「こんな人混みの真ん中を突っ切って、大丈夫かな」
富竹さんが不安そうに左右へと視線を走らせる。
「大丈夫。知ってのとおり山狗は人目があるほうがかえって仕掛けられない。神社を出るまでは安全です」
祭具殿を出た俺たちは表の境内へ向かい、奉納演舞が終わり再び夜店に散らばりはじめた人混みのなかへ紛れた。
途中、運営役員のテントで挨拶している最中の梨花ちゃんと目が合って、最初の段階がうまくいったことを小さな合図で伝える。梨花ちゃんはこのあと、お祭りに来ている魅音や沙都子たちと合流して、今日のところは園崎家にお泊まりして貰う予定でいる。ひとりきりの防災倉庫へ戻るのは明らかに危険だし、北条家に沙都子を置いておくのもいざというときに人質にとられそうで危ない。レナや魅音だって、沙都子のついでに守ってくれる程度には梨花ちゃんを仲間だと思っていてくれるはず。梨花ちゃんにはほかにもいくつか策を授けてあるから、きっとうまくやってくれるだろう。
……ほかの知り合いに部活メンバーである俺がいないことを聞かれても、詩音と祭りをまわっているから気を利かせたと答えてもらえば不自然ということはないはずだ。
「富竹さん、そのまま正面の駐車場へお願いします」
気絶したままの鷹野さんは富竹さんが背負い、俺と詩音がその左右を固めて石段へ向かう。
「しかし、鷹野さんの車は診療所だよ?」
詩音が偉そうに胸を張る。
「それも大丈夫ですって、富竹のおじさま。うちの葛西を呼んでありますから。送迎はばっちりですとも☆」
そう、そこまでたどりつけば第一段階は突破だ。
……鷹野さんの身に訪れたトラブルを、限られた情報と短い時間で正確に判断できるほどの常識はずれの切れ者が山狗にいれば俺たちの負け、そうでなければ一歩リード。
遠目には談笑しているふうを装いながら石段を下りつつ、いつ山狗たちに囲まれるかとすこし緊張する。
が、結果的にはそこまでの切れ者はいなかったようで、ひとつ賭けに勝ったというところか。
「詩音さん、圭一さん、お疲れさまです」
神社の石段と道をはさんだ砂利が敷いてあるだけの臨時駐車場に、場違いな黒塗りの高級車が停められていた。
ドアを開けて迎えてくれたのは、詩音と付き合い始めてからというものすっかり顔なじみになった葛西さんだ。
この事態に巻き込む関係上、彼にも詩音と同じ程度にこちらの事情は話してある。年季が違うとでもいうべきか、彼は特にその内容に疑問を差し挟むこともなく詩音の護衛として俺たちの作戦に参加することを承知してくれた。
「あ、それじゃ富竹さん、前の席にお願いします。鷹野さんは後部座席に」
後部座席は詩音、鷹野さん、俺の順で座り、鷹野さんが目を覚ましたとき左右から圧力をかけられる体勢をとる。
富竹さんが助手席に乗り込むと、葛西さんはルームミラーの角度を調節するふりをして周囲を確認してから、車を駐車場から出した。
「……白のワゴンが1台。4人乗っているようです」
低く深みのある声が簡潔に報告する。
「途中まで入江診療所の方をまわってください。それなら……酔った鷹野さんを詩音が親切で送ることにした、程度の勘違いもしてくれるかもしれない」
「はい」
回り道といっても診療所と神社はわりと近いから、稼げる距離はそう多くない。それでも、いまは興宮にすこしでも近づいておきたいのだ。
「どうして興宮に向かいたいんだい?」
「……山狗の反乱を東京に伝えるとしたら、雛見沢で連絡をつけるのは難しい。雛見沢の電話回線は興宮からの一本道ですから、そこを一時的に押さえれば不通状態にするのは簡単です。山狗はそういうの、専門なんですよね」
興宮ならば回線は複数あるし、山間部の雛見沢と違って人目も多く、山狗も自由には動けない。だから富竹さんを興宮に送り届けるのが、鷹野さんも殺したくない俺たちにとってはもっとも確実な勝利条件となる。
「……俺の見込みは甘いと思いますか、鷹野さん?」
そう声をかけると、眠っているように見えていた鷹野さんの口元が笑みの形を作った。
「いやぁね、女性の寝顔を覗き込むものじゃなくてよ」
くすくすと笑いながら目を開ける。
「……ちなみに盗聴器や発信器なんかが入ってるセカンドバッグは祭具殿に置いてきましたので、後日梨花ちゃんに返してもらってくださいね」
詩音の忠告に、鷹野さんは肩をすくめた。
「思ったよりも周到ね。……ジロウさんや所長に、あなたたちみたいな子供を巻き込むような老獪さがあるとも思えないけど。どこから話を聞きつけたのかしら?」
にやりとして俺と詩音の顔を交互に見る。外面は冷静だが内面では決してそうではないのは明らかだった。……なぜなら、ここでそれを聞いてもこの状況では全く意味がないからだ。左右に俺と詩音が座っている以上、ドアから飛び出す手は使えない。手を縛られて座っている姿勢から葛西さんの運転の邪魔をするのもほとんど無理。それに加えて詩音が脇腹にスタンガンを押しつけていて、不審な動きをすれば即座にまた夢の中だ。圧倒的に形勢は鷹野さんに不利。ここであの質問に俺たちが答えようが答えまいが鷹野さんには何もできない。それでも質問したのは、ひとつでもこちらの情報を得て安心したいという心理のなせる業であって論理的思考によるものでは決してない。
「……オヤシロさまのお告げ、とでもしておきます」
「そう、梨花ちゃんね……ふふ、研究や山狗のことは内緒にしておいてって言ったのに、悪い子ね。あとでおしおきしてあげなくちゃダメかしら」
恫喝にもならない、弱々しい虚勢だった。本人は不気味な冷笑を浮かべているつもりなのだろうが、この状況下ではまるで迫力がない。
「どちらかというと、おしおきされるのは鷹野さんの方ですよね。……鷹野さんの予定では、今夜富竹さんを急性発症させて殺し、数日以内に梨花ちゃんを殺すはずだった」
今度こそはっきりと鷹野さんの顔に動揺が走る。
「……あなた、何者?」
低い声で尋ねてくるが、俺はそちらを見ずに先を続ける。
「女王感染者の死によって村人が末期症状を迎える前に緊急措置を発動、村を丸ごと処分する……それが鷹野さんの立てていた作戦だ」
そこでようやく、鷹野さんの顔を横目で見る。
「けど……、もう状況は変わっている」
「……どういうことかしら、ボウヤ?」
この人はすでに半分わかっている。ただ、村を滅ぼす前に念願だった祭具殿に入ったことで浮かれて油断していた自分の敗北を認めたくないだけだ。
「簡単なことです。鷹野さんはいま、俺に拉致されてしまった。しかも、今夜殺すはずだった富竹さんと一緒にいる……これは山狗にとって、鷹野さんが指揮官から自分たちに不都合な情報を山ほど抱えた人質に変わり果てたことを意味している。……俺と、貴女の予想が正しいならこの先の山狗の行動方針は……」
鷹野さんが忌々しげな笑みとともに俺の言葉を引き継ぐ。
「……貴方たちをまとめて始末する。私とともにね」