夜海家長男はフラグをへし折り続ける 作:吉田正鷹
――そういや俺がどんな家にいたかっての、軽くは話したけど詳しくは話した事無かったよな。
ある日唐突にテンマはそうやって切り出してきた、聞きたいか聞きたくないかと言われたら聞きたいけれど……でもテンマにとっては話したくない出来事だと分かっていたから聞く事は無かった。
でも自分からそう切り出してきた、魔人狩りを始めるまだずっと前の頃に聞いた話をもう一度詳しく話そうとして来たから本当に良いのかと聞き返したくなった、初めてその話を聞いた時のあの子の表情は今でも思い出せるくらい辛いものだったから
「でもテンマ……」
「姉さんにだけは隠し事したくないんだよ、あんまり話したくはないけどそれ以上に話さない方がやっぱ無理でさ」
「そっか、テンマが大丈夫なら良いよ」
テンマは元々そこそこ裕福な家に生まれた、大企業じゃないけれど会社経営をしていて業績も安定している家。侵略種の脅威は勿論あるけれどこの国だと相当安全で、本来なら苦労せず私達とも出会う事なく普遍的な平和を暮らせていたんだと思う。
でもそうは行かなかった。
「姉さんには話したと思うけどウチの実の親って本当に堅実な暮らしが出来ればそれで良いって話しててさ、まあどう考えても中堅企業の社長だから堅実どころの話では無かった訳だけど。実際派手に業界トップとかじゃなかったにせよ安定感抜群で俺が産まれる前から何世代も続いてたのよね」
「でも一瞬にして崩壊したよ、ずっと界隈の中の上クラスを安定して行ってたのが気に入らなかった企業が、どこから話を聞きつけたか魔人を使って犯罪をしてそれをこっちの社員に押し付けてきた」
「警察上層部は姉さんも知っての通り魔人化薬のお得意様、つまり権力によって事件は社員のせいにされたって訳だ、警察の権力によってな」
あの子もまた、蔵木篠宮の被害者だった。
魔人によって家族を狂わされた、魔人によってそれまで平和だった暮らしが何もかも崩壊した、ただただ頑張っていただけなのに『気に入らない』その感情1つで。それだけで魔人をけしかけられてテンマの実の両親の会社は崩壊した。
「それから社員は全員辞め、両親は徐々に壊れていった」
「貯金もあったが到底返せる金額じゃない借金だけが残った。勿論順調に会社経営が続けられれば数年で返せそうだったが押し付けられた不祥事で廃業、一文無し、あの時点で俺達は詰んでた」
事情を知らない面々が息を飲む、これは父さん母さんも一度も聞いた事の無い話だからどれだけ重たい話になるのか予想が付かない、ここまでが前提の話だという事だけが分かっている……やっぱり口を開きたくはない言葉の羅列になる、それでも話すと決めたからには止まる訳にはいかない。
「俺の事を想ってくれていた、こんな借金まみれの家に置いておくのはダメなんじゃないかって話してた……これは姉さんも知ってるか」
「ま、その直後からなんだよね。親が急に深刻な顔をあまりしなくなって、笑顔が増えて、もう一度会社経営を始めたのは」
「普通なら嬉しいと思うよな、だって何故かは分からないにせよ親がもう一度笑ってくれて元の生活に戻れる可能性があるんだぜ?でも俺はそうは思えなかった、異常だったんだよ親の再建までのスピードが」
ヘラヘラと笑うように語っていたけれど、とても平気そうには見えなかった。口が震えて、目も泳いでいて、まるでこう話さないと正気を保てないと言う風に私には見えた……なにか声を掛けるべきだと思ったけれど掛けられなかった、言葉が見つからなかったから。
元々親がいなくて何も分からなかった。
「当時7歳くらいかね、親の教育のお陰で賢く育っちまった俺は怪しいと勘づいて調べた、調べちまったんだよ、親が何をして借金を返済出来るようになったか」
「案の定、魔人化薬の入手と販売に手を出してた」
「元々両親は頭がキレるから、手を出そうと思えば勧誘はザラにあったんだろう。すぐに闇社会の仲間入りをして稼ぎに稼ぎまくったそうだ」
「会社を潰した同業他社に関しても、取引先の魔人と結託して報復して全社員皆殺し。乾いた笑いしか出なかったよ」
でももし、父さんと母さんがそうして狂ってしまったらと置き換えたら……違う意味で言葉が出てこなかった。そんな絶望的な事を7歳で体験して壊れなかったのは、もうその時には既にテンマもある意味でおかしくなってしまっていたのかもしれない。
「だって滑稽だろ?魔人化薬のせいで幸せな生活が何もかも壊れたのに、それを立て直す為に魔人化薬に手を出したんだぜ?もう俺には意味を理解したくもなかった」
「……ま、そこで終わればただの一級の悲劇でしか無かったんだが。姉さんはもう知ってるよな?あの両親はあろうことか自らにも魔人化薬を打ち込んで魔人になりやがった、本当にバカだよ」
「だってそうだろ?金を返すだけなら魔人化薬の販売だけで良かった、勿論それも論外だが自分まで間近で見てきた魔人の力に魅了されて人未満に堕ちやがったのさ」
魔人化薬販売をしている人間がやがて魔人になる……というのは良くある話だった。元々魔人化薬を売るような人間は力に溺れやすい、そんな連中が人ならざる力を振り回している魔人を見たら魅了されるのは必然だった。テンマの実の両親もその例に漏れず外道にその身を堕とした。
「最初は本当に俺を食いっぱぐれないようにする為に苦肉の策で魔人化薬に手を出したんだと思ってる、それでも裁かれて然るべきだがまだ気持ちだけは理解出来た。でも魔人化した両親は当初のその目的さえやがて忘れていった、俺の為にしたはずなのに最終的に両親は力と捕食を求めていった。俺もいつか食われると本能的に危機を察知した、このままでは殺されてしまうと」
「だがこのまま逃げたところで逃げられるとは到底思えない、何せ相手は大人の魔人で俺はたかが7歳の人間でしかないのだから」
「そこでした事が……侵略種喰い、ハンターが取り残した侵略種の死体を貪って、奴らの血肉を体内に吸収して魔人になった。自発的にな」
「軽蔑したか?……はぁ、姉さん。家族だからって絶対軽蔑しないとか言うなよ、そこはちょっとでも軽蔑してくれた方がまだ良かった。心が痛むんだって」
テンマは自発的に魔人になった、そうしないと生き残れないと判断して、快楽や欲望の為ではなく『死にたくない』『生きたい』そう願い足掻いた1人のたった7歳の思いの丈として。
「んで、俺が人生で初めて殺した魔人ってのが実の両親になるって話に繋がるワケ」
「もしもあの時、まだ魔人化薬に手を出す前。話を耳にした時。あの時俺が両親に何か言えていたら、『俺は借金があっても誇り高い両親の元で暮らしたい』そう言っていたら何か変わったんじゃないかって」
「もしそうじゃなかったとしても、言わなかった事が両親を殺したんだって俺の中でずっと呪いみたいに後悔してる」
「一時も頭から離れないんだ、あの瞬間の光景が、声が、顔が」
あの子の声はもう誤魔化せないくらい震えていた、実の両親の事が大嫌いだって口癖みたいにいつも言っていた、言っているテンマが唯一……その両親の事で泣きそうに、本当に大切そうに話していた。本当は大嫌いな訳がなくて、だからきっとテンマは――
「テンマは、地獄に落ちようとしているんじゃないかなって。幸せになっちゃいけないって、いつか全員を置いて死ぬべきだって……私だけは知ってた、だからこうする事も本当は勘づけたはずなのに……ユズもアオイも、テンマも。傷付けさせずに済んだはずなのに」
後悔している。本当は気が付けたはずなのに、止められたはずなのに、何も出来なかった。ユズもアオイもテンマも、傷付けさせずに止めるべきだったのに、出来なかった。
ああそっか、私も思った以上に我慢していたんだ。大切な家族を守れなかった、大切な大好きな男の子を守れなかった、みんな生きているけれど。自分の無力さを押し殺してここまで来たのは自覚していた、でもこんなに――涙が溢れてくるくらい、押し潰されそうになるくらい後悔しているなんて思わなかった。
ごめんねテンマ。2人だけの秘密、話して。
でも……苦しみをみんなに知ってほしかった。
みんなの顔を見る事は、出来なかった。