夜海家長男はフラグをへし折り続ける 作:吉田正鷹
「よし……前回よりも上手く出来た気がします。どうですか、トワおねえちゃん」
「美味しいよ、本当にユズは飲み込みが早くてすごいね」
「えへへ、ありがとうございます」
「お!そりゃ楽しみだ!もう俺くらいは抜かされてるかもな!ははは!」
「テンマもトワもユズも、みんな色んなことの飲み込みが早くて誇らしいわ〜」
「お父さん、お母さんも。ありがとう」
穏やかな日々だ。本当に、どこまでも続くんじゃないかと思えるくらいゆっくりと時間が過ぎていくのが感じ取れる。これが世間一般が言う『日常』というものらしいというのは、ここに来て何ヶ月か経ってからだったっけ……もう1年くらいここに、夜海家にいるけど、わたしもすっかりこの生活に慣れたんだなと実感する。
……わたしは、お父さん、お母さん、おにいさん、トワおねえちゃんと血の繋がりがない。なんならおにいさんとトワおねえちゃんも、それぞれわたしみたいに夜海家に引き取られた人達だから全員が全員血の繋がりがない。
「おにいさん、今日はこの前話してた久瀬さんに会いに行ってるんだよね?」
「うん。テンマは私より先にシイナとセツナと友達になってたからね、でも中々会えないって言ってたから今日は久々の再会みたい」
「……わたしもいつか会ってみたいな、2人の友達に」
「会わせられる機会が来たら連れて来るから、待ってて」
「楽しみに待ってますね」
家族が、好きだ。
正確に言えば家族と明確に思えたのは色々と心の整理がついて、環境にも慣れた頃だからまだ半年あるかどうかだけれど……それでもわたしはそう断言したい、家族が大好きだと。
そもそも、わたしは引き取られるまで家族というものを、愛情、日常というものを何一つ知らない世界で生きていた。何なら『外』というものさえもほぼ知らず、読み書きなんて以ての外。
……そう、わたしは実の両親によって実験動物やエサみたいなものとして『生かされてきた』。
「それじゃあわたしは、おにいさんが帰ってくるまで少しゆっくりしていますね」
「私も、読書してようかな」
あの頃、わたしに感情というものは無かった。
それさえも覚えさせられることなく檻の中が全ての世界に生かされ続け、生まれる前にはもう魔人化薬に手を出した両親の為に生き地獄をそうとさえ思えないように生かされてきた。
思い出すだけでも忌々しくなるけど、それ以上にあんなに苦しめられていなければきっとおにいさん、トワおねえちゃん、それに今の両親と出会うことも無かったんだろう。
ちょっとだけ、久しぶりにあの頃を思い出してみるかな。
「うわ……こりゃひでーな。大丈夫かって聞くまでもなく大丈夫じゃなさそうだ。姉さん、その救えないゴミは一旦ボコしといて」
「分かってる、その子の為にも簡単に殺しはしない。シオリ、手筈通りにお願い。アオイも手伝ってあげて」
「ええ、ではまずは……っと、薬に夢中で私達に気が付かないとは……最早どうしようもないですね。行きますよ、アオイ」
「はーい!それじゃあ1人1つって事で!先帰ってるねー」
「あいよー、先休んでて良いからな」
その日はいつもと違っていた、いつもわたしをエサみたいに、ケモノみたいに扱ってくる男と女は縛り上げられどこかへ連れて行かれわたしは檻の外に出された。
遂に廃棄されるのか?そう思ったけれど……
「自分が何をされていたのかも分からないなんて、本当に人間らしい事なにもされてこなかったのか……」
「まずは人間としての感情を呼び起こさせないと」
「だな、実の両親があんなんじゃ引き取り手も無いだろうし連れて帰ろう。――言ってもあんまり伝わらねえと思うが、今日から俺達の家がお前の家だ。もう檻の中にいなくても良いんだ」
頭を優しく撫でてそう言ってくれた。
今まで一度もされたことの無い、それでいてとても心が温かくなるような……そんな行為だったとあの時そう思った。
それからわたしは『古寺ユズ』から『夜海ユズ』になった、正式な手続きが済んでないから本当になるのはもっと先だけれど家族に迎えたいと帰った後2人の親に伝えられた。
言葉の意味は、あまり分からなかった。でもそれと同時に出された目の前の食事は、生きる為だけにさせられる惨たらしい行為とは全く違って、あまりにも美味しくて……美味しくて、だからたったそれだけの行為なのに『外』を知って、初めて感情が芽生えた。
「……テンマ、トワ」
「どした?」
「ん?」
「アイツら、今どこにいる?」
「お前の実の両親か?相沢家の地下牢にぶち込んであるが」
「めちゃくちゃに、したい。これが感情なのか分からないけど……わたしにしてきた以上のことをして、ぐちゃぐちゃにしたい……!!わたしを閉じ込めてきた奴らを!!」
それは『喜び』ではなかった。最初に芽生えたのは『憎悪』だった。一歩外に出られただけでこんなにも景色が見られて、歩けて、喋ることが出来て……何より何かを食べるという行いが苦痛じゃなくて本来癒しと喜びなのだと聞いたから、どうしても湧き上がってきてしまった。
こんな苦痛を与えてきたアイツらをぐちゃぐちゃに壊してやりたいと、自分が自由になれなかったのはアイツらのせいだと理解したから芽生えた感情が抑えられなかった。
「――分かった、その為に殺さないでいたから。私もテンマも止めない、あなたの好きなようにやって良いよ」
「迷っても良い、迷わなくても良い、今お前の中にある『それ』が感情だ。初めて芽生えた感情を、自由にぶつけてどう思ったか教えてくれ。そこから成長していこう」
アイツらが人を食べているところを見た事がある、生きている人を殺して解体しているところを見た事がある、だから人を殺すのが何となく行けないことだと分かっていた。
それでも2人は止めないでくれた、まるでそうなるのが最初から分かっていたように。
そして案内された地下牢で檻に無様に繋がれ最早人の言葉を発してすらいないアイツらを……わたしは殺した、正確には夢中で怒りを、憎悪をぶつけている間に動かなくなったというのが正解。
「どうだったよ?やりたいようにやってみて」
「……少しだけ、落ち着いた」
「そっか」
「でも……でもね、何も残らなかった、最後まで人間に戻らなかった。それじゃ……意味が無い……ずっと、この気持ちは完全には晴れない……」
「ま、そりゃそうだよな」
「ねえ、あなたは私達と一緒に来る気ある?あなたやあなたみたいな人達が苦しまなくても良くなるように、魔人の力を悪用している連中を断罪するの。どう?」
「行く。せめてもう、こんな思いはしたくないから……」
でも晴れなかった、相手はもう人間ではなく心の無い怪物でしか無かったから、自分と同じ目にあわせたところで同じ感情を抱いてはくれなかった。何も得られずただただ虚無感だけが残った。
だから決めた、こんなにも苦しい思いをするだけならこんな世の中から変えていくしかないんだと。
おにいさんは、ポロポロと流れるそんなわたしの目元を拭って抱き締めてくれた。
「その憎悪、怒り、悲しみ、苦しみ、虚無感……絶対忘れるなよ。でもな、それ以上に喜び、幸せ、癒しそうした感情も教える。喜怒哀楽全てを知って、一緒に生きていこう……これからは俺が、俺達が、家族だからな……」
温かかった、頭を撫でてくれた時の何倍も温かくて心地良くて、涙が止まらなかった。あの時はなんで泣いているのかも分からなかったけれど、今なら分かる。
あの温もりは、言葉は……きっとずっと欲しかった言葉だったんだ、何も知らなかったから欲しい言葉も温もりも知らなかったけど。
そしてその時に高鳴った、胸の鼓動の正体も。
「……おにいさん」
「もうわたしは、孤独じゃないって知ってます」
「なのになんでおにいさんは、寂しそうな顔をすることがあるんですか?」
「わたしじゃ、力になれませんか?」
「大好きなおにいさんの、家族の。……恋してる人の力になりたいって言うのは、いけないことですか?」
喜怒哀楽、その全てを全部あなたから教えてもらったのに、たったひとつあなたの寂しそうな顔、それだけは絶対教えてくれない大好きな大好きなおにいさんで、初恋の人。
「およ、ユズじゃーん!ゲームしよっ」
「分かった、何する?」
「んじゃあ〜――」
この想いは一旦日常に引き戻され、中に消えていく。
でも、消えやしない。大好きな人を助けたいって、知りたいって思うのは当然なのだから。
そう胸に秘めて。