夢のようだとあなたは言った
それが夢でない保証はあるの?
夢のようだとあなたは言った
それが夢なら価値はないの?
夢であればと私は願う
それが悪夢だと知っているから
Frederica Bernkastell
ひぐらしのなく頃に~奉納乱舞
夢閉し編
……夢を見ていた。
絶望に彩られる舞台で、希望を歌う。
運命に弄ばれる脚本で、奇跡を願う。
悲劇の中で踊り、惨劇で幕を閉じる。
そんな、救われない夢だ。
胸が痛む。
俺は、その舞台から弾き出された間抜けな道化師。
小さな悲劇役者に笑顔を取り戻したくて奔走したのに、カーテンコールを待たずに退場した役立たずの喜劇役者だった。
なにもかもを喜劇に変えたくて空へと伸ばしたその手は、なにも掴めぬまま地面に落ちた……決して認められない、結末。
汗に濡れた身体を起こし、重い瞼を開く。
自分の身体を見下ろす。
……胸に、穴が開いていた。
物理的にではない。
夢の中でえぐられた胸が、叩きつけられた弾丸が、しこりとなって鈍い痛みを伝えている。
そしてその事実が、俺にとって、勝利への最初の一歩であると理解するのは容易かった。
……俺は、生きている。
それはつまり、まだ最終公演が終わってないってことだ。
あの夢の最後、おぼろげながらに理解したのは、この循環する世界の有り様だった。
前原圭一は、記憶の継承に……成功した!
敵は山狗、俺を撃ったのは入江診療所の鷹野さん。
間違いない、黒幕は彼女だ。
悲劇役者に影すら掴ませなかった黒幕を俺は知っている。
最初から知っているのだ……!
「まずは、いまが『いつ』かってことだな」
俺は手早く制服に着替えると、すぐさま階下に降りてソファーの上に投げ出されていた新聞を広げる。
「5月24日、火曜日……か」
うん、確か俺が転校した翌日だな。
綿流しが6月19日だったから……とりあえず猶予はある。
けど、決して楽観できる状況でないこともわかっている。
他の仲間たちが俺のように記憶を継承できたとは限らない、いや継承できなかった可能性のほうがずっと高いはずだ。
俺は自分の身に起きた記憶の継承が、まさに奇跡なのだと理解している。
おそらく同じように記憶を引き継いでいるとしたら、この残酷な舞台の中心にいる悲劇役者、古手梨花ちゃんだけだろう。
だとすれば、もう一度ほかの仲間たちの信頼を得て、俺を仲間だと認めてもらう必要がある。
そうしてはじめて、俺と仲間たちはあの終わってしまった惨劇にもう一度立ち向かう力を得るのだ。
「よし……!」
気合いを入れて朝食にとりかかり、お袋に元気良く挨拶をして自宅を飛び出した。
舗装されていない道をしばらく進むと、そこにセーラー服姿のレナが立っていた。
「おはよう、前原くん!」
っと……、そうか。レナにとっては、俺は昨日転校してきたばかりの『前原くん』だったんだ。
自己紹介はすませたとはいえ、まだ仲良しというにはほど遠い。
たしか、レナがこの朝いきなり予告もなく待っていてくれて、ずいぶん驚いたんだっけ。
「おはよ、竜宮さん。……ええと、圭一でいいからさ、俺もレナって呼んでもいいかな?」
いまさらレナを竜宮さんなんて、違和感がありすぎる。
さっそくそう持ちかけてみると、レナは一瞬きょとんとしたけどすぐに笑顔をみせてくれた。
「うん、いいよ。圭一くん!」
「ありがと、レナ。……待っててくれたのか?」
「うん。あのね、まだ道が慣れてないかなって思って……よかったら、一緒にいこ?」
「そっか、悪いな。それじゃ行こう」
二人並んで歩き出す。
レナと他愛ない話題で盛り上がりながら、魅音との待ち合わせ場所に着く。
そこには、すでに魅音が立っていた。
「おー、おっはよ、レナに圭ちゃん!」
そういや魅音は教室で出会って開口一番、圭ちゃんでいいよね、とか言ってきたんだっけ。まったく、遠慮のない奴だ。
だが、むしろそこがいい!
「おっはよぅ、魅ぃちゃん! 今日は早いんだね、だね!」
「おはよ、魅音。今日もよろしくな!」
「あっはは、圭ちゃん、なにその変な挨拶!」
魅音の、レナの笑顔が眩しい。
もう二度と手に入らないと覚悟した、暖かな日だまりの匂い。
そうだ、もう二度と……失ってたまるものか。
当たり前の日常を、いけすかない脚本家どもの手から取り戻す。
そのためなら俺は何度だって、やつらの用意する薄っぺらな運命を打ち破ってみせる。
「とと、今日はトラップは……」
魅音がさりげなく先頭を譲ったので、俺は戸口をチェックする。
……見たところ、なにか仕掛けられている様子はない。
二日続けて仕掛けるほど、ヤツは単純ではないか。
いやいや、そう油断させて仕掛けてくることもありえるから怖いんだが。
「おっ、圭ちゃん、意外に用心深いね!」
「あはは、昨日は大変だったもん!」
他人事だと思って明るく笑う二人に苦笑しながら、教室に入り、いつも俺達が陣取っている一隅へと向かう。
「おっはよぅ、みんな!」
「おはよ~」
「おっす、おはよう」
三者三様の挨拶に、その一隅で雑談に花を咲かせていたらしい沙都子と梨花ちゃんが振り向いた。
「おはようございますわ、みなさん!」
「おはよう、みんな」
「おはようございますです……」
……をや。
なにかいま、挨拶がひとつ多くなかっただろうか。
そう思って目を凝らすと、沙都子の隣に見たことのない人物が立っていた。
俺と似たような制服を着た男子生徒。
髪の色合いや顔立ちはどことなく沙都子に似ている。
あれ……どこかでなにかが引っかかるような……?
「え~と、沙都子に梨花ちゃん、だよな……それと」
訝しむ俺の視線に気づいたその少年は、気を悪くしたふうもなく柔らかい笑顔を俺に向けた。
「悟史だよ、北条悟史」
「え……?」
思わず、呆然と立ちつくす。
予定にない登場人物。
俺の知っている脚本にはいなかった配役。
神の奇跡か悪魔の罠か。
ずっと前に舞台から退場したはずの人間が、そこにいた。