「ま、ボクのことは女の子だと思ったままでも、全然構わないんだけどね?」東京の超高級タワマンの最上階。ハツカは悪戯(いたずら)っぽく微笑みながら、自身のことを「ボク」と呼んだ。中性的な美貌にその一人称は妙にしっくりきて、かえって彼の掴みどころのなさを際立たせている。ハツカはワイングラスを傾けながら、世界の4大勢力の一角である『K』の本音をさらに明かしていった。「君たち本部が一番安心できる情報を教えてあげるよ。『K』は今のところ、ブラックナンバーを明確に敵視しているんだ。あいつらの人間の魂を資源にする効率化のやり方は、ウチのボスにとっても目障りらしくてね」「ブラックナンバーを、敵視……」きいたちの組織を共通の敵としているなら、この男は、そして『K』は強力な味方になり得るのではないか。私が一瞬、そんな甘い希望を抱いた瞬間、ハツカの細い目が鋭く細められた。「——でもね。だからって、ボクたちのことを安心はしない方がいいよ」ハツカは冷たい東京の夜景を指先でなぞりながら、静かに、しかし明確なトーンで警告を発した。「今はこうして『仲間寄り』として親切に行動できるけど、状況次第では、いつでも君たちの敵になる可能性がある。 それが『K』という組織さ。ボクだって、ボスの命令が変われば、次の瞬間には君たちの首を跳ねる側に回るかもしれないんだから」それは、甘えを許さない冷徹な現実の宣告だった。今は利害が一致しているだけの仮初めの関係。世界のパワーバランスが少しでも傾けば、目の前で優雅に微笑むこの中性的な男が、最悪の刃となって私たちに襲いかかる。「あ……が……ッ」自分で身体を動かせないたくまの前髪のない顔が、ハツカの警告の本気度を察して、ギチリと天秤の体を震わせた。喋れないたくまの瞳には、ブラックナンバーとはまた質の違う、底の知れない不気味な組織『K』への強い警戒心が宿っている。「ふふ、そんなに怖い顔をしないでよ。少なくとも『今』は、ボクは君たちのファンだし、その面白い天秤(たくま)の成長をもっと近くで見たいと思ってる。……どうだい? ボクがブラックナンバーを潰すための『手札』になってあげてもいいよ?」ハツカはソファから立ち上がり、ボク、と胸に手を当てて妖しく微笑んだ。本部の神原司先輩の視界共有がノイズで途切れたままのラグジュアリーな密室で、私とたくまは、世界の均衡を揺るがす危険すぎる劇薬(ハツカ)を前に、大きな選択を迫られていた。