夜海家長男はフラグをへし折り続ける 作:吉田正鷹
「はぁ……はぁ……へへっ……こんな俺でもよぉ……お前にここまで辿り着いたぜ……どうだ、痛みを味わう気分は」
アレから一体どれくらいの時間が経っただろうか、お互い殴り蹴り、殴られ蹴られ、こっちは銃やらナイフやらの小手先の攻撃もして、お互い全身ボロボロになっていた。
そう『お互い』だ、今までみたいに一方的にこちらが劣勢になっていない……あの時撃ち込んだ銃弾が想像以上に効いている、あの篠宮マナがボロボロになっている、焦燥感のある表情でこちらを見ている、それだけでこちらの口角が上がる。
だってそうだろう?さっきまでこちらを見下して餌としてしか見てなかった相手が、明らかにこちらを敵と認識して見つめているんだ。遊び相手、餌、眼中にすらない、そんな相手に噛み付かれて訳も分からず驚愕しているその姿を見て笑わないはずがない。
やっとだ、やっとこっちを向いた。何度殴っても蹴っても振り向かなかった相手が、憎むべき敵が、殺すべき敵が、同じステージまで落ちてきた。同じ感情をこっちに、俺に抱いた。
俺の攻撃が届いた、殺せない相手じゃないと証明されたんだ、明確にダメージを入れられたのなら殺せるはずだ。
最大限に見下したような笑みで見つめる。
「なんで、アタシが……お、おかしいなあ……こんなに弱くなってるなんてありえないんだけど……あれ?あれ?」
「言ったはずだぜ?殺し合いを楽しもうってな。一方的な蹂躙は終わりだ、篠宮マナ……屈辱を味わいながら俺と一緒に地獄へ引きずり込まれろ」
「はぁ?嫌に決まってるんですけど?アタシは強くないといけない、最初はあの気に入らない『アレ』に復讐する為だけに強くなろうとした、でもね……今のアタシがいるのはエイジくんのお陰。だからエイジくんと、親友と生きる為に強さが欲しかった。こんなバカバカしいところで負けてられないんだよね、だから」
「そうかよ、お前の事情なんて知った事か。俺から言える言葉はただ一つ『死ね』それだけだ」
言葉だけ聞けば高尚な言い分だろう、何せ俺も守りたい人の為に戦っているのだからそこだけは共通していると言ってやっても良い。だがそれ以外は全くの別だ、罪の無い人間を殺すような連中に情けを掛ける必要なんぞ何処にもない。たとえその余地があったとて、俺の大切な人達や街に危害を加えるならどれだけの正義を掲げようと殺すが。
「ゴホッ……チッ、タイムリミットが近いな……そんじゃ死んでもらうぞ……」
口から吐血して相変わらず焦点も合わなければボヤけている視界の中で照準を定め篠宮を撃ち抜く。
「ガッ、ガハッ」
全弾命中、もうコイツは殆ど動けていない証拠になる。
さっきまであの一発以外当てられなかった銃を、立ち止まりながら撃って全弾命中させられるくらいに弱っている。
時期に虫の息になるだろう、そして数時間以内にコイツは死ぬ……まあ俺もだろうが。
これで解決出来るのなら……なんだって良い、未練なんて……未練なんてものはとっくの昔に捨ててきた、はずだから。
「痛いか……痛いよな、苦しいよな、なんでこんな目にって思うよな、それが今までお前が、お前達が罪の無い人達に味わわせてきた痛み、苦しみ、理不尽だ。死んだ人間は帰ってこない、だからせめて……報いを受けて死ね」
地下で見た、罪の無い人達の遺体。姉さんのいた実験場で殺されていった無数の子ども達、それに……俺の実の両親。
こんなヤツらがいなければ誰も死なずに済んだ、こんなヤツらがいなければ誰も理不尽に悲しみ苦しむ事ももっと減ったはずだ、せめてその痛みの一部くらい味わわせて殺したって良いだろう。
死んだ人間は帰ってこない、苦しみ悲しんだ気持ちは無くならないのだから、最期くらいその代弁者を語ったって良いと思いたい、正義ぶって死んだって許してくれるはずだ。その分地獄に落ちるのは俺も同じなのだから。
銃口をもう一度向ける、これでチェックメイトだ――
「なっ!?チッ!」
その銃口は――篠宮ではなくその後方へ向け咄嗟に放っていた。
「あ」
ドサリ、と誰かの倒れる音。俺は意識が朦朧として忘れていたのだ……ここに篠宮以外が来る可能性を、篠宮の助手……という名の人ならざるものが来る事を。
完全に失念していた、と今度は俺が焦燥する。
篠宮の助手と呼ばれる女型の個体は別段強い訳ではなく、俺の銃弾一発でもあればすぐにでも絶命させられる程のものでしかない。事実今ここに来た奴も既に『気配』は無く絶命したものと思われる。
だが問題はそこではない。
「まずっ……身体が……」
その助手が『何をしにここに来たか』それを考えればまずいと思うのは当然の帰結であった。
『俺の手元には、今までの記憶全てを忘れられる程存在を変質させられる……魔人化薬とは別の、夜海テンマお前だけに用意した薬がある。これを一度使えばマナの部下のようなバケモノになる代わりに力は今よりも桁違いの強さになり0から生き直す事が出来る、この世界の苦しみからも解放される』
少し考えれば分かる話だった、たとえ俺に使うのがメインだとしても死に際にこんなものが転がってきたら篠宮が何をするかなんて一目瞭然……『自分に使う』に決まっている。
必死に身体を動かす、それだけは阻止しなければならない。
ここまで辿り着いたんだ、あと少しで仕留められるところまで来た、この薬物さえ無ければ確実に篠宮を殺せるというフェーズまで来たのに、これを使われては全てが台無しになってしまう。
動け、動いてくれよ俺の身体!!こんなところで終わって堪るか、大切な人達を守る為にやってきたのに、そんなのはあんまりだろうが!!
「は……ハハ、アハハ!!まだ運命はアタシに味方してたみたいだねえ〜!」
「ふざ、けんな……!!クッソ……!」
「アハッ……エイジくん、ごめんね。これ使っちゃったらキミの事忘れちゃうけれど……きっとまた出会ったらアタシ達、友達になれると思うからさ。だから……使うね」
「やめろおおおおおおおおお!!」
グサリと篠宮の首に注射器が突き刺さる、それは俺への死刑宣告に他ならないものだった。
伸ばした手が力無く落ちる、ああ……終わった、捨て身で一矢報いなければ追い詰められなかった相手が再生どころかそれを飛び越えて強化。俺にはもう何も出来ない、残されていない、あるのは死を待つ弱りきった情けない男1人。
「…………あはっ、なんでここにいるのか分かんないけどさ、キミ魔人だよね?魔人だよねえ?食べて良い?食べて良いよね?なんかお腹空いちゃっててさ……」
「はは……バッカみてえだな、今までやってきた事全部全部茶番だったのかよ。俺の命まで茶番だったなんて滑稽だよ……」
銃を落とし乾いた笑いを浮かべる。
視界がボヤけていても分かる程にボロボロだった姿が回復している、全ての努力は水の泡と化した。
薬の副作用か、やはり記憶は飛んでいるようだがそれが俺に無情な現実を叩きつける。副作用が効いている、という事は本作用もしっかり浸透している証左だ。
「――ごめん」
この腹の中に入っている毒入り銃弾も果たしてどこまで効くのか、最早そんなものは考えられない。何も考えられない、俺は無力だから。
……シオリ、ユーナ、光一、セツナ、シイナ、アオイ、ユズ、母さん、親父……姉さん。
ごめん、不甲斐ないこんな俺の事をどうか恨んでくれ。
そしてどうかここから逃げてせめて生きてくれ。
「何に謝ってるのか分かんないけど、まあいっか!それじゃ!いただきま――」
目を瞑る……何故だろうか、痛みも苦しみも感じない。
思えば前世でも痛みも苦しみも覚える事無く過労死したんだったか、死ぬ時ってのは毎回こんなもんなんだろうか。
目を、開ける。
「何を諦めている、我が親友」
「…………光一、それに……なんでここに来たんだよ」
ボヤける視界でも分かる、この姿は光一。
そして……魔人狩りのみんな、姉さんとシイナもいる。
「テンマが心配だったからに決まってるでしょ」
「シイナ……こんなバカな俺の事なんて心配するなよ」
もう立ち上がる気力も無いはずのボロボロの身体で立ち上がろうとする、これが現実だとして俺が心配される価値はもう無い。
だから――
「ふざけないで」
頬が熱くなる。これは……叩かれた?シイナに?なんで?
呆然とする俺に、今度は姉さんが。
口を、開いた。
勘の良い皆様なら訳の分からない薬物が出てきた時点で察していた事とは思いますが、あの薬物は無事マナの最終強化の為に使わせていただきました
そりゃそう簡単に死なせる訳にいかないでしょう、この作品じゃ篠宮と蔵木の回想してないんだから強さ盛っておかないとダメなんですよ