もちろん、ノーヒントで村を探し回るなんて無謀な賭けをする俺じゃない。
レナには悪いが、確実に勝てる見込みがあるから勝負を持ちかけたんだ。
だって、いるじゃないか。
レナ以外にも、梨花ちゃんの所在を知ってるヤツがさ!
羽入?
いやいや、そりゃ知ってるだろうけど、羽入の姿も見えず声も聞こえない俺にとってはあてにできない相手だ。
いるだろ、もっと簡単に接触できる相手がさ……!
「監督!」
そう、俺が駆け込んだのは入江診療所だった。
「ど、どうしたんです前原さん……?」
監督は、鷹野さんといっしょに所長室で昼食の蕎麦を食べているところだった。
「大変なんだ、聞いてくれ!」
俺は、レナがオヤシロさまに取り憑かれたと言い出して、鉈を持ち出して襲ってきたというホラ話をでっち上げる。
悟史や魅音の助けでどうにか取り押さえたが、レナは梨花ちゃんをすでに襲っていて、大怪我をさせたようなことをほのめかしていたと告げたのだ。
「そ、それで俺、どうしたらいいのかわからないけど、怪我してるならとりあえず医者をって……!」
「わ、わかりました、落ち着いてください前原さん」
監督が、俺の肩に手を置きながら鷹野さんに目配せする。
鷹野さんは慌てているであろう内心を微塵も表に出さぬまま診療所の奥へと引っ込んでいった。
「レナの奴、なんかオヤシロさまに関しては洒落にならないところがあるらしくって……それで、明日は綿流しだから、自分が祟りに遭うんじゃないかって、神経質になっちまってるみたいで、いまは魅音の家に……」
監督に嘘八百を並べたて、数十分もした頃だろうか。
警察に通報すべきか否かで押し問答になっているところに鷹野さんが入ってきた。
「前原くん、梨花ちゃん見つかったそうよ!」
心の底から安堵したような顔。案外悪い人じゃないのかもしれないと思ってしまいそうになるが、鷹野さんの目的にとっても梨花ちゃんにこのタイミングで死なれては困るはずなのだ。
……そう、俺が思いついたのは山狗だ。
山狗は梨花ちゃんを護衛し、いずれは殺すために……特に綿流し前後のこの時期は、常に梨花ちゃんの動向を窺っている。
少なくとも、自宅周辺では監視しているはずだ。
だからレナがいくら梨花ちゃんが一人きりの瞬間を狙ったつもりでも、山狗はその居場所を知っているのだ。
これまで手出ししていないのは、レナによる不可解な監禁だけでは、山狗が表立って動けないというだけの話。
だが、山狗の見えない場所で大怪我をさせられている可能性があるとなれば話は別だ。
実際に死んでしまえば彼らにとってもすぐに対処しなければならない事態だし、死にかけているならどうにかして救命する必要がある。
俺の情報で鷹野さんはやむなく遠巻きな監視を打ち切って梨花ちゃんを救出させた。
……敵の事情を利用して勝つなんてのはイカサマだけど、結果として梨花ちゃんが無事ならそれでいい!
「ホントですか、そ、それで……無事なんですか!?」
「ええ、安心して。かすり傷くらいで無事だそうよ」
鷹野さんの笑顔。
……ちくしょう。
どうして俺が、惨劇の黒幕相手に、騙して利用したなんて罪悪感を感じなくちゃいけないんだ。
「あの、梨花ちゃんはどこに……」
「神社の祭具殿にいたそうよ。鍵が壊されていたから、村の人が不審に思って開けてみたんですって。家まで送ってくれたそうだから、今は帰ってるんじゃないかしら」
「そ、そうでしたか……、すいません、俺、梨花ちゃんの家に行ってみます!」
目的は達成したので、さっさとその場を退散する。
あの場にいては、鷹野さんに余計な疑いをもたれることもありえる。
それに気づいたとしても、向こうも探られて痛い腹があるから迂闊には仕掛けてこないと思うが……。
問いつめられたとき、面と向かっての駆け引きでは鷹野さんに勝てる気がしない。
「圭一……あなたの仕業?」
そのまま防災倉庫にいってみると、梨花ちゃんがすりむいたらしい膝に絆創膏を貼っているところだった。
「ああ、悪い。山狗を……『使った』」
聞いてはいても、やはり無事な姿を見るとほっとする。
「まぁ、助かったけどね……もうすこしで危なかったし」
「危なかった?……って、なにか仕掛けられてたのか!?」
レナがその場にいなくても、梨花ちゃんに危害を与えるような罠や仕掛けを残していたという場合もあり得た。
「そ、そうじゃなくて……、羽入、うるさい!」
なぜかもじもじしながら顔を赤くして、俺には見えない羽入を叱りつける梨花ちゃんの態度は不審だったが、ともかく……無事でよかった。
「それより、山狗にたよるほど切羽詰まってたっていうことは……状況は、かなりマズいのね?」
「いや……、実はさ」
もう仕方ない、賭けには勝ったんだから……と、俺は梨花ちゃんに全てを話すことにした。
話を聞くうちにも、呆れたり怒ったり失望したりと梨花ちゃんの表情がめまぐるしく変わっていく。
「沙都子の叔父が、もう死んでいたとはね……記憶全てを共有していなくても、魅音とレナが『夢』を見ていたって可能性については、失念してたわ……」
ふう、と溜息をつく。
前の世界では惨劇の回避にプラスの作用をした『夢』だが、今回はかえって惨劇を産み出すことになってしまった。
梨花ちゃんにとってもレアな出来事であるだけに、それは予想外の事態だったわけだ。
「……それで、レナとの賭けに勝ったわけだけど、罰ゲームって……ひょっとして」
「あぁ。鷹野さんと戦うのに手を貸せって言うつもりだ」
梨花ちゃんはすこし考え込む。
「今のレナたちを巻き込むのはできれば避けたいけど……仕方ないでしょうね。正直なところ私たち3人だけじゃ、とても勝てそうにないし」
今のレナ、というのはほぼ確実に発症しているレナ、しているかもしれない悟史と魅音ということか。
確かに、詩音を含めた俺たちだけで鷹野さんに挑むのは無謀だ。
「それに今回の沙都子は、さすがに巻き込めない。その分は悟史に頑張ってもらうしかないでしょうね」
確かに……。
裏山にすでに設置されているトラップはともかくとして、悟史に守られてばかりのこの世界の沙都子では……たぶん、山狗相手じゃ役に立たない。
「だな。……ところで梨花ちゃん、素になってるぞ?」
「へ?……あ、えと、その、……ほっといてよ、もぅ」
慌てふためいた挙げ句にいつもの可愛らしい表情を作ろうとしてうまくいかず、最終的には照れ隠しなのか、憮然とした表情を俺に向ける梨花ちゃんだった。
勝てるかどうかは正直、わからない。
それでもここで諦めるなんて、できるわけがなかった。