俺救2   作:ネネネノノ

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『きいー』

## 陥る天秤、顔壁の枷

「あ……はは……見たか、きい……! これが、私たちの、努力の成果だ……ッ!!」

激しい血を吐き、コンクリートの壁へとへたり込むきいを見下ろし、私は荒い息を吐いた。

隣に浮かぶたくまの天秤、その漆黒の質量から突き出た前髪のない顔も、因縁の宿敵を完全に圧倒した確かな手応えに、鋭い瞳をぎらつかせている。

あかり先輩、太一、ほのかの3人も「やった……! 三将レベルの化け物を押してる……!」と歓声を上げ、勝利を確信しかけていた。

だが、その一瞬の「歓喜」こそが、最悪の死角だった。

「——あはは。油断しすぎだよ、まい」

壁際に追い詰められていたはずのきいの瞳が、不気味に歪んだ。

ドッ、と不自然な呪力の加速。きいは自らの身体にかかる重圧を無視し、文字通り骨を軋ませながら、私たちのグループの最後尾にいたほのかへと一瞬で肉薄した。

「え……? きい、ちゃん……?」

ほのかが恐怖に目を見開いた瞬間、きいの細い指先が、ほのかの肩へと深く触れる。

バリバリバリ、と肉と骨が異常な速度で引き延ばされる、生々しく悍ましい音が地下通路に響き渡った。

「嫌、いやぁああああああッ!!」

ほのかの悲鳴は、瞬時に歪んだ肉塊の奥へと掻き消された。

きいの『人間の形を変える』術式。

ほんの一瞬の隙を突かれ、逃げ遅れたほのかは、きいの肉壁ならぬ『顔壁(かべ)』へと変貌させられてしまったのだ。

「なっ……ほのか……ッ!?」

太一が絶叫する。

私たちの目の前に立ちはだかったのは、肉厚で巨大な『盾』の形に変形させられた、異様な肉塊。そしてその中心には、ほのかの顔がこれでもかと巨大に強調され、恐怖と激痛でボロボロと大粒の涙を流しながら「痛い、痛いよお、まいちゃん助けて……」と泣き叫んでいた。

「あははは! 最高! 新しいお友達コレクション、『ほのか盾(たて)』の完成でーす!」

きいは、泣き叫ぶ巨大な『ほのか盾』の後ろへと完全に身を隠し、その死角から歪んだ笑顔を覗かせた。

彼女は、自らの身体の一部となったほのかを完全に人質にしたのだ。

「さあ、まい! たくま! 攻撃してきなよ! ほら、さっきの凄いやつ(因果傾転・螺旋)で、この『ほのか盾』ごと私をブチ抜いてみせなよ!!」

きいの下劣な挑発が、最下層の通路に響き渡る。

「……っ……、くそ、動けない……ッ!!」

私は拳を血が滲むほど強く握りしめ、その場に凝固した。

攻撃すれば、ほのかの肉体が完全に粉砕されて死ぬ。かと言って、引けばほのかの感覚を持った意識は、あの悪趣味な盾の中に閉じ込められたまま、きいの道具として消費され続ける。

あかり先輩も太一も、武器を構えたまま一歩も動けない。

修行を経て、完璧なシンクロを遂げたはずの私とたくまの天秤が、人質という最悪の不条理を前に、何もできないままピタリと動きを止めてしまった。

『まい、たくま、落ち着くんだ……! 敵の術式を解除する方法を、今、本部のデータから検索している! 挑発に乗るな!』

インカムの向こうから、私たちの視界を共有している神原司先輩の、焦燥しきった叫びが響く。

隣に立つハツカや奏(かなで)も、この最悪の膠着状態に、中性的な顔を微かに歪めてチッと舌を打った。

泣き叫ぶ『ほのか盾』の悲鳴と、きいの高笑い。

二級へと駆け上がり、あと一歩で宿敵を討てるはずだった私たちの前に、再び泥濘(ぬめり)のような絶望が這い寄っていた。

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