「おじゃましまぁあ~~す、なんてね♪」
一寸先も見えない闇の中に、心から楽しそうな声が響く。
まわりを得体の知れない拷問器具や不気味にそびえるご神体などに囲まれていながら、鼻歌交じりにパシャパシャと写真を撮り始めるその神経は、驚嘆に値する。
「うふ、うふ、うふふふ、いいわいいわ~。この人間に苦痛を与えることだけに特化した悪趣味極まる機能と形状、なんて猟奇でなんて素敵なのかしらぁ~……もう死んでも、ひゃんっ!?」
フラッシュに混じって青白い閃光が走り、ぐらりとその人影が倒れ落ちそうになったところを俺が抱き留める。スタンガンを首筋に押しつけた詩音は、彼女が取り落としかけたカメラをあやういところでキャッチしていた。
「悪いな、鷹野さん」
俺は世にも幸せそうな笑顔のまま気絶した鷹野さんを床に横たえて、手早くその両手首を目立たない色の紐で縛り上げる。
……そう、俺が考えた次の策は、梨花ちゃんの奉納演舞の間にこの古手神社祭具殿に侵入してくる鷹野さんを拉致するという手だった。
実は、レナによる梨花ちゃんの監禁がヒントになった。
鷹野さんに山狗の警護がついていたとしてもこの祭具殿内部はあらゆる意味で死角。古手家頭首である梨花ちゃんの協力があれば、この場所であらかじめ待ち伏せするのは赤子の手をひねるよりも簡単なことだったのだ。
「楽勝じゃないですかぁ~。でも圭ちゃん、よくこの人がこのタイミングでこんなところに入り込むなんて予測できましたね?」
詩音が不思議そうに言うのも無理はない。この展開は梨花ちゃんのループによる経験から得た知識であり、鷹野さんは十中八九、どの世界でもこの祭具殿侵入をやらかすらしい。たまに俺と詩音がなぜか一緒に入って、それがきっかけになってさらなる惨劇を引き起こす場合もあるそうなのだが……はて、それらの世界ではなんで俺は詩音と一緒にいるんだろうか。ひょっとすると俺と詩音が付き合うことになるのも、わりとよくあることだったりするのか……?
ともかく、なんの因果かこの世界でも祭具殿に入り込むメンバーは同じだったわけだが……問題はここからだ。
俺は鷹野さんの監視を詩音にまかせると、祭具殿の入り口の扉に近寄りわずかに開いて小さくノックした。
「……ん。どうしたんだい、鷹野さん」
入り口に陣取っていた富竹さんが肩越しに振り向く。
「すいません、富竹さん……前原圭一です。騒がずに、俺の話を聞いてくれませんか」
「えっ……け、圭一くん? いったいどうして……」
さすがに、たった今入ったばかりの鷹野さん以外誰がいるわけもない祭具殿内から俺が呼びかけてきたことに富竹さんは狼狽えた。
もともと後ろめたいことをしている上に、ありえないことが起きたのだから混乱するのも無理はないだろう。
「しっ! 頼みます、静かに」
「……う、うん。ええと、鷹野さんはどうしたんだい?」
「それも含めてお話しますので……」
俺は鷹野さんと山狗の陰謀について梨花ちゃんから聞いた出来る限りのことを富竹さんに語った。
「……馬鹿な。鷹野さんがそんなことを、」
「鷹野さんがどんな人かは、この際どうでもいいんです。まず考えて欲しいんです、富竹さん。……鷹野さんの立場と能力で、俺のいま言ったことが可能かどうかを答えてください」
山狗を使って富竹さんに暴行し、急性発症を起こさせてまるで祟りのような有様で死亡させる。そして自分は焼死体をでっちあげて姿を消し、梨花ちゃんを殺害する。
「そりゃあ……できるかできないかで言ったら、できるだろうね。圭一くんがどうして山狗の存在や、雛見沢症候群について知っているのかはあえて聞かないけど」
まいったな、と苦笑いを交えながらそう言ってくれた。
「そうですか……その結果、入江機関はどうなります?」
「入江機関というか……雛見沢が終わりだろうね。女王感染者が死亡した場合、詳しくは言えないが村人の急性発症による凶行を事前にくい止めるために、ある緊急措置がとられる手はずになってるんだ」
『内緒だよ』と声を潜めて富竹さんが話してくれた内容はだいたい俺の予想どおりだった。
「雛見沢住人の強制隔離……最悪、村ごと抹殺ですね?」
「……あ、あはは。圭一くんは、なかなか鋭いね。可能性としては、そういうこともあるかもしれないって言っておくよ……もちろん、そうなれば入江所長や鷹野さんだって責任追及は免れない。だから……、ありえないんだよ」
そう擁護したくなる気持ちもわかる。
たしかに、鷹野さんには研究の破滅を意味するその事態を起こす理由がない。だけど残念ながら俺は結論として彼女がそれを起こした事実を知っているので、そこから事実を逆算で推理していくしかないのだ。
「たとえば……監督が責任を被ってくれれば、鷹野さんにはおとがめ無しってことはありえますか?」
「……ん。全然なしってわけじゃないだろうけど、所長が全面的に自分の責任だって言い張れば、あるいは」
富竹さんの中で『ありえない』という確信がすこしずつ揺らいでいくのを感じる。
「……山狗ってのは、偽装工作が専門って話ですよね。監督を自殺に見せかけて殺したりはできますか?……たとえば、3年目の祟りのときみたいに」
「!」
『ありえる』、と考えてしまったのが顔に出ていた。
「け、圭一くん。君はどうしてそこまで……」
「すいません、いまは説明できません。……富竹さん、最後の質問です。鷹野さんにそれをするだけの立場と能力がある。なら……雛見沢が潰れても鷹野さんが研究を続けられる方法があるか、もしくはほっといても研究が続けられなくなるか、どっちかの事情はありえませんか?」
このどちらかの条件が満たされるなら、梨花ちゃんを殺して雛見沢を潰すのに大した理由はいらない。それこそ他人の思惑でもやけっぱちの気まぐれでも構わない。それに富竹さんも気づいたらしく、顔色が目に見えて悪くなった。
「……後者なら。いろいろ事情があってね、雛見沢での研究期間はあと3年ほどで打ち切られるはずなんだ」
……よし、それで全部つながった。鷹野さんは研究打ち切りで自暴自棄になっている。手に入らないおもちゃなら壊してしまう、鷹野さんはきっとそういうタイプの人間だ。
「富竹さん、質問は終わりです。最後に頼みがあります」
「……なんだい?」
先を促す。まさかと思いながらも、とっくに俺の話に引き込まれている証拠だった。
「梨花ちゃんは俺の仲間で、殺されるかも知れないのを見過ごすわけにはいかない。それに、鷹野さんだって知らない仲じゃないから、そんなことをさせたくない。……ということで、鷹野さんには被害者になってもらうことにしたんです。富竹さん、手を貸してください」
俺はこの先の予定を富竹さんに説明した。しばらく黙って聞いていた富竹さんは、やがて顔を上げて笑った。
「参ったな……そんなの、断れるわけないじゃないか」