「なるほど……鷹野さんの口から出た情報が富竹さんを通じて東京とやらに伝われば山狗は破滅、ですか。そりゃあ向こうの勝利条件は私たちを全滅させる以外ないですね」
詩音が合点がいったとばかり笑ってみせる。こんな物騒な話であんな朗らかに笑えるってのは、さすが極道の娘と言うべきか。……なんか俺、とんでもない子を彼女にしちゃってないだろうか?
「そこまで読んで、私を拉致したってわけね……ふふっ、ボウヤにしちゃ悪知恵が働くようだけど。どうやって私から情報を引き出すつもりかしら? そちらの園崎のお嬢さんの実家で、拷問でもしてみる?……うふふ、それはそれで楽しそうだけれど!」
鷹野さんは余裕の笑みを浮かべてみせたが、それが虚勢だということは自分で自分の腕に爪を立てている痛々しい仕草でわかってしまう。
「あいにく、そんな生温いことはしませんよ」
だから、こちらも虚勢の笑みを返してやった。
「……っ!」
息を呑む気配を感じながら、俺は肩越しに振り返って一定の距離を置いてついてくる車のヘッドライトを視認する。
「あんたに選択の余地なんか与えない。……俺が祭の前にどこに行っていたかわかりますか、鷹野さん?」
「どこって……知るわけないでしょ?」
苛立ちを隠さずに言う。
「ちょうど鷹野さんが富竹さんとの待ち合わせで石段の前にいたころかな……、俺、診療所に顔を出したんですよ」
こちらはできるかぎり涼しげに見えるように笑う。
「窓口の、あの人はたぶん何も知らないんでしょうね。意味がわからないって顔してましたよ……『雛見沢症候群の予防注射を受けたいんですけど……栄養剤とかじゃなくって』って聞いたんですけど、……ね?」
一瞬目を見開いて、それから無理矢理首をねじ曲げるような勢いで正面へと向き直る。
……そう、梨花ちゃんの言うとおりなら富竹さんは今夜急性発症で死亡するはずだった。富竹さんに雛見沢症候群感染の予防注射を誰がするかといえば、鷹野さんしか考えられない。なら、当然彼女はそれに細工をしている……というのが俺の読みだ。
……だが、あの診療所にいる山狗がそう考えるだろうか?
否。
「くっ……!」
まず疑うのは、情報漏洩。それが漏れるとすれば誰か……雛見沢症候群を知ってはいても作戦内容までは知らないはずの梨花ちゃんや監督や富竹さんではありえない。
作戦に関係のある山狗と俺に接点はなく、唯一接点があるとすれば……鷹野さんしかいない。
鷹野さんから既に情報が漏れている可能性があると匂わせるだけでよかった。あとは向こうが勝手に、富竹さんへの情や未練から鷹野さんが裏切って逃げたのだと解釈してくれる。……その細工とこの車に乗った事実が重なれば、山狗にとってもはや鷹野さんは救出すべき人質ですらなく、自分たちを破滅させる危険分子にしかならない。
「もう鷹野さんに選択の余地はない……俺たちの仲間になって山狗を撃退する以外に、生き延びる道はないからな」
最終通告。
鷹野さんはしばし顔を歪めたまま宙を睨んでいたが、やがて小さく肩を震わせ、くつくつと喉の奥からこみあげてくる笑いを隠しきれないという様子で俺を見据えた。
「……末恐ろしいボウヤがいたものね。この国の最高学府にだって私をこうまでやりこめる男はいなかった。刺激的だわ、あなた……ふふふ、あなたがこの夜を乗り越えて大人になったら、歴史に名を残すような聖人か、それとも大悪党になるに違いないわ! くすくすくす!」
楽しげな笑い声に、俺も笑い返す。
「ははっ、俺ならその両方がいいな。表向きは聖者と呼ばれるくらいに人々を救っておいて、陰では私腹を肥やしてハーレム三昧なんて最高じゃねぇか!」
そしてすぐに笑いをひっこめて、おもむろに葛西さんのほうに顔を向ける。
「停めてください」
突然の要求に驚くそぶりもなく、葛西さんはゆっくりと速度を落として車を路肩に寄せ停車させる。
「……俺の言ったことがひとつでも間違ってるなら、どうぞ車を降りてください鷹野さん。止めやしません」
ついてきていたヘッドライトも、距離を置いて停まるのがバックミラーに映っていた。……賭けてもいいが、降りたその瞬間に鷹野さんは山狗の手で撃たれて終わる。
「でも俺たちの仲間になってくれるなら、守りましょう。……俺たちは決して、仲間を見捨てない」
にやりとしてそう言うと、鷹野さんはすっと目を細めた。
「たいした悪党ね……“前原圭一”君」
どうやらボウヤと呼ぶのをやめてくれたらしい。
「あなた、自分がしようとしていることがわかってる? 私が強固な意志で作り出した絶対の未来を覆すというならそれを超える意志の力でしかありえない。それは……自らが神になろうとする行為よ」
飛躍した言葉だが、俺は当たり前のようにそれに返す。
「神の定めた運命も鷹野さんの意志も、俺の敵に回るなら打ち破る。この先どんな運命が俺の前に立ちはだかろうとも、俺は最後まで足掻く。ここで諦めるなんて、そんなのは俺じゃない。俺は神になることなんて望まない、前原圭一になりたいだけだ……!」
俺たちが屈したら、山狗は俺たちを殺した後、粛々と作戦遂行に戻るだろう。鷹野さんを欠いてもバックは健在、ありとあらゆる不都合を精算するには雛見沢ごと証拠隠滅してしまうのが一番だからだ。
「…………」
矜持、憎悪、後悔、妄執、未練、哀惜……鷹野さんの胸中に去来するいくつもの感情がその瞳の奥に見え隠れしたが、結局のところはもっとも単純な感情……自己の死、そこになんのカタルシスももたらさない、単なる無駄死にを否定する当たり前の本能が勝った。
「……やれやれね。出してちょうだい。あなたを相手にするくらいなら、山狗を敵に回すほうがマシなようだから」
鷹野さんが肩をすくめたことで、葛西さんは頷いて車を出してくれた。
「言っておきますけどー、圭ちゃんは私のです。今後、軽い気持ちで誘惑したら泣くほど痛い目に遭わせますんで、そこんとこよろしくです☆」
「まぁ怖い。それに人聞きが悪いわ、詩音ちゃん。くすくすくす! ジロウさんの前で不穏なことを言うのはやめてくださる?」
なにやら笑顔で牽制し合う詩音と鷹野さんが怖かった。富竹さんも同感のようであはは……、と力無く笑っている。唯一葛西さんだけは、わずかに口元を歪めて楽しそうだ。
「ふふふ、圭一さん。詩音さんに見込まれるだけあって、やはり面白い方ですね」
「そ、そうですか?……はは」
この人に気に入られるのは有り難いが、あまり親しくなると、気がついたときには極道の世界に片足突っ込んでいそうで怖いぜ……ただでさえ、その筋のお嬢様とお付き合いしている身としてはその未来図は洒落にならない。
「……来ますよ、圭一さん」
葛西さんの低い声で、はっと表情を引き締める。
「予想どおりですね……」
走り出してすぐに、奴らは距離を詰めることを選んできた。現在位置は村を出て興宮に続く山道に入ったところで、祭りに向かうには遅すぎて祭りから帰るには早過ぎる時間。つまりはもっとも車の通行が少なくなる区間と時間。
ここまで様子を見ていた山狗が牙を剥く時間が、ついにやって来たのだ。