夜海家長男はフラグをへし折り続ける 作:吉田正鷹
「ふぅ……ふぅ……クソッなんで私の硬化が……」
深夜、廃ビル。
焦燥感に駆られている女を前に俺は余裕の笑みを浮かべていた。女の方は片腕を潰されているが煌びやかな服装、対して俺は薄汚れた服。但し女は異形化していた。
この世界で所謂人間が異形となるのはどうやら無い話では無いらしく、例外を除いてその異形化に必要なトリガーを引いた場合理性を段々失い人を襲い捕食し始めるのだと言う。例外を除いては。
この異形化した女はその例外では無い、つまり人を襲って殺して食ってきた奴の1人ということだ。
「アンタ、今まで何人の人間を食ってきた?」
「はぁ?そんなの覚えてる訳無いでしょ、お前こそ今まで食べたパンの数を覚えてるワケ?私にとって人間ってのは食べ物でしか無いの、だから泣こうが喚こうが関係無いのよ」
「OKわかった、そういうスタンスね」
異形化した人間は『魔人』と呼ばれている。
魔人はなった時に特殊な能力を1つ持つようになる、そしてそれと並行してとてつもない再生力を身に付けている……この女の腕が既に治っているように。頭を吹っ飛ばしたところで再生する。
討伐方法は『同族喰い』か全身の細胞を一気に消し飛ばすかの二択。
俺がやるのは――
「んじゃ遠慮無く『喰わせて』もらうぜ」
「こんなところで……終わって堪るものか!!」
前者だ。
魔人には理性を失わない者が存在した、俺がさっき言った『例外』とは正に俺の事である。
理性を失わない魔人の同族喰いは非常にメリットが大きい、人類の悪になる面倒な連中を駆除しながら更に『特殊能力を奪える』。
そう、魔人を喰うとその魔人の能力を手に入れられるのだ。
「良いだろ?アンタにとって人間がパンみたいなもんなら俺にとっての『パン』は魔人なのさ」
「な、ナメた真似をぉ!!殺してやる!!」
この魔人の能力は『硬化』。読んで文字の如く人体に物理攻撃が効かなくなる程の硬化を行う、それによって攻撃性能もただの突進がとてつもない程の破壊力を持つ。
そんな奴に突進をされたら普通は一溜りも無い、魔人でもそこまで強くない奴ならやられている。
まあ当たれば、なんだが。
「よっと、突進が直線的過ぎるんだよ」
「ちょこまかとぉ!!」
得物である短剣を女に、指をさすようにしてそう言い放つ。
ちなみにさっき女の腕を潰したのはこの短剣ではなく純粋な拳だった、短剣を投げて相手の硬化しきれなかった部分である耳を掠めさせて気を散らせてから俺の能力の1つの『怪力』で潰したのだ。
それはさておき、そろそろ『効いてくる』頃合いかな。
「はは、どうしたどうした!さっきまでの威勢が無いぞ!?それともようやく私の強さを……!?」
「お、ようやく効いてきたか」
「ぐぅっ!?がっ……はっ……」
女が突然胸を抑えて倒れ込む。
これが俺の『仕込み』であった。
「私に何をしたぁ……!?」
「言ってなかったっけ?俺の能力、3つあるんだよ。1つは怪力、もう1つは毒の生成ね。勿論魔人に効くやつ。俺の場合怪力じゃなくてさっき投げた毒付き短剣の方が本命だったってワケ」
毒を塗った短剣で相手に少しでも傷を付ければたちまちそこから身体全体に毒が回っていく、特に魔人は細胞の活性化が凄まじいからか即効性が高いらしい。人間にやった試しが無いから詳しくは知らないが。
ただ、強い毒だと食べる時にちょっと刺激的な味になってしまうからなるべく弱い毒で仕留めたいと思っている。今回も一番弱い毒でやっている。これで死ななかったら少しずつ毒を強めていけば良い。
「は、はは……お前……魔人なら私も食べた事があるぞ……あれは……ッ、美味だったからな……」
「は?何お前、俺と同じになったつもりでいるのやめてもらえる?俺は強制的に魔人にさせられたような『人間』を食べる趣味は無いの。俺が食べてるのはこの世からいなくなっても誰も困らない、寧ろ喜ぶ人間が多くいるような『魔人』なの。俺人間の事魔人とは言わないし。だから死んでよ」
「……馬鹿め、そん……な、綺麗事で……生きていける、とはッ……おも、わ……」
倒れ伏した魔人を前に心底今の言葉が何一つ響かなかったなと首を傾げる。まだ10数年前までは殺伐とした殺し合いの世界に触れた事の無かった人間だったから少しくらい心的ダメージがあるんじゃないかと思ったがそんな事は無かった。
まあ元より綺麗事なんてそんなチャチなもので生きていけているとは考えていない。自分の小さな掌を見る。まだ齢10前後だろうか、『前世』と比べてあまりにも小さなこの手はもう何人もの魔人の血で染まっている。いくらこの世から消さねばならない害獣だとしても、元は人間の彼ら彼女らを殺しておいて綺麗事でこの先何かが出来るだなんて思い上がりも甚だしい。
「んじゃま、いただくとしますかね」
手をかざすと体は激しく燃え上がり灰となって、その手に全て吸収されていく。不思議な事にこれで魔人を食べたのと同等の扱いとなり、味覚と空腹が満たされる。
やはり魔人だけあり非常に美味だ、これでようやく少し落ち着く事が出来る。3日4日は飲まず食わず徹夜でも動けるくらいの栄養と満腹を得られた。
「あーうま、まともなメシ食えないんだから魔人で補填するしか無いよな。今だけは政府が腐っててくれて良かったと心の底から思うわ、まあ腐ってなければ俺がこんな年齢で浮浪しなくて良いんだけど」
はぁ、と大きな溜め息を吐き出す。
さっきも言ったが俺には『前世』がある、それもこの一連の世界を『魔法少女リリカルなのは』シリーズとして観測出来た世界から転生してきたという記憶もある。
本来ならその知識を駆使して上手い事生きられるはずだったんだが、とある事情からそれがここでは上手く機能せずにわか未満の知識でギリギリ生きている。
そうだとしても本来はもっと落ち着いた生き方が出来ていたはずだった、俺はこの世界では何の変哲もない瑞穂という地域の一般家庭の1人間として生まれたのだった。
だが数年前、両親が営む小さな会社が事業で失敗し方針転換をした瞬間にそれは崩壊の一途を辿った。
「ほんっと、馬鹿な両親だったなあ。前世の両親がどんだけマシだったか身を持って知る羽目になるとは」
両親はどこから情報を仕入れてきたのか、あろうことか魔人化薬……その名の通り人を魔人に変える薬の売買で事業失敗の借金を一瞬にして返していたのだから。
そして両親共々気が付けば『ソレ』に手を出していて、人ならざる者として人間を食らっていた。
俺は最初、魔人になる気は無かった。
人間として魔人や瑞穂を侵略する生物達に対抗する力が備わっているものだと、生まれ変わる前授かった言葉を理解していたからだった。どこかのタイミングで逃げ出して成長するまで顔を隠して生きよう、そう思っていた。
だがとある日の深夜、ふと目が覚めた時に両親の話を聞いてしまった。
『そろそろアレを魔人化させて食べよう』
間違いなく俺の事だった。
何がなんでも死ぬ訳にはいかない、まだこの世界で出会いたい人達と出会えてもいない、前世では最期理不尽に死んでしまった、今死ねば後悔だけが募るから。
だから俺は魔人になって両親を殺す道を選んだ。生きる為に。
魔人になる方法は簡単だ、侵略生物と言われる『侵略種』の遺伝子をその身に取り込む事だ。又はその遺伝子を取り込み魔人となった人間を喰らってもなれる。例外としてその遺伝子を抽出して闇商売として出回っている魔人化薬もあるが。
まあ何にせよ、俺はその辺に落ちてるハンターが退治して写真を撮り終え処理用の道具を持ってきたり人を呼んでくる間に放置されている侵略種の死骸をとにかく数日で大量に喰らった。
そして喰らう中で、さっきのような灰にして取り込む方法も思い付いた。
ひたすらに蓄えて蓄えて……数日後、両親を殺した。
これが人生初の『人殺し』だった。