夜海家長男はフラグをへし折り続ける 作:吉田正鷹
「なあ、なんか手伝った方が良いんじゃ……」
「ダーメ!テンマはお客さんなんだから待ってて!」
「そうだよ、それにとっても美味しいビーフシチューテンマさんにごちそうしたいの」
「まそう言われちゃ手出し出来ないな」
2人に連行されてきた俺はリビングで大人しくしていた、料理は俺もそこそこ出来るが客人を料理させるのは断固拒否!とのことでテレビを見るくらいに留まっていた。良い匂いがしてくるから自信の程は言葉通りあるんだろう、乙女の料理する姿は眼福だしそれを眺めていますかね。
うむ、シイナもセツナも可愛いな。
平和になったら俺もいつかあんな可愛い恋人手に入れて、いつしか夜海家みたいな幸せな家庭を築けるのか……いや無理だな、俺は実の両親をみすみす死に追いやったんだ、今の幸せですら享受するには大きすぎる程なのにそんな幸せ、俺が受け取るには罪を作ってしまった。今更受け取るにはもう遅い。
「よーし完璧!美味しい!」
「やったー!」
そんなネガティブな思考を引き裂いてやってきたのは料理の完成を告げる2人の歓声だった、どうやら完璧な出来とのことで楽しみになってきた。こういう時くらいネガティブな思考は引っ込めておこう、2人の料理にはあまりにも無粋だ。
「できたよー」
「こっち来て良いよ〜」
「りょーかい」
思考を切り替えて2人の声に立ち上がる。揃って屈託の無い笑顔を浮かべているのを見るのは何とも癒される、こうした笑顔を1つでも守れるのであれば主人公云々抜きにしてもこの地にやってきて正解だったのではないだろうか。
いただきます、と手を合わせ1口。
「おお!こりゃ美味い!めっちゃ美味いぞこれ!」
「テンマさんが喜んでくれて良かったー」
「へへん、セツナは料理上手いからね。どうよ!」
「おみそれしました」
「えへへ、照れちゃうな……」
いやめちゃくちゃ美味いな、びっくりしたわ。
一瞬本格的なレストランにでも来たのかと錯覚するくらい濃厚で複雑な味わいだ、しかしその先にあるのは家庭的な癒される味。なんだこれ初めて過ぎてびっくりする。
「すげーわこれ、店出せるレベルだぞ」
「そ、そんなに?わたしのお料理が?」
「おうマジだぞ、美味すぎてびっくりしたわ。将来有望だな」
「そうでしょそうでしょ、セツナはすごいんだから!」
「テンマさんもしーちゃんも褒めすぎだよぉ……」
照れてちょっと縮こまるセツナもまた可愛い、なんだろうこのちっこくて尊いもの俺が絶対守らないといけないような雰囲気するんだけどまさか原作で死なないよね?あまりにも死にそうな匂いするけど気のせいだよね?
「あ、ところでシャワー誰から浴びる?テンマ先浴びても良いよ?」
「アホか、女性を差し置いて男が入る訳ねーだろ。シイナとセツナから先入りなさい、俺は後で良いから」
「わお優しい」
「優しいとかじゃなくて常識だってのに……シイナだって美人だろ」
「えーあたしが?」
「そうだよ!しーちゃん美人なのにドライヤーも掛けないしオシャレもあんまりしないしもったいないと思うの!」
「え、マジ?あれで化粧してないの?」
「え?してないよ?なんで?」
ところでこのガサツが服着て歩いてる女はなんなんだ、今回のリリカルなのはの主人公こういうタイプなの?いやそれよりも、化粧も何もせずあの美貌ってチートかよ……世の中の女が聞いたら嫉妬と羨望で卒倒するぞ。
「いやだって本土基準で考えても見るからに目立つ美人だぞシイナ、それが化粧無しだっていう衝撃に俺は耐えられそうに無い」
「それは褒めてるんだよね?」
「褒めてると同時に呆れてんだよ、頼むからもう少し化粧とかオシャレに気を使ってくれ世の中の女性達が憤死してしまう」
「どゆ意味?」
「それはセツナにでも聞いてくれ。っと、ご馳走様。ほんと美味かったよ、俺がこの島に住んでたら毎日でも食べたいくらいだ」
うん本当に美人なんだよな……魔人狩りのメンツと比べても互角に戦えてる、姉さんに比肩するとかバケモンレベルだろ。
「洗い物は俺がしようか?」
「だからお客さんが働いたらダメだってば、お風呂出たらやるから置いといて」
「わお強情なこって。ま、もてなされときますか」
そそくさとシイナとセツナがお風呂に行ったのを見送って……勿論裸なんて覗く訳無いが、まったりと過ごさせてもらう。
……なんか妙に嫌な気配がするな。
こう、来た時には無かった居心地の悪さというか気持ち悪さというか、俺の直感が嫌なものが近付いていると告げている気がしてならない。セツナからうっすら匂った死の雰囲気と言い、まさかなんかの拍子にどっちかが死んで1話が本格的に始まるなんて言わないよなこれ。
「とにかく警戒しとくに限るな」
とはいえ警戒するにしてもここである程度気を張っておくくらいしか出来ないんだが……集中しすぎると時間がどれだけ経ったか分からないんだよな圧縮されすぎて。
空港火災の時みたく時間が静止したようにスローモーションになる事もあれば、まるでキング・クリムゾンされたかのように感覚的に一気に飛んでいたなんて事もある。どうにもこの辺のコントロールは上手くいかないようだ。
「いやーさっぱりしたー」
「しーちゃん!テンマさんは男の人なんだからもうちょっと肌の出てない服着ようよ!」
「へーきへーき、テンマは鼻の下伸ばすような人じゃないし」
「そういう意味じゃないよぉ!」
「……マジで気まずいんで勘弁してください」
「ほらぁ!も〜」
「あ、あはは……ごめぇん……」
ほら気が付いたら長風呂のはずの女性陣が上がっていた。やっぱりこれあんまり使いたくないな、感覚が狂いそう。
まあそんな事より今はまた俺を一切気にしない服装でやってきたシイナにセツナと一緒に呆れ返ってるワケだが。ほんと勘弁してくれって、信用してくれてるのは嬉しいけど俺だって男なんだから本能的に目のやり場に困るくらいはするんだよ。
「しかし仲良いな2人は。さすが姉妹」
「そ、そうかな?」
「うんうん、見てて微笑ましくなる。俺の家も結構仲には自信あるけど、それに比肩するな」
「へ〜そこまで言われるとニコニコしちゃうな。テンマの家って兄弟か姉妹いるの?」
おっ、俺の家族の話を聞いてくれるとはやるじゃないの。いやあ自慢の家族だからなあ、ここは自信を持って力説しようじゃないか。
「姉が1人な。まあ複雑な事情で姉と俺は拾われた子だから親とも姉とも血は繋がってないけど、めっちゃ仲良い。知らない人からは本当に血が繋がってないか疑われるレベルで」
「そんなに」
「ああ、姉さんは感情の起伏はそこまで無いけど天然なところがあってそんで優しいし、親父や母さんは細かいところ気にしないし年甲斐もなくはしゃぐ事も多々あるしやっぱり優しい。面白くてアットホームな家庭だ」
「……実はね、セツナとしーちゃんも血は繋がってないんだ」
「え、そうなの?あんな息ぴったりだからてっきり実の姉妹かとばかり」
めっちゃ饒舌に喋ってたらなんか凄い情報落ちてきたんだけど。え、久瀬家って血の繋がり無いの?予告編でそんな事言ってなかったと思うんだけど……まずい記憶が曖昧だ。
「ま、テンマと同じだよ。血の繋がりは無くてもそれ以上に大切な繋がりがある、それで充分」
「分かるよその気持ち、家族の絆って言葉じゃ言い表せないものがあるよな」
「セツナも、しーちゃんがお姉ちゃんになってくれてとっても嬉しいんだよ」
「えへへ〜このめちゃかわ妹め〜」
いやはや、全く。
良いものを見させてもらえて、眼福眼福。
この感じでさっきの嫌な感じが的中しないに越した事は無いんだがね……
しかしその平和は……破られる事になる。
チャイムが鳴らされる、と同時に凄まじい悪寒が走った。
「こんな時間に誰だろ?ちょっとインターホン見てくるね」
「はーい」
恐らく、いや確実に。俺の『魔人』としての力を使わねば対処出来ない何かが間近に迫っている……今のこの2人に?
ちょっと待て、魔人レベルの力じゃないと対処出来ないランクだろう相手だろ?
だとしたら……原作の2人はどうなって……
まずい、まずいまずいまずい。
どうやって逃がす――いや、逃げ場は無い。
2人を背にして戦うしかない。覚悟を決めろ。
バレないように大きく深呼吸を1つ、した。