研ぎ澄まされた天秤、四級コンビの蹂躙「まい、たくま。前方、廃工場の資材置き場に二級呪霊が二体、三級呪霊が四体固まっている。今回、周囲に一級・二級の先輩たちのカバーはない。……完全に二人だけの戦場だ。僕の指示通りに動いてくれ」安全な本部の管制室から、神原司先輩の冷徹なナビゲーションが響く。司先輩の視野共有の術式によって、赤黒い呪詛の霧に隠れた呪霊たちの正確な位置と動線が、私の脳内へ完璧にマッピングされていた。私は深く息を吐き、隣に浮かぶ漆黒の天秤へと視線を向けた。前髪のないたくまの顔は、驚くほど冷静に、まっすぐと暗闇を見据えている。「努力は才能に勝てない」と言い放った一将のクソガキたちの嘲笑。睡眠時間を削ってまで泥臭く強くなろうとする特級の先輩たちの背中。それらすべてを背負った今の私たちは、ただ操られるだけの「人形と人形使い」ではなかった。「キシャアアアアッ!!」闇を裂いて、無数の触手と巨大な牙を持つ呪霊の群れが、一斉に私たち目掛けて突っ込んでくる。「たくま、いくよ……! 意識を完全に預けて!」私が地を蹴ると同時に、自分で身体を動かせないたくまの「まいを傷つけさせない」という強烈な防衛イメージが、私の呪力の糸と完全に同調(シンクロ)した。優斗先輩から教わった『主導権の逆転』。私がたくまを動かすのではない。たくまの「こう動きたい」という脳内イメージに、私の呪力がオートマチックに、かつ爆発的な速度で追従する。ズガァアアアン!!!先頭の二級呪霊の凶悪な一撃が、滑り込んできたたくまの天秤の皿へと直撃した。しかし、今の私たちはビクともしない。リント先輩の教え——『天秤とは、二つのものの均衡を測る道具だ』。「新技——『因果傾転(いんがけいてん)』!!」受け止めた二級呪霊の一撃の衝撃が、天秤のもう片方の皿へと一瞬で蓄積され、呪力の輝きとなって倍の質量へと膨れ上がる。たくまの鋭い瞳がカッと見開かれた。次の瞬間、衝撃をすべて上乗せされたたくまの顔が、空間そのものを捩じ切るような超音速の螺旋を描きながら、前方の呪霊群へと向けて正確に射出された。ドガガガガガガガガッ!!!それは、ただの顔の分裂攻撃ではない。受けた攻撃の重さをそのまま相手に傾ける、絶対的な倍返しの一撃。直撃を受けた二級呪霊は叫び声を上げる暇もなく消し飛んで肉片となり、その背後にいた三級呪霊の群れも、凄まじい衝撃波の余波に巻き込まれて一瞬にして塵へと化していった。「まだ残ってる……! たくま、上!」残ったもう一体の二級呪霊が、死角である上空から牙を剥いて飛びかかってくる。しかし、司先輩の視界共有のおかげで、その動きは完全に読めていた。「そこ、死角だよ」まいの呪力とたくまの意識が流れるように反転する。射出されたたくまの顔が瞬時に私の元へと戻り、天秤の身体ごと盾となって上空からの強襲を完璧にブロックした。さらにその衝撃を再び『因果傾転』の糧とし、今度は真下から敵の脳天を撃ち抜くようにたくまの顔を撃ち出す。ドッ、と鈍い音が響き、最後の二級呪霊が完全に消滅した。廃工場を包んでいた不気味な気配が消え去り、静寂が戻る。私は荒い息を吐きながら、たくまの冷たい天秤の身体にそっと手を添えた。前髪のないたくまの顔が、静かに、しかし確かな手応えを感じたように私の目をじっと見つめ返してくる。『素晴らしい戦闘効率だ。まい、たくま。修行の成果が完全に実を結んでいる。君たちの出力と判断力は、もう間違いなく四級の枠を超え、上の階級へと届きつつあるよ』インカムの向こうで、司先輩の驚きと賞賛を秘めた声がはっきりと聞こえた。私たちはまだ、将システムの数にすら入れてもらえない存在かもしれない。だけど、この泥臭い努力の果てに掴んだ新しい天秤の力で、私たちは必ず、あの天才どもを引きずり下ろすための階段を上り始めていた。