるだろう。

 だが一方で、それは状態異常というリスクを高めてしまう。もちろんあらかじめ魔法への抵抗を高める付与魔法は使っていたけれど、結界魔法とは違い、必ず防げるわけではない。

 僕は判断した。

 答えは明らかで、そうするしかなかった。

 それがたとえ、痛みを伴うとしても。

「女神よ、我らをあまねく祝い給え……《エリア・ブレス》」

 それは正しい選択だ。

 迷っている暇はなかったとしても。

 間違いなく正しい選択だ。

 僕は自分の杖を、痛いほどに握り締めていた。

「がふっ」

 ミノタウロスの大槌が、オズマの腹を抉る。

 だが僕は、彼を信じるしかなかった。

 信じたが故の、選択なのだ。

「女神よ、彼の者の傷を癒せ……《ヒーリング》」

 それでも僕は、焼け石に水だとしても、回復魔法を放つ。

 その魔法は彼の傷を、じんわりと癒していくことしかできない。

 黒いミノタウロスが持つ二つの武器は、それよりも遥かな速度で、オズマへとダメージを蓄積していく。

「魔神よ、彼の者に安らぎを……《スリープ》」

 普通のミノタウロスならば有効だった状態異常も、強い抵抗にあって弾かれた。手応えが全くない。おそらくいくら使っても無駄だろう。

 リッチの死をきっかけに、黒へと変化したミノタウロスは、その膂力と武装の強化と共に、状態異常すらも防ぐものにしてしまったのだろう。

 ならば。

「魔神よ、彼の者の声を奪え……《サイレンス》」

 デーモンの魔法を止めることさえできれば!

 その抵抗もまた強かった。だがミノタウロスに比べれば、その反発は小さい。

「♦□Σ○……※▽!」

 デーモンの魔法が、結界を消し去った。

「女神よ、我らをあまねく祝い給え……《エリア・ブレス》」

 だけど僕は、また結界を張り直す。

「魔神よ、彼の者の声を奪え……《サイレンス》」

 そしてその合間に、呪詛魔法を試し続ける。

 僕は同じことを繰り返す。ただ、それらを唱え続ける。

 ……。

 そうして、それを何度繰り返したときだろう。

「♦□Σ……」

「魔神よ、彼の者の声を奪え……《サイレンス》!」

「……!」

 ついに、やった!

 だが……。

 ドゴンッ!

 デーモンの声を封じるのと、オズマが限界を迎えたのは、ほぼ同じだった。

 僕を護っていた彼は吹き飛ばされてしまい、僕と黒いミノタウロスを遮るものは無くなった。

 その黒い斧が、まさに僕に振り下ろされようとしていた。

 けれど、僕は、それに恐怖することはなく。

「女神よ、我に完全なる護りを与え給え……《パーフェクト・シールド》」

 オズマが稼いでくれた時間は、無駄じゃなかった。

 ガンッ! ガンッ!

 あらゆる攻撃を防ぐ魔法の盾が、ミノタウロスの攻撃を全て弾く。

 僕が杖を掲げ、魔力を使い続けていれば、その攻撃が届くことはない。

「シェリー、頼んだよ」

 そしてあとは、シェリーに託すほかなかった。

 なぜなら、この魔法を維持するために、他の魔法を唱えることができないから。

 ガキンッ! ガキンッ!

 絶え間なく放たれるミノタウロスの攻撃の、その合間を縫うなどということは、どうやってもできそうになかった。

 つまり僕の魔力が尽きるが先か、シェリーがデーモンを打ち倒し、このミノタウロスの気を惹いてくれるのが先か。

 僕は横目に、床に倒れて動かないオズマを見た。

 彼は意識を失っているのだろう。もう復帰できそうになかった。それに彼の鎧はかなりの部分が破損し、その大盾もへしゃげていた。

 ガンッ! ガキンッ!

 どれぐらいの時間そうしていたかわからない。

「ミナト、またせた」

 だが僕の魔力が底を突く前に、シェリーは間に合った。

 そして僕の目の前から、ミノタウロスは、ようやく消えていった。

 

 

 すなわちそれは、僕たちは最下層に到達したということ。

 だけど。

 幸い命は助かったけれど。

 装備を失い、重傷を負い。

 オズマは離脱した。

 

 

 それでも。

 僕たちは挑まなければならない。

 たった二人になってしまったとしても。

「シェリー、行こう」

「うん、ミナト」

 僕たちは、ダンジョンの最奥へと。

 そして、もう……、時間は残されていない。

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