「それを信じろってのは……無理があるよね」
魅音が申し訳なさそうに言う。
ここは園崎本家。
あれから俺たちは魅音たちに連絡をとり、この場所へやってきた。
山狗の監視が及ばず、いまは学校にいるだろう沙都子も呼ばれない限りはまず近づかない場所といえばここが一番だからだ。
「突拍子もない話だってのはわかってる。だから、無理を承知で頼んでるんじゃないか」
魅音は悟史やレナと顔を見合わせ、どうしたものかと思案する。
魅音はなんだかんだいってもここぞといういうときには、部活メンバーの軸となる存在だ。
こいつが腰を上げてくれないことには、鷹野さんと山狗相手に互角以上に戦うなんて不可能だ。
「無理を承知ってことなら……、圭一くん。こっちも条件を出していいかな。かな?」
レナがこちらの手の内を見透かした笑みを向けてくる。
「圭一くんたちの言うことが本当だとして、その場合梨花ちゃんを助けるっていうのは私たちにとっても命がけになるんだもん。罰ゲームひとつ分には、高すぎるよね?」
この期に及んでも取引を持ちかけてくるレナは、やっぱり油断のならない相手だった。
「……言うだけ言ってみろよ。何が望みだ?」
「三四さんの命」
さらりとレナが口にした言葉に、俺たちは途端に蒼白になる。
……冷静に考えれば、それは予想できた手筋だった。
間宮リナが消えた今、レナたちにしてみればあと一人、死者が出なければ5年目の『オヤシロさまの祟り』は完成しないのだから。
俺たちに協力しない場合は、富竹さんが無惨な死体で見つかるのを待てばいいのを知った以上、俺たちに協力しなくてもそれは達成されるのだ。
むしろ協力したことで富竹さんが死ななければ、レナたちの目的には邪魔となる!
俺たちに協力する以上、その過程で死人を出すことを要求するのは、いまのレナの思考からすれば当然の帰結だ。
「…………」
普段は無表情というか、内面の感情を表に現さない梨花ちゃんだが、今は誰が見てもわかるくらいに狼狽し、葛藤している表情を見せていた。
すでに梨花ちゃんにとってこの世界は、仲間を誰ひとり失わず、誰も手を汚さずにその先へ至ることのできる『理想の世界』ではない。
それでも鷹野さんの魔手を振り切ってゴールに辿り着けるのなら……レナの条件を呑み、叔父夫妻、間宮リナ、鷹野さんという梨花ちゃんにとっても『敵』だった人間の死に目をつぶるだけで、殺されることのない未来を手に入れることができるのならば、この誘惑が梨花ちゃんにとって魅力的に思えてしまうのも仕方のないことだった。
「……わかった」
俺は梨花ちゃんが答を出す前に、そう言って顔を上げた。
レナが俺に微笑みかける。
魅音と悟史も安心したように頷き合い、詩音と梨花ちゃんは複雑そうに俺を見つめる。
「うん、よく決心してくれたね圭一くん。それなら、レナたちはこれからも圭一くんたちと仲間でいられるよ」
が、俺は首を横に振って拒絶の意を示した。
「勘違いするな、レナ。……俺はお前たちをいつだって仲間だと思ってるけど、それとこれとは話が別だ」
「……え、圭ちゃん?」
魅音が目を見開く。
「わかったっていうのは、協力できないことがわかったって意味だ。俺は富竹さんも鷹野さんも、死なせない」
立ち上がって、拳を握りしめる。
「困難が目の前に現れるたびに、仲間たちを巻き込んでそれを排除して……そんなやり方で、その先に望んだ未来なんてあるはずない。ここで鷹野さんや富竹さんの命を見捨てるのは、俺にとっては諦めるのと同じことなんだ!」
それはレナや悟史のしてきたことの否定だった。
「圭一……」
悟史はそれでも憎悪を露わにするわけでもなく、痛みを覚えたかのようなまなざしを俺に向けるだけだった。
「話、聞いてくれてありがとな。俺たちは俺たちでなんとかするよ。……沙都子のことは、よろしく頼む」
それだけ言って、俺はその部屋をあとにした。
詩音と梨花ちゃんが、慌てて俺を追いかけてくる。
「待ってくださいよ、圭ちゃん」
詩音は追いついて隣に並び、やわらかな笑みをみせた。
「……なんだよ」
ぶすっとした声で問いかけると、
「ふふ、やっぱり圭ちゃんは圭ちゃんですね」
心底可笑しそうに、どこか嬉しそうにそんなことを言う。
「なに言ってんだよ、俺が俺って当たり前だろ?」
「……わかってないんだから、もぅ~☆」
満面の笑みを浮かべて腕を組んでくる。訳が分からない。
「圭一……」
反対側を歩く梨花ちゃんは、不安を隠しきれない表情ではあったが、無理に笑いかけて、くしゃりと顔を歪めた。
「ありがとうです。……ボクは、もうすこしでほんとうに大切なことを投げ捨ててしまうところだったのです」
俯いて、涙をこぼす。
「『この世界はもうおかしくなってしまったけれど、だからといって諦めていいなんてことはない。諦めるということは、信じないということ』……そうですよね、圭一」
「なんですか、それ。なんかの詩ですか?」
詩音は首をかしげたが、俺には梨花ちゃんの言うことがよくわかった。
なにひとつ過ちのない世界は、確かに理想の世界なのかもしれない。
誰かが過ちを犯した世界は穢れてしまっているのかもしれない。
でも、穢れてしまった世界だからさらに過ちを重ねてもいいなんて理屈にはならないんだ。
自らの過ちを心から認めて、二度と間違えないようにもう一度歩き出せる気高い覚悟がある限り、たとえいまがどん底の世界であっても、罪のない平和なだけの世界なんかより、ずっとずっと価値のある世界なんだから……!
「……それで圭一、レナたちの協力なしでどうやって鷹野たちを倒すのですか?」
「そうですね。その上鷹野さんたちを殺さずに全部解決しようって言うんだから、これは一筋縄じゃいきませんよ」
園崎本家を出たところで梨花ちゃんと詩音が尋ねてくる。
「……ああ。それは」
俺はにやりと不敵な笑みをふたりに見せた。
「これから考える」
そう言った途端、ふたりが揃って深々と溜息をつく。
「……そんなとこだと思ったのですよ」
「……やっぱり圭ちゃんは圭ちゃんです」
なにか失礼なことを言われてしまった気がする。
「おいおい、なにも考えてないってわけじゃないぞ」
俺は憤然と反論するが、二人は疑わしそうな目を向けた。
「……なら、まずはどうするのです?」
「そうだな、まずは……綿流しのお祭りにいこう!」
自信たっぷりに告げた俺の耳に、さらに深い溜息が二つこだました。