「……そんな、どうして」
鉄パイプを取り落とした悟史が、金属バットを叩き込まれた腕を押さえて呻く。
その視線は、俺の肩越しに……気絶したレナの方へと向けられていた。
「どうしてだよ、魅音ッ!?」
疑心暗鬼に落ちかけている悟史の、悲痛な叫び。
「はろろ~ん☆ 悟史くん、ごめんなさい。私魅音じゃないんです♪」
手にしたスタンガンでレナを気絶させ、抱き止めていたのは……魅音の格好をした詩音だった。
「本物のお姉は今頃、家でおねんねです。さすがのレナさんでも、味方だと思ってた相手からの不意打ちはかわせなかったみたいですね」
そう、俺の勝機はそれだけだった。
もし詩音が魅音に負けて、この場に現れたのが本物の魅音だったら今頃俺は死んでいるだろう。
……けど、俺は詩音に賭けた。
詩音が魅音に勝ってこの場に駆けつけ、レナや悟史の目を欺いて魅音を演じてくれることに賭けたのだ。
その賭けに勝った以上、勝負は一瞬で決まっていた。
「だから言ったろ。……なんの準備もせずにここへ来たとでも思ってるのか、ってな」
ただ武器を用意しておくだけの底の浅いトリックだと思わせて油断させる。
それがこちらの狙いだったのだ。
「……梨花ちゃんはどこだ、悟史」
詩音と違って、梨花ちゃんには何も話していない。
それは、俺の辿り着いた結論が彼女にとってあまりにも残酷な意味を持っていたからだ。
この世界が奇跡の産物だと信じ、今度こそ夏への扉を開くことができると思っていた彼女には、仲間たち3人が共謀してすでに3人もの人間を殺してしまっていたなんて事実は聞かせたくなかった。
……それが梨花ちゃんの油断を招き、この事態を許してしまったのだから、やはり俺としてはつくづく甘かったと反省することしきりなのだが。
観念したのだろうか、それとも最初から仲間に手をかけることに躊躇いがあったからだろうか、悟史はすこし迷ったすえに俺の問いに答えてくれた。
「ごめん、圭一。僕は知らない……梨花ちゃんのことは、レナに任せたから」
3人の中でもっとも行動力があるレナが動くのは、当然といえば当然の話だが……これは厄介かもしれない。
「レナは知らないよ。知らない知らない知~らない!」
俺の悪い予感は、またしても的中した。
詩音に起こされたレナは、笑いながらそう言い張ったのだ。
……この状況は、まずい。
確かにレナを含めた3人は拘束したが、梨花ちゃんを見つけださない限り人質にとられているのと同じことだ。
どこかに監禁されているなら、見つけられないまま時間が過ぎてしまえば餓死や衰弱死という最悪の可能性があり得るからだ。
そして自身のトラブルで間宮リナを殺してしまったレナにとって、梨花ちゃんの所在という情報は最後の切り札であり、そう簡単に手の内を明かしてくれるわけがない。
「圭一くんならわかるよね、いま、どっちの立場が上か」
切り札を温存していたレナは、静かに冷笑を浮かべた。
「ぐっ……」
味方にすれば誰よりも頼もしいが、敵に回したときのレナは本当に恐ろしい存在だ。
たとえ殺されたって口を割るとは思えないし、俺がレナにそんな酷いことができないのもよくわかっている。
俺に勝機があるとすれば、ノーヒントで梨花ちゃんを見つけだすという可能性だけだ。
そして、レナの勝利条件は単純明快。
俺を屈服させ今後の協力を約束させること。
……おそらくは、間宮リナの失踪と対応する、新たな殺人の片棒を担ぐという形でだ。
これは明らかな不利。
状況的には俺の勝利であっても、立場はレナの方が圧倒的に上、というわけだ。
「圭一くん、どうするのかな。……かな?」
レナは勝ち誇り、押さえつけている詩音のほうが焦りの表情を浮かべるという奇妙な構図ができあがっていた。
「け、圭ちゃん……これ、まずいですよ」
その通り、まずいんだ。
レナのあの自信からして、ダム現場のどこかとか、レナの家とか、普通に思いつくような場所ではなさそうだ。
手当たりしだいで捜しても見つからない、そういう場所に違いない。
どうする。どうする。考えろ、考えるんだ、前原圭一。
レナの悪知恵の前に、屈する他ないのか?
……まだだ、まだ屈するわけにはいかない。
ここで殺人の片棒を担がされて手を汚せば、俺も雛見沢症候群に囚われて、いずれは仲間全員が逃れられない惨劇の輪廻に落ちることは目に見えている。
そして梨花ちゃんは鷹野さんに殺され、この世界からなすすべもなく退場することになる……!
……待てよ。
俺はレナへと向き直った。
「レナ、……俺と賭けをしないか」
「……何を言い出すのかな、圭一くんは?」
言葉とは裏腹に興味を引かれたとレナの顔に書いてある。
「まずは休戦だ。お互い、仲間と殺し合うなんて嫌だからな。それで、俺が今日中に梨花ちゃんを見つけだせたら、こっちの頼みを聞いてくれ。……そうだ、罰ゲームってことでいい。今日中に見つけられなかったら、俺の負けでいい。レナや悟史に協力するし、みんなのことは絶対に口外しない。なんならそれに加えて、罰ゲームとして明日からメイド服を普段着にしても構わない。どうだよ!」
くすくすとレナが笑う。
「圭一くんはやっぱり面白い人だね。でもメイドさんなら悟史くんも一緒がいいかな、かな!」
「なんで僕が……」
「あぁ、それで構わない!」
「……むぅ、酷いよ圭一」
即答した俺に悟史が文句を言うが今は構っていられない。
「よし、なら今の瞬間から休戦だ。……俺はレナを信じるから、詩音。もう解放してやってくれ」
「……まぁ、圭ちゃんがそう言うなら」
詩音が離れ、レナはすこし汚れてしまったセーラー服を軽く叩いて埃を落とすとにっこりと笑ってみせた。
「それじゃ、楽しみにしてるね。圭一くん」
「むぅ……なにか納得いかないけど」
弱々しく抗議する悟史の背中を押すレナだった。
「とりあえず、私たちは魅ぃちゃんを助けに行こうよ。魅ぃちゃんのお家に勝手に入るのもまずいから、詩ぃちゃんも手伝ってくれるよね?」
「……えっと、そうですね」
詩音は俺に目配せをしてから頷いた。
悟史とレナの監視は詩音に任せて大丈夫だろう。
詩音が人質にとられる危険もないわけではないが、あの嘘が嫌いなレナが約束を破るなんてことはありえないから、今日一日はその心配をする必要はない。
あとは、梨花ちゃんを探し出すだけだ……!
「待ってろよ、梨花ちゃん!」
まだ幕は下りちゃいない、終幕にはまだ早い!
この世界を……悲劇なんかで、終わらせてたまるか!